276:正解の奮闘
大変永らくお待たせいたしました。
あと少し、ひとまずこの章のラストまで、更新を再開します。
やっていられない、どうにもならないと、いよいよもって静ですらもそう思わざるを得ない事態に陥っていた。
巨大なビルの中層、オフィスエリアの一階に飛び込み身を隠しながら、静はここまでの戦いを振り返っていよいよもって正直にそう思い、ため息を吐く。
ここに至るまで、静自身思いつく限りの、様々な手を試してはみた。
相手が権能の使用に影を必要とするならと、ライトが集中する影ができにくい場所に誘い込んで見たり、逆に周囲の明かりを消して闇の中で戦ったりといった手も試してみた。
戦う中で判明した限界として、いかに武器やそれを操る腕を無尽蔵に生み出せるとは言っても、セリザ自身の筋力の問題から実際に装備できる武器の数にも限界はあり、それを超える数を使おうとするといかに義腕を使って腕を増設したとしても自重の問題で動きが鈍ってしまうことも判明はしていた。
他にも使用できる法力量から来る限界など、セリザの権能が全くの無制限に武器を生み出し、使いこなせるような権能ではないことも。
だがダメなのだ。
確かに権能の性質故の欠点はあるし、それ以外の要素からなる限界もあるにはあるが、それが勝利につなげられるような隙になっているかと言えば話が別だ。
いかに影の生まれにくい、光の集中する場所に呼び出したとしても、どれだけ小さくなり、あるいは薄くなったとしても影そのものを完全に消せるわけではないし、極論足元の影は消せても着ている衣服と体の間にだって影はできる。
では光源そのものを遮ればどうかと言えば、どうやらセリザの権能は自身の影に限らず接触している影があれば武器を生み出す出入り口として活用できるらしく、周囲を闇で包み込んでもかえって生み出せる武器の数が増えただけだった。
他にも一度に使える武器数の限界、込めることができる法力量の限界なども見えることには見えたが、そもそもこの相手は武器一本、極論素手であってもその技量によって静を圧倒できる実力の持ち主なのだ。
加えてセリザには、【真世界】の長い歴史の中で生み出されてきた、【神造武装】をはじめとする突出した性能を持った多種多様な武器の存在もある。
はっきり言って、今のセリザは完全無欠の存在でこそないものの、弱点と言う弱点が多種多様な手段によって完璧にフォローされてしまってつけるような隙が無い。
不死身と絶対防御を合わせたようなルーシェウスの不壊性能の例を考えれば、セリザの持つそれはまだしも倒しうる余地の残されたマシなものであるはずなのに、その圧倒的な戦力差が付け入ることを許さない。
生まれつき設定された不壊性能ではない、長き時を生きる中で力を蓄え、
結果として至ってしまった不滅の境地。
(確かにこれでは神様の設定ミスを疑ったのも頷ける……。こんなどうにもならない存在と戦って勝つなど、どう考えても試練として破綻しています)
あるいは彼女を設計した神様も、彼女がここまで強くなってしまうというのは本当に予想外だったのかもしれない。
そう思ってさじを投げたくなってしまうほどの、どこまでも、どうしようもない戦力差がそこにはあった。
(――そもそも、ちゃっかり銃器までコピーしているというのはいったいどういうことなんでしょう……。わたしがコピーしている銃なんて、あの拳銃一丁しかなかったはずなのに……)
恐らく【新世界】創造からこれまでの期間のどこかで、【新世界】の武器をコピーし、そしてそれを用いて彼女に挑んだ誰かがいたのだろう。
あるいは、手を組みつつも決定的なところで相いれない間柄にあった【神造人】達が、彼女を打倒するべく何らかの戦いを挑んだことでもあったのかもしれない。
もとより【神造人】達から見ても、セリザは同じ目的を共有しているわけでもない、いつ離反するかもわからない厄介な相手であったはずだ。
加えて擬人やスキルと言った強力な戦力を用意するあてまであるとなれば、彼女を打倒しうる擬人を用意して試練を受けさせ、その達成でもって彼女の排除を図るというのは、自身と言う試練の達成者を求めるセリザにとってもメリットのある、やっていてもおかしくない試みであるように思える。
(それで結局試練を達成できず、それどころか彼女の戦力をさらに手の付けられないものにしてしまったというならつくづく余計なことをしてくれたものですが……)
なんにせよ、今確かなのは彼女が【真世界】の魔法的武器や【神造武装】に加え、【真世界】にしかなかったはずの近代兵器さえ操る手の付けられない怪物になっているということだ。
(正直近代兵器の存在を差し引いてもこれまで倒せなかったというのも納得の危険度です……。と言うより、どんな存在ならこの相手を倒せる目があるんでしょうか……?)
あるいは、セリザが注目しているセインズであれば彼女を打倒できるだろうかと、静は心中密かにそんなことを考える。
ヘンドルやオルドなど、その戦闘能力が【神造物】の性質に大きく依存している者達を除いて、静の知る中で純粋な個人の資質と技量において最も強かったと言えるのが恐らくセインズだ。
有する能力的に見ても、相手からの界法による攻撃を【聖属性】の法力によって無効化し、逆に自身が使う界法については自己強化から防御、遠距離での法撃に至るまで通常のものより高いレベルのものを扱えるという彼の能力は、実際それを相手にした静が手も足も出なかったほどに強力と言っていいものだった。
だがそう思う一方で、ではセインズであればこの相手を打倒できるかと考えるとその答えは正直微妙だ。
無論静よりは勝ち目があるのだろうが、今のセリザはセインズでも無効化できない通常兵器を多数保有しているし、長く生きた影響なのかそれとも元からの資質なのか、武器を扱う戦闘技術においてもセリザはあのセインズに勝るとも劣らぬ高レベルなものを備えている。
そして近接戦闘の技量で互角となってしまえば、あとは有する武器の性能と手数でどちらが勝るかが問題だ。
静の見たところ、破壊規模においては疑似聖剣と聖属性による極大界法が使えるセインズに分があるが、セリザはセリザで権能による法力消費のない遠距離攻撃手段を多数有しているように見える。
加えて多彩な【神造物】を含めた武装を有しているとなれば、最悪セインズの強みを殺し、弱点を突くような武装が飛び出してくる可能性も相当に高いはずなのだ。
そうした面から考えると、いかにセインズと言えどセリザに勝つのは難しいかもしれない。
(せめて銃火器の類が無ければセインズさんに勝ちの目が出てくるところなのですが……)
つくづく彼女に銃を握らせてしまった【神造人】達の判断が恨めしくなる。
武器の発展が過ぎて人間では対抗できなくなってしまうなど、いったい何の皮肉だと文句を言いたい気分だ。
もっとも、この想定はあくまでセインズが相手となった場合のものであって、静が対抗するとなると銃火器が無かったとしても対処しきれるかわからない所なのだが。
(――……らしく、ありませんねェ)
先ほどから頭をよぎる自身の思考、その中に混じる弱気で消極的な姿勢を自覚して、思わず静は苦笑と共にため息を吐く。
そう、実のところ今の静はこれまでの自分と比べ酷くらしくない。
自ら望んで戦いへと赴き、セリザと戦うことも予見出来ていたにもかかわらず、今の静はどうにもこれまでの自分にあった、勝利に向かおうとする気概のようなものを己の中に感じられずにいた。
ありていに言ってしまえば、今の静は目の前の相手と戦うことに対するモチベーションが低いのだ。
一応セリザから、重大戦力であるセインズと、かつてのパートナーである竜昇の二人に手を出すとほのめかされているから真剣に戦ってはいたモノの、逆に言えばそうした理由が無ければ戦いを放棄していたのではないかと言うくらいに、今の静は乗り切れていない自分を胸の内に感じていた。
理由すらわからぬまま戦いの中に放り込まれ、ただ生き残るために戦っていた先日までの方が、もっと貪欲に勝利と生存を求めて戦えていたというのに。
自身で決めて身を投じたはずのこの戦いには、なぜか気乗りせずに積極性を欠いている。
「--!!」
そうして静の思考が内へと向いていたまさにその時、視界の端、通路の先の壁から突如として何かが飛び出して、そのまま静が身を潜める通路を一直線に走り、通り抜けていく。
「ッ――!!」
とっさの跳躍でその攻撃を飛び越えて、同時に静はその光景に目を細める。
まるで両側の壁ごと静のいる通路を両断するように。
背後の壁から生えて向かい側の壁すらも切り裂いていたはずの、あまりにも巨大な鎌のような刃が、しかしそうして切り裂いたはずの壁面には傷一つ残していなかったことで。
(大きさもさることながら……。明らかに壁ごと斬っていたはずなのに、まるで壁をすり抜けたみたいに……)
一瞬あらゆる物体を透過する刃でこけおどしの攻撃を放ってきたのかと疑った静だったが、直後にそんな甘い予想は、通路の途中の十字路で倒れる、その中央部分で両断された観葉植物の姿を目の当たりにしたことで霧散することとなった。
(壁は切れていないのに観葉植物は斬れている――。すべてのモノを透過しているわけじゃない――。だとすればこの攻撃が当たるのは植物と恐らくは人間――、つまりは、生物……!!)
半ば直感に頼る形でその性質を看破したその瞬間、まるで先ほどの刃に続くように、何やら竿のようなものが壁から現れ、通路にいる静を殴打するべく猛烈な勢いでそれが通路上を駆け抜ける。
壁や障害物をすり抜ける、生物のみを狙う巨大な武器が、容赦なく。
「おや、こちらを向いたか……。どうやらアタシに位置がバレていることも気づいたようさねェ……。手ごたえもあったがこれは恐らく人間じゃない……。飾ってあった鉢植えか何かを切ったならこちらの攻撃の性質にも気づかれたかねェ……?」
振り向いた静が睨む壁の向こうで、通路と部屋を幾つか隔てたエレベーターホールの中央で、同じように壁に向かいながら【神問官】セリザは楽しげに笑う。
その右肩から生える酷く血の気のない青白い腕で長大な、壁にめり込むほどの長さのポールのようなものを操り、振り回しながら。
左手に握るナイフからは何かに引っ張られるような感覚が消えて、それによって持ち主に標的がこちらを向いたことを暗に告げてくる。
【卑劣者の背刃】。神の手に依らない人造の品でありながら、その製作過程に【神造物】の権能が使われているという特異な由来を持つそのナイフは、与えられた名前の通り法力を注ぎ込むことで人間の背中に引き寄せられる機能を持つ変わり種の武装だ。
本来ならば背後からの不意討ちか、あるいは逃げる相手の背に投げつけるような局面で使われるそんな機能を、しかしセリザは相手の位置を探る索敵と、そしてそれ以上に相手の戦意を計る目的で好んで使用していた。
(階段で下の階に逃げておきながらこんな場所でとどまっているということは、あの娘にもまだまだこちらとやり合うつもりはちゃんとある……。だとすれば狙いはやっぱり、多数の武器を振り回しにくい狭い空間でこちらへの対処を図るとか、そんなところかねェ……?)
脳裏で静の狙いをほぼ正確に推測しながら、しかし推測したその魂胆を甘いと断じて、セリザは右手と右肩から伸びる義腕で長大な竿を、先ほど背を狙う刃が引かれた周囲を狙って振り回す。
否、両端が壁にのみ込まれているためただの竿、棒状の何かにしか見えないが、実際のところそれはただの竿ではなく巨大な鎌の柄の部分だ。
【いつか貴方に届くまで】。
可愛らしい名前に反して、まるで死神が使うような禍々しい大鎌と言う酷くわかりやすい形状をしたその【神造武装】は、振り回して空ぶれば空ぶるほどに体感重量はそのままにその大きさを増して、いつかは遠く離れた相手の命にも刃が届くというなかなかに物騒な権能を有している。
そのうえで、さらにその巨大鎌を掴み、振り回しているのが、セリザが保有する【神造義腕】の一つである【握霊替餐】だ。
握るもの全てを生物しか触れることのできない幽体に変えるというこの【神造物】を用いれば、振り回される巨大鎌は間にある障害物をすり抜け、空振りし続けて、離れた位置にいる静を両断するまで延々と巨大化させることができる。
(生憎だが狭い室内に誘い込んだくらいで力を削げるならアタシもここまで逝き遅れちゃいない……。こちとら室内戦闘なんざ腐るほどこなしてきてるし、なによりそんな環境なんざお構いなしに振り回せる武器さえ持ち合わせがあるのさね……!!)
すでにその両端が壁の向こうへと消えて全長すら把握できないほどに長大化したそんな鎌を、セリザは腕だけではなく両腕と全身を使って、柄の部分を体に巻き付けるような動きで刃の軌道すら縦横無尽に変えながら連続で叩き込む。
通常ならば武器を振るう際に風切り音でもしそうなものだが、振るわれる鎌が幽体化している関係上それすら発生しない。
恐らく静は狭いオフィスエリアであれば大型の武器は振り回せないと踏んでいたのだろうがとんでもない。
今のセリザは建物内の壁や部屋を遮蔽物代わりに、離れた位置にいる静をどこから来るかわからない攻撃で一方的に攻撃できるという圧倒的なアドバンテージを手にするに至っている。
「さあ、どうするね……!! うかうかしてると歴代の奴らの誰よりィッ、なにもできないまま終わっちまうさねェッ――!!」
(代を重ねるごとに強くなる存在がよく言いますね……)
オフィスエリアの廊下を一直線に駆けながら、遠くから聞こえたその声に、静は半ば呆れながら心中でそう呟く。
とは言え、状況は相も変わらず危機的で、セリザの言動にいちいち突っ込んでもいられない。
なにしろ壁や部屋を隔てた巨大鎌による攻撃はいまだ続いていて、ほんの一瞬気を緩めただけでも致命傷になりかねないほどの速度で連撃が襲ってきているのだから。
(――!!)
思った次の瞬間、天井をすり抜けて、鎌による斬撃が前方から斜めに振り下ろすような形で静の首を跳ねに来る。
周囲の壁や天井の存在によって、寸前まで察知できなかったその攻撃を静はとっさに通路上をスライディングする形で回避。
直後にすぐさま身を起こして走り出し、今度は足元から斜めに飛び出し、足元を薙ごうとする柄の部分による打撃をその攻撃を飛び越えるようにして切り抜ける。
どうやらこの相手、壁越しでも静の位置をある程度把握して、しかし逆に言えばその居場所については大雑把にしか探知できていないらしい。
先ほどから、巨大な武器を回転させて振り回しているらしい刃と柄の連続攻撃が静を襲ってきているが、その狙いは酷く大雑把で良くも悪くも広範囲を狙ったものとなっており、そうでなければ静もここまで攻撃を回避して生き残ることなどできていなかった。
なにしろ、先ほどから回避している攻撃の中にも、直感だけでかろうじて命を繋いだようなものが二回も含まれているのだ。
視界の利かないこの閉鎖空間の中で、ほとんど予兆すらなく襲ってくる攻撃はそれだけ回避が難しく、静自身が【オハラの血族】由来の優れた直感を持っていなければ今頃この体は真っ二つにされていただろう。
(この攻撃……。最低でも二つ以上の武器の組み合わせ……、しかもそのうち最低でも一つは【神造物】が含まれていると見ていいでしょうか)
襲い来る連撃を切り抜けて、再び廊下を走って目的の場所へと急ぎながら、同時に静は脳内でセリザからの攻撃についてそう考察する。
現在襲ってきている攻撃は大鎌によるものだけだが、それを支えている超常の力は『武器の巨大化』と『物質透過』、そして静の居所の『探知』の合計三種類だ。
このうち、『武器の巨大化』と『物質透過』については通常の界法と比べても物理法則からの逸脱具合が高いため、単一のものか複数の組み合わせによるものかは不明ながら、間違いなく最低一つは【神造物】が使われていると見ていいだろう。
残る『探知』能力については具体的にどのような方法が使われているかは不明だが、最悪三つ全てが【神造物】の権能によるものと言う可能性すらこの相手には普通にありうる。
(せめてどのような条件でこちらを探知しているかがわかれば――。
……いえ、わかったところでこの方が相手では無駄ですね……)
一瞬相手の探知能力から逃れられないかと考えて、しかし即座に静はこの相手についてはその手のアプローチが無駄であると思いなおす。
探知能力に限った話ではないが、このセリザと言う【神問官】を相手取るにあたっては単独の能力を攻略することにはさほど意味がない。
なにしろ能力の一つや二つ攻略したところでセリザには代わりになる武器がいくらでもあるのだ。
そう言う意味ではこのセリザと言う【神問官】との戦い、一人の人間を相手にしているというよりも、まるで【真世界】と言う一つの世界に存在した文明そのものを相手にしているような気分にもさせられる。
あるいは、一つの世界の戦争の歴史、そのものを。
「……!!」
そう静が考えていたとき、走る静の進路上、通路の角から飛び出す形で、ある意味で予想通りのモノが現れる。
それは光り輝きながらまるで円盤(UFO)のように宙に留まる、本来なら投擲武器であるはずの戦輪と言うドーナツ型の武装。
(新しい武器を投入して来ましたか……!!)
静がそう理解した次の瞬間、戦輪が宙に浮いたままクルリと中央に開いた穴をこちらに向けて、その場所から容赦なく一筋の光が放たれる。
同時に、戦輪の背後から壁や扉をすり抜ける形で鎌の刃が姿を現して、ただでさえ狭い廊下で鎌による一線と、一点を穿つビームが同時に静の身に襲い掛かる。
「――変遷ッ!!」
襲い来る二種類の攻撃に、静はとっさにその両方を回避することをその場で放棄。
床を強く蹴ってその身を宙へと投げ出して、同時に手の中の武装を地の方向を決める弓へと変える。
さらに。
「シールド……!!」
落下飛行を開始すると同時に障壁を展開し、静は戦輪から放たれるビームをひとまずそれで防御する。
同時に、展開したシールドが斬撃の軌道上に引っかかるが、生憎と敵の攻撃は生物以外のあらゆる攻撃を透過する幽体が如き斬撃だ。
その攻撃は武器による防御も防具による備えすらも透過して人体を斬り裂くが、逆に言えば展開したシールドがひっかけられて動きを阻害されることもない。
とはいえ、この狭い通路の中、大鎌による攻撃を防御しきれないシールドの展開で動きを阻害し、それを補うために足での走行よりも小回りの利かない落下飛行に身をゆだねるというのはある種の賭けだ。
「--ッ、ゥ――!!」
展開したシールドが壁へ柄とぶつかり火花を散らす中、ビームの第二射をかろうじてその障壁によって受け止めて、しかし直後に今度は幽体化した柄による殴打が正面から迫って来る。
とっさに落下方向を調節することでそれを回避した静だったが、振り抜かれる柄の部分が静の腕を掠めていったことを考えればその回避は本当にギリギリだった。
恐らく落下飛行では速度は出るがその分鎌の攻撃への対応が間に合わない。
そう判断し、静は次の鎌による斬撃が来る前に、即座に目の前の相手への対処を変えることにする。
(この戦輪は恐らく遠隔操作のドローンに近い性能……。飛行と索敵、射撃と厄介な機能は持っていますが、性能的に見て恐らく【神造物】では、ない……!!)
そう判断し、静は手の中の武装を即座に弓から苦無へと変更。
手の中で分裂させて振りかぶり、同時に元に戻った重力に従ってシールドを解除しつつ着地して、考えうる限りの最速で、スムーズに投擲できる体制を整える。
「【螺旋】……!!」
ドリルが如き貫通のエネルギーを纏った苦無が放たれるのとほぼ同時、戦輪からビームの第三射が放たれて、二つの攻撃が空中で正面から激突する。
放たれたビームを苦無に込められた螺旋のエネルギーが飛び散らすようにして突き進み、同時に投じると同時に分裂していた苦無の残りがそのまま突き進んで、戦輪の背後にあった、非常階段へと通じる扉中央のガラス部分を突き破る。
ガラスの破片が飛び散って、その破片の一つがすぐ近くでビームを放射していた戦輪へと激突して――。
その瞬間、ビームの方向がわずかに逸れたことで押しとどめられていた螺旋の苦無が戦輪に直撃し、同時に静の背後から同じビームによる攻撃が不意を討つように襲ってきた。
「――ッ、二枚目……!!」
自身の背後から襲う不意討ちを、その法力違和によって察知しかろうじて肩を掠めるだけで回避しながら、静はチラリと背後を確認してそこに正面で破壊したのと同じ戦輪が浮いているのを目撃する。
【四連天輪】。
セリザが新たに静の探知と遠隔攻撃のために投入したこの武装は、三つの戦輪と、それらを【意識接続】によって操るための制御輪を合わせた、合計四対の輪からなる人造の武装だ。
今でこそ、最初に静への攻撃に使用した一つ目の戦輪は破壊されてしまったが、残る二つのうち一つは背後から回り込む形で、そしてもう一つも破壊された最初の一つに追いつく形で、静の行く道を塞ぐように既に投入される準備が整っている
(……!! さらにもう一つ……!!)
破壊した戦輪に変わる形で新たな戦輪が投入され、いよいよ静は通路の前後から射撃性能を持った戦輪に挟まれた状態に追い詰められる。
加えて、静の命を取りに来る攻撃は二つの戦輪だけではない。
先ほどこの場を通過していったのは巨大化した大鎌の柄の部分。
そしてそうである以上、この次には確実に刃の部分による斬撃が来ることになる。
(どうします――!? せめて柄の部分が来るのであれば、まだしも手の打ちようが――)
そう思った次の瞬間、正面の壁をすり抜けて現れた大鎌による攻撃に、しかし静は驚き、そして直後に好都合と思いなおす。
即座に手の中の武装を再び弓へと変更し、同時にシールドを展開することで前後から放たれるビームを防御、そのうえで、落下飛行では避けきれない大鎌による攻撃に対して、腰に差していたそれを引き抜いて全力で強化しながら差し入れる。
最初の攻撃によって両断された観葉植物、そのそばを通り過ぎる際に回収しておいた、簡単に枝を払っただけの木の幹を。
「――ッ!!」
案の定、構えた幹が大鎌による一撃をすり抜けることなく受け止めて、静はその重い衝撃を受け止めることなく、口にくわえた弓の力によって落下方向をずらして、受け流す形でやり過ごす。
これで来たのが刃の部分による斬撃だったならば受け止めることなどできなかったが、どういう訳か二回連続で柄の部分による打撃が来たことが静自身の命を救った。
そのまま、シールド展開状態のまま通路の先の扉の方へと落下して、待ち受ける戦輪をシールドの解除と共に振り抜いた幹による打撃ではねとばしながら、先ほどガラスを割った際に生じた扉の穴をくぐる形で非常階段へと滑り込む。
最後の最後まで、大鎌による追撃が来ることを警戒していた静だったが、どういう訳かに連続で柄の部分による打撃が来たことを最後に大鎌による攻撃は止んでいた。
そのことに疑問を覚えながら、それでも足を止めることなく静は次なる戦場を探して非常階段を駆け下りていく。
「……逃がしたか。まあ、仕方ないっちゃ仕方ないさね。こっちもこっちで、流石に扱う鎌が大きくなりすぎた」
頭の上に浮いていた【意識接続】用の天輪を回収し、大鎌のサイズを元の身の丈ほどの大きさに戻して影にしまいながら、セリザは自身の迂闊さにため息を吐く。
最後の一撃、鎌による斬撃が柄の部分による打撃に変わってしまった理由は、単純に空ぶるほどに大きくなる【いつか貴方に届くまで】が大きくなりすぎてしまったからだ。
その結果、刃の部分を通すはずだった攻撃の間合いが微妙にずれて、ついでのように鎌の形状から攻撃そのもののタイミングも遅れて、そうして放たれた鎌の刃の手前部分での打撃は静によって攻撃を受け流すための隙として使われ、こうして彼女を取り逃がす結果となっている。
「まあ、戦意があるうちならいくらでも逃げ回ってくれて構わないさね……。
問題は戦意を失ってただ逃げるだけになった時だけど、そんな風になったそのときは――」
階下に向かった静を、再びエレベーターを呼び出して追いかけながら、足元を見つめてセリザはそう言い、わずかに目を細める。
どこまでも冷酷に、容赦なく。
ただこの相手を斬り捨てずに済むことを本気で祈って、しかしその結末を心のどこかで諦めながら。




