254:開示される真実
大変永らくお待たせいたしました。
第七章の方を本日から更新していきたいと思います。
どうにか一年更新を開けずに済んだ……。
負傷者の治療を行う医療用天幕の一つ、本来は士官などが使う一人用のそれの中で治療を受けている患者と、それを囲む少女達の間には、酷く重苦しい沈黙が支配していた。
とは言え、それは別に負傷した少年の命が危険な状態にあったからではない。
この時すでに、重症を負っていた少年はそれでも意識を回復していて、ひとまずは身を起こして話に参加できるまでになっていた。
にもかかわらず、この場が沈黙に満たされているその理由は、少年の病状ではなくこの場にいる最も幼い少女、入淵華夜が語ったこの塔の真実に原因がある。
「――これが、私がここに来るまでの間に、と言うより割と最近になって、あの人たちと合流する直前に知った、この塔と外の世界に関する真実……。
あの【決戦二十七士】の人たちと、このビルの持ち主たちが戦っている、その理由」
「――いえ、待って、ちょっと待ってください……」
そうして真相を語った入淵華夜に対して、半ば悪あがきのようにそう言って、先口理香が右手で口元を掴みながら待ったをかける。
それはまるで、喉元まで入り込んで来た真実を飲み込めずに吐き出しかけているかのような、そんな様子で。
語られた真相を、彼女の中の何かが必死に拒絶しているかのように。
「――私たちの世界が、本来あった世界を塗りつぶして生まれた、紛い物……?」
「――ん、そう。実際に私たちの世界が生まれたのは私たちが生まれる、少し前。まだほんの、十八年前の話……」
「――その世界を維持しようとすると世界が滅びてしまうから、あの人たちはそれを元に戻そうとしている……?」
「……ん。このままだと元の世界は後三十年、私たちの世界も一八〇年くらいで限界がきて崩壊する。それを防ぐには、一番安定する元の状態に戻すしかない」
「――あり得、ません……!!」
そうして語られた真実に対し、しかし直後に露わになるのは理香の拒絶反応に近いそんな言葉。
「――嘘ですよ、そんなの……。いくらなんでも、そんな話があるはずがない……」
「理香さん――」
「だってそうじゃないですかッ!! 今まで私たちが暮らしていた世界が偽物って、そんなの一体ッ、何の陰謀論ですか……!!
そんな話があっていいはずがない……。そんなものが、真実である、はずが――」
「――そうでしょうか? 私はむしろ、今の話でようやく辻褄があったように感じたのですが」
「――し、静さん……!?」
不意に口を挟んだ静の容赦ないもの言いに、そばで聞いていた詩織が慌てた様子を見せるが、しかし小原静と言う少女はこの手の現実逃避を良しとするような性格ではない。
「以前からこのビルの外、私たちが育ったあの世界には疑念を持っていたのです。
やり方さえわかれば思いのほか簡単に使えてしまう、これまで発達してこなかったのが不思議なくらいの魔法の存在。
詩織さんが以前からたびたび聞いていたという精神干渉の魔力。
――それから、たびたび話に出て来た【オハラの血族】についても……。
全て今の話を前提に考えればつじつまが合います。もしも私たちが暮らしていたあの世界の歴史が、ほんの二十年前までまったくの別物だったのだとすれば――」
「――それがあり得ないと言っているんです……!!」
そうして、着実に細かい答え合わせを進めていく静に対して、やがてたまりかねた様に理香が叫んで待ったをかける。
視線と唇を震わせて、それでもなお紡ぎ出すのは悪あがきのような反証。
「――あり得ないじゃないですか……。だってあれだけの世界ですよ……?
西暦換算でも二千年、人類史と言う意味ではその倍以上……!! それどころか生物の歴史、星の歴史についてまで考えたら数十億年に及ぶんです……!!
それだけの歴史を持つ世界が、そんな圧倒的な量の過去の情報が、ある時を境にいきなり設定として生み出されたなんて、それこそ話としてあり得ないでしょう……!!」
【世界五分前仮説】と言う話を思い出す。
現実にありうる話という訳ではなく、あくまで思考実験の命題としての仮定の話。
今回のこの話は、『実は世界は五分前に生まれたばかりのもので、記憶や歴史などは全て五分前にそう設定されたものだったとしたら』と言うその仮定によく似ている。
仮定や比喩ではなく、あの世界は十八年前に生まれたものだと、入淵華夜は大真面目にそう言っているのだ。
だが実際問題、ただ過去をそう設定しただけのものだと考えるには一つ重大な問題がある。
なにしろ理香の言う通り、人類の歴史だけでも多様な国や民族ごとに数千年分、さらにその発達の過程で生まれた文化・文明まで考えれば、莫大な量の情報があの世界にはあふれているのだ。
例えばの話、図書館があったとして、そこに収蔵されるすべての本をたった一人で書き上げるなどいくらなんでも不可能だ。
ましてや、世界一つ作り上げるとなれば書き上げねばならない本は図書館一つ程度の量ではまるで足りない。
なにより、そもそも捏造しなければならないものは本だけではないのだ。
ただの設定だとしても、あるいは設定だからこそ世界各地域の歴史は綿密に作り上げなければならないし、書物をはじめとした文化・芸術作品の数々は竜昇が知るだけでも途方もない量になる。
そんなものを一から作り上げるなど、いかに神がかった力を持つ【神問官】や【神造物】の持ち主であったとしても、どう考えたところで現実的ではない。
それ故に、十八年より前の歴史の捏造など不可能なのだと主張して、逆説的に自分達が暮らしていた世界は本物なのだと、理香が必死の思いでそう主張しようとして――。
「--ん、それについてなら方法はある」
--直後にそんな儚い希望は、どこかマイペースな華夜の言葉によってあえなく断たれることと成った。
「……方、法……?」
「――ん。一から全部作るのは確かに無理。でもだったら、世界全部を一からなんて作らないで、元から別にある世界を丸ごと模写して、コピー&ペーストで全部丸ごと複製を作ればいい」
「複製……?」
「……ん。だから、モデルはどこかにあるんだと思う。
ここじゃない、それこそこことは違う世界に、オリジナルに当たる本来の世界が。
けどそれは、あくまでモデルになった別の世界であって、この世界じゃ、ない」
「……!!」
絶望的な、けれどどこか納得させられてしまうそんな論理を竜昇達は目の前の、どこまでも表情を変えないマイペースな少女に告げられる。
確かにその方法ならばそんな手段があるのかと言う問題はあれど、そもそもの方法論として不可能とばかりも言えなくなって来る。
そして手段と言うなら、そもそもこの世界にはそもそも不可能を可能にする【神造物】と言う手段があるのだ。
加えてこの場にいるメンバーならば、ただ一度の接触で同じ【神造物】ですらコピーできる、そんな規格外の実例を実際に目の当たりにして知っている。
それを考えれば、規模こそ違えど同系統の行いとも思えて、世界そのもののコピーなどと言う所業もあながち不可能とも言い切れない。
「――たぶんあの世界は、別の世界のコピー、あるいは盗作みたいなものなんだと思う。
元々描いてあった世界っていう絵の上に、それを塗りつぶすように描かれた盗作の世界」
「……じゃあ、どんな世界だって言うんですか……? 私たちの、あの人たちが元に戻そうとしている、その本来描かれていた元の世界って言うのは……」
そうして断言する華夜に対して、どこか不安定な様子で理香は端的にそう問いかける。
追いつめられたような、けれど言い逃れなど許さないと言わんばかりのそんな口調で。
無論、どんな世界などと、それを一言で言い表すことなどそうそうできる訳でもない訳だが、しかし華夜の方もその質問は予想していたのか、想像していたよりあっさりとその答えが返ってきた。
「――とりあえず、簡単に言い表すならよくあるファンタジーの世界って言うのが間違いないと思う。
しいて言うなら【神造建築】の存在があるから、ダンジョン攻略もののファンタジー世界って言うのが一番近いかもしれない」
「よくあるファンタジーって、それってつまり危険が多い世界と言うことではありませんか……!!
魔法があって、武器を振り回してて……。文明も未発達で、生きていく上で危険と隣り合わせの、今より確実に生きにくい世界……!!」
「理香さん……」
既に取り込んだアパゴの記憶などから鑑みても、理香の言うことは恐らくそう間違っていない。
高い文明を誇っていた【新世界】と違い、恐らく【決戦二十七士】がいた【真世界】は様々な意味で未発達な世界と言っていいだろう。
そしてそれは、何も文明レベルに限った話とも言い切れない。
文明が未発達となれば、仮に世界が元に戻った場合、【真世界】から【新世界】に移った人々が今の快適さとは程遠い不自由な生活を強いられることは想像に難くない訳だが、それ以上に問題なのは政治・社会システムのレベルもまた未発達だということだ。
少し歴史を学べば簡単にわかる。
人間社会と言うモノが、今のレベルに至るまでどれだけ人間の命や尊厳を蔑ろにして、そしてそれによってどれだけの悲劇を生み、屍の山を築いてきたか。
実際には、そうして学んできた歴史についてすら真実とは言えないものだったわけだが、しかし実際に見てきた人間像や、取り込んだアパゴの記憶から考えるに、その懸念がてんで的外れなものとも思えない。
恐らく、と言うよりも『絶対に』。元に戻ったその世界は、理香の言うとびきりに『生きにくい世界』になる。
「――あの人たちは世界を元に戻すと言っていますけど、それってつまり今ある世界をそういう状態に戻すってことなんですよ……!!
私たちが帰りたかった、生まれ育った世界を消し去って……。命を懸けてでも帰ろうとしていた、そんな世界を……!!」
「理香さん――」
「――せっかく、帰りたいって、改めてそう思えるようになったのに……。誠司さん達が帰れなかったあの世界に、残された私たちだけでも帰ろうって、そう思ったのに……」
「……一つ、気になっていることがあります。いえ、一つと言うより一連の、と言うべきかもしれませんが」
「んん?」
「このビルの裏にある真相についてはひとまずわかりました。あなたがそれを知った経緯についても。ですが、そもそもなぜあなたがその真相を話す役割を担っているのでしょう? そもそもあなたは、この【決戦二十七士】の拠点においてどういった立ち位置にいるのですか?」
ここへとたどり着く過程でハンナの遺体へと遭遇し、その生死の確認と蘇生を試みた際、彼女の記憶と【跡に残る思い出】を継承したことは華夜自身から聞いた。
だが考えてみれば、彼女がいったいどういう立場で、どんな意図をもってこの話をしているのか、それについてはまだ聞きだせていなかったのだ。
「私には、貴方は【決戦二十七士】の方たちと一定の協力関係にあるように見えます。それに先ほど紹介を受けた時、貴方は【決戦二十七士】の二十八番目であるとも。
華夜さん、貴方はひょっとして、既にあの方たちの【新世界】解体に協力するつもりでいるのですか?」
「んーん……。間違ってないけど、少し違う。わたしとあの人たちの間では、一応の取引が成立してる。
私がこの先遭遇するプレイヤーの人たちに状況を伝えるから、かわりにあの人たちにはできるだけプレイヤーを殺さないでほしいって」
静からの問いかけに対して、華夜は変わらないどこかマイペースな調子のまま考えようによっては驚くべき話をあっさりとそう伝えてくる。
聞けば、まだ中学一年生だというこの少女は、しかし今はあの【決戦二十七士】と交渉して、暫定的ながらも一定の協力関係を築いているのだという。
それは、いかに置かれた状況の違いがあるとは言っても、相当に驚くべき話だった。
なにしろこれまで、竜昇達が目指しながらついぞ築けなかったその関係性を、この少女はそんな竜昇達に先んじて既に築き上げていたというのだから。
とはいえ、現状を考えればそれはそれで、一つ憂慮しなくてはならないことがある。
「そうなると、この先私たちも同じように協力を求められることになるのでしょうか? 今こうして治療を受けて、彼らの拠点に拘束されるでもなく逗留していられる理由はそれを見越して、と言うことですか?」
「――そんな……!!」
そうして問い掛けた静の言葉に、しかし華夜が答えるその前に理香の方が過敏に反応する。
そうなって初めて、理香のいない状況でこの質問をするべきだったかと後悔する静だったが、しかし一度こうなってしまった以上はもう遅い。
「待って、下さい……。それは、つまり……、わたし達にも世界を元に戻すのを手伝えって、そういうことですか……?
単にあの場所に帰ることを諦めろと言うだけじゃなく……。わたしたち自身の手で、あの世界を――せ、と……?」
「理香さん――」
「――それで協力しなければどうなるというのですか……。またあの人達と敵対して、戦って……、それで結局殺されるから……。だから、それが嫌ならあの人たちに協力して、自分で自分の世界を、生まれ育った場所を壊せって、そう言うことなんですか――」
「……!!」
取り乱した様子の理香が口にしたその懸念に、彼女をなだめようとしていた詩織の表情が一瞬固まる。
実際問題、現状を考えればそれとて十分にありうる話なのだ。
少なくとも何の目的も意図もなしに、直前まで敵対していた竜昇達を自分達の拠点に置いているとは考えにくい。
当然のように、その裏には何らかの狙いがあるはずで、その狙いが【神造人】達に無理やり戦力として取り込まれた、いわば復讐の動機を持つプレイヤー達を自分達の側に取り込もうという意図である可能性は、実のところそれほど低くないはずなのだ。
けれどその復讐は、同時に自分達の生まれ故郷足るあの世界の解体に加担することも意味している。
もしもこの先待っているものが、この圧倒的不利な状況から【決戦二十七士】ともう一度戦うか、あるいは故郷の世界を壊すために命がけの戦いを強いられるか、その二択なのだとすれば、それは――。
「――なんで、そんな選択をしなくてはならないのですか……? 本当に、なんで私たちが、どうして……」
「一つ、訂正するところがある」
そうして、決断の内容だけでなく、その決断を自分達が迫られていることそのものを嘆く理香に対して、ようやくその様子を見守っていた華夜がその嘆きの前提に対して異議を唱える。
あるいは一度話が落ち着くのを待っていたのかもしれないが、それでもようやくと言うタイミングで。
「今の話、【決戦二十七士】への協力と参戦を求められると思ってるみたいだけど、別にあの人たちはあなた達まで戦わせようとは思ってない」
「おや、そうなのですか?」
「――ん。私の場合は、継承した【跡に残る思い出】と私たち自身の利害が一致したからこういう形になっただけだから」
驚く静達に対してさして声の口調を変えぬままで、それでも華夜は問い返してきた静に対してそう断言する。
あるいは、命か協力かと言う究極の二択を求めないが故に、この場における説明と説得を彼女が請け負っているという側面もあったのか。
「もちろん、助力が得られるならそれを受け入れることも考えてるみたいだけど、あのひと達も そこまで都合よく協力者を得られるとは思ってない。
今みたいな反応があることはあの人たちも予想してるし、そもそも半端な実力じゃ足手まといにしかならないと思ってるみたいだから」
それは確かに、言われてみれば納得せざるを得ない話だった。
なにしろ、いくらプレイヤーが強いとはいっても、その強さは別に【決戦二十七士】を超えるほどのものという訳ではないのだ。
むしろ正式な訓練を経ていない、スキルシステムによる付け焼き刃に近い方法で習得した力である分、どうしてもその道を究めた彼らには実力の面で一歩及ばない部分がある。
そう納得させられた理香達に対して、直後に華夜が告げるのは先に理香が考えていたものと比べればはるかに温い別の条件。
「あの人たちが求めているのは、この戦いから手を引くこと。
敵対することなく、かと言って加担することもなく、【決戦二十七士】と【神造人】との戦い、その決着をここでおとなしく待っていること。
それが、この拠点がプレイヤーを受け入れる唯一の条件。
求められているのはこの先の結末を座して待つという、ただ、それだけ……」
「現状の選択肢は二つ。【決戦二十七士】に協力して【神問官】と戦う。戦いから手を引いて結果が出るのを待つか。
――いえ、いつの間にか排除されていた、【決戦二十七士】と敵対すると言う選択肢を含めれば合計三つですか」
華夜の説明によって選ぶべき道筋が示されて、その後選択の前提条件の確認などを主に静が行ったその後で、その場にいたプレイヤー達は結論を出すに当たって考える時間をとるべく、いったんその場から解散する運びとなっていた。
とは言え、最初に部屋を立ち去った華夜、続けて出て行った理香と、それに付き添った詩織の三人とは違い、静だけは今もベッドで身を起こす竜昇と共に医療用テントの中に残っていた。
いつものように今後どうするか、その方針を二人で話し合うために。
「恐らく、理香さんはここでこのままリタイアと言う形になるでしょう。自分達の世界に引導を渡す、その決断をしなくて済むというなら、ただこの場で結論が出るのを待つというのは、その選択肢はあまりにも魅力が大きい」
ただ自分の命を惜しむのであれば、今この場にとどまり戦いから手を引くというのは恐らく最上の選択肢だ。
無論この場に留まるとは言ってもここがあくまでビルの中に造られた前線拠点である以上、ビルの側の戦力によってこの場が狙われる可能性とてゼロではない訳だが、それでもこれまでに比べれば命の危険は格段に少なくなると見ていいだろう。
なにしろ今この場には、最終決戦部隊である【決戦二十七士】ほどではないにしろ、彼らを後方からサポートすべく多くの戦力が詰めているのだから。
果たして彼らが葛藤なく静達を守ってくれるかと言う懸念はあるにせよ、これまでの敵陣真っただ中と言っていいような環境に比べれば、この場所は間違いなく安全な場所と言えるはずだ。
「ですが一方で、戦いからは下りられるかもしれませんが、その選択では別に元居た場所に帰れるわけではない……。【決戦二十七士】の方々が勝利した場合私たちが元居た世界は事実上消滅してしまう訳ですし……。
あの方たちが負けたところで、私たちが元の世界に帰れるかと言えばそれはまた別の話です。【神造人】の方たちにしたところで、私たちの世界を守る気はあっても私たちを守る気はないようですし、帰ることを考えるのでしたらそれこそ自分達でその方法を見つけるか、あるいは【神造人】の味方にでもついて、それを交渉材料に帰還を目指す必要がある……」
しかもその道を選んだ場合、【決戦二十七士】との衝突はもちろんのこと、将来的に訪れる世界の滅亡は事実上無視することになってしまうのだ。
無論【新世界】の崩壊は二百年後と言う話だから、それより早く寿命を迎えるだろう静達にとっては関係ないと言えば関係ないのだが、それでも将来に向けていっそ絶望的と言っていいレベルの懸念は残る。
――否、そもそもの話。
二百年後とは言え世界が滅亡するかもしれないというこの状況下で、問題に対して蚊帳の外で居続けることが果たして本当に無難で正しい対応と言えるのか。
「――竜昇さん、竜昇さんはどう思われますか……?
……どうして先ほどから、何も答えて下さらないのですか?」
先ほどの説明と話し合いの時から、何一つ発言していない竜昇の反応に、いよいよ静もそれを流すことができずに、躊躇しながらも問い掛ける。
らしくもなく、心のどこかで恐れていたその問いを。
問うてしまえば、もはや後戻りできなくなると知りながら、それでも。
「――さっき、静達が来る前、華夜さんの診察を受けて言われたんだ。彼女、どうやら医療系のスキルを習得してるみたいで、俺の治療も担当してくれたみたいだったから」
そうしてようやく口を開いて語られるのは、先ほどの話し合いの中では知らされていなかったもう一つの情報。
これまで問題に対して積極的な関与を行ってきた竜昇が、先ほどの話し合いのさなかには一切口を挟んでこなかった、その理由。
「斬られた足の具合、一応傷は塞がるだろうけど、完全には直らないだろうって……。どうしても後遺症は残るから、恐らくもう前みたいに、走り回ることはできないだろうって、そう言われた」
目を見開く。
ここまで戦ってきたから否応なく理解できる話だが、こと戦闘において足が使えないというのはかなり致命的だ。
単純に移動速度が落ちるというそれだけで、回避できない攻撃が格段に増えることになり、必然その身に降りかかる命の危険は格段に増すことになる。
それこそ、走れない戦士の参戦など自殺行為だと、そう言い切ってしまってもいいくらいに。
それが意味することは、竜昇が言っていることは、つまりは――。
「――悪い……、静……!!」
膝にかかる毛布を握りしめ、感情を噛み締めながら竜昇ははっきりとそれを語る。
「――俺はもう、戦えない。俺は、もう――、この戦いはリタイアだ」
自身の受けた、再起不能の宣告を。
自身はもう、この戦いを下りるしかないのだという、その事実を。
血を吐くような告白を、先ほどまで噤んでいた己の口から。




