269:胸の内の理由
迫る戦い、セリザによる試練の瞬間を予感しながら、その前の準備のように静は問いかける。
半ば答えを予感しながら、それでも自らの手で逃げ道となる可能性を断つように。
「試練の内容を聞いた時から、いえ、厳密にはその内容を推測していたころから疑問ではあったのです。この塔の中には【決戦二十七士】の方々など、単純な強さで私以上の方など何人もいたはずなのに、なぜその中から私が試練を受ける人間として選ばれたのだろうと」
【神問官・セリザ】を打倒する。
仮にそれが彼女の試練を突破するために必要な解答なのだとすれば、彼女自身がそうと見込んでいるのであれば、この塔の中には静以上に挑戦者として適任な者がいたはずだ。
なにしろ、静が石刃を受け取ったのはまだたいしたスキルも習得していない初期のころである。
今でさえ【決戦二十七士】の面々には単純な実力では劣る状態にあるというのに、あの当時の自身がセリザを打倒できると見込まれるほど、その可能性が高いと言えるほどのなにかがあったとは到底思えない。
「ですが実際の理由は単純でした。要するに私は、貴方が次の候補者を探せるようになるまでの、ただの繋ぎだったのではありませんか?
他の【神造人】の方々との付き合いから観測できる人間を制限され、【決戦二十七士】の顔ぶれを知ることができなかったあなたは、その間石刃を自分の手元で遊ばせておくのも嫌だったものだから、ひとまず観測できたプレイヤーの一人に、場繋ぎのためだけに【始祖の石刃】を貸し出した」
「一応、多少の訂正をしておくとね」
そうして、淡々と問い詰める静に対して、セリザもまた穏やかな口調で前置きのようにそう発言する。
「さっきも言った神様に設定された直感、それがあんたに対して働いたって言うのも決して嘘じゃないんだ。無論実力だけでいうなら、あの時のアンタより強い人間は確かにいたが、期待値と言う意味ではあんたにかける期待は歴代の挑戦者たちと同じくらいのものはあった」
「ですが、やはりあなたにとっての本命が【決戦二十七士】の誰かだったことは間違いないのでしょう?
ああ、勘違いしないでください。自分が繋ぎ程度にしか思われていなかったことにプライドのようなものを傷つけられているというわけではありません。
そもそも私の場合、自分の戦闘力にそれほど誇りを持っているわけでもありませんから」
これは掛け値なしに静と言う少女の本音で、真実だ。
そもそも静は自身の戦闘能力と言うモノにそれほど自負やプライドなど持っていない。
なにしろ長い時間をかけて培われたものでもなければ、人生の中で大きく役に立ってきたとも言えないのが静と言う少女の戦闘能力である。
むしろ他者との隔絶を生む厄介なモノと言う認識があった分、自分などより優れたものが何人もいるというその事実にホッとしている部分すらある始末である。
もしも今、自分以上の候補者がいると知らされて、静にとっての気がかりがあるとすればただ一つ。
「答えてください。貴方が今私の前に現れたのは、すでに次の候補を見つけているからなのではありませんか?
貴方は私などよりはるかに有力な候補を見つけたことで、私の試練を早めに切り上げて、石刃を回収して次の試練に移るためにこうしてここに現れた」
「……これも訂正させてもらうけどね、別にアンタの試練に関してもおろそかにするつもりはさらさらないんだよ。このタイミングになったのも、単純に石刃を貸しだしてからの期間がそろそろ頃合いだったからって、ただそれだけの話だしね……。
ただ、そうさね……。次の候補者が決まっているという意味では、アンタのその予想は確かに外れちゃいない」
「誰ですか? その私の次の候補と言うのは?」
半ば答えを予想しながら投げかけた問いに対して、案の定返ってきたのはその予想していた通りの答え。
「――セインズ、セインズ・アルナイア・オハラ……。
お察しの通りさね。アタシが次に狙うのはあんたと同じ、けれどあんた以上にオハラの生き方に忠実なあの坊やだよ」
「悪いが、断る」
「……!!」
そうして静が一つの回答を突きつけられていたちょうどそのころ、こちらは竜昇の方が、サリアンに対して一つの回答を突きつけていた。
聞き間違いも勘違いの余地も微塵もない、どこまでも明白な拒絶の言葉を。
「いろいろと考えたが、やっぱり俺はお前達には協力できない」
ダメ押しのように竜昇がそう言って、サリアンは一瞬ショックを受けたように大きく目を見開いて、しかしすぐさま叩きつけられた言葉を飲み下すようにため息を吐き、落ち着きを取り戻す。
「――そう、ですよね……。--いえ、考えてみれば当たり前の回答です。ただでさえ僕らの都合で危険な目に合っているというのに、この上さらに命をかけろなんて流石に虫が良すぎました。
いくらあなただって、僕達のことはやっぱり恨んでいるのでしょうし……」
自身を納得させるようにそう言って、そうしてサリアンは座っていた席から音もたてずに立ち上がる。
「ご安心ください。先ほども言いましたが、ご協力いただけないからと言ってあなたに危害を加えるつもりはありません。
ひとまず僕らの方も戦いに決着を付けなければいけませんから、いったんあの前線拠点に戻っていただきますが、全てが終わったら今度こそ本物のこの世界にお返しいたします」
若干落胆を誤魔化すようにそう言いながら、それでもサリアンは竜昇に友好的に笑いかけ、恐らくは帰り道なのだろう、ここに来た際使ったのと同じ魔法陣を足元に浮かべる。
「お付き合いいただいてありがとうございました。ちょうど上でも戦いが始まったようですし、この場はここでお別れといたしましょう」
感情を押し殺しているのかどこか逃げるようにそう言って、サリアンは竜昇に対してそうして作成した帰り道を促してくる。
恐らく、そこに足を踏み入れればあの前線基地に帰れるというその言葉に嘘はあるまい。
この魔法陣を使えば、竜昇はまずこの少年の言葉通りに、安全な場所で決着を待つことができるのだろう。
けれど――。
「そうじゃ、ないんだよ……」
もとよりあの少年なのではないかと予想はしていた。
【始祖の石刃】の試練がまだ終わっておらず、その試練の内容が【神問官】との戦闘なのではないかと予想したその時点で。
他にも一応の候補はいたが、それでもある程度静の中で、本命の狙いがセインズなのではないかとそんな予想はついていた。
ここまでの問答も、言ってしまえばそんな静の予想との答え合わせと、欠けていたいくつかの情報、不可解だった欠落を埋めていく作業だったに過ぎない。
そしてその予想が当たっていたと判明してしまった以上、もはや静もこの敵を相手に退くわけにはいかない。
「少しはやる気になったようさね……。
まあ、実際あの坊やは【決戦二十七士】にとって最大戦力だ。さっきの戦士達の長も、その最大戦力を守る役目をアンタに期待していたんだろうし、そんな奴らに協力を申し出ているアンタとしちゃぁ、アタシをみすみす先に行かせるわけにはいかないだろう」
「--ええ、そうです。別にセインズさんが誰かに守られるタイプとも思えませんが、大事な戦いを控えるあの方たちに、余計な横槍を入れられては困るのです」
だから、と、そう言おうとして、しかしそれより早くセリザの方がそれを阻む言葉をぶつけてくる。
「――けど、それだけじゃあ不足さねェ……?」
まずは突きつけておくべきだと、そう思った。
これからのことを考えたその時に、その部分を勘違いされていたのでは困るから。
「まず大前提として言わせてもらうが、俺がお前の協力要請を断ったのは、別にお前らのことを恨んでいるからとか、単純に嫌いだからとか、そう言う悪感情による理由じゃない」
「……そう、なのですか?」
「ああ……、そうだ。だって他ならぬ俺自身が、そう言う理由で進む道を選ぶような真似はすまいと、そう決めていたから」
「……そう、ですね。確かに、貴方はそう言う人でした」
竜昇の言葉に、サリアンがわずかながらも、どこか安堵したような、そんな表情を浮かべて見せる。
そんな彼に対して、今この場で竜昇が言うべきことはただ一つ。
「--けど、逆に言えば、お前らのこれまでの所業に俺自身なにも感じていない訳じゃないんだ――」
「――不足、ですか?」
「ああ、そうさ。義務感も責任感も立派な動機じゃあるんだろうが、けどそれだけじゃあ、アタシの試練を受ける理由としちゃちょっとばかり弱い。
――だからこの際だ、アンタにはもう一つ、負けられない理由を追加してやろう」
ゾワリ、と、静の背筋を嫌な予感が駆け巡り、目の前ではその予感を肯定するようにセリザがこれまでで一番壮絶な笑みを浮かべる。
止める間もなく口にされるのは、確かに静にとっては無視できない、なによりも鮮烈な理由。
「今からここでアタシが勝ったら、その後アタシはあんたの大事な、あのタツアキとかって小僧を殺しに行く」
「--だから他に理由があるのなら、こういう真似をためらう理由もない」
「……はい?」
その瞬間、目の前のテーブルを飛び越えて、静が手にした小太刀でセリザの元へと斬りかかり――。
――それとほぼ同時刻に竜昇もまたテーブルの下に隠した手からサリアンへと向けて迅雷の閃光を撃ち放つ。
奇しくも、二人がそれぞれ別の場所にいながら言い放つのは、共にまごうことなき戦闘開始の宣言。
「いいでしょう。そちらがその気ならその試練受けましょう」
「悪いがお前は上には行かせない。命を懸けてでもここで止めなきゃならない理由を、もう俺は知っているから」




