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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
244/327

243:魔女 アマンダ・リド

 ノイズが走る。視界の端に、意識の隅に、決して無視できない奇妙なノイズが。







「――いずれ、こうなるとは思っていた。流石に今の、この時を裏切りの期として選ぶというのは意外だったが」


 眼の前に立つ老婆に対し、視線の先で炎を纏うオルドが淡々とした様子でそう呟く。

 その口調は、先ほどまでの狂信者じみた振る舞いとは似ても似つかないものだったが、それまでの態度がほぼブラフであると理解できた竜昇にとってはむしろ納得のいくものだった。


「--裏切る、ね……。まあそうさね。もとより味方と言えるほど仲良しこよしじゃなかったが、それでも一応共闘関係にあったんだ。たとえこんなものを付けられていたとしてもここでの表現は『裏切る』で正解だろうさ」


 自身の目の前に両腕の手枷をかざしながら、いかにも自身の不満を訴えるように目の前の老婆がそう主張する。



――ノイズが走る。



 そうして続けて振り返るのは、これから寝返る先である竜昇の方だ。


『もっともそれは、これから寝返る坊やたちの方があたしを受け入れられるのならの話だ。どうやらアンタたちは若いくせにあたしがどんな人間か多少なりとも知ってはいるようだが、それを知っていてもなおアタシと行動を共にできるかい?』


 そうして、軽い調子でにやにやと笑いながら、アマンダは傍に立つ竜昇に対して試すようにそう問うてくる。


 もしここで竜昇に拒絶されれば、それこそ自身の命が危ないはずであるにもかかわらず。

 決して多いとは言えない、竜昇自身がこれまでに得て来た彼女の人間性についての知識、それを一切裏切らない変わらぬ在りようを見せつけて。



――ノイズが走る。



 そしてそれ故に、竜昇は。


「――ええ、かまいませんよ」


 オルドから視線を外し、老婆と正面から向かい合うようにして、こちらもはっきりと己の答えをそう告げる。


「――もっとも、それは本物のあなたが相手であれば、の話ですが」



 ――ノイズが走る。――走って。――乱れて。――ひび割れて。

まるで周囲の景色が、見えるもの、聞こえるものの全てが、そのメッキが剥がれるかのように急速にそのありようを劣化させて、――そして。



「おやおや、これはさすがに驚きだねェ……」


 そう言って老婆がにやりと笑ったその瞬間、竜昇の周囲、そこにある空間全てが、まるでガラスのようにあっけなく、粉々になって砕け散る。


 砕け散って、真っ暗な闇が広がり、そして――。






「――驚いたねぇ。まさか二人そろって、アタシの仕込みを見破って目を覚ますなんてねぇ……」


 そうして、次の瞬間。

竜昇は先ほど自分がいたはずの観客席からドーム中央の土の地面の上へと移動して、グラウンドを囲む高い壁の上に座る魔女の老婆を、その場所から見上げるかたちで立っていた。


 隣を見れば、同じように老婆を見上げていた静が、やはり同じようにこちらを向いて、竜昇とその視線を合わせてくる。


 そうして、静と視線だけで意思を交わして、周囲を見渡し状況の確認にかかる静に代わって竜昇が頭上の老婆に対して問いを投げかける役を負う。


「驚いたのはこちらですよ。今のはなんですか……? 幻術、――いえ、精神干渉の一種でしょうか?」


「――んん? なんだい、アタシのことはある程度知ってんのかと思っていたんだが……」


「生憎と断片的な知識でしか知らないんですよ。手の内はもちろん、なにをやってそんな目に遭わされているのかも知っているわけではありません」


 一瞬自身がどこまで知っているか隠そうかとも思ったが、しかし竜昇はこの相手との関係性こそ重要と感じて、あえて正直に自分達の状況をはっきりとそう表明する。

 そんな竜昇に対してアマンダが見せるのは、相変わらず挑発的な、どこか試すような意地の悪い笑み。


「ヒッヒ……、随分と正直だねぇ。ならついでに聞きたいんだが、どうしてアタシの幻術から抜けられたんだい? これでも結構自信のある得意技だったんだよ。現にあっちの二人なんかは今もあっちで、夢の中で幻のあんたらを相手に、終わらない戦いをし続けている」


 そう言って、アマンダは竜昇達の両側の彼方、つい先ほどまで竜昇達が戦っていた観客席のその場所を拘束された手で順番に指差し、指し示す。


 言われて目を向ければ、確かにその場所では竜昇が先ほどまで戦っていたオルドが、そして静が戦っていたあのセインズまでもが、なぜか棒立ちになったまま身じろぎひとつせず立ち尽くしていた。


 それこそ、先ほどまでの戦いぶりが嘘であったかのようにあっけなく。

 オルドに至っては、先ほどまであれだけばら撒いていた炎すら跡形もなく消し去って。


 当然のように、周囲はおろか竜昇達の体にすら、もはや問題の炎は一欠けらたりとも残っていない。

 恐らくはここ以外の、先に次の階層への扉を探しに向かわせた理香の体にとも炎すら、この状況ではすでに鎮火していると見ていいだろう。


 それだけの戦果を挙げた攻撃に、では竜昇達はなぜそこから抜け出すことができたのか。

 それは――。


「――単純に不自然だったんですよ。幻の中の状況、とりわけあなたが、あっさりと俺達の側について、堂々と味方につくと宣言してくれたことが」


「――不自然? ヒッヒ……。そりゃまたよく言うもんだ。そもそもあんた、あの声を響かせる装置を使って司祭殿を煽るふりして、ずっとあたしを(・・・・・・・)勧誘し続けて(・・・・・・)いたじゃないか(・・・・・・・)


「勧誘、ですか……? ああ、もしかしてあの放送の内容は――」


「ああそうさ。その坊やはそのホウソウって奴でずっとあたしのことを口説いてたのさ。自分達はこんなにこの文明についてこんなにも詳しく知っている、これだけ強い奴らを相手に生き残れるだけの力を持っているってね」


 施設内の放送設備を使いこなして見せることで、異文明に興味を持つアマンダに対し、自分達が彼女の欲する知識を持っていることを示す。

 これまで遭遇して来た【決戦二十七士】の名前をあげていくことで、少なくとも竜昇達に、そんな強力なメンバーを相手取れるだけの実力があるのだと主張する。


 それこそがあの時、竜昇がオルドへの挑発と同時に行っていた、こちらを見下ろしていたアマンダに対するもう一つのアプローチの、その全貌だった。


 ――とは言え、である。


「確かに誘いはかけていましたが、正直あのタイミングであなたがそれに乗って来るとは思っていませんでした。

 無論、そうなったら理想的だと期待していなかったわけではありませんが、恐らくあなたと手を組めるとしたらあの二人を倒した、その後になるだろうと思っていた」


 なにしろ、あの場での裏切りには当然のごとく命の危険がつきまとうのだ。


 手枷を付けたまま連れ歩かれるという扱いを鑑みれば、竜昇達につくメリットを提示すれば寝返る可能性はあると踏んではいたが、あの段階での竜昇達が、アマンダが命を懸けてまで守らなければならないと考えるほどのメリットを提示できていたとは思いにくい。


 加えて、あのオルド達がアマンダの裏切りを想定していないはずがないという考えもあった。


「あの幻術の中で、貴方はこれ見よがしに俺の側に立って、あのオルドさんと正面から敵対することを宣言していた訳ですが、よくよく考えるとこの行動はかなりおかしい。

 なにしろ、俺の見立てが正しければ、あなたはあのオルドと言う男性に命を握られていたはずなのですから」


「――ヒッヒ……。やるねェ坊や。それが予想できるたぁ中々いい性格だ」


 竜昇のその言葉に、恐らくはこの場において誰よりも性格が悪いだろう老婆が同類でも見つけたかのように楽しげに笑う。


 竜昇にしてみれば、その言われようはそれなりに不服なものではあったわけだが、しかし一方でそう言われても仕方がない、碌でもない発想であることはわざわざ言うまでもなく明らかだった。


「具体的な方法としては、あの【神造物】だという炎を呑まされていた(・・・・・・・)というのが大まかな予想なんですがこれについては当たっていますか?

 喉や肺などの呼吸器系と、あとはついでに食道から下の消化器系、そのあたりの体内に火を(・・・・・)付けてしまえば(・・・・・・・)、なにかあったとしても即座に内臓を焼き尽くしてあなたと言う裏切り者を始末してしまえる、と言うのが具体的な方法の予想だったのですが」


「ヒッヒッヒ……、いいねぇ、よく分かったじゃないか」


 竜昇の回答に、魔女はまるで出来の良い生徒を褒め称えるかのようにそう言って、続けて自身の喉の奥を晒して見せる。


 とは言え、すでにその場所にはあの輝きすぎる炎が燃えている様子はどこにもない。

 恐らく周囲の火を消した時に一緒に体内の炎すら鎮火させてしまったのだろう。

 と言うよりも、周囲一帯や恐らく竜昇の体にもついていただろう炎を消させたのは、自身の体内の炎を消すためのついでか、あるいはどこか一か所を選んで鎮火させるという方法がとれなかったからと言うのが実情なのかもしれない。


「――まあなんにせよ、そんな予想をしていましたから、幻術の中であなたがやけに堂々とオルドさんに敵対宣言をしたその時点でおかしいとは思いました。

 命を握られている以上、反抗するとしたら、恐らく相手に気付かれる前に一瞬の不意討ちで片を付けようとするか、体内の炎を何らかの手段で解除してからの話になるでしょうからね」


「――なるほど、理想的ではあっても現実的ではない、か。幻術の内容をそれぞれ監修するんじゃなく、各種条件に基づいての自動生成にしたのが裏目に出ちまったかねぇ……。

んん……、とは言え、そう言うちょっとした違和感程度なら疑問に思わせないよう、思考誘導も同時に行ってたはずなんだけどね……?」


「……生憎と、そもそも俺達は精神干渉系の魔法そのものに耐性があるんですよ。肝心の幻にしたって、今にして思えば視界のあちこちに不自然なノイズが走っているように感じてました」


 若干雑な説明しかできなくなるため避けていたものの、いよいよ話さないことには説明がつかなくなると判断して、竜昇は自分達の持つ耐性についてもアマンダに対して開示する。


 結局、それをどう受け止めたのかはわからなかったが、しかし一応アマンダの方も竜昇達が自分の術中から抜け出した、その理由については納得したようだった。


 あるいは、納得まではできていなかったのかもしれないが、それでもここで得られる情報はここまでと割り切ったのかもしれない。


 なんにせよ、しばし考えた末にひとまず一区切りついたモノと考えて、竜昇は次なる問題にいよいよ着手することにする。


「――それで、改めて聞かせていただきましょうか。あなたがこの後俺達とどうするのか……。こちらの誘いに乗って手を組む気があるのか、それとも彼らとは違うスタンスでも、やはり敵対するつもりなのか」


「――ヒッヒ、おやおや、ずいぶんと剣呑な言いぐさじゃないか。あけっぴろげに手の内を明かして、てっきりアタシはアンタ達に受け入れられていたんだと思っていたけどね」


「それはそちら次第でしょう。先ほどの幻術、もしも俺達が自力で脱することができなければ、貴方が俺達のことをどうするつもりだったのかはとても興味がありますし……。

 それにそもそもの話、この惨状を見るとあなたが本当に俺達を必要としているのかについても疑問が残る」


 本人たちですらそうと認識できない状態で幻術の中へと取り込まれ、今もなお棒立ちのままピクリとも動かない【決戦二十七士】の二人を横目に、竜昇は今度ははっきりと、なあなあにはできないその部分についてアマンダへと問いかける。


 当初の予想では、竜昇はこのアマンダと言う老婆に、単独で自身の置かれた状況を脱する力はないものと考えていた。


 これは何も、アマンダ・リドと言う【決戦二十七士】を甘く見ていたわけではない。

 むしろその逆、いかに彼女が卓越した力を持っていたとしても、オルドとセインズと言う【決戦二十七士】が二人がかりで監視についている以上、外部からの助けもなしに独力でこの状況から脱するのはさすがに不可能だろうと、竜昇達はそう考え、思い込んでいたのである。


 だが蓋を開けてみれば、アマンダは竜昇達の苦戦をよそに、ほとんど独力で、それもあれほど圧倒的だった二人の【決戦二十七士】を、本人たちにすらそうと気づかせぬままに制圧して見せていた。


 それこそ、これまでの竜昇達の戦いがいったい何だったのかと思ってしまうほどに。


「――ヒッヒ……、ああ、なるほどねェ。アンタ達にはアタシが、あの二人を楽に制圧できたと思っているわけだ」


 とは言え、そう思うのはあくまでも竜昇の視点での話で、当のアマンダの方はそうは思っていなかったらしい。


「違うんですか?」


「ヒッヒ……、ああ、違うねェ。まあ、もういいだろう。そっちそれなりに手の内を晒してくれたことだし、こっちもそろそろ種明かしと行こうじゃないか」


 そう言った直後、アマンダは先ほどから手の中で弄んでいた、どうやら魔刻チラシ同様に術式を刻んだらしいトイレットペーパーに魔力を流して、それによって彼女の背後でドーム球場の壁一面に魔力の気配が浮き上がる。


「――ッ、これは……!?」


 先ほど竜昇達が出てきた扉、今は凍り付いたその一帯を中心に広がるのは、壁一面を埋め尽くす途方もない量の魔法の術式。


 否、壁一面、どころではないのかもしれない。

 よくよく感覚を研ぎ澄ませてみれば、壁の表面はおろかその向こう、恐らくは壁の内部からも微弱ながらも同じような魔力の感覚が発せられている。


「ヒッヒ……。その表情が見れるなら種明かしした甲斐があったってもんだよ。

 なにぶんコイツを刻むのに時間がかかっちまったからね。オハラの坊やに壁ごと氷漬けにされちまった、あの紙片を起点に術式を広げてったんだが、元の数が減りすぎちまってたせいで余計に時間を喰っちまった」


「これが、まさかさっきの幻術のための術式だって言うのか……?」


 先ほど幻術に墜とされるその瞬間、視界いっぱいに何かの光が埋め尽くしていたのを思い出し、眼の前に示されたその正体に流石に竜昇は戦慄させられる。

 確かにこれだけのものを壁一面、それどころかその内部にまで刻み込まなければならないというのであれば、その労力と苦労は並大抵のものではあるまい。


 しかもそんな作業を、アマンダと言う一人の人間が秘密裏に、それもこの短時間の間に行ったというのだから、もはやその技術は竜昇の想像をはるかに超えている。


「ヒッヒッヒ……。まあ、実のところ、コイツは厳密には幻術のためだけの術式って訳じゃあないんだけどね……。なにしろ、アタシはこの通り、使える法力の量も制限されているもんだから、法力自体も他から調達する必要があった。

 まあ、これについては幸い、同じパターンの法力を何度も撃ち出してくれてた子がいたから、そいつをちょろまかして賄ったんだが」


「同じパターンを何度も……。まさか、セインズさんの魔力ですか……?」


 自身の手枷を指し示し、これももはや用済みとばかりに魔力を流して開錠し、外しにかかるアマンダに対して、流石の静も驚いたのか珍しく目を見開き、驚きを隠さずにそう問いかける。

 確かに、先ほどまでセインズはこのドーム球場中に自身の魔力を断続的に投射していたが、だからと言ってそれを回収して使っていたというのは驚くべきやり口だ。

 と言うよりも、竜昇達の知識ではそんなことができるのかと言う時点で、既に疑わしいレベルの話である。


「ヒッヒ……。まあ、これについては運がよかった部分もあったんだがね。

元々あの坊やの【聖属性】の使い方は結構限定的でね……。本人は使用する際にいろんな言葉を使い分けて分かりにくくしてたみたいだが、実のところあの坊やが使っていた命令のパターンはそれほど数があった訳じゃないんだ。

 まあ、実際に戦ってたそっちのオハラのお嬢ちゃんなら、もしかしたらそのくらいは気付いていたかもしれないが」


「――ええ、それは確かに、気付いてはいましたが……」


「恐らくは、汎用性の高すぎる能力を実戦の中で適確に使うための工夫なんだろうね……。

ざっと観察してたところ、あの坊やが使っていた【聖属性】のパターンは三種類かそこら……。まあ、単純に使わなかっただけで他にもいろいろパターンは習得していたのかもしれないが、ついさっきの戦闘に限っては司祭殿の要請もあってたったの一種類、【法力拡散】のパターンしか使っていなかった。

そして、使われる命令が一種類しかないと分かってるなら後の対応は訳ないさ。どんな法力が来るかわかっているなら採取ができるし、採取ができれば変換もできる」


 故にそれをやった。

 断続的に放たれるセインズの魔力を壁面に刻んだ術式で回収し、それを精神干渉の魔法発動の動力へと変換して、魔力を放った本人たちを嵌めるためのエネルギーとして利用した。

 言うは容易くとも、決して簡単ではないはずのその所業を、このアマンダと言う魔女はいともたやすく実行し、こうして実現して見せた。


「そう言う意味じゃあ、お世辞抜きであんた達には感謝してるんだよ。アンタ達があの二人に厄介な敵として認識されてなけりゃ、流石にこうまでうまくはいかなかった。

なにしろ物体内部に刻み付ける【浸透立体術式】なんざ、今時そこらの武器にも使われている技術だし、オハラの血族であるあの坊やの直感は理屈じゃない分侮れないからねェ……。

坊やがそっちのお嬢ちゃんに夢中になってくれたおかげでその直感を掻い潜れたし、戦う中でも常にこっちに注意を払っていた司祭殿がそっちの坊やに掛かりきりになってくれたおかげで、こっちに向いてた注意が逸れて術式の準備を進める隙ができた。

そう言う意味じゃ間違いなく、アンタ達はアタシにとって有用な働きをしてくれていたんだよ」


 外した手枷をくるくると振り回しながら、魔女の老婆はどこまでも楽しそうにそう語る。

 間違いなく自身の命がかかった局面だっただろうに、それでもひどく楽しそうに。


(魔女……。そして確か――、【神問学者】、か……)


 こうなって来るとオルド達があっさりと制圧されてしまった、その真の意味での理由も何となく推察できる。

 結局のところ、彼らでさえもこの魔女の持つ知識と技術の、その全貌を把握できていなかったのだ。


 恐らくは彼ら自身、アマンダの手の内を推測して、ある程度その力を削ぐための手を打っていたはずなのに。

 結局は彼等が警戒していなかった、彼らにとって未知のものともいえる技術でアマンダはその警戒を掻い潜り、彼らをその術中に墜としてしまった。


 そして、オルド達でさえそうだった以上、いくつかのスキルを習得しているとは言え、根本的に前提となる知識が不足している竜昇達がそうならないとは思えない。

 例え精神干渉への耐性があったとしても、この老婆が本気になれば、恐らく竜昇達の持つ耐性など簡単に突破されてしまうことだろう。


 殺さず生かし、ましてや身近に置くなどあまりにも危険。

そう認識した、そのうえで――。


「――感謝しているというなら、アマンダさん。これから俺達と手を結んで、行動を共にするつもりはありませんか?」


 ――それでもなお竜昇は、意を決して目の前の魔女に対してそう話を持ち掛けていた。


「ヘェ……」


 恐らくはアマンダの方も、竜昇の中にある葛藤は読み取ったのだろう。

 先ほどまで楽しそうにニヤニヤと笑っていた老婆が、一転してより面白いものでも見つけたかのように凄絶な笑みに顔を歪める。


「ヒ、ヒ……。いい度胸してるじゃないか。一応聞くけどわかってんのかい? あたしゃついさっき、アンタ達を傀儡にして、適当に奪えるもの奪って使い捨てようとしていた女だよ?」


「構いませんよ。――いえ、別になかったことにしてあげるつもりはありませんけど、それは一つ貸しと言うことにでもしておきましょう」


 暗に人格を蔑ろにする行為を容認するわけではないと言いながら、それでも竜昇はこの相手と手を結ぶつもりで話を進める。

 そうする理由はただ一つ。


「お互い、黙って状況に流されていて生き残れるほど余裕のある状況じゃないでしょう。手を組むことでメリットもあるようですし、ここはひとつ、死に物狂いで仲良くするとしましょうよ」


「……ヒッヒッヒ。なるほど、甘く見ているつもりもないし覚悟もある、と言う訳かい」


 そう笑って、直後にアマンダは腰かけていた観客席のへりから、竜昇達が立つのと同じグラウンドの土の上へと飛び下りる。


 着地の瞬間、何らかの魔法で減速しながら着地して、そうして老婆は先ほどまでその手に付けていた手枷を脇へと放り出して、そのまま竜昇達の前まで歩み寄る。


「いいだろう。もとよりこっちだって、あの二人と袂を分かって、一人で生きてけると思ってるわけじゃないんだ。

 ヒッヒ……。もとよりこんなひ弱な老人、一人でこんな塔の中をうろついてたら瞬く間におっ死んじまうからね……。アンタ達が組んでくれるって言うんなら、ああ、こっちにはなんの異論も無いさ」


「それじゃあ……、ひとまず同盟締結、ってことでいいですね」


 そう確認し、竜昇とアマンダはどちらともなくその手を差し出し、半ば度胸を比べるかのように互いに相手の手を握る。


 危険な魔女と、その危険を承知の上で、それでも現状を打破するために。


 手に手を取って、先に待ち受ける苦難へと向けて、新たに両者は歩み出す。























――そうなる、はずだった。


「――ん?」


 先行した詩織や理香たちと合流すべく、静を先頭にアマンダを挟む形で歩き出したその直後、ふと感じた奇妙な感覚に竜昇の意識が引っぱられる。


 それはポケットから何かがするりと抜け落ちたような、そんな感覚。


(なんだ……?)


 なにかを落としただろうかと、反射的に竜昇の視線が下へと向かって、その感覚の出どころに当たる、ズボンの右ポケットを確かめようとして。


「え――?」


 トン、という軽い衝撃と共に、傍へとあらわれた何かの存在にあっさりと真横に突き飛ばされていた。

 なにかを思う暇もない、突如として現れたその黒い影が、突き飛ばした竜昇を無視して、見覚えのある雷球をその手の中に発生させて――。


「――のヤロッ――!!」


 とっさに倒れ込もうとするその足で影の背中を蹴りつける。

 次の瞬間、竜昇の使うのとまったく同じ【光芒雷撃】の光条が、竜昇のそれと全く変わらぬ速さで標的の方へと放たれて――。


「――がッ」


 とっさの妨害が功を奏したのか、かろうじて軌道の逸れたその光条が、老婆の体の中央ではなくそこから外れた右肩を背後から貫いた。


 誰も予想していないその攻撃に、しかし老婆のその先を歩いていた静が振り向き、即座に反応しようとして――。


「――!?」


 直後、こちらでもその真横に、どこか静に近い外見を持つ黒い影が、そばにいた静を突き飛ばすような形で現れていた。


「――ッ、なんだ、こいつら――」


「――ッ」


 現れた二体の影、それぞれ【鋼纏】による両手の硬質化と新たな雷球の生成と言う攻撃の予兆を見せるそれらに対し、竜昇と静がそれぞれその攻撃を阻むべく即座に動いて、そうして二人の意識が現れた【影人】達へと向いたそのタイミングで――。


「――危険を冒して監視し、待っていたかいがあった」


 ――その瞬間、そんな言葉と共に老婆の背後にその男が立っていた。


 まるで美術品のような、酷く整った顔立ちをした年齢の読めない一人の男。そんな男が、手にした刃を背後からアマンダの、その体の中央へと容赦なく突き立てている。


「――な」


「――ッ!!」


「――ヒ、ヒ……、……なるほ、ど……、そう、来た、かぃ――」


 愕然とする竜昇と静の目の前で、そう呟いて血を吐いた老婆の体を男が足元へと容赦なく投げ捨てる。


 背後から心臓を貫かれ、一瞬のうちに息絶えた老婆の体が、なす術もないまま土の地面に倒れ込む。


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[一言] 婆さん強すぎたから仲間入りせずか
[一言] 信頼できない味方になるかと思ったら!やはり便利すぎたか。
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