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278:不正解の返答

 上の階から逃げる静を追って下の階に移動する形をとっていたセリザは、しかしいつの間にか階段を使って下りるその静を置き去りに、エレベーターでビル下層の商業エリアへと移動していた。


 実際のところ、それにいったいどんな意図があったのかはわからない。


 単に階段で降りる静の速度がエレベーターを使うセリザに追い越されてしまっただけかもしれないし、オフィスエリアの各階の構造にほとんど差がない関係から、もう途中のエリアでは仕掛けてこないと判断したのかもしれない。


 あるいはもっと根本的な問題として、この摩天楼の最下層に、静に到達して欲しくない場所、ないしは触れてほしくないなにかがあったのかもしれない。


 たとえばそう、各階層の最上層と最下層に必ず設置されているはずの、別の階層につながる階段空間への入り(とびら)だとか。


(実際、一度階層間のつながりが切れると追跡が難しくなるこのビルのせいしつ上、扉を使って別階層に逃げられる事態はセリザさんも避けたいはず……。

 それに扉の存在には、もう一つセリザさんにとってあまり歓迎できない意味がある……)


 これは半分とは言えビルのシステムの制御権を入手した竜昇が調べて分かった話だが、このビルの各階層にはそれぞれその階層につながる別空間が設定されていて、静達が戦ってきた【擬人】、当時【敵】や【影人】などと呼んでいたもの達はそこから送り込まれる形でそのフィールド上に再出現(リポップ)していたらしい。


 何もない空間でずっと待機している形になるため、人間を含む生物はおろか、一定以上の自我を持った存在を使うなら到底できない戦力補充手段だが、ことがあの【擬人】達、その中でも【影人】と呼ばれていたような自我の薄い個体ならば確かに有用なやり方だ。


 そしてこの話の中で問題になるのが、各階層に戦力が供給される際の、その条件についてである。


(戦力供給の条件には階層によるバラつきもあったようですが、共通していたのが階層主(ボス)となる個体の出現条件……。

すべての扉が閉ざされて、他の階層とのつながりが途切れたその際に、扉を開くカギとなる階層主(ボス)が投入されるというのは全ての階層に共通する条件だった……)


 静達がこの階層に移動した際、一つ上の階層に移動するための扉が閉ざされているのは静自身の目で見ていたから間違いない。

 そしてセリザが静と一対一の対話と戦闘を望んでいたこと、扉を閉ざした際にボスがどこかに出現した様子が無かったことを思うなら、この階層のどこかにもう一つ開かれた扉があるのは明らかだ。


 つまりあるのだ。

 このビルの最下層、セリザが待つ付近のどこかに、下の階層へと続くあの階段空間への出入り口が。


 そしてセリザは、恐らく静がそろそろその扉を使うことを考えるのではないかと懸念している。

 そしてそうさせないために、扉を探すことなどできないようにそこからそう遠くない位置で待っている。


 静が扉を探す際に必ず通ることになる、一階から五階部分が吹き抜け構造になって繋がる、この摩天楼下部の、あのショッピングモールにも通じる巨大な商業エリアの中心で。


「待ってたよ。流石にそろそろ来てくれないようなら、こっちから探しに行かなくちゃいけないかと思ってたくらいさね」


 警戒しながらもビルの構造を調べつつ階段を下り、ようやく五階商業エリアの非常階段出口から外に出た静は、階下から聞こえたその声に、すぐさまエスカレーターのある方向、ビルの二か所を『8』の字の穴のようにくりぬいた吹き抜け部分から下を見下ろして、建物のちょうど中央に立つセリザの姿を見つけることとなった。


 五階建ての三階、それも建物のちょうど中央にいるのは、あるいは彼女が静がどこから現れてもいいようにと警戒していた証か。


「……それで、覚悟は決まったさね? あるいは作戦でも練ってきたか?

 別に試練に時間制限なんて設けちゃいないが、それなりに時間をかけているからできればそれに見合うだけの答えを見てみたいもんなんだが……」


「おや、隙間時間を埋めるための間に合わせの受験者でしたでしょうに、一応期待はされているのですね……」


「そりゃそうさね。アンタに限らずこれまで試練を課してきた奴らの中で、期待してなかった奴なんざ一人もいない。

 結局望んだ結果を出せた奴は一人もいなかったわけだが……、まあそれでも、期待せずにはいられないのさ。特にアンタら【オハラの血族】には、ね」


 そう告げながら、セリザは漆黒のドレスの背中側、そこに開いたスリットから四本もの腕を生やし、同時に自身の足元の影から巨大な、何と呼称するべきかもわからない武装を引きずり出す。


 槍のように長い柄を持ち、先端部分から四又に分かれた、まるでアルファベットのUの字を九十度ずらして重ねたような、奇妙な刃らしきものが伸びた珍妙な武器。

 否――。


「さあ、流石にそろそろ試験終了の時間だ。だらだらと試験時間を引き延ばすような真似はせず、そろそろあんたの回答を見せてほしいところさねェ――!!」


 寸前で分かった。

 それは槍でもなければ大剣やメイスでもない。


 四又の中央、その部分から大火力の界法を放つ、真世界式の大砲だ。


「変遷――!!」


直後、態勢を低くしたセリザが背中から生えた腕で手近な地面や手すりを掴み、手にした大砲から極大のビームを発射して先ほどまで静がいた五階部分の床を吹き飛ばす。


 静のいた付近が床ごと大火力の界法に撃ち抜かれ、開けられた大穴から亀裂が広がって床の一部が崩落していくそんな中、舞い上がった粉塵を貫いて手の中の武装を弓へと変えた静が落下飛行によって五階の空中へと舞い上がる。


「――ハッ、危機察知能力はさすがさねェ――。けど逃げ回ってばかりじゃいい加減後がないサァッ――!!」


 建物五階の床を盾に身を隠し、居場所を予測されないよう床すれすれを複雑な軌道を描いて飛びまわる静に対し、セリザは三階部分の中央から動くことなく手にした大砲の矛先を変えて再度躊躇することなくぶっ放す。


 明らかに四・五階に遮られて見えないはずの静の位置を、しかしセリザは死角になっている三階から恐るべき正確さで狙い撃ってきた。


 再び静が危険を察知し、とっさに落下の軌道を真横にずらして付近の商店へと飛び込んだ次の瞬間、まるで噴火でも起こったかのように建物の床が下から爆ぜて、大火力のビーム界法が五階部分はおろかその上の天井まで突き抜けていく。


(単純な威力・貫通力では竜昇さんの【六亡迅雷砲(ヘクサカノンボルト)】と同等かそれ以上……。

 唯一破壊規模……、ビームの太さから来る攻撃範囲はこちらの方が狭いようですが……。

 なるほど、先ほど見たあれはこれだけの界法を連発する、その法力を賄うための工夫ですか……」


 先ほどセリザが四つ腕を用いて発射体制をとった際、腕の一本が足元の影から【教典】らしきものを掴みだしているのが見えたのを思い出し、静は法力の供給先についておおよそではあるがあたりをつける。


 恐らく、竜昇の持つ【雷の魔導書】にもあった【魔力充填(マナプール)】に近い機能で法力を溜め込んだ状態の【教典】を多数コピーしておき、法力がフルチャージされたそれらを次々と影の中から取り出し、使い捨てることで連続法撃のために必要な量を賄っているのだろう。


 先の空中庭園で見せた一斉砲撃の際にも使っていたのだろう、個人では用意できない量の法力を用意するための裏技に近い外法。


 石刃でコピーしたものがレパートリーとして反映される【影供の積刃(レムナントブレイド)】の性質上、思いついてコピーさせたのはセリザと言うわけではないのだろうが、結果としてセリザは人間と同程度しかないはずの法力上限と言う、本来持っていたはずの限界の一つでさえ完全に克服してしまっている。


(あとはこちらの位置を察知できているカラクリですが――)


 思いながら、静は飛び込んだブティックでハンガーに掛かって陳列されていた多数の衣服を落下飛行の最中に【スリ取り】の要領でまとめて掴み取り、店から飛び出すと同時にまとめて空中へと放り出す。


 同時に、手の中の武器を弓から杖へと変更し、煙管状になったその先端から黒雲に依る煙幕をぶちまける。


 結果として生まれるのは五階から噴出した黒雲と、その黒雲の各所から飛び出してくる大量の衣服(ひとがた)という瞬間的な判断では区別しにくい状況だ。


(やはり――)


 雲から飛び出した衣服に対し、付近から飛来した微弱な法力の気配がそれらを切り裂き、あるいは何かを発射して撃ち抜いているのを察知して、静は自身の予想が正しかったことをひとまずは確認する。


 恐らくは先ほどオフィスエリアで襲ってきた際に使用された戦輪か、それに類する遠隔操作型の武装を用いてこちらの位置を補足していたのだろう。

 先ほど確認できた戦輪の数が三つだったのに対し、動いている気配の数が二つしかないのは、一つは静が破壊したためなのか、こちらに対するブラフとして隠しているのか。


(用心するなら後者、けれどこれまでの傾向から見るなら前者が有力、と言ったところでしょうか)


 静の感じている傾向自体がブラフと言う可能性もあるため油断はできないが、どうもセリザの使用する【影供の積刃(レムナントブレイド)】は全く同じ武器を生成することはできず、また弾丸などを消費したり、武器が破壊されたりした場合、その消費や破壊の後が回復せず、その武器が使用不能になっている疑惑がある。


 あまりにも多くの武器を使用しているため断定が困難なうえ、完全に使用不能になるのか、あるいは特定条件で復活するのかわからない弱点と言うにはあまりにも脆弱な条件だが、それでもこちらの抵抗が全くの無駄でなかったとするなら多少の気休めにはなる。


 そう思い、静が黒雲から飛び出した衣服を囮に、自身は床に先ほどの砲撃で空いた大穴から下の階へと跳び下りようと身を翻して――。


「おっと」


 それよりも一瞬早く、先に囮として落としておいた衣服が押し寄せる光の奔流に跡形もなく焼き尽くされていた。


(やれやれ勘がいい。用心しておいて正解でした)


 手の中で石刃から感じた弓の力で一瞬遅れて下の階へと落下して、そのまま着地することなく今度こそ静は建物四階の通路を砲撃の的にならないよう用心しつつ飛行する。


(こっちも囮かい……。一歩間違えれば自分の居場所や逃走ルートを白状しただけで終わるってのに勘と思い切りは流石さねェ……)


 そうして再び飛び始めた静に対して砲身を向け、同時に影から取り出した四冊目の【教典】から法力を注ぎ込みながら、同時にセリザは静の行動について思案する。


(どうにも、よろしくないさねェ……)


 圧倒的戦力差に心が折れている、と言う様子ではない。

オハラの血族だけあって、静もまた表情などからはその内心を読み取りにくい人間だが、生き残ろうという気概はひとまずあるらしい。

こちらの攻撃やそれを補助する手段についても、それを削り、あるいは封じようという意識はあって、けれど肝心のセリザ自身を狙おうという気概が感じられない。


(今使っている武器だって、一発撃ってから次弾までの隙はそんなに小さくないはずなんだが――。

 嫌さねェ……、そっちを選んだとしても不正解しかないんだが――)


 思いながらさらなる砲撃を撃ち放ち、四階にあったカフェを丸ごと薙ぎ払うようにビームを横断させながら、しかし結局はその攻撃も加速した静に追いつくことができずに取り逃がす。


 もとよりセリザとてこの武器一つで高い機動力を持つ静を仕留められるとは思っていない。

 どちらかと言えばこの砲撃は静との今後の攻防を見据えての布石程度の意味合いが強かったのだが、思った以上に静が近づいて来ないために予定より多く発砲しているような状態だ。


 無論、その程度で戦闘に支障が出るほど、もはやセリザが抱える武装の総量は少なくはないのだが、しかし静の行動にいい予感を持てないのもまた事実だ。


 故に――。


「やる気が感じられないさねェ……!! なんだい、もう諦めちまったのかい? アンタが負ければ、アンタが気にしてた坊や二人も道連れだって言うのに、ちと諦めるのが早すぎるんじゃないかい……?」


「――それなのですが――」


 ――不意に。

 落下飛行と疾走による移動を繰り返し、どうやら柱の陰に飛び込んだらしい静がセリザの呼びかけに対して真っ向から答えを返してくる。


 先ほどまでともどこか違う。自信――、と呼んでいいのだろうか、妙に力に満ちたそんな声で。


「――実のところ疑問符がつくのですよ。竜昇さんはともかく、あのセインズさんに、果たして守る必要があるのかと言う点については」


「――ハッ、ずいぶんと薄情な物言いじゃないさね。曲がりなりにも、アンタら一応親戚筋だろうに――」


「――現実的な話」


 どこかからかうような、あるいはまぜっかえすようなセリザの物言いに耳も貸さずに、静は物陰からセリザにそう語り続ける。


「あなたが私の試練を終えて次へと向かった場合、確かに最終決戦真っただ中のセインズさんがその試練を受ける羽目になる訳ですが、試練の性質を考えるとそのことがあながちマイナスに働くとも言い切れません」


 セリザの言動から考えるに、彼女が静以上にあのセインズと言うオハラの少年に期待していることは間違いない。

 そしてそうであるならば、彼女自身そんなセインズに課す試練は考えうる限り最良の状態で迎えたいはずだ。


 そして最終決戦が既に始まっている現状、いつどんな横やりが入るかもわからない決戦の地で、セリザが石刃を手にしたばかりのセインズに、碌に使い慣れるだけの時間も与えぬままいきなり本番の試練を課すとは考えにくい。


 順当に考えるなら、セインズの本番の試練を行うなら今行われている最終決戦の後。

 加えて言えば無事にその瞬間を迎えるため、セリザ自身がセインズを守るべく【決戦二十七士】側の戦力として参戦する可能性すら普通にありうる。


 つまるところ、セリザがセインズの試練に移った場合、上で行われている最終決戦に特大の不確定要素が加わることは事実だが、必ずしもその不確定要素が【決戦二十七士】にとって不利に働くとは限らないのだ。


 それどころか、彼女の参戦が【決戦二十七士】にとって大きな追い風として作用する可能性すら大いにありうる。


 なにより他ならぬ静自身が、逆境の中に不確定要素を投げ込むことで状況の打開を狙うという、その手のやり方がそれほど嫌いではないのだ。


 今にして思えば、静の参戦を認めここまで連れてきたブライグの意図も、セリザとの対決に味方を巻き込まずにいてくれればそれでいいくらいのものだったのかもしれない。


 なんにせよ、ことセインズに関しては、静に対する人質とするには効果が無い。


「――は、やれやれ。確かにアタシ自身、よりにもよってオハラの血族であるあの坊やを人質扱いするのは無理があるとは思っちゃいたが、流石にあんたの方もそれに気付いちまったか……。

 ――けどもう一人の方、あのタツアキとかいう男の方は十分人質になるはずだ。

 最後に見た時の、あの男の状態を考えれば間違いなく今頃は再起不能。そんな状態でアタシに狙われたら、それこそひとたまりもなくやられちまうのは目に見えてると思うけど?」


「--ええ、そう思いますよね。流石のあなたも、普通であれば……」


「……」


 どこか楽しそうにそう応じる静の様子に、いよいよもってセリザの中で沸き上がる嫌な感覚が加速する。


 セリザは知る由もない。

 重傷を負った姿を見ていたがゆえに、間違いなく今頃は再起不能になっているだろうと判断した竜昇が、その実今どこで何をしているかなど


 そして知らぬが故に分からない。

 あの少年を人質に取っているにもかかわらず、静が今余裕を取り戻して、セリザと戦う意味を否定し始めているその理由が。


 セリザがそれを知るのは、直後に決定的な一手が打たれるその寸前のこと。


『――、――――、――』


「ええ、感謝します」


(……あん? 今なにか声が――)


 不意に、上の階の柱の陰にいる静が誰かと会話するような声を漏らして、直後にその静が柱の影から飛び出して壁際へと向けて走り出す。


 とっさに大砲を構えるセリザだったが、四階の床が遮蔽物になる関係上位置を補足しなくては流石に正確には狙えない。

 いよいよ攻撃の手を変えるかとセリザがそう考えて、同時に先ほどの声は誰のモノかと、そんな思考が頭をよぎったまさにその時――。


「――!?」


 不意に、静のいる場所とは別方向、と言うよりも静のいる方向も含めた全方位からバタバタと言う激しい音が鳴り響き、ビルの中心にいるセリザの元まで容赦なく届いてその異変を知らせてくる。


「――こいつぁ、いったい、どうなってるさね――」


「もし仮に竜昇さんが狙われる心配をしなくていいというのなら、もはや私に、この戦いに付き合う理由などどこにもない……!!」


 直後に周囲一帯から、なにかが大量に蠢き、押し寄せてくるような地鳴りがしてようやく気付く。


 先ほど聞こえたバタバタと言う音、あれはこの階層各所にある扉の数々が、一斉に開いてその向こうから何かを出現させた音だったのだと。


「もとより何も知らない状態で押し売られたこの試練――」


(ああ――、ダメだ、それは――)


「――勝手に売った試練(ケンカ)を、言い値で買い取らせようというのは、流石に虫がよすぎるとは思いませんか……?」


(残念なことに――、不正解さね……!!)


 次の瞬間、一階から五階、その各所に展開された各店舗から大量の影たちがあふれ出して、商業エリアの中央にいるセリザの元へと一斉に雪崩を打って押し寄せてくる。


 本来ならばこの階層に配置される予備戦力として、別空間に保管されていたはずの【影人】の群れが。

 エリア内で行われていた試練などお構いなしに、むしろその全てをぶち壊すように。



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[一言] 更新再開楽しみにしてました! 静は1対1はまず勝てないし。 逃げるのは不正解だし。 ってどうすりゃええねん! 竜昇くんに援護してもらって戦うのならOKにしてほしい! それか不正解でも二人で押…
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