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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
245/327

244:強襲者

 味方につけたばかりの老婆が土の地面に倒れ伏す。


 その胸と口から血を流して、見開いたその目を、しかし何も写すことが無く、命なき色に濁らせて。


 手を組めたはずだった、純粋な味方とまでは言えずとも、協力関係くらいにはなれたはずだったそんな老婆がなす術もなく、まるで質の悪い冗談か、あるいはそれこそ幻のように。


 ただし、他ならぬ竜昇達は知っている。

 自分たちが、恐らくはその手の術者の中でも最高位であったはずの老婆の幻術ですらまともに作用しないほど、その手の精神干渉に耐性があるのだということを。


 目の前で広がるその光景が、決してただの幻ではないという、そのことだけは。

 その嘘や幻であってほしかった光景を作り出した人間が、今目の前にいるというそのことだけは。


「お前ェッ――!!」


 激高と共に身を翻し、竜昇は【電導師】の力場を身に纏い、眼の前にあった【影人】の生成した雷球を掴み取りながら現れた男へと向かって飛び掛かる。


 案の定、雷球を掴んだ右手はわずかに痺れさせられたが、それでも他者の魔力の電撃にしてはあっさりと吸収されて、雷の衣が右腕を覆う。

 極々限定された範囲に雷を纏わせた電撃の拳、それを現れた男の顔面目がけて、容赦なく叩き込もうとした、その瞬間。


「――ぅぼ――!!」


 電撃から身を守る、そんな力場を纏った竜昇の体の各所に、貫通性能と衝撃を帯びた光条が次々と撃ち込まれて竜昇の体をふっ飛ばした。


(――く、ミスった……。先にコイツを始末しなくちゃいけなかったのに……)


 自身の傍にいた、どういう訳か自分と同じ魔法を使う影人の存在を失念していたことを自覚して、竜昇の足が地面を見失って宙を舞う。


 幸いにして【電導師】のおかげで重大な負傷を負うことこそなかったが、それでも少なくない衝撃に弄ばれて竜昇の体が大地を転がる。


「竜昇さん――!!」


 声と共に、静のいる方向から金属同士をぶつけあう撃音があたりへと響き渡る。


 チラリと見れば、静の傍に現れたその影が、武器を振るう静と己の手刀を硬質化させることで強引に斬り結んでいるようだった。


 とは言え、どんな能力を持った【影人】だったとしても、静を相手に流石に無手では分が悪い。


 敵が硬質化させた手刀を武器とすると看破した次の瞬間、静が手の中の武器を長剣へと変えて、魔力を吸収しながらの斬撃でもって目の前の相手をあっさりと、その両腕ごと切り伏せる。


 顔面の赤い核が容赦なく二つに断ち割られ、黒い霧の消滅と共にドロップアイテムと思しき何かが、竜昇のすぐ目の前へと飛んできて――。


「え――?」


 起き上がろうとしていた態勢でそれを見て、思わず竜昇の動きがピタリと止まる。


 目の前に落ちたそれがなんだかわからないものだったからではない。

 むしろその逆、そこにあったその物品が、酷く見覚えのあるよく知った物品であったが故に。


「ご無事ですか、竜昇さん」


 なんらかの負傷を負ったと考えたのか、静がもう一体の、竜昇と同じ雷球を操る影へと斬りかかりながらもそう声をかけてくる。


 だが、それ(・・)を目にしたことで急速に回り出した竜昇の思考には、静への返答に回せるだけの余裕などありはしなかった。


 ただ目の前に落ちたそれを拾い上げ、それが出てきたという事実が何を意味するのか、その答えが急速に脳裏で組み上がって――。


「オ、の、れ、貴様らァァァッ――!!」


 次の瞬間、竜昇達の頭上から怒号が響いて、メイスから発せられる竜巻を推進力にした燃える男が上空から一直線に降って来る。


 アマンダが死亡したことで幻術から解放されたオルド・ボールギスが、燃え上がるような怒りの形相と共にメイスを振り上げ落ちてくる。






 炎を帯びた暴風が炸裂して土の地面が爆散する。

 振り下ろしたメイスが真下にあったものを諸共すべて爆砕し、その爆風によって落下の衝撃を緩和したオルドが着地と同時に粉塵の舞う周囲に目を凝らす。


 直後に見とがめるのはシールドを張って降り注ぐ火の粉から身を守る少年と、その少年を抱えて手に持つ弓の力でこの場から離れるように落ちていく少女の姿。


(火の粉ひとつ浴びずに免れるか……。相変わらず勘のいい)


 そうして、先ほどまで敵対していた二人組の行方に視線をやって、地面にめり込んでいた火の灯るメイスをその手首の動きひとつで引き抜いて――。


「だが今は、こちらだァアアッ――!!」


 直後、先ほどまで敵対していたその相手に目もくれず、オルドは迷うことなく背後へ振り向き、粉塵の向こうから斬りかかろうとしていた別の、オルドにとって初めて見るはずの男の方へと迷いなくメイスを振り抜いていた。


「――なに?」


 そんなオルドの迷いのない判断に、さしもの男も若干怪訝そうに眉をひそめながら、それでも握る刀でメイスによる打撃を受け止め、あっさりとそれを受け流して見せる。


 すでにこちらを、明確に敵として認識している。

 その事実にぬぐい切れぬ違和感を覚えながら、男は背後へと向かって跳んで未だ立ち込める粉塵の向こうへと姿を隠す。


「逃がさん――!!」


 だがあろうことか、オルドはまたも迷うことなく、離脱しようとする男の方を粉塵を突き破るようにして追ってきた。


 先ほど、同じように離脱する、直前まで敵対していた二人のことは見逃していたにもかかわらず。


 アマンダ殺害の瞬間が見えていたはずもないのに、明らかに男の方が優先して対処すべき相手と理解した動きで。


「――ふむ、やはり奇妙だな」


「――ムッ!?」


 そうして、迫るオルドへの違和感を呟いた次の瞬間、男は殴りかかるオルドの懐の内に、酷く自然な動きで半身を滑り込ませていた。


「ぬぁッ――!!」


 突然の男の動きにとっさに反応するオルドだがそれも間に合わず、直後に剣を持たぬ左手から放たれた掌底が胸へと打ち込まれ、その見た目以上に激しい衝撃が決して小柄ではないオルドの体を軽々と後方へと跳ね飛ばす。


(だが――、浅い……!!)


 掌底の威力自体は決して侮れない、無手で容易に人体を破壊できる代物だったが、しかしだからと言ってそれ単体でオルドを葬れるかと言えばそれはまた別の話だ。


 無論常人であれば危険極まりなかったのだろうが、現に今もオルド自身は防御系オーラを身に纏い、自身で背後に跳ぶことで威力を殺してダメージを軽減することができている。


そしてその程度のことであれば、これほどの手練れであるならば容易に想定できていたはずなのだ。


 にもかかわらず、わざわざ右手の刀を使わずに無手での攻撃を選んだ理由は何なのか。

 その答えを、直後にオルドは自身の胸元から漏れだす光の粒子と言う形で思い知る。


「――な、貴様……!! その、輝きは……、なぜ貴様がその輝きを……!!」


「――これは驚いた。動きからよもやとは思ったが、幻の中にいて認識していなかったはずのこの場での出来事を、お前はほぼ完璧に把握している……!!」


 自身から漏れだす見覚えのある輝きに困惑するオルドとは対照的に、男の方はその光を取り込むことでどこか納得の色を帯びた驚きを露わにする。


 それはやはり、その光がオルドの知るものと似通ったものであることを証明するかのようで。

まるで、オルドの内心を、あるいはその記憶を、直接取り出して読み取ったかのように。


「なるほどな、やけに理解が早く、知りうるはずのないことを知っていると思えば、かの魔女の仕業か……。肉体の方はほぼ即死させることはできたようだが、まさか死に際の一瞬でこれだけの情報共有を行っていたとはな……」


 驚くオルドをしり目に、男の方はブツブツと呟きを漏らしながらチラリとまだわずかに術式の輝きが残る壁面を見やる。

 どうやら、【邪属性】による情報伝達を受けただけのオルドと違い、この男はそんなオルドの記憶からあの魔女何をやったのか明確に理解できたらしい。


「驚くべき発想だ。ただの精神干渉にしては膨大な術式を刻んでいるとは思っていたが、まさかこれらの大半が【教典】の術式だったとはな……。

 流石は思考演算補助の術式の開発者だけはある……。なるほど本来自身と【教典】を接続するための【意識接続】を他者の意識に介入するためのハッキングにも利用している訳か……。

 だからこそ、己の死に際に思考速度を拡張して最適な判断を下すことができ、【教典】で意識のつながった相手に状況の情報を送ることができた、か」


「貴様……。その物言い、先ほどの光はやはりオーリックの【神造界法】か……!! なぜ貴様がそれを習得している……!! よもや貴様、オーリックの末裔になにか害を成したのではあるまいな……!!」


 男が口にする分析に、いよいよ先ほどの光の粒子がハンナ・オーリックが受け継ぐ【跡に残る思い出】と同一、あるいは類似した【界法】の一種であるとあたりを付けて、オルドはその理由をこのアマンダを殺めた男へと問いただす。


 最悪の可能性として、何らかの方法でハンナから【神造界法】を奪ったというパターンすら念頭に置いていたオルドだったが、男が返すのはどこまでも淡々とした、けれど予想外の解答だった。


「別に奪ったわけではない。この【神造界法】は、元より本来私が保有している【神造物】だ。なにも劣化コピーなど奪わなくとも、私はあのオーリックの一族以上の術式行使を最初から可能にしている。

 もっとも、それとは別の理由で、既にオーリックの末裔は葬ってきているがね……」


「なん、だと……!?」


 劣化コピー、最初から保有と言う意味の分からないその言葉に、オルドの思考が一瞬混乱に満たされる。

 だがその一方でただ一点、この男が既にオーリックの末裔、あのハンナ・オーリックを葬ったといったことだけは即座に理解できた。


 理解できたが、それゆえに――。


「貴ッ様ァッ――!!」


 瞬間、オルドの激高を現すかのように、その体が一瞬にして燃え上がり、輝きすぎる炎が敵を滅ぼす鎧となってその全身を包み込む。


 一度はアマンダの術中にはまったことで消させられ、先の攻撃の際には奇襲のために早さを優先して使わずにいた炎の鎧。

 だがこの相手、刀を武器とし、素手の一撃でも高い技量を見せるそんな相手が敵であるというのなら、この場においてその身に纏う炎はこれ以上ない攻防一体の武器となる。


「火ッ刑ぇぇェェィイ――!!」


「なるほど、【裁きの炎】……。教会がプロパガンダとする由緒正しき【神造物】か……」


 雄叫びをあげながらメイスを振り上げ打ちかかるオルドに対して、しかし男は淡々とその正体を看破しながら、しかしその正体を知るモノならあり得ない手に打って出る。


(なに……?)


 それは炎から逃れようとするのではなく、刀を構えて正面から迎え撃つという選択。

 いかに近接戦闘の卓越した技術があるとしても、どう考えても自殺行為としか思えない、そんな行動を怪訝に思いながら、しかしオルドの方ももはやその動きは止まらない。


 直後、武器を握る両者が交錯し、互い致命の一撃を相手に対して叩き付ける。

 その結果生まれるのは、互いにその優れた技量が作用した結果、本命のみが命中したことによる微細な変化。


(――この感覚、毒塗りか……。なるほど確かにこれなら掠り傷一つで致命傷になりうる)


 切り付けられた自身の左腕、その周囲に広がる痺れるような感覚をそう分析しながら、オルドは即座に傷口とその周辺、正確には体内に今まさに侵攻しようとしていた毒物だけを身に纏う炎で焼却せしめる。


 傷口から侵入して命を奪う毒と言うのは確かに脅威だが、それも相手がオルドでなければの話だ。

 傷から入る毒であろうが口から入る毒であろうが、身に纏う炎でその毒物だけを狙って焼き尽くしてしまえばそれで問題はない。


 むしろ問題があるのは、今の一瞬で決して付けられてはならない火を付けられてしまった男の方だ。


「――ほう。よもやそんな使い方もできたとはな……。急所を外して余計な手間をかけた前回の反省を生かして、傷さえ与えれば殺せるよう準備を整えたつもりだったが……」


 振り返った先で、既に半身に炎が燃え広がった問題の男が、しかし酷く呑気な感心したような様子でそう独り言ちる。


 いかに男が卓越した技能を持っていたとしても、あの近距離での戦闘、火の粉すら舞い散る中での工作とあってはさすがに火がつく事態は避けられなかったのだ。


 そして一度火さえつけてしまえば、もはやオルドはそれだけで、あらゆる敵対者をその意思一つで葬れる。


「これで終わりだ神敵め。裏切りを働いたとはいえ、教会の管理下にあったあの魔女を勝手に殺めたその罪、万死に値する……!! まして神に選ばれし【神造物】の担い手を殺め、その【神造物】を奪ったというならなおのこと……!!

 ――抗い難きその罪を、地獄へと焼け堕ち、悔い、改めろ――!!」


 宣告と同時に、男の体のほぼ全て輝き過ぎる炎が包み込み、神造の炎がその熱をもって名も知らぬ男を火刑に処する。


「――ぐ、ぅ……!!」


 うめく男の五体はもちろんのこと、手に持つ毒塗の刃が熱によって溶け落ちて、着ている衣服が瞬く間に灰になるまで焼き尽くされて――。


「――!?」


 次の瞬間、男の身に付けていた、焼けた装備の全てが光のチリへと変わり、オルドへと、正確にはその意識へと向かってい一斉に押し寄せて来た。


(――な、なんだと――)


 オルドの視界が炎によるものとは違う光に埋め尽くされて、まばゆい光の粒子のその全てが、吸い込まれるようにオルドの意識の中へと取り込まれて――。


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