271:絶対の不壊性能
唐突に特大の電撃を浴びせかけるという不意討ちを行っておきながら、しかし一方で竜昇はそんな自身の攻撃が通用するなどとは露ほども思っていなかった。
無論、まったくの無意味とまで思っていたわけではないが、しかし一方でその行動の中に込めた意味合いは自分自身が踏ん切りをつける、あるいは一つの意思表示と言う側面が大きい。
(--お前は多分、俺ならこんな馬鹿な真似しないだろうと、そう思っていたんだろうけどな……)
【神造人】側に協力して【新世界】を守るために戦うか、それとも協力と参戦を拒んで結果が出るまで傍観に徹するか、そんな二者択一を竜昇に求めていたサリアンだったが、しかし竜昇の中にはそんなサリアンが無意識のうちに排除してしまっていた、否、選ばないだろうと思い込んでいたもう一つの選択肢が存在していたのだ。
それは戦うこと。
【新世界】や【神造人】達に加担するのではなく敵対し、今目の前にいる、間違いなく戦いの鍵となるだろうサリアンに戦いを挑んで倒すこと。
つい先日、静がその道を選んだように。
とはいえ、だ。
「――ッ、なに、を--、考えているんですか――!!」
案の定、浴びせかける雷撃の閃光の中から、傷一つどころか服に焦げ目一つないサリアンが明らかにうろたえた様子で姿を現す。
ただし、そのうろたえ方は攻撃されたことへの怒りや焦りと言うより、どちらかと言えば突如として目の前で行われた自殺行為を慌てて制止しようとしているといった方が近い。
(――やはり、こちらの攻撃でもダメージは与えられていない……。けど、この前のルーシェウスって奴と違って服まで無事って言うのは、不死身のメカニズムが違うのか……?)
「悪感情を理由に動く気はないといった傍から――、それはッ、報復の理由はあるのかもしれませんけど――」
杖を突いて立ち上がり、努めて冷静に分析を進める竜昇に対して、サリアンは攻撃の理由すらわからないのか明らかにうろたえた様子を見せる。
恐らくは竜昇が今ここで戦いを挑む理由が、彼には報復や復讐の他に思いつかなかったのだろう。
そして実際、まともな理性があるならば戦いなど挑むはずがないと、そうサリアンが思っていたのだとしてもそれは無理からぬ話だ。
なにしろ相手は不死不壊、尋常な手段では怪我すら負わせることのできない【神問官】。
何らかの能力や魔法による左様で不死身に近い防御力を獲得しているのではなく、そもそもこの世界の法則によって『傷つかない』と定められたが故の不死性を有するこの相手に攻撃を仕掛けるなど、それこそ挑まれた本人からすれば風車に生身で挑む人間よりもはるかに無謀でおろかに見えたに違いない。
それこそ、怒りで我を忘れて、復讐に冷静さを失って襲ってきたのだとでも考えなければ納得できないくらいに。
加えて当の竜昇自身が、足を負傷してまともに逃げ回ることすら難しいというのだからなおさらだ。
だが、それでも――。
「【光芒雷撃】――!!」
「まだ--」
出現する六発の雷球に、竜昇が思いとどまる気が無いと察したのかサリアンの表情が歯を食いしばったようなものへと変わる。
とは言えその判断は、既に決断してしまっている竜昇にとっては既に一手以上遅い。
「発射――!!」
椅子の背に掴まり杖を振るう竜昇の意を受けて、空中に遭った六発の雷球から光条が走ってサリアンの顔や胴体部分に立て続けに着弾し、貫通する。
(--いや、これは貫通しているというよりも……)
そうして竜昇が相手を分析するそのさなか、対するサリアンの方も光条に貫かれながらその手を差し向けて、同時にそれに応じるように見覚えのある魔法陣が地面の上をすべるような動きで迫って来る。
(……ッ)
とっさに竜昇が動かせる左足一本で跳び退いた次の瞬間、まるで地面に投影されたスポットライトのような魔法陣が竜昇が直前まで体重を預けていたイスの元まで到達し、直後にその椅子が跡形もなくその場所から消失する。
(空間転移の魔法陣……。あれに掴まったらその時点で負けは確定か……!!)
転移した先がどこで、そこに何があるのかは不明だが、少なくともどこかに転移で送り飛ばされてしまえばもう竜昇の側からサリアンに何もできなくなってしまうのは間違いない。
あるいはサリアンの方もそれを見越して、竜昇を送り飛ばすことで傷つけずに送り返そうと画策しているのかもしれないが、どちらにせよ今の竜昇はこの場から排除されてしまっては困るのだ。
仮にこの相手の不壊性能の正体が、竜昇が想定していたより輪をかけて厄介なモノであったとしても。
「お前のその体、本体の位置を誤魔化しての幻、って訳でもないみたいだな……。【探査波動】で探っても周囲に他に気配は感じない」
念のために法力の波動を周囲にはなってそう確認しながら、いよいよ竜昇はこの相手の不壊性能、その性質についてその確信を強める。
とは言え、その推測はできることなら当たっていてほしくないような性質のものだったわけだが。
「っていうことはやっぱり……。そもそもその体、最初から実体がないのか……?」
「……ええ、その通りです」
竜昇からの問いかけに、当のサリアンはバレても構わないとばかりにあっさりとそう頷いて見せる。
先ほどから歩く時もイスに座る際も、足音はおろか物音ひとつ立てていないのは何となく竜昇も気づいていた。
そのうえで【光芒雷撃】の光条が貫通するそのさまを見れば、いよいよもってこの相手の、その不壊性能の性質もある程度察しがついてくる。
もっとも、察せられたからと言ってそれを喜べるかと言えばまた別の話だが。
「幽霊のように実体がなく、攻撃されてもあらゆるものをすり抜ける……。攻撃を受けても壊れないのではなく、そもそも攻撃そのものが透過して受け付けない……。それがお前と言う【神問官】の不壊性能か……!!」
「そう言うことです。もっとも、『幽霊』や『幽体』などと呼ばれる存在と、僕のこの体が厳密に同じものなのかはわからないのですが……。
もしそれ等の定義から外れるようなら、この体は誰にでも見える幻、あるいは映写機の存在しない立体映像などに例えてもいいかもしれませんね」
「……ハッ、まるで他の幽霊だの幽体だのに心当たりでもあるような口ぶりだな」
あるいは本当に心当たりがあるのかもしれないと、そんな想いと共に軽口をたたきながら、しかし竜昇はその一方でこの状況のまずさを噛み締める。
もとよりこの相手を侮っていたつもりはないが、それでもこの相手の不壊性能の性質は明らかにまずい代物だ。
なにしろ、不死不壊の存在たる【神造人】に対して、静を含めた【決戦二十七士】の者達が目論んでいた攻略法が、恐らくこの相手には通用しないのだ。
(連中がどうやって【神造人】を攻略するつもりだったか正確に知ってるわけじゃないが、前回襲ってきたあのルーシェウスって奴の不壊性能から考えれば有効な手段はおのずと限られる……)
恐らく二十七士の連中が目論んでいるのは【神造人】の捕縛。
そのうえで別に用意した術者が精神干渉を行うのか、拷問にでもかけて言うことを聞かせるつもりだったのかは定かではないだが、少なくともルーシェウスの不壊性能が相手ならそれがほぼ唯一の勝ち筋になっていたはずだ。
前回の戦い、あるいは他の者と戦う様子を見た限り、あのルーシェウスと言う【神造人】は攻撃によって死傷することこそなかったものの、少なくとも攻撃されればそれは当たるし、炎に焼かれれば痛みは感じている様子だった。
ならば、殺すことはできずとも拘束して動きを封じることはできるはずだし、身動きを封じてしまえばあとは非戦闘員の術者が戦闘以外の方法で問題の解決に持って行くという道筋も、どれほど有効かは不明ながらも存在はしていたはずである。
だが厄介なことに、このサリアンと言う少年の不壊性能は触れることそのものが不可能な幽体仕様。
接触するあらゆるものがすり抜けるとなれば攻撃することはもちろん、あのルーシェウスにさえ有効だった捕縛・拘束と言った手段すら通じない。
(あるいは幽霊だって言うならお祓いや封印みたいな方法は効いたのかもしれないが……。自分を『幽体』と呼ぶことへのこの反応を見ると、そう言う霊的なモノへの干渉手段すら効かなかったから、そう呼ぶことに抵抗があるってくらい普通にありうる……)
どちらにせよ、幽霊を相手にできる能力が無い竜昇ではそうした手段で対抗することは不可能だ。
同様に、現状唯一効果があることが判明している精神干渉についても、他ならぬ竜昇自身に心得が無い以上はとれる手段ではない。
そしてそうなって来ると、いよいよもって本格的にこの相手に対抗する手段と言うモノが無くなってしまうことになる。
(この手の透過能力の場合、自分もさわれないから攻撃時には解除しなきゃいけない、ってのが王道だったはずだが……!!)
そう思うさなか、サリアンが再び手をかざして、それによって目の前に投射された転移の魔法陣が勢いよく竜昇の足元へと移動して来る。
(――ッ、こいつの場合は、権能だか塔の機能だかを使える関係上問題にすらなってない……!!)
「どうです、もう状況の悪さは理解できましたか……?」
半ば倒れ込むように飛び退いて魔法陣を回避した竜昇に対して、目の前のサリアンが地面に立つのをやめて体を宙へと浮かせながらそんな問いを投げかける。
その様子からは無謀な戦いを挑んできた竜昇への失望の色が垣間見えたが、しかしそれでもまだこの【神造人】は竜昇に危害を加えるつもりはないらしい。
「別にそんなに必死になってよけなくても、殺しませんよ。
事前にお伝えしていた通り、元の階層に戻っていただくだけです」
そんな予想通りの言葉と共に再び投射される魔法陣に、しかし竜昇はそれでも足を止めることは選ばない。
動かせる左足だけで地面を蹴り、よろめき倒れそうになる体を杖で支えて、それでも半ば転がり込むようにして地面の上を動く魔法陣を回避する。
無様極まりないありさまで、それでもなお。この場から排除されてしまう、その事態だけは、何としてでも拒むように。
「……仕方がありません」
そうして、しぶとく逃げ回る竜昇にしびれを切らしたのか、すぐさま起き上がって逃げる竜昇の足元で地面がほんの一瞬輝きを帯びる。
直後に発生するのは、地面が勢い良く盛り上がり、壁と化す不可解な現象。
そしてその壁を強引に飛び越えようとしていた竜昇が、その壁の隆起をもろに腹部に喰らって打ち上げられる最悪の事態だった。
「……が……!!」
「どうしてそこまでしてこの場に残ろうとなんてするんです。
あなたでは、いえそもそも貴方でなくても僕が相手では勝てない。単純に壊れないルーシェウスとも違う、干渉そのものができない僕の不壊性能では、そもそも足止めすらできないというのに」
地面に叩きつけられる最中に聞こえてくるその言葉に、竜昇はその言葉がどうしようもなく正鵠を射たものであることを再認識する。
わかっている。勝算など限りなくゼロに近い希薄なものであることも。
本来であればここでおとなしく引いておくことの方が賢い選択であることも。
(――けど、それでも--!!)
迫る魔法陣を前に歯を食いしばる。
動きの鈍い体に活を入れ、三度放たれた魔法陣が自身に到達するその瞬間にも死に物狂いで四肢に力を籠める。
そうして、足元まで来た魔法陣が輝きを帯びて、真上にいる存在を竜昇が元居たあのドーム球場へと転送して--。
「――は?」
直後、もはや逃れることなどできないはずのそんなタイミングであったにも拘わらず、竜昇は自身を追い詰めるその魔法陣からかろうじて脱出することに成功していた。
天高く、片足はおろか常人の身体能力では絶対に跳びあがれない高さにまで、その全身を酷く不安定なオーラで包み込んで跳びあがることで。
直後になす術もなく地面に落下して、その拍子にあっけなくそのオーラを霧散させながら、それでも。
「――なん、で……? 今――。……貴方はその系統の、自己強化の加護の類は習得していなかったはずだ……」
「――ハァッ……、ハァッ……、ハァッ……」
怪訝な顔をするサリアンに対して、竜昇は返答することなく痛む体で必死に荒い息を吐き、起き上がる。
サリアンの認識は間違っていない。
この不問ビルの中で習得したスキル、そこに収録されていた術技の中に、静が使っていたような身体強化や重量軽減のような身軽に動くための技術は存在していなかった。
しいて言うなら【軽業スキル】の中にならそれらの術技もあったのかもしれないが、既にスキルの大元となる記憶情報を奪われてしまっている竜昇では、それ以前に修得していなかったそれらの知識が新たに解凍されることなどありえない。
故に、今このタイミングでその手の技術を新たに習得することなど不可能だった、はずなのだが--。
「悪いな、確かにスキルの記憶は全部没収されたが、俺が取り込んでいる記憶はもう一つあるんだよ」
「――!? もう、一つ……?」
「アパゴの記憶だよ」
精神干渉に抵抗するためにハンナが作成し、アパゴ本人に携帯させて、そしてそのアパゴから奪う形で竜昇が取り込んでいた記憶の栞。
ルーシェウスが作成したスキルカード、それに由来するスキルの記憶は確かにあの時回収されて失われていたが、一方でそんなアパゴの記憶については作成者が違う関係故か取り上げられることなく、竜昇の中に残ったままとなっていた。
そして、このアパゴの記憶の中に収録されているものは思考の基盤となる言語情報や【真世界】にまつわる真相の記憶だけではない。
かつて【新世界】が生まれて人類の大多数がそれに取り込まれるという大事件が起きた時、強力な身体強化を用いて同族共々難を逃れたアパゴ自身の体験すらも、本人の記憶としてこの栞の中に収録されているのだ。
地上にあるモノ全てが天へと吸い込まれるそのさなか、子供を抱えて空に吸い込まれる樹と樹の間を跳び回り、地上への残留に成功したほどの達人の技、その使用体験が。
「……技術を習得するための体系化された情報とまではいかずとも、実際にその技術を使用している人間の経験をなぞることで、その模倣くらいはできるようになった、と言う訳ですか……!!」
とは言え、サリアンに察せられているように、竜昇自身アパゴの習得していた技術を高い精度で再現できているというわけではない。
と言うよりも、かろうじて猿真似程度はできたモノの、スキルシステムのような技術習得を目的とした記憶ではない、思い出の追体験を模倣する形で使用したため、竜昇の用いたそれは本来のものと比べ欠陥だらけだ。
右足を故障した状態で高い位置までのジャンプこそ成し遂げられたものの、力加減の精密さなど望むべくもないし、効果時間もごくごく短時間。
たった一回爆発的な跳躍こそ成し遂げたモノの、制御できずに地面に落下しており、オーラに耐久性向上の効果も付与されてなければそれで死んでいたようなありさまだし、効果もすぐに切れてしまっており、同様の効果を次の使用時に引き出せるかどうかも定かではない。
技術として習得したとはとても言えない。
ただ苦し紛れに縋った知識や火事場の馬鹿力が偶々うまくハマってしまったといった方が近いような、そんな状況。
とは言え、むしろそんな状況であったが故に、それを目の当たりにしたサリアンには何やら思うところがあったらしい。
「……わかりません。復讐や報復が動機で無いというのなら、なぜあなたはそうまでして僕に挑んで来るというのです……?
勝ち目なんてどう考えてもないというのに、そんなに必死になって、命の危険を冒してまで……」
見るからに動揺した様子を見せながら、心底理解できないというそんな様子で、サリアンはなおも立ち上がろうとする竜昇に対してそう問いかける。
実際、サリアンにしてみれば訳が分からなかったことだろう。
有する戦力と不壊性能の性質を考えれば勝ち目などどう考えても存在しない、にもかかわらず、サリアンの判断一つで命さえ落としかねないそんな状況で、なおも竜昇は命を賭して歯向かい続け、戦意を見せ続けているというのだから。
それこそ、怒りの感情のままに向かってきているとでも言われなければ納得できないくらいに。
否定されたその理由以外に答えが見つからないほどに、この状況は【神造人】の少年にとって不可解極まりないものだった。
「なぜなんです……。なぜあなたは生まれ育った故郷の世界ではなく、あの地獄のような【旧世界】を選んだというのですか……。
あなたにそうまでさせる、その理由は、なんなんですか……?」
「別に、理由なんてたいしたものじゃないよ……。単に好みの問題だ」
「――は? 好み……?」
勝ち筋の見えない絶望的な状況に折れそうになりながら、それでも竜昇は杖で体を支えてどうにかその場で立ち上がる。
そのうえで口にするのは、いくつか思うところあっての挑発的な言葉。
「二つの世界を比べてみて、本来の世界の方が俺の好みに合っていた。
結局のところ、俺が本来の世界を選んだ理由なんてそれだけなんだよ。
いろいろと考えて、悩んで、迷った末に、俺はどっちが自分にとって好ましいかで、この先の未来を選んだんだ……!!」
「バカな……。いくらなんでも、そんな理由で……!!」
竜昇の言葉をどう受け止めたのか、サリアンは愕然とした様子で実体のないその身を震わせる。
直後にその顔色を染めるのは、この少年が初めて見せる激情の色合い。
「――あなたはッ!! 自分が何を言っているかわかっているんですか……!? 生まれ育った世界を滅ぼすと、あなたは今、自分でそう言っているんですよ……!?」
「――ああそうだ。滅ぼしてやるよ、あの世界を……!!」
「な……!?」
きっぱりと、あまりにも躊躇なく返されたその言葉に、今度こそサリアンは言葉を失い呆然と立ち尽くす。
故郷たる世界を滅ぼす。
それは竜昇達が事情を知り、今後について話すその中でも、ある種徹底して避けられ続けていた表現だ。
【決戦二十七士】に味方することが何を意味するかを理解して、実際に静が彼らに味方する形で参戦を決めたその際にも、竜昇達は徹底して目をそらすように、世界を『滅ぼす』と言うその言葉を使うことを避け続けてきた。
だが今この時、その道を進むと決めた竜昇ならばもうその言葉を使うこともためらわない。
「たとえそれが故郷を滅ぼす行為だったとしても、それが必要だと分かった以上俺はやるよ……。
もうこれ以上、それを躊躇うつもりは俺にはない……。
その結果残るのが、あの地獄のような世界なのだとしても、俺は――」
「--もう、いいです……!!」
そうして、示される竜昇の決意表明に対して、遂に宙に浮くサリアンが耐えかねたかのようにそう声を漏らす。
それはこれまでの彼が見せてこなかった、苛立ったような感情の発露。
「--もう、いいですよ……。もう十分……、いや――、たくさんだ……!!
言うに事欠いて『好み』だなんて、そんな理由であんな世界を選んだ人の言うことなんて……!!」
その瞬間、腹に響く、強烈な衝撃と共に地面が揺れて、巨大な地震と共に周囲一帯の建物に亀裂が走る。
「――ッ!!」
「――貴方のそれはただの思考放棄でしかない……!! あなたのそれは……、突きつけられた難題に答えを出しあぐねて、ただ考えることそのものを放棄した、それだけだ……!!」
襲い来るのは体が浮き上がるような奇妙な感覚。
重力の異常、と、竜昇がそのスケールの大きすぎる事態を理解するその間に、周囲では建物や大地に次々と致命的なまでの亀裂が走り、そうして分かたれた大地がまるでサリアンの憤りを現すかのように次々と宙へと浮き上がる。
「どうやら、僕は随分な見込み違いをしていたらしい……。
もう結構です。あなたがこの場を退去することすら拒むというなら、それすらももう求めない。
これ以上目障りな判断を重ねるその前に、貴方にはこの世界の行方を決する戦いから消えてもらう……!!」
そう言った次の瞬間、砕けて浮き上がった大地の破片が一斉に竜昇の元へと飛来し、襲い掛かる。
スケールの大きい、しかしどこか癇癪のような暴力が、勝ち目のない戦いを挑む愚か者を叩き潰すべく容赦なくその力を発揮する。
どこかで、誰かが笑う声が聞こえたような気がした。




