266:オハラの血族
摩天楼の最上階で一つの真実が語られる。
異端にして典型ともいえる【神問官】の口から、掛け値なしに異端と言える、そんな人間の一族について。
「オハラの血族ってのは、あの戦乱の【旧世界】の中にあって、特に強力な武人を何人も輩出していた一族なのさね。
立場的にはとある国の一貴族って立ち位置だったんだが、その異質さと武功の数故に、知名度は一貴族なんて範疇には収まらないものがある」
「武家の名門、と言うことでしょうか……? それは――、確かに警戒される理由にはなるのかもしれませんが――」
「――いやいや、そんなものじゃないのさね。あー、まあ、間違ってるって訳でもないんだが、そんな程度の話でもない。
なんと言えばいいか……、言っちまえばオハラの血族ってのは、自らの血筋の中で先天的に強い人間を生み出す試みをやっていた一族だ。
その手法は、アンタらの世界でいうところの品種改良って奴に近い」
「品種改良、ですか……?」
「ああ、そうさ。自らの伴侶として強い武人を選んで子をもうけ、そうして生まれた子もまた強い武人となって、己に互する実力ある武人を伴侶に選んで子をもうける。そんな交配を、オハラの連中はそれこそ千年近く前から延々と繰り返していた」
セリザの言葉に、静は若干遅れて、ようやく彼女の言う『品種改良』と言う言葉の意味を理解する。
一つの種の中で特定の性質を強く発揮した個体同士を掛け合わせ、生まれた次世代の中から同じ性質が強く出たモノを選び出し、やはり同じ性質を強く持った個体と掛け合わせる、と言う、そんな工程を繰り返す農作物や畜産、ペットなどにも使われていたというそんな手法。
「オハラが特殊だったのは、その品種改良じみた婚姻を誰に強要されたわけでもないのに先祖代々延々と、まるで自ら望むかのように絶やすことなく続けてたってところさね」
『まあ、当人たちが先祖代々、強い異性に惚れる家系だったって説もあるんだが……』と、そんな何処まで本当なのかわからない情報を加えてセリザは静に対して問いかけるように笑みを投げかける。
『その点、当人であるアンタはどうなんだい?』と、言外にそう問いかけながら。
答えを返せずにいる静に対し、わずかに待った後セリザは再び話を続ける。
「なんにせよ、この品種改良に対する連中の徹底ぶりは尋常じゃなかった。
普通人間の、それも貴族とあれば、政略結婚だのなんだのでこの手の試みには一定のブレが生まれるもんなんだが……。オハラの連中の場合、この伴侶選びにおけるブレの無さが知れ渡っていたくらいでね。
やれ武勇で名高い名門貴族の娘を、手合わせしたら期待外れだったからと言って追い返した話だとか……。
似たような理由で王族の、それも結構な色男を振っておいて、自分は貧民街で拾った孤児を弟子として育てて最終的に婿にしたとか……。
他にも自分を殺しに来た暗殺者の娘を娶っただの、婿選びと称して闘技大会を開いた挙句、優勝者に決闘を挑んで殺して『こいつじゃなかった』と言ってのけただの、純愛なのか横暴なのか判断に困るような逸話がゴロゴロ出てくるような家系でねェ」
「それは……」
ここまで聞けば、流石に静も自身の家系の異常さがよくわかった。
たしかに、しがらみの多い人類社会の中にあってここまで初志貫徹しているというのは尋常ではない。
加えて、ここまで徹底しているとなると、先ほどの本人たちの嗜好だったという説にも一定の理解が及ぶ。
いくらなんでもここまでの所業、本人達自身の意志が無ければ流石にここまでの事態には陥るまい。
「……一説には、そうしたオハラの伴侶の中にはアタシらみたいな【神問官】も含まれてたって説まであったくらいさね。特に【オハラの血族】の中には、その中でもごく一部に発現する【聖属性】って言う特異性もあったからね。
言われて納得する奴も多かったのさ。今のオハラの血族のその血の中には、人ならざる【神問官】の血まで混じってるんだ、ってねぇ」
「それは――、そもそも可能なモノなんですか……?
【神問官】と人間の間で、子を成すなんて、そんなこと……」
「さぁねェ……。けど、そもそも【神問官】は神が人間を模して作ったモノって言われてる存在さね……。それを考えればまあ、人間にできることは大概できたとしてもおかしくはない……」
あくまでも真偽は不明と言うスタンスを取りながらも、十分にありうる話としてセリザは静にそう語る。
確かに神様が作ったという触れ込みを考えれば、人にできて【神問官】にできないことはないというのも一つの考え方だ。
加えて、オハラの家系だけにまれに現れる特異体質があるのだとすれば、その理由としてなにがしかの血統的要因があるのだと考えるのも自然な話ではある。
事実かどうかはともかくとして、オハラが【神問官】の血を引く子孫であるという話は確かに信じる人間がいてもおかしくなさそうな話ではあった。
「なんにせよ、何代にもわたって続けられた品種改良によって【オハラの血族】は【旧世界】の中でも突出した存在となっていた。
身体機能については、まあそれでもまだ『人間』の範疇に留まってはいたんだが、より特異性が高かったのはその精神性だ」
「精神性……」
「これに関しては他ならぬあんた自身が覚えがあるんじゃないさね?
さっき言った強い人間を好むって傾向もそうだが、オハラの連中は精神構造からして戦うことと強い子孫を残すことを念頭に最適化されている。
危機を前にしても動じない精神力、常に最適解を導き出せる思考能力、感情に左右されることなく時に非情な判断すら躊躇わずに行える合理性……。
体の使い方についても、より効率的な動きや武術的な立ち回りが本能のレベルにまで刻み込まれている始末だ。
無論、歴代の血族の中にはそうした特性を持ち合わせなかった奴もいるにはいたが、あの世界の性質上そう言う奴ほど戦乱の中で生き残れなかったし、ことが精神性の問題であるせいか、まともな奴ほどオハラの家からはむしろ離れようとする傾向があった」
品種改良において重要な一つの要素、望む特性を持たぬものを淘汰するシステムが自然な形で存在していたこともまた、オハラの血族の品種改良を成功させる大きな要因となっていたのだろう。
通常そのような名家とあればお家騒動の一つも起こりそうなものだが、実際にはそう言ったまともな感覚を持ったものほど周囲に満ちる異常な者達に愛想をつかしてオハラの家からは離れていった。
常人では付き合いきれない異常な精神の持ち主ばかりが生れ落ちる、ひたすらに強さに特化した、そんな家系。
そしてそんな家系の最新の世代の一人が、今ここにいる小原静と言う自身なのだ。
「アンタがこれまで何の訓練もなく、武術系のスキルの習得もなしに大立ち回りができていたのも、そう言ったオハラの特性によるところが大きいんじゃないかとアタシは見てるよ
これについてはむしろあんたの方が実感しているかもとは思うけどね」
「……ええ、そうですね」
それは聞けば聞くほど、他ならぬ静自身が納得させられる話だった。
これまで静自身が明確に自覚しながらも、しかしはっきりとした正体がわからなかった漠然とした異常性。
その正体と原因について、これほど的確に言語化し、かつ感覚的にも納得がいく説明がなされている言説に、少なくとも静はこれまで出会ったことがない。
まるで視界にずっと霧が立ち込めていたのが、急にその霧が晴れて遠くを見渡せるようになったかのような、そんな感覚。
突如として視界が晴れたことによるすがすがしさと、同時に視界が開けたことによって、やっぱり自身の周囲には誰もいなかったのだと分かってしまったかのような、そんな小さな寂寥感。
「まあそんな家系だったから、【旧世界】から【新世界】に人間を移行させたとき、【神造人】も【オハラの血族】には注意を払ってたんだ。
あんたの家の家名が『小原』のままなのも、【オハラの血族】なんて特殊な家系の人間が、あの世界で他の人間たちに紛れて分からなくなるのを避ける為って意味あいが強い。
通常は【新世界】に移行したときにあの世界観にあった適当な姓を割り当てられるものなんだがね……。元の世界の人間には家名なんてない奴も多かったから」
とは言え、そうして目を付けられていたものの、結局のところその【オハラの血族】でさえ、あの世界で行われていた精神干渉には逆らえなかったのだろう。
静が知る限り、両親や親戚筋の人間の中に静のような決定的な齟齬を抱えている人間はいなかったようだし、この点については【神造人】達の危惧に反して、彼らは意外なほどあっさりとあの世界に順応できていた。
(――ただ一人、精神干渉への耐性を獲得し、オハラとしての性質がむき出しのまま生活することになってしまっていた、私と言う存在を除いては……)
とは言え、いかにオハラの血族に耐性保持者が現れたとは言っても、実際のところそれ自体は、当時の彼らにとってそれほど問題にはならなかったことだろう。
【神問官】達が警戒していたのはあくまでも本来の世界の記憶を持つオハラの人間であって、【新世界】で生まれた静が耐性を持っただけなら普通の耐性保持者と変わらない。
当の静本人にしてみれば、戦乱の世界に最適化された精神性と平和な世界との齟齬に悩まされる羽目になっていたわけだが、それだって窮屈さを感じてこそいたモノの決してうまくやれていなかったわけではないのだ。
せいぜいがビルの中に取り込んだ際、他のプレイヤーよりちょっとだけ立ち回りがうまくて、戦力として優れている代わりに始末するのに多少の手間がかかるという、結局のところ【神造人】達にとってはその程度の差異でしかなかったことだろう。
ただ一人、恐らく目の前にいるこの相手を除いては。
「--オハラの血族についてはよくわかりました。その名が持つ意味も、それが私自身にどうかかわって来るのかも……
なのでここからは、貴方とこちらの【神造物】についての質問です」
そう言って、静は自身の持つ【始祖の石刃】をテーブルの上に、両者のちょうど中間あたりに置く形で提示する。
【オハラの血族】、その正体については喜べる情報でこそなかったものの、納得できるレベルで十分に知れた。
ならば次に問うべきは、恐らくは目の前の相手にとっても本題であるだろうこの【神造物】についてだ。
なぜ、試練も受けていない静の手の中にこの【神造物】が、それもその試練をつかさどっているだろう【神問官】が健在なままでこうして存在しているのか。
とは言え、実のところこの疑問の答えについては静の中でもある程度推測できているところがある。
「――単刀直入に聞きます。要するに、【始祖の石刃】にまつわる試練はまだ終わっていないのではありませんか?
と言うよりも、私はこの石刃を貸し出される形で、今まさに試練を受けている最中なのでは?」
問いに投げかけたその言葉に、目の前に座るセリザが楽し気に、そして満足げにニヤリと微笑む。
その表情こそが、静の導き出した解答への、なによりも雄弁な判定だった。




