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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
252/327

251:窮地

(――炎が消えた、と言うことは……!!)


 趨勢が決したのだと、そうセインズが理解するまで長い時間はかからなかった。


 自身を包む消えないはずの炎、それが消えた次の瞬間には、すぐさまセインズはオルドの死亡を察知して、迷わず即座にこの場からの離脱を図っていた。


 それは単純に冷徹と言うのともまた違う、だれがいつ死に至ったとしてもおかしくない状況で、それを常にシミュレートしていたが故に取れた最短にして最速の行動。

 ただし、それがいかに素早い判断であったとしても、対する相手が視界に入れさえすればこちらを制圧できる存在とあってはさすがに分が悪い。


「火が、消えたみたいじゃない……!!」


「ぐ――!!」


 遠方からのそんな声と共に、観客席裏の通路に飛び込もうとしていたセインズの背中のマントが反旗を翻し、同時にブーツとズボンに足元をすくわれて、なす術もなく床へと倒れ込む。


 かろうじてマントを脱ぎ捨てて、同時に自身へのダメージを覚悟で【炎】の延長柄を自身の足へと向けるセインズだったが、しかしそんな躊躇のない最速の判断でさえも、この敵が相手では一手僅かに遅かった。


 直後、座席の影に隠れる形となったセインズの頭上に四方八方から多数の刃物が投げ込まれ、鏡のように磨き上げられたそれらすべてにアーシアの姿が映り込んで、その鏡のような瞳でセインズの全身の装備に命を注ぎ込まれる。


「――がッ」


「逃がさないわよ……。あの火刑執行官が死んだ今、この中で一番危険なのが誰かなんて私でもわかるもの……!!」


遠方で巨大な姿見鏡をそばに置いたアーシアのその言葉に、セインズは否応なく自身が狙われていたのだと理解させられる。


 いかにセインズの判断が常軌を逸して早かったとしても、常にマークされ、狙われていたとあってはさすがにそこから逃れることは不可能だ。


 否、例え優先して狙われていなかったとしても、もはやこの状況から逃れるとなると--。


(……!!)


 次の瞬間、覚えのある黒雲の界法が、まったく別の二か所で同時に発動するのをかろうじてセインズは知覚する。

 もはや勝敗の決した、決して取り返しのつかない絶体絶命の状況の中で。

 迫りくる死の運命に、それでも懸命に抗うように。






「――【黒雲】――!!」


 杖の力で煙幕代わりの黒雲を発生させて、もはやなりふり構わず、竜昇はこの場から撤退するべく動き出す。


 もとより、竜昇がこの場に残って戦うことを選んだ背景には【決戦二十七士】の二人の存在があった。

 状況的に不利なのは百も承知で、それでもここで逃げても先はないと感じて、この場に残ることでこの先の状況が打開できると信じて、オルド達との共闘と言う道に一縷の希望を見出して、それに全てをかける形で逃げることもできたこの戦いに参戦していたのだ。


 だがたった今、他ならぬそのオルドが死亡したことで、竜昇の勝機は、生き残りうる希望は、脆くも崩れ去ることになってしまった。


 結果だけを見れば到底否定などできようはずもない。

互情竜昇は生き残るための、決して誤ってはいけないその判断を決定的に誤ってしまったのだ。


「逃れるタイミングを逃したな」


「――ッ」


 黒雲を煙幕として展開したその直後、ルーシェウスのものと思しき声と共に周囲にいた執事の一人が暴風の魔法を発動させて、それによって展開したばかりの黒雲があっさりと晴らされ、そこに隠れる竜昇の姿が敵の目の前へと晒される。


 一瞬たりとも隠れることの許されない状況の中、直後に押し寄せるのは付近を取り囲む執事やメイドたちによる魔法の集中砲火。


「――ぉおッ、【迅雷撃】――!!」


 攻撃の群れが迫る絶望的な状況に、それでもとっさに竜昇は攻撃範囲の広い魔法を使用して、押し寄せる多数の魔法のその半数以上をどうにか巻き込み、誘爆、相殺させる。


 とは言え、たとえ半数が相殺できたとしても、そのあと残る残り半数の魔法はいまだ健在だ。


「――グ、ぉおおァアアッ――!!」


 両手で顔を庇い、体を丸めて力の限りに跳び退いた次の瞬間、直前までいたその場所でいくつもの魔法が炸裂し、押し寄せる爆風に煽られて竜昇の五感が地面の方向を見失う。

 あるいは今までで一番死を意識したかもしれない、そんな永遠にも思える一瞬をかろうじて生き延びて、しかし直後に襲い来るのは直前のそれに勝るとも劣らない新たなる死。


「これまで我々の行動予測をことごとく外れて来たお前たちも、今回ばかりはその予測の通りに、我らが争う間に素直に逃げておくべきだったな」


「グァッ――、ガッ――、うぶ……!!」


 再びルーシェウスの声が聞こえた次の瞬間、竜昇の体が右肩から地面に叩きつけられて、その勢いに乗る形で転がったその直後に追撃の魔法が次々と殺到して、直前まで竜昇がいたその場所が吹き飛んでもうもうと粉塵を巻き上げる。


 全身を殴られるような衝撃にそれでも何とか体を動かして、ボロボロになりながらも逃れようともがいて、しかしまだなお竜昇は死の危険から逃げられない。


(――来る、次が――)


 朦朧とする頭を魔本の補助で強引に働かせ、どうにか思考を再起動させて竜昇は死に物狂いで立ち上がる。


 迫る危機感に突き動かされるように地を蹴って、直後に飛び退いたその背後を猛烈な勢いで何かが通り過ぎていく。


 どうやら自分の危機感は正しかったらしいとそんなことを考えて、しかし直後に竜昇は、その危機感が空回ったかのように、碌に受け身も取れないまま地面に倒れ込むことと成った。


(――あ、ぇ……?)


 予想外の事態に対する疑問と共に、いったい自分は何をしているのだという焦燥と苛立ちが心中を満たす。

 急いで立ち上がり、走りださなければと焦るものの、しかしどういう訳か竜昇の右足は自身の思う通りに動かない。


 そんな自身の状態に焦りを募らせて、いったいどうなっているのだと背後を振り返って、そこで初めて竜昇は自身の右足がおびただしい量の血に濡れていることに気が付いた。


「――ぇ、ぁ……」


 遅れてやってくる。

 鋭い痛みが、絶望的な喪失が、この状況で生存の目をさらに奪い取る、圧倒的なまでの死の要因が--。


「ぅぅうううぐぁああああああ--!!」


 思わず絶叫する。

 足に力が入らない。繋がってこそいるが碌に動かせない。

 どうにか動かそうとするたびに返って来る激痛が、経験したことの無いレベルのその痛みが、互情竜昇と言う少年に圧倒的なまでの絶望を容赦なく叩きつけてくる。


「逃げ回れぬよう足の健を斬った……。まあ本来は胴体を狙うつもりだったのだがな……。往生際悪く逃げ回るものだから、途中で狙いを変えざるを得なかった……」


 そんな竜昇の背後から、どうやら先ほど斬りかかってきて背後を通り過ぎていたらしいルーシェウスが、その手に血で汚れた刀を下げて悠然とこちらへ歩み寄って来る。


 すでに状況は詰んだというそんな意思表示を伴って、今度こそ止めを刺さんとするその意思の元容赦なく刀を振り上げて--。


「【羽軽(フェザー)ァァァッ――!!」


 振るわれる刃に、とっさに竜昇は杖の力で自身の体重を最小まで軽量化、文字通りの意味で羽のように軽くなった体を杖で地面を突くことで強引に宙へと送り出す。


「まだ……!!」


 さしもの【神造人】もこの局面でなおも悪あがきを見せるとは流石に思っていなかったらしい。


 刀を振るうルーシェウスが僅かに目を見開くのが見えて、しかし結果としては竜昇に引き起こすことのできた変化はそれが全てだった。


 直後、体の前で構えていた杖が真っ二つに両断され、同時に竜昇の胸元が斜めに裂かれておびただしい量の血が噴出する。

 同時に、杖が破壊されたことで杖を用いて発動させていた思考補助システムが力を失って、そして竜昇の体が元の重量を取り戻してなす術もなく地面に墜落する。


「――グ、ォォォオオオオオァアアアアアアああああ--!!」


 痛みと喪失に思わず絶叫する。

 足と胸、二か所の負傷も問題だがとりわけ今重大なのは杖が斬られて破壊されてしまったという点だ。

 処理能力では魔本に及ばないものの、杖と魔本の両方で行われていた思考補助のその片方が失われた。

 なにより、足を負傷した状態でかろうじて動ける糸口となっていた、竜昇の体から重さを奪う【羽軽化】の使用が不可能になった。


 受け継いだ杖が、中崎誠司の形見の品が、今まさに竜昇の手の中で壊された。


「浅かったか。燃やされる前の刀だったら、毒の効果で止めは必要なかったのだがな……」


 そうして地面の上で絶叫する竜昇に対して、刀で切りつけたルーシェウスの方はどこか不服そうにそう言って、直前の【羽軽化】による跳躍によってかろうじて稼いでいた十メートルにも満たないその距離を、早足で近づき詰めてくる。


「――グ……ぅ……!!」


 迫る敵の姿に、竜昇は出血で朦朧とする意識のまま、どうにか距離をとろうと地面を這う。


 足を負傷し、【羽軽化】による軽量化ができない以上今の竜昇にできるのはそれしかない。


 ――否、本当にそうだっただろうか。

 曖昧な意識のそこに、まるで何かを思い出すようにそんな疑問が頭をもたげる。


 そうだ、そもそも竜昇が習得しているのは【軽業スキル】。ならばその収録知識の中に、その名前に相応しい技法に関するものがあったとしても何らおかしくはない。


 そんな思考と共に、竜昇の意識が意図を手繰り寄せるように記憶の底から何かを引き出して、竜昇の中にすでにあった知識が、ようやく今この時解凍されようとして――。


「そこまでだ」


 その寸前、まるで手繰っていた糸がブツリと途切れたかのように、竜昇の中にあったなにかの記憶が引き出されるような感覚があっさりと消失した。


 同時に、竜昇の体からいくつもの光の粒子が漏れ出して、それが背後より歩み迫るルーシェウスの手の中へと見る見るうちに集まっていく。


「――あ、ああ……!!」


「悪いがあまり余計な力に目覚められても面倒なのでな。もとより力を与えるその段階で、回収する手段についてもある程度用意している」


 スキルを奪われた、と、ルーシェウスの手の中でカードへと変わる、あるいは戻っていく光の粒子を見て直感的にそう理解する。


 すべてを奪われたわけではない。

 実際、習得して使っていた、【雷撃】をはじめとする各種魔法などは問題なく使える程度に知識は残っている。


 だが恐らくそれは、竜昇自身が使い続けた故に覚えているという、それだけだ。


 まだ竜昇の中で解凍されていなかった術技、これから習得できたかもしれない技法については、今まさにルーシェウスの手で奪われ、失われている。


 否、これについては正確には、借り物の知識を取り上げられたというべきなのか。


「あまりこちらの意図に逆らい続けるというのも考え物だな。大方混入しておいた敵意の記憶に浸食されるのを嫌ったのだろうが、与えられた知識くらい全て受け入れて習得しておけばよかったんだ」


 そう言いながら、歩むルーシェウスが地を這う竜昇の元へと追い付いて、今度こそ止めを刺すべくその背を踏みつけ刀を構える。


(諦める訳には、いかないんだ……)


 その姿を見上げて、この窮地を脱する手段を死に物狂いで考えて――。


(今諦めたら、顔向けできない相手が、何人も――)


 そんな竜昇目がけて、振り上げられた刃が一切の容赦なく振り下ろされて――。




 なにをしても、もはやどうにもならなかった。


(――竜昇さん……!!)


 遠方から微かに自身のパートナーのあげる絶叫が聞こえてくる。

 明らかに窮地にいると分かる、すぐにでも駆け付けなければまずいと、そう理解させられるような、そんな叫び。


(竜昇さん……!!)


 とは言え、聞き取ることができたからと言って今の静では何もできなかった。


 炎が消えたことでオルドの死亡を瞬時に察して、かろうじて黒雲の煙幕を張ることで装備の【影人】化による瞬間的な制圧こそ免れた静だったが、しかしオルドが倒されてしまったその時点で、この場にあった唯一の勝ち筋が失われてしまったことは確かなのだ。


 加えて、執事とメイドの【影人】達が今も静を取り囲み、黒雲の視界を散り散りに吹き散らしながら攻撃を仕掛けてきている。


 さしもの静も、既に襲い来る敵の攻撃をしのぐので精いっぱいという現状。


 反撃の糸口や味方の救援はおろか自身の逃走すらもままならず、もはやすりつぶすように全滅させられるのは時間の問題と、いくら考えても同じ答えしか出てこないと理解させられていた、そんな瞬間。


(――しまった……!!)


 攻撃に対応して生まれた隙を突くように黒雲の壁の一部が吹き散らされて、それによって静と、すでにセインズを制圧したアーシアとの間にわずかながらも視線が通る。


 そして身に纏っていた炎が消えた現状、既に視線が通ってしまえばそれだけで静に勝ち目はないのだ。


「ぐ……!!」


 締め上げられる。自身の身に纏う衣服に、その動きを阻まれるように。


 ほんの一瞬視界が通っただけだったためか組み伏せられる事態は避けられたが、それでもこの状況下、一瞬動きを阻むだけでも効果としては十分だ。


 なにしろすでに、四方八方から静を目がけて、大量の魔法攻撃が静を圧殺せんと迫ってきている。


(離脱は間に合わない――、シールド、この規模が相手では防ぎきれない……!!)


 感じる攻撃の数と規模に、思いつくあらゆる手段が役に立たないと、そう否応なく理解させられて――






 そうしてその瞬間、ドーム球場内部の三か所で同時に牙をむいて、かろうじて生き延びていた三つの命が、なす術もなくほとんど同時に刈り取られて――。






 ――その寸前に三か所が三か所とも、横から飛び込んで来た別の何かによって阻まれた。





「……!?」


 ――否。三か所の内の一か所、静に向かう攻撃を阻んだそれについては、横からと言うのは正しくない。


 正しくは横からではなく下から。

 静の足元から、まるで突如湧き出したように背後に人の気配が現れて、より大きな魔力の気配によって静が防ぎきれないと判断した攻撃二つを相殺し、同時に静の右手を掴んで、そこにあった【武者の結界籠手】でシールドを展開、残る攻撃の全てを、そのシールドの強度によってものの見事に防ぎきる。


 それこそ静が衣服に動きを縛られておらず、同じように攻撃を相殺できる手の内があったとしてもできたかどうかわからないほどの、一切の淀みのない鮮やかな手際で。


 否、それどころか。

 静の動きを縛っていた衣服の、その背中側に形成されていた赤い核さえも、まるで片手間のように破壊して、静を【影人】による行動阻害から解放するところまで成し遂げて。


「言ったはずさね、こっちもこっちの目的上、そういう手の出し方は許さんと」


「――あ、アンタは……!!」


 複数の魔法の炸裂によって視界が晴れる中、響いた女の声に離れた場所でアーシアが反応して、そして――。






 同時刻、装備を魂持つ配下に変えられて、身動きのとれぬまま迫る敵勢力に止めを刺されようとしていたセインズの元へも、その横槍は割り込み、その展開を防ぎきっていた。


 炎の壁と、そしてそれを発生させた張本人である一人の男性(・・)の後姿と言う形で。


「――ああ、貴方ですか。流石は最速の剣士、と言ったところなのでしょうか……。まさか全く同時に捜索に向かって、先に任務を終えるどころか自分が二組目の救援対象として助けられることになろうとは……」


「――ん? ……ああ、すまない。救援に入るのは実は三組目なんだ。君と一緒に送り出されたときの任務の後に、実はゲントール殿の迎えにも行っていてね」


 顔だけをセインズの方へと向けてそう笑いかけながら、直後に表情を引き締めその剣士は再び敵の方へと向き直る。


 一度鞘に納め直したらしい刀に触れながら、続けてその相手が口にするのは――。






「――あぁん? なんだよ、まさかの救出対象ってお前かよ?」


 そうして、出血と痛みで意識すら定かではない竜昇に対して、振り上げられたルーシェウスの刀を鎖の魔法で繋いで阻みながら、現れた男は『何の因果だ』と吐き捨てる。


 その声が口にするのは、しかし以前とは違い今の竜昇にもかろうじて理解できる異世界の言葉、それによる、名乗り。







「【神問官】のセリザだ。悪いがこっちも使命なんでね。そっちが排除に動くというなら、こっちもそろそろ干渉させてもらおうか」



「【決戦二十七士】カゲツ・エンジョウ。義によって助太刀する」



「【決戦二十七士】、ハイツ・ビゾンだ。別に覚えなくてもいいぜ? 俺らとしちゃぁお前らには、やったことの落とし前さえつけてもらえりゃ結構だ」

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[良い点] おおおおおおおおおおおおおおおお めちゃくちゃ熱い展開 [一言] やっぱりいくら思考補助があったとしても竜昇の判断能力と生への執着が群を抜いている。今後どの様に工夫して静と共に戦うかが楽し…
[気になる点] もしかしてこのビル、カミサマからの試練?
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