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255:継承者の足跡

「言いたくねぇけどよぉ、おまえ説明と説得が下手すぎるだろ」


「――んん!?」


 医療用テントの中にいる四人との会談を終え、外へと出て歩き出した華夜のその背中にかけられたのは、外で待っていて追いついてきた男、ハイツ・ビゾンのそんな無慈悲極まりない言葉だった。


 驚いて振り返り、抗議の意味を込めて睨むと、最近になってようやく言葉が通じるようになったその男は、その視線こそ心外だとばかりに唇を尖らせながら、手にした武器を肩に掛けて歩きだす。


「いや、なんで不満そうなんだよ。外で軽く聞いてたが、説得は自分がやるなんて大口叩いた割に、お前の口下手ぶりは俺でもわかるくらいだったぞ」


「――ん、んん……」


 自覚している状況をストレートに指摘され、華夜は不満に思いながらも反論できずにそのまま黙り込む。

 実際、華夜自身自覚がないわけではないのだ。

 四人のプレイヤーへの説明と説得、結果的にはそれ自体はうまくいっていると思える状況な訳だが、しかしそれは華夜自身の成果と言うよりも、多分に状況と相手の理解力に頼った部分が大きい。


「ったく、なんで言葉が通じる今より言葉が通じなかった俺との時の方が意思疎通が取れてんだよ」


「……」


 呆れたように言うハイツに、過去の自分達のことを思い出しながら華夜は黙り込む。

 入淵華夜とハイツ・ビゾン。現在こそ並んで歩いている二人だが、しかしその関係性は実のところ極めて複雑だ。


 なにしろ、そもそも二人は最初に出会ったその段階で敵対し、挙句華夜はその場にいた父と共にハイツに敗れ、自分一人だけ彼に攫われる羽目になっていたのだから。


 今でもはっきりと思い出せる。

 目を覚ました直後、自身が攫われて鎖の魔法で拘束されていると気づいた時はさすがに肝を冷やした。


 なにしろ、華夜達がいるのはいつ敵に襲われるとも限らない危険極まりないビルの中。

 しかも厄介なことに、華夜達が移動した階層はハイツが攻略した際に撃ち漏らしがあったのか、生き残っていた【擬人】によってそれ以前の階層とつながる扉が閉ざされており、下の階層へ向かうためにはその途中の敵だらけの階層を一からクリアしなくてはならなくなっていたのだ。


 さらに、そんな階層にカヤを連れて来た男はと言えば、言葉が通じない上に明らかに負傷している。


 男の能力上、華夜が脱走を図れば高確率で鎮圧されてしまい、かと言って負傷している関係上、敵が押し寄せてきたら男が華夜を守り切れるかも相当に怪しい。

 そもそも仮に男の元から逃れられたとしても、華夜一人では強敵ひしめくこのビルの中で生き残ることすら難しい。


 まるで思いつく限りの悪条件を片っ端から並べそろえたかのような、男と共に共倒れする未来がありありと目に浮かぶ、そんな状況。


 そんな中で唯一幸運だったことがあるとすれば、それは入淵華夜と言う少女が口は回らずとも頭が回るタイプの人間であったということだろう。


 自身の置かれた状況を確認して、華夜はこのままではどこかに連れていかれるという以前にハイツと二人仲良く共倒れになりかねないとハイツからの脱走をひとまず断念。

 ここにいない父の城司、その安否への不安を、もっと言うならばハイツが父を殺しているかもしれないという懸念を父の強さとしぶとさを強引に信頼することで飲み込んで、共倒れするくらいならむしろハイツについて彼の向かう先に到達できた方がいいというその判断を優先して、自身を連行しようとするハイツにあえて協力と共闘を申しでるという大胆な行動に打って出た。


 幸いにして、華夜は医療系のスキルの持ち主だ。

 傷つき疲弊したハイツに対して、習得していた【魔法スキル・法医】の技能を用い、半ば寝込みを襲うように治療を施すことで彼に協力の意志を示し、ハイツもハイツでこのままでは共倒れになるとはわかっていたのか、華夜の衣服や装備に鎖の起点となる魔法陣を刻むことを保険にひとまず彼女との共闘を受け入れた。


 そうして、結果として華夜とハイツは捕虜とそれを連行する戦士と言う立場のままパーティーを組むという奇妙な関係を築くことになる。


 幸か不幸か、互いの利害一致と危機的状況によって結ばれたその関係は、特に問題のないまま襲い来る危険を乗り越えて、途中幾つかの妨害に遭いながらもそれらを突破して、あと一歩でハイツの目指す拠点と言うところまでたどり着こうとして――。


 その直前、死亡したハンナ・オーリックの遺体と遭遇し、何の因果かその記憶を入淵華夜が引き継いだ。


 実際のところ、それが果たして誰にとって幸運で、誰にとって不運だったのかは当事者である華夜本人にも判断しきれない。

 本来であれば、死亡したハンナはその記憶を仲間が引き継ぐことを想定して残していたはずだが、実際にはほとんど部外者だった華夜がなにかの運命のいたずらのように彼女の記憶を継承してしまった。


 かと言って、仮にハイツが彼女の記憶を継承していた場合、精神干渉への耐性を持たないハイツの人格に他人の記憶が流れ込むことによる深刻な自己同一性(パーソナリティ)汚染が起きていた危険もある。


 なんにせよ、ハンナの記憶を継承したことで華夜は【跡に残る思い出】とビルの裏に潜む敵についての重大な情報を獲得し、同時に思考基盤となっていた言語情報をも獲得してハイツたちとの会話も可能になった。


 その結果、どちらかと言えばあまり口のうまい方ではない華夜の交渉能力が言葉が通じなかった時よりも低下していることが判明するという皮肉な事態にはなってしまったが、それでも何とか交渉を成立させて、華夜自身が彼らに協力し他のプレイヤーの説得を担当する代わりに、説得に応じたプレイヤーを保護下に置いてもらえるよう取引を成立させた。


 それこそ、そうした関係を形成しようとしてうまくいっていなかった竜昇達四人が絶句するほどスムーズに。

 自分がどれほど難しいことをやってのけたのか、碌に自覚もしないまま。


「――で、どうなんだよ? あいつらはちゃんとこのまま戦いから手を引いてくれそうか?」


「――ん。一人は分かんないけど、あの様子なら残りの三人はそうなると思う。あのお姉さんも、少なくとも敵になることはない」


「――ま、それなら結果としちゃ上々だろ。少なくとも余計な戦いが避けられるようになったってだけで、お前を仲間に引き込んだ意味は十分ある」


「あの人たちの場合は、条件的にも多分やりやすかった方だと思う。

 ここに来るまでの間にスキルの秘密とか、いろいろ見破って交渉の機会をうかがってたみたいだし……。こっちもこっちで前と違って戦いを回避する方に方針が変わってたから」


 具体的な数字はあえて聞かないようにしていたが、華夜が来るまで、【決戦二十七士】とプレイヤーとの衝突は悲惨なものだった。


 なにしろ、ビルの側である【神造人】達はプレイヤーと【決戦二十七士】がぶつかるように様々な細工を行っていたのだ。


 なにもわからぬまま塔の攻略を行っていた【決戦二十七士】のメンバーと遭遇し、植え付けられた敵意のままに戦いに発展するプレイヤー達が後を絶たず、【決戦二十七士】の側も、当初は敵対者は抹殺する方針で動いていたため、双方におびただしい数の死者が出ていた。


 実際の死者数は、死亡状況が判明していない二十七士のメンバーもいるためはっきりしていないが。

 現実的な数字として、二十七人いたはずの選ばれた戦士たちの人数は、すでに半分以下にまで減っている。


 とは言え、ハンナの記憶を継承したプレイヤーと言う、双方の状況を知る華夜がこの場に来たことで状況は劇的に変化した。


 自分達とぶつかるように現れる若い癖にやけに実力が高い、しかし迎撃部隊と見るにはどうにも奇妙な戦士達。


 その正体が実際にはただ自分達とぶつかるように仕向けられた、本来救出すべき人々に戦う力を与えただけの、ただの一般人だったと判明したことで、それまでこのビルには自分達以外敵しかいないと考えていた【決戦二十七士】達の方針は大きく転換されることとなった。


 それまでの殲滅もやむなしと言う方針から、無理に敵対せず、プレイヤー達に自分達が置かれた状況を知らせて戦う理由を失わせるというそんな方向に。


 無論、交渉の余地なく襲ってくるならこれまで通り全滅させるだけなのだが、少なくとも相手の側にそこまで積極的に戦う理由がある訳ではないと分かったのだ。


 プレイヤーとの交戦によるものだけではないが、【決戦二十七士】の側にも決して少なくない犠牲が出ているし、戦力に余裕がある訳でもない以上、戦いを避けられると分かっただけでも与える影響、意味合いは大きい。


 加えて今は、その情報をもたらした本人である華夜の存在もある。


 遭遇する敵対者と同じ元プレイヤーで、本人が同じプレイヤーを説得する意思を持ち、なにより【跡に残る思い出】と言う、相手に状況を理解させるうえで非常に有用な技能を継承する、入淵華夜の存在が。


「――まあ、自分達がいいように利用されてると分かってむざむざ利用されるのはあいつらにとっても面白くはないだろうし、この状況であえて敵方につくほどの義理や理由がある訳でもないだろ。少なくとも最初の説得相手としちゃ、連中はまだしもくみしやすい相手だったんじゃないか」


「――ん、そうだといいけど」


 そう応じながらも、しかし実のところ華夜自身は状況をそこまで楽観視はしていなかった。

 確かに勝手に死地に放り込んでくれたという点でいえば【神造人】達は間違いなくプレイヤーの敵だが、同時に【決戦二十七士】の勝利はプレイヤー達にとって、故郷となる世界の破壊を意味しているのだ。


 無論【神造人】達が勝利したところでプレイヤーが元居た世界に帰れるかと言う問題があるため積極的に味方しようという人間もそう多くはないだろうが、逆に言えば全くいないとは限らないし、元の世界への帰還を条件に提示されれば彼らに味方するものが出ないとも限らない。


いかに崩壊の未来が待っているとは言っても、その未来は一八〇年後と言う、個人の寿命から考えれば途方もなく先の話なのだ。


 もっとも、戦力などいくらでも用意できるだろう【神造人】達が、そもそも今さらプレイヤーの助力を必要とするかと言えば相当に怪しいところだが。


(――どっちにしても、そうは、させない)


 自身が果たさなくてはならない役目、その難易度を頭の中で認識し直しながら、華夜は心中で改めてそう決意を固める。


(父さんたちは、私が死なないように説得する……!!)


 上を見上げる。

 否、正確には、今いるドーム球場の天井のさらにその先。

 竜昇達との遭遇で、思わぬ形で別れた後の行動がわかった、どこか上の階層にいるだろう父の存在を思いながら。

 自身が見出した最善の結末に、父を含めた少しでも多くの人間を引き込むことができるように。


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