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262:最大の



 二人の【神問官】がそれぞれ目を付けた人間と茶会を共にしていたちょうどそのころ、別の場所では予てから想定されていたその瞬間、その戦いが今まさに始まろうとしていた。






 その瞬間を、アーシアは酷く不本意な思いで向かえ、一度のため息とともに己の思考を切り替える。


「連中、そろそろ例の階層にたどり着くわ。向こうはセリザの介入があったとはいえ碌にぶつかりもせず準備万端みたいだけど、サリアンの方は?」


「やはりまだ戻ってきていないな。恐らくは監視カメラもない空白領域にいるのだろうから、こちらからでは様子をうかがうことも難しいが」


「……そう。それじゃあやっぱりあいつ抜きでやるしかないのね」


 この期に及んでどこかに姿を消してしまった同胞の身勝手に、アーシアは内心の苛立ちを噛み殺してもう一度ため息を吐く。


 既に準備は整っていて、サリアン抜きでも迎撃はできなくはないが、それでもこのタイミングでの不在と言うのは正直痛い。


 なにしろ他の階層への転移や環境設定の能力など、あの少年一人いるだけで利便性と取りうる手段の幅が格段に変わって来るのだ。


 一応の用心として、あるいはこうなる事態もルーシェウスは想定していたのか、メンバーの誰か一人がかけたら戦闘不能になるといったような事態にならないよう準備は進めてきていたわけだが、それでも敵が万全の態勢にあるというのにこちらは三人のうちの一人をかいた状態で迎え撃たなければならないというのはやはり頭の痛い事態ではある。


「やはり、行くのか?」


 そんなアーシアの考えをどこまで読み取ったのか、ルーシェウスが意図の読めない無表情のままでわずかに振り向き、そう問うてくる。


 その問答は幾度も繰り返されてきたもので、そしてだからこそ、既にアーシアの中で答えなど決まり切っていた。


「いくわよ。あの子たちが戦うんだもの。せめて同じ階層でくらい、その様子をきっちり見届けるわ」


「意味などないぞ。……いや、お前自身の能力を、その弱さを考えればいっそ有害なくらいだ。お前は確かに有する鏡の目の性能こそ破格の強さだが、その分お前自身が圧倒的に弱すぎる。スキルを用いてなお、まともな戦闘能力が身につかなかった例など他に知らないくらいだ」


「うるっさいわねッ、大きなお世話よ……!!」


 言われようが流石に癇に障ったのか、アーシアが半ば噛みつくようにルーシェウスに対してそう言い返す。

 とは言え、どういい返したところでアーシアと言う【神造人】の少女の実情が変わる訳ではない。


「お前は弱い」


「……ええ」


「確かにお前がいれば、お前の鏡の目による援護も可能になるだろう。だがそんなもの、あの侍女を連れて他の階層から行っても事足りる。確かに連携のとりやすさと言うのはあるだろうがそれとて言ってしまえば誤差の範囲だ。

 はっきり言えば、お前が戦場となる同じ階層にいる意味はまず無いと言っていい」


「わかってるわ」


 背を向けた状態のまま、今度はアーシアも感情的になることなく冷静な声でそう返答する。

 そう、実際よくわかっている。

 戦略的に見て、自分が戦場となる階層に出向く意味などないことくらい。


 むしろ自身を守るためにあの子たちに負担をかけることを考えれば、おとなしく別の階層に引っ込んでいた方がいいことなどアーシアであっても理解の上だ。

 それでも、そうと理解してなおこのアーシアと言う少女は自身が参戦するというその決定を覆さない。


「わかっているのよ。自分が確実に足手まといになることくらい。それがあの子たちに余計な負担を強いる愚策だってことくらい。

 けどね、これは私の戦いなの。

 戦うのはあくまでアタシで、あの子たちはそのために命を吹き込んだ、あくまでもそのための道具……。

 それなのに実際の戦いはあの子たちに任せて、アタシだけ安全な場所で結果が出るのを待ってるなんて、そんなの、他ならぬ私自身が許さない」


「――そう、か。それならばもう、何も言うまい」


 道具と呼んだ者達にそれなりの思い入れを抱いているくせに、それでもなお己の戦いへ向けて歩き出すアーシアに、ルーシェウスは思いを飲み込むように目を閉じて、代わりにただ一言そう告げる。


 そうして、そんな言葉を最後に、二人の【神造人】は互いに背を向け、やがてアーシアがその一室から姿を消したことでその階層にはただ一人の【神造人】が残される。


 ただ一人となり、何気なく虚空を見つめながらルーシェウスが思うのは、今のこの会話に対して思う一つのこと。


「これもまた、お前の計算通りなのか? 我が創造主たる神よ」


 問いかけに、しかし答えを返す声はなく。


「注意せよ、同胞たちよ。我々にとって本当の意味での敵は、目の前にいる相手とは限らないのだから」






 扉から外に出たその瞬間、目の前に広がっていたのは、華夜が生まれ育った世界でならどこにでもありそうな、なにやらオフィスビルの一階と思しき小さな建物の中だった。


 これまでの階層に比べるとひどく狭い、小さなオフィスがいくつか入っていそうなビルの、階段隣の用具倉庫のような扉から外に出て、華夜は先にこの階層に踏み込み、階段を上る形で待ち構えていた他の【決戦二十七士】のメンバーと顔を見合わせる。


「なんだここは……。随分と小汚くて狭い場所ではないか……」


 扉から出て周囲の様子を確認する華夜の背後から、弓を構えたヘンドルがいかにも不満げな様子でそう漏らす。


 とは言え、これについては何も彼の好みに合わなかったというような単純な話とも言い難い。


 持っている戦闘力の大きさに比例して、【真世界】の人間の攻撃手段と言うモノは往々にして大規模なものになりがちだ。

 無論【決戦二十七士】に名を連ねるような者達は狭い室内での戦闘にも対応できるだけの実力は兼ね備えているのだが、それでもここまで狭い室内ともなると使える手札や対応の幅に一定の制限が出てくる。


 加えて、敵である【擬人】達の大半は、こちらを抹殺するためなら自身や味方への損害等気にしない性質の者達だ。

 自爆や同士討ちをリスクとしてとらえていない以上、こんな建物の中での戦闘は基本的に生身の人間たちの集団である【決戦二十七士】側に不利と言っていい。


「おい小娘、この階層の建物は一体なんだ? 偽の世界で暮らしていた貴様なら、この建物の正体についてもあたりがついているのだろう?」


「……ん。たぶん、よくあるオフィスビルをモデルにした階層なんだと思う。私たちの世界だとありふれててパターンも多いし、そもそも大人の方が縁のある建物だから、私もそんなに詳しくないけど……」


「……なんだそれは。貴様を連れてきた理由の半分はこうした場合での情報提供なのだぞ。もう少し役立つ情報をきりきり吐かぬか」


「――おいおっさん。協力者のガキ相手に随分と粋がるじゃねぇか」


 そうして、横柄に華夜に命じるヘンドルに対して、それに割って入るようにハイツが武器を差し込み、華夜の身を後ろに押し返しながら彼自身とその立ち位置を入れ替える。

 【決戦二十七士】に参加してすぐにわかったことだが、どうやらこの二人はその出身故に相当に折り合いが悪いらしい。


 もっとも、華夜がハイツ以外の【決戦二十七士】のメンバーについて知ったこと自体つい最近であるため、そもそもこのヘンドルと言う男性のこと自体ほとんど知識は持っていないのだが。


「――ふん、下賤な貧民街出の下民が、名誉ある部隊に選ばれたことでこの私と対等とでも勘違いしたか?

 あまり無礼を働くようだと神に選ばれた訳でもない数合わせの貴様など、この場で無礼討ちにしてもかまわんのだぞ」


「――ハッ、世界が傾いて貧乏暮らしに転落した、落ちるのが大好きなお貴族様は言うことが違うなぁ? そのなんの役に立つのかわからないプライドは、さぞかし落っこちる時にいい重しになるんだろうよ」


「……下郎……!!」


「そこまでにしておけ」


 そうして一触即発の雰囲気になったそのさなか、団長であるプライグ・オーウェンスがそんな二人に待ったをかける。

 ここまでは、多少の言い合い程度であれば見逃したが、これ以上争いを発展させるなら許さないというそんな様子で。


「すでにこの階層は敵地。ここまでの攻略済みの階層とは違い、罠の待ち受ける敵陣である可能性は高い。特に前回の戦いの様子から見て、敵方はかなりの準備を整えている様子であったしな。

 これ以上、さらに言葉は必要か?」


「……いや」


「――ふん、わかっている」


 両者ともに決して納得しきってはいない様子だったが、しかし同時にこれ以上の言い合いも不毛と考えたのか渋々と言った様子で口を閉ざす。


 そして口を閉じた以上はプライグももうなにも言わない。

 もとより、実力者故に曲者ぞろいのこの集団で完全な統制など取れるわけがないとそう理解しているがゆえのその対応。

 そうした意思表示と、そしてこの場の状況への理解が働いて、ひとまず華夜達は上の階へと歩を進めることにする。


 プライグの指示の元、華夜を含めて計十人いる【決戦二十七士】の部隊が計四組に分かれて、ハイツともう一人が最上階へ、残る者達も二、三人で一組に分かれて、四階建てらしきそのビルの各階へと分散して調査に乗り出すこととなる。


 華夜自身もカゲツ、そしてヘンドルと共に三階を探索し、そうして目の当たりにするのは華夜の知るオフィスビルとは違う奇妙な光景。


「……なんだろう、この部屋……。わたしが知っている会社のイメージより、なんだか……」


「どうかしたのかい?」


 首をかしげる華夜に対してそう問いかけるのは、男性と見紛うばかりの整った顔立ちと立ち居振る舞いをした、腰の三本の色違いの鞘を下げて、そこに一本の刀を差した美貌の剣士。

 否、本来三本の鞘と一本の刀と言う取り合わせだったその装備は、しかし今は腰の後ろにもう一本刀が加わって、彼女と言う戦力をある意味でそれ以上の戦力へと押し上げている。


「――ん。なんとなく、この部屋の設備がビルの感じと違って、随分ハイテクな気がして……」


 各所に見えるハイテクなイメージのある機材、そしてオフィス内部の妙に進んだ内装に、先ほどまでのビルの様子との奇妙なちぐはぐさを感じて華夜は首をかしげる。


 とは言え、そもそもその感覚は【新世界】の様子を知る華夜にしかわからないものだったし、その華夜ですら漠然としか感じられていない違和感を他のメンバーに理解させるのはさすがに無理な話だった。


「――ふん。この塔の内装に整合性など求めてもどうにもなるまい。そもそもすでにこの塔のつくりは神の手を離れて【神造人】を名乗る輩の好き自由にされているのだからな。

 それより、この階層内に敵の姿が一切見られないというのはどういうことだ?」


 不機嫌そうなヘンドルの言う通り、華夜達はこの階層に出てからと言うもの、【擬人】と呼ぶらしきあの影のような敵に一切遭遇していない。


 それ自体は、この狭い空間での戦闘に不安を感じていた華夜達にとってはある意味喜ぶべきことではあったのだが、しかしこうもなにもないとなるとむしろ内心では不安の方が強くなって来る。


「――他の階に向かった連中も敵と遭遇した様子は無い……。それとも我らとの決戦に向けて戦力を引き上げたのか……?」


「ボスがいなければ、扉が開かないから私たちが先に進めなくなる、とか?」


「――それは、考えにくいな。それができるならもっと早くにそう設定していたはずだから。

教会の学者たちの見解でも、恐らくこの塔自体に神の設定したルールが前提として有って、いかにこの【神杖塔】の持ち主や【神問官】であってもその前提自体を覆すことはできないはずって言うのが彼らの見立てだった」


「――ふん、そもそも連中が神聖なる【神問官】であるのかすら我らは疑っているのだがな。神より与えられた使命を果たすのが役目のはずの【神問官】が、神の作品たる世界を踏みにじるなど本来あってはならない――、待て、なんだあれは……?」


 議論を交わしていたそのさなか、ふと窓の外の景色に目をやったヘンドルが唖然とした様子でそう呟く。


 とは言え、ヘンドルの反応に華夜達が視線をやっても、彼がいったい何に対してそんな反応を見せたのかはさっぱりわからなかった。


 そもそも、このビルにおける窓の外の光景と言うのはそう見えるように設定されているという、いわば映像に近いモノでしかなく、広い大通りと、その向こうに同じようなビルが並んでいるその光景には特に何か違和感がある訳でも――。


「――え?」


 と、そうして窓の外に目をやって、華夜もまた初めてその光景に違和感を覚えた次の瞬間、窓の向こうのビルの各所で一斉に光が瞬いて、同時になにかが爆発するような音と共に華夜達の足元、そこにあるビル自体が無視できない巨大な振動に揺るがされる。


 否、それは揺れるなどと言う生易しいものではなかった。

 ほんの一瞬のうちに、壁や床、天井や柱に一斉に亀裂が広がって、同時に先ほどまで壁だったその場所が次々に吹っ飛び、あるいは何かに貫かれ、足元が、天井が、まわりにあるモノその全てが一斉にその根幹から崩れ去って――。





 その瞬間、【決戦二十七士】がいたビルを襲ったそれは、まごうことなきビルそのものの崩落だった。


 柱の各所に爆薬を仕掛け、その起爆と同時に四方のビルから一斉に通常兵器や界法に依る集中砲火を浴びせかけることによるあまりにも強引な建物の爆破解体。


 だがそんな強引な手法も相まって、今標的となったビルは粉塵を巻き上げて、圧倒的な暴力によってなす術もなく、その根元部分から無残に崩れ去ろうとしている。


 中にいた、【決戦二十七士】の残党メンバー、総勢十名を丸ごと道連れにして。


 否――。


「――お、のれぇッ、舐めた真似をォッ――!!」


 崩れ去るビルの粉塵を突き破り、ことが起きた時に窓際にいたヘンドルが辛くも生き埋めになる事態を免れ外へと飛び出してくる。


 この【神杖塔】の中において、再現される各階層のつくりが基本的に全て屋内であるというのは半ば常識に近い先入観だった。


 だからこそ、最初にあの狭いビルの中に出た際、その建物すべてで一つの階層なのだと勝手に思い込み、勘違いしてしまっていた。


 実際にはあのビルの外にも、戦場となる広い空間が街並みと言う形で再現され、それが見えていたというのに。


(一つの建物に我らを集め、その建物を破壊して我ら全員を生き埋めにしようと言う算段自体は見事だがな……。生憎とあの連中はその程度で犬死するほど軟弱なものではないし、なによりこの私がいる限りそもそも生き埋めはない――!!)


 重力に引かれて地上へと落下しながら、ヘンドルはひとまず敵に狙われる状況から脱するべく、その手の弓の力を発動させる。


 自身に働く重力、その方向を自在に設定することで、設定した方向に落ちる形で疑似的な飛行すら可能にする【神造物】がその絶対的な権能を発揮して――。


「――ッ、なんだ……!?」


 直後、今までと変わらず、未だ地上へと向かって落下し続ける自身の状況に、ここへ来て初めてヘンドルは大きく動揺し、そんな声を漏らす羽目になった。


(――バカなッ、【神造物】の効果を無効化することなど……!?)


 【天を狙う地弓】の【権能】を発動させたはずなのに、なおも地上へと向かって落ちる自身の状況に、ヘンドルは混乱しながらもとっさに腰から携行矢を引き抜いて、それを地面に向けて投げ放ち、暴風の魔力を炸裂させることで何とか墜落の衝撃を緩和する。


 この期に及んで、とっさの対応で墜落死と言う最後から逃れて見せたヘンドルは間違いなく賞賛に値する戦士だったことだろう。

 実際、【神造物】の【権能】と言う、本来絶対的であるはずのものが不発に終わるというその事態は、そんな【神造物】を頼りとしていた戦士にとっては十分に判断能力を奪い混乱させる、特大な衝撃をもたらす事態であったに違いない。


 だが、いかにヘンドルがとっさに優れた対応ができる戦士だったとしても、敵に囲まれ狙われた状態で、その状況から脱する一手を突如として封じられてしまった状況に変わりはない。


「――バカな。こんな――、こんなことがある訳が――」


 次の瞬間、崩落したビルの傍で地面に転がったヘンドルの元へと、四方のビルから一斉に多種多様な攻撃が殺到し、抵抗のすべを失ったヘンドルの五体をあっけなくも木っ端みじんに吹き飛ばす。


 徒党を組んだ敵集団など、それこそ一方的に鏖殺せしめたはずの、そんな【神造物】の使い手足るヘンドルが、それこそなすすべもないまま、一方的に。







「……!! ヘンドル殿が、敗死した……!?」


「――!!」


 その瞬間、華夜はちょうどカゲツに抱えられる形で隣のビルへと移動した直後だった。


 集中砲火と爆破によるビルの崩壊が始まったその時、カゲツは腰に差した鞘から刀を抜き放つと、大火力の炎属性界法で崩落するビルの壁とその向こうの隣のビルの壁をまとめてぶち抜いて、そうしてできた穴を通過する形で華夜諸共隣接するビルへと跳び移ることで退避することに成功していた。


 そうしてどうにか安全を確保したその瞬間、物陰へと隠れつつ周辺の様子を確認したカゲツが目の当たりにしたものは、しかし予想外にも同じくあの状況から離脱したヘンドルが地上に落下し、間髪入れぬ周辺からの集中砲火によって葬り去られるその瞬間だった。


「なぜだ……!? ヘンドル殿なら飛んで逃れることもできたはず……。いくら付近に味方がいる状況とは言っても、自身に働く重力へ干渉するだけなら我らへの被害も考慮せずにできるはずなのに……」


 一見すると完璧にも思えるゲントール家の【天を狙う地弓】とそれを用いる運用理論だが、しかし実のところこの【神造物】にもただ一点、完璧とは言い難い巨大な欠点が存在している。


 それは敵だけでなく、味方までもが変化した重力の影響が及ぶこと。


 重力の変化から逃れる手段が手元に残る弓以外になく、その弓の効果が持ち主ただ一人にしか作用しない関係上、この弓は味方がいる環境で使用すると、変化した重力の影響下に容易に味方までも巻き込んでしまうのだ。


 だからこそ、集団で行動する際にはその【神造物】の運用に制限がかけられていたヘンドルだったが、しかし逆に言えばヘンドルの【神造物】で使用に制限がかかっていたのは弓と矢のうち矢の方だけだ。


 弓を用いた、自身に働く重力方向を変化させての飛行は自由にできていたはずだし、だからこそカゲツにはそんなヘンドルがなす術もなく地上に落下して、碌に飛ぶこともできずに集中砲火を受ける最後を迎えるなどとは想像だにしていなかった。


(なにをされた……。【神造物】が効果を封じられるなど聞いたことがない……。

 それに……!!)


 思いながら、カゲツは窓から見える周囲の光景の方にも目を向ける。


 華夜が『おふぃすびる』などと呼んでいた四角い建物、それらが多数立ち並ぶ、この塔の中にあってはありえないはずの光景を。


(【神杖塔】内部に広大な空間が広がっていること自体は問題ではない……。もとよりこの塔の巨大さは有名であるし、中が異空間になっているという説もまことしやかに囁かれている……。

 だが形作られる各階層は……。その内部は必ず屋内になっているという共通点があったはず……)


 どんな難関、どのような構造を模していたとしても、【神杖塔】内部の各階層は基本的に『屋内』だ。

 どれだけ外にそれらしい景色が広がっていたとしても、それは言うなれば壁にかけられた広原の絵画と同じで、実際にはそんな屋外など存在せず、見えるだけのその光景の中に出ていくことなどできない、そのはずだった。


 にもかかわらず、今カゲツたちは初めにいた建物から隣の建物へと移動していて、しかもそれ以外にも多数の建物が立ち並ぶ巨大な街の中にいる。


(――屋外を作ることができないというのがそもそも間違いだったのか……? それともこの場所が特別な階層であるが故の特例か……?)


 そんな風に、カゲツが自身のいるこの場所の奇妙さに頭を悩ませていた、そんなとき。


「――ん、街が、ある……!!」


 不意に傍にいた華夜が、窓の外の、なぜか上の方を見ながらそう呟いた。


「ああそうだ。どういう訳か街があるんだ。まったく、この階層は一体どうなって――」


「――ん、違う、街が、あるの。あの天井に――。違う……。円の内側になるように街が……!!」


「円の内側……? すまない、君はいったい何を――」


 言いながら、カゲツが華夜の視線を追って、そうしたことでカゲツはそこにありえない光景を垣間見る。


 ビルの前を走る道路、一際太いそれがしかし奇妙な曲線を描いて上へと伸びていて、その先が途切れることなく空の上の天井、そこにある逆さまの街並みへと続いているのを。


(--なんだ、あれは……?)


 華夜の言うようにまるで巨大な(リング)の内側にいるかのような、否、(リング)と言うよりも、それはまるで大きな筒の内側のような。

 天地が巨大な筒を形作るような形で繋がって、そんな光景が彼方まで続いてそこで円形の壁にぶつかるまで広がっているその光景に、カゲツは否応なく自身がどんな場所にいるのかを理解する。


 それは広大でありながらそれでも確かに閉じた世界。

 建物どころか一つの都市が収まるほどの巨大な密室、どこまでも巨大な、それでも、室内。


 そんな想像を絶する光景を前にして、それでもカゲツと違って華夜の方はそれでもその正体に思い当たる節があったのか、カゲツ同様呆然とした状態のままで彼女にとって耳慣れぬ言葉を口にする。


「スペース、コロニー……!!」






「--そう、【宇宙居住施設(スペースコロニー)】。それこそが今回、連中を迎え撃つために私たちが用意したあなた達の戦場……。あの世界においても理論の上でしか存在しない、【旧世界】の人間ではまず思いつけない最後の狩場よ」


 事前に用意していた管制室へと足を踏み入れて、共に入室した執事やメイドたちが配置につくのを眺めながら、アーシアは自身も用意していた席に着きつつこの場にいる、否、この階層にいる(・・・・・・・)全員へと呼びかける。


「この環境を選んだ理由はいくつかあるけれど、その中でも特に重視した要因は、ここで私たちを地面に繋ぎとめているものが重力ではない(・・・・・・)ということ。

 宇宙と言う環境故に重力が無く、施設そのものを回転させることによる遠心力がその代わりを果たしているということ……。

 そしてその性質故に、この場所では『重力の方向を変える神造物』は正常にその機能を発揮できない……!!」


 こと集団戦を想定するにあたり、【神造人】側にとって最大の障害となるのがヘンドル・ゲントールの所有する【神造物】、【天を狙う地弓】の存在だ。


 なにしろこの【神造物】、片割れたる矢を地面に打ち込む、それだけで、周囲一帯の全てのモノを天へと向けて落下させ、次の瞬間には【権能】の解除によって地面に叩きつけるという真似ができてしまう。


 実際に、歴史上でもこの方法を用いてゲントール家の人間が敵軍を葬った記録が何度もあるし、アーシアたち【神問官】側もそれがわかっていたからこの【神造武装】への対策を戦場となる階層の環境設定の段階から組み込んでいた。


 それこそ、最初に【決戦二十七士】の戦士達が遭遇した、階層の大きさを誤認させる罠と同じように。


 そして今回、最終決戦に向けてアーシアたちが用意した仕掛けはまだまだこれだけではない。


「――さあ、あなた達も存分に励みなさい。今日この場で、ただの人間でしかないあの連中はここで仕留める……。そのための武器も仕掛けも、この階層にはたっぷりと用意してあるのだから」


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[一言] 一瞬で爆散した…スキルたくさん持たせた影人に狙撃させてるのかな
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