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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
242/327

241:虚像の裏の冷徹

「【六亡迅雷砲(ヘクサカノンボルト)】――!!」


 さらされた背中に全力の一撃を叩き込む。


 六つの雷球をひとつにまとめ、そこに【迅雷撃】の電力を加えて生み出す、直線状に奔る大火力の一撃。


 策を重ね、ようやく生み出した一瞬の隙に何としてでも勝利を奪うべく、絞り出された、今の竜昇に捻出できる最大の攻撃が、こちらを仕留めたとそう確信するオルドの背中に向けて一直線に走り出す。


 このオルドと言う敵を打倒するために、竜昇が今回講じたのは酷くシンプルな小細工の合わせ技だ。


 挑発を重ねて注意を引いて、相手から冷静さを失って隙を晒したところに用意できる最大の一撃を叩き込む。


 問題は遠方で戦うセインズからの横槍がいつ入るかわからなかったことだが、それゆえに竜昇は【聖属性】による魔法の無力化そのものを作戦開始の、そのトリガーとして利用することにした。


 具体的には、まず放送室にあった機材を起動して、放送機材を通してオルドに対して身を隠したまま呼びかけながら、竜昇自身はワイヤレスマイクを持ったまま外に出て、炎が燃える物陰の傍をゆっくりと這いずるようにして移動する。


 放送室の方には【羽軽化】の魔法で軽量化した機材をわざと不安定な位置に設置して、セインズの魔力によって無効化された際、機材が落下してまるで魔力に驚いた竜昇がものを落としたかのような、そんな音が立つよう細工を施した。


 それこそが、今回竜昇がどうにか捻出した、実際には思っていた以上にうまくはまった作戦の、その全貌。


(――ここで決める)


 この千載一遇のチャンスに決められなければ跡がないと、そんな想いと共に一直線に走る雷光の先を見据えて――。


(――決めて、やる――!!)


 その先で、ようやくこちらに気付いたらしいオルドが振り向いて、迫る雷光がこちらへと向けられたオルドの表情を煌々と照らし出して――。


(――!?)


その瞬間、交錯した視線になぜか竜昇の背筋にゾクリとした悪寒が走って、同時に極太の光条がオルドへと直撃した。


(――な、なんだと……!?)


 否、よく見ればそれは直撃しているわけではなかった。


 驚くべきことに、オルドは自身の握るメイスを軸にサーフボードのような形状の盾を展開すると、押し寄せる雷を真っ向から受け止めてそのまま体を逸らして斜め後ろへとその奔流を受け流していたのだ。


(まさか……、あのタイミングの不意討ちに反応して防御するなんてそんなこと――)


「――グ、ぬぅ――、なん、のォッ――!!」


 とは言え、さしものオルドもとっさの対応では攻撃から完璧にその身を守り切ることは不可能だったらしい。

 気合いの声と共に、どうにかオルドが身をずらして電撃の射線上から脱出して、しかし最後の最後に電撃の圧力によって盾にしていたメイスがその手からもぎ取られて宙を舞う。


(――!!)


 その瞬間、とっさの判断で追撃を行うべく即座に竜昇は動き出す。


 先ほど視線が交錯した際に覚えた違和感など、懸念する事項は未だ多くあったものの、それでもオルドの手から杖をもぎ取れた以上、今は追撃をかけるのが最優先だ。


 なにしろ、【神造物】である【裁きの炎】を手放させることはこの場における竜昇の優先目標。


 無論それだけで周囲や理香の体で燃える炎が鎮火する保証がある訳ではないが、それでも【神造物】が手元から離れれば、オルドがこの炎を操作できなくなる可能性は決して低いものではない。


 つまり今この瞬間は、先ほど一度は逃したと思った、竜昇がオルドを倒しうる千載一遇のチャンス、その続き。


(このまま、押し切る――!!)


 自身の周囲に雷球を再度展開しながら、竜昇は目の前にあった炎の壁を飛び越えて客席の裏に倒れ込んだオルドの方へと自身の杖を差し向ける。

そうして、着地と同時にありったけの電撃を叩き込もうと最短時間で万全の準備を整えて、しかし次の瞬間、竜昇の背後で今飛び越えたばかりの炎の壁が破裂して、内部から飛び散った大量の火の粉が竜昇を背後から襲うことと成った。


(なッ――!?)


 背後から降り注ぐ火の雨を背に受けて、とっさに竜昇は頭から(・・・)かぶっていた(・・・・・・)暗幕(・・)を脱ぎ捨て、ついた火諸共ふり払う。


(――ッ、危なかった……!!)


 放送席に侵入した際、箱に入れて保管されていた暗幕を念のためにと持ち出してきていたのが功を奏した。

 それが無ければ、今頃竜昇は頭から火の粉をかぶって全身火だるまになっているところだった。


(けどなんだ、なにが起きた……!?)


 竜昇に知覚できた限りでは、炎の中で何かが突然爆ぜて、それによって火の粉がばら撒かれて竜昇に降りかかってきたように感じられた。


 まるでそう、炎の中にあった爆発物が炸裂したかのような。


「――ッ」


 と、そうして自身を襲った炎に困惑しているその隙に、倒れ込んでいたオルドが態勢を立て直し、燃え盛る右手に竜巻のような暴風を纏わせてその拳を引き絞る。


(――ッ、来るか――!!)


 突き出される拳に合わせて炎と竜巻が襲ってくる、その光景を予想してシールドを展開しようとしていた竜昇に対して、しかし直後に襲ってきたのは引き絞られた右手ではなく、かわりに差し出された左手から手首のスナップだけで投じられた二つの球体だった。


(――!?)


 竜昇が火のついたそれに気づいた次の瞬間、まるでその瞬間を待っていたかのようにそれらの球体が炸裂し、周囲へと向けて内容物諸共輝き過ぎる炎をまき散らす。


(――焼夷手榴弾――!?)


 反射的にシールドを展開しながら、竜昇はこの状況でオルドがそんなものを使ってきたことに少なくない衝撃を受ける。


 使用している【神造物】の特性を考えればあり得ない話ではないが、しかしこのオルドと言う男の性格からして、こんな小道具に頼ることは恐らくないだろうと勝手にそう思い込んでいた。


 とは言え、性格的に意外であろうともその小道具が役に立たないかと言えばそんなことはない。

 現に、先んじて投じられた焼夷手榴弾の炎を受け止めたことによって竜昇のシールドは焼き消えて、そしてその向こうには暴風を腕に宿したオルドが、今度こそその魔法を撃ち放とうと動きを見せている。


「――ッ――!!」


 突き出される拳、そこから放たれる小規模な火災旋風に、とっさに竜昇は自身の体重を【羽軽化】で軽量化し、半分以上が消失したシールドを解除しその場所から跳び退る。


(――く、なん、だ……? なにか、さっきから何かおかしいぞ……!?)


 急ぎ火の回っていない箇所に着地しながら、すぐさま竜昇は攻撃のために展開していた雷球を発砲、追撃とばかりに撃ち込まれてきた炎を帯びた竜巻を正面からの射撃で相殺し、続く掃射で今度こそとオルド本人を撃ち抜こうと狙い撃つ。


 だがそうして放った光条はそのうちの一発こそオルドの衣服をかすめたものの、走るオルドの体を捕らえられずに見当違いの場所を撃ち抜いた。

 主武装であるはずのメイスを失ってなお変わらない、間違いなく一流と言える戦士の安定した立ち回り。


(――いや待て、なんでだ……、なんでこんなに変わらない?)


 攻撃を続けながらふと疑問に思い、その後すぐに竜昇はその疑問の答えに思い至る。


 相手の立ち回りに対する印象が変わらない理由は簡単だ。

 このオルドと言う男、【神造物】のメイスが手元から離れたその後も、竜昇にわずかでも着火できれば勝利できるというその前提条件の下で動いているのだ。


加えて言うなら、手から離れたそのメイスについても、オルドにはわざわざ回収しようと動く様子も見られない。


 それこそまるで、杖などなくても自分の戦闘スタイルには影響がないと言わんばかりに。


 無論ああして爆発物の起爆に炎を使っている以上、【神造物】が手元から離れていれば使用できなくなるという予想は見事に外れていたことになる訳だが――。

 ――否。


(――ああ、いや、違う……!! 

 【裁きの炎】……。そうだ、こいつの【神造物】は【裁きの炎杖】とかじゃなくて、【裁きの炎】なんだ……)


 そうして不意に、あるいはようやく、竜昇はその決定的な事実に思い当たる。


(――やられた、くそ、こいつ……、杖はブラフか……!!)


 神造物の杖が手から離れれば炎が消えるのではないかと予想していた。

 たとえ鎮火するところまではいかなくとも、火をつけた対象を燃やすかどうかの、その設定くらいは阻害できるのではないかとそう目論んでいた。


 だが違った。

 そもそも根本的に前提が間違っていたのだ。


(こいつの【神造物】は杖じゃないんだ……!! 杖の先に灯った、そして今周り中で燃えている、この炎自体がこいつの【神造物】……!!)


 【神造武装】、【神造界法】と言った呼称に習うなら、それはさだめし【神造火炎】と言ったところなのだろうか。

 そしてそう考えれば炎が消せないというのも当たり前の話なのだ。

 嘘か真か、神が作ったというこの作品は、世界と同じ強度を持つとされ、決して損なわれることがないと言われるようなものなのだから。


 そしてもし竜昇の予想通り、メイスではなく炎の方が【神造物】の本体だとすると、オルドから【神造物】を引きはがして無効化するという策はその根底から破綻する。


 なにしろ、オルドの【神造物】は今もオルドの全身を包む形で眩い輝きと共に燃え続けているのだ。


 当然、その火を消すことができない以上オルドから炎を引き離す術はなく、実質この敵は殺すか気絶させるかできるような致命打を与える以外、炎を無効化する術がないということになる。


 加えてもう一つ。

 最初からのブラフと言うのなら、このオルドと言う男についてもう一つ気付いたことがある。


(――冷静だ……。こいつは怒り狂ってなんかいない……。そもそもコイツは最初から、今までずっと冷静だったんだ……)


 先ほど振り返ったオルドと目があった際、感じた悪寒の正体に、この時になって竜昇はようやく思い至る。


 あの時、振り返ったオルドの表情は直前までと変わらず怒りに歪んだものでありながら、その視線だけは酷く冷静で、微塵も感情を浮かべることなく凪いでいた。


 もしも最初から、オルドのあの怒れる狂信者のような振る舞いが、イノシシ武者のような戦い方が全て偽りの演技なのだとしたら。


 今のこの、一言も声をあげずに小道具を用いて淡々とこちらを追い詰めてくる戦い方こそが、彼と言う男の本来の姿なのだとしたら。


(【神造物】のことだけじゃない……!! こいつの態度、人間性自体が丸ごとブラフ――)


 思いながら、炎の密集地帯から逃れるべく跳躍し、その先で燃える炎を避ける形で着地し竜昇に対し、付近で燃えていたその炎の内部で何かが破裂して、炎と大量の火の粉が爆風と共に襲ってくる。


(――ッ、しまった……!!)


 とっさに地を蹴って、なんとか火の降り注ぐ範囲から逃れようとする竜昇だったが、同じような破裂が二つ三つと、竜昇の周囲の火の中から立て続けに起こったならばもはや逃げ場などあろうはずもない。


(――シールド、間に合わない……!!)


 闇雲に炎をばら撒いていると見せかけて、影でバレないように炎の中に事前に爆発物を潜ませる。

 なにしろ、【裁きの炎】は燃やす対象を持ち主であるオルドが自由に選べる【神造火炎】なのだ。

 通常の炎ならば放り込んだだけで即座に起爆してしまうような爆発物でも、神造の炎の中なら起爆させぬまま潜ませて、そしてオルドの任意のタイミングでそれらを燃やして、炎を内部から破裂させることができる。


 後はそうした仕込みを行った炎の付近に、敵対者を誘導し、追いつめていけばいい。


「終わりだ、小僧」


(――ま、ずい……。やられた――、逃げ場は――、なにか、炎を遮る――)


 ひどく凪いだ声が耳に届く中、空回る竜昇の思考をよそに大量の炎が竜昇の視界を埋め尽くして、眩いばかりのその輝きに、視界の全てが埋め尽くされて――。





「おやおや、若いってのに随分だらしないじゃないかい」


 ――そうして、竜昇が炎にのまれかけた次の瞬間。

 竜昇の周囲にあった炎が突如として消失し、そして竜昇のすぐそばから、酷く楽し気な、聞き覚えのあるしゃがれた声が、響いて、耳へとしみ込んで来る。


「――え?」


 本当にほんの一瞬。

 一体何が起きたのか、それすらもわからないほどの瞬く間に、眼の前の状況が奇妙なほどに、がらりと別の光景にすり替わっていた。

 竜昇だけではない、周囲一帯で燃えていた炎までがその一瞬のうちに消え去って、その代わりとでも言うように一人の老婆が竜昇の隣に並び立っていた。


「――……魔女め、やはり貴様は、この土壇場で我らを裏切るか……!!」


 それはドーム端の天井付近でこちらを観戦していたはずの、本来オルド達の側にいたはずだった、それこそ呼称通りに魔女の如き人物。


「ヒッヒッヒ……。本当は手を出さないつもりだったんだが、仕方がない。

 そこの司祭殿に焼かせてしまうのも惜しいからね。この場はあんたらの味方をして、一つ助太刀でもしてやろうじゃないか」


 クツクツと、両腕に拘束具を嵌めたままそう笑って、魔女・アマンダ・リドはこの場の二人に対してそう告げる。


 まごうことなき、オルド達に対する裏切りの宣誓を、躊躇なく。



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