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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
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239:彼方との連携

 セインズたちが動き出したと見たその瞬間、静は迷うことなく竜昇と二手に分かれ、手の中の武器を弓へと変化させて重力に任せて観客席の方へと飛び込んでいた。


 案の定敵も二人組でありながら二手に分かれ、セインズの方が一人で静の方を追って来ている。


 どうやら静の見込んだ通り、二手に分かれての各個撃破は相手にしても望むところだったらしい。


「――変遷」


 それだけ確認すると、静はすぐさま観客席の一画に着地して、手の中の武器を弓から拳銃に変更。

 相変わらず輝かしいばかりのオーラを纏って超人的な跳躍を行うセインズの、その空中へと跳躍した瞬間を狙って連続射撃を叩き込む。


「――おっと」


 とは言え、それであっさりと落ちるほどこのセインズと言う少年も甘くない。

 静の銃撃に、空中で反応して即座に剣で銃弾を撃ち払うと、腰の後ろから懐中電灯サイズの延長柄を掴み取って静のいる方へと差し向ける。


「――!!」


「【呼鏖砲(ブレスト)】……!!」


 直後に撃ち込まれるのは、セインズ自身が身に纏う神造の炎を巻き込んだ空気の砲弾。

 単純に直撃するだけでも観客席の座席一つをバラバラにふっ飛ばす威力を持った空気弾が猛烈な速度で連射され、とっさに逃れて走り出した静の背後で内部に取り込んだ輝き過ぎる炎を容赦なく周囲へとまき散らす。


(こちらの拳銃より連射性能が高い……。そのうえで拳銃より破壊の及ぶ範囲が広く、炎による追加効果すら期待できる……)


 【爆道】を駆使して加速し、身を低くすることで並ぶ座席を盾にしながら、静は敵の使う武器の性能を嫌になる思いでそう分析する。

 恐らくは延長柄の性能として、魔力を籠めれば込めるほど連射性能が上がるようにでもなっているのだろう。


 ただでさえ接近戦の技量でもこちらが圧倒されているというのに、射撃戦でさえ武器の性能で押し負けているというのはなかなかに堪える現実だった。


(――ですがッ!!)


 思いながら、ただ押されっぱなしで終わる気はないとばかりに静が腕を振るって、手の中で武器を苦無に変化させて今度は【苦も無き繁栄】の分裂能力による投擲を試みる。


「――【回転(サイクル)】――!!」


 使用するのは、刃物などを回転させながら投擲し、回転速度の底上げと斬撃性能の底上げを行うことで殺傷能力を引き上げるそんな技。

 山なりに放り投げられた苦無が回転する丸ノコのような性能を帯びながら次々と分裂して数を増やし、遮蔽物となる座席を飛び越える形でこちらを追うセインズの元へと降り注ぐ。


「――おっと」


 そんな攻撃の殺到に、とっさにセインズは腰に差した剣の鞘を掴んで魔力を放出。

 苦無に込められた【回転(サイクル)】の魔力を消し飛ばし、ただの苦無の群れと化したそれらをシールドを展開することで防御する。


(――、今の――、いえ――!!)


 一瞬覚えた感覚について思考しようとして、しかし静はそれどころではないとばかりに即座にそれを振り払う。

 能力の分析も重要だが今やるべきことはそれではない。


 ただでさえ武器の性能でも劣る現状、敵のペースに任せていては勝機はないのだ。

 ならばこそ、敵が守りに回った今この時に、何としてでも静はこの敵に対して攻勢をかけなくてはならない。


「【螺旋(スパイラル)】――!!」


 そんな思考のもと、静は即座に苦無を分裂させてその一本を掴み取り、セインズの展開したシールド目がけて、今度はドリルのような回転をかけた分裂投擲を叩き込む。


 込められた魔力によって硬い防御すら貫通するその攻撃は、しかしやはりというべきかセインズの元へは届かない。


『消えろ――』


 再びセインズが鞘を掴みながら魔力を発し、それによって広がった【聖属性】の魔力が苦無に込めた【投擲スキル】の魔力を消滅させる。

 込められた特殊な力を失い、ただの投げナイフと変わらぬ状態になった分裂苦無が、セインズの振るう剣によって次々と叩き落され無力化される。


(――、……なるほど、考えてみればそれも当然ですか)


 とは言え、そうして迎撃されたことで攻撃の成果がまるで無駄に終わったかと言えば答えは否だ。


 自身の攻撃をシールドで受けるのではなく、わざわざシールドを解除して剣で叩き落とすような真似をしたセインズの動きに、ようやく静は自身にとって勝機として働く気付きを得る。


(【聖属性】による魔法の無効化、その対象になるのは何も敵対する私たちのものだけではない……。

 使い手であるセインズさん自身が使う魔法も、あの【聖属性】の波動を浴びれば同じく無効化されてしまう……)


 わざわざセインズが一度シールドを解除して、【螺旋(スパイラル)】の魔力を無効化した後剣で叩き落とすという面倒な工程を踏んだのも恐らくそれが理由なのだろう。


 よくよく思い出してみれば、今セインズが身に纏っている自己強化のオーラも、先ほどセインズが魔力の無効化を行った直後には一度途絶えて即座に再展開されていた。


 無論、再展開にそれほど時間がかからないうえ、【聖属性】魔力の性質も相まって消耗も少ないためたいした隙にはなっていないのだろうが、それでもここまでの戦いの中でようやく見出すことができた明確な欠点だ。


(とは言え、実際にそれを隙として突くとなるとやはり相当に難しい……。相手が魔法的手段を使えないタイミングではこちらも魔法は使えませんし、今はそもそも全身炎に包まれていて近づくだけで危険を伴う……。

 ――やはりここは、逃げに徹して時間稼ぎを行うしか――)


 そんな風に、静が自身を諌めて再び逃げの一手を打とうとした、その瞬間――。


「――!?」


 唐突に、今度は静がなんの攻撃もしていないにもかかわらず、セインズが自身の腰の鞘を掴んで、先ほど使用していたのと同じ無効化の魔力を周囲一帯に投射して見せる。


(――ッ、この範囲……!!)


 そして同時に気付く。

 三度目にしてようやく。セインズの放った魔法無効化の範囲が、静達のいる一帯を遥かに超えてドーム球場全体に、もっと言うならば今まさに竜昇達が戦っている場所にまで届いているという事実に。


 先ほどまでは余裕が無くて気付けなかった、これまでの無効化の波動全てが、竜昇達のいるもう一つの戦場にまで届いて、その戦いに横やりを入れていたというその事実に。


「あまり、消極的なのは感心しません。手を抜いて僕の方に余裕が生まれるようだと、きちんと向こうの様子をうかがって、一番適切なタイミングでもう一人の方の妨害だってできてしまいますよ」


(……!!)


 言葉の意味するところを理解して、さしもの静もその脅しの厄介さに眉を顰める。

 要するにこの少年、竜昇達の戦いにこの距離から加勢されたくなければ、セインズにそんな余裕がなくなるくらい、静にもっと積極的に向かって来いとそう言っているのだ。


「――あまり、関心はしませんね。女性の気を引くのに浮気をちらつかせるなんて、そんなことでは将来とんでもない女の敵になりそうです」


「――おや、そう言う言葉はもっと真剣にお付き合いいただいてから言っていただきたいものです。そうすれば僕だって、きっと貴方のこと以外目に入らなくなる」


 静の嫌味に笑ってそう返しながら、セインズは新たに取り出した延長柄を手にする剣の柄頭に接続する。

 同時に離れたその位置で剣を体ごと回って振り回し、勢いを付けながらその剣に向けてその【聖属性】の魔力を注ぎ込む。


「『砕けろ』――、【散聖剣(ディバイド)】」


 次の瞬間、回転の勢いに任せて振りかぶられたセインズの剣が十メートル近くの大きさに巨大化し、慣性に任せて振り抜かれたその剣が、しかしセインズ本人の魔力を浴びて砕かれ、降り注ぐ。

 人体などたやすく串刺しにして砕きうる、そんな金属性の大量の槍となって。

 まるでこの程度で死ぬならそれまでと、そうあっさりと割り切っているかのように。







 『やりにくい』と、戦いのさなかに、つい竜昇は内心でそう思わずにはいられなかった。


 身を低くして座席の後ろを走り抜け、物陰から飛び出すと同時に発生させていた雷球をオルドに撃ち込もうと試みながら、しかし直後に投射された覚えのある魔力によってその雷球が跡形もなく霧散する。


「――く、また……!!」


 都合三度目になる魔法の強制解除に、思わず竜昇は舌打ちしながら急ぎ体勢を立て直す。


『ふぅんッ――!!』


 焦る竜昇のその元へ、空中へと大きく跳びあがったオルドがその手のメイスを振り上げて一気に距離を詰めてくる。


 そのメイスの先端に炎と共に込められているのは、以前に類似した技を見たこともある、守りの粉砕に特化したそんな魔力。


「こな、くそ――!!」


 左右の逃げ場を座席に塞がれ、上空をオルド本人に抑えられたそんな状況で、とっさに竜昇は【増幅思考】を発動。

杖の力で自身の体重を軽減してその場で踵を返すと、杖先から黒雲を吐き出してオルドの視界を奪い、同時に上空から落ちて来るオルドの、その足元へと身を投げる。


『ぬ――!?』


 【軽業スキル】の技術で転がるように着地したその瞬間、背後に落ちて来たオルドがそのメイスで観客席の床を砕き割り、同時に【突風斬】にも似た暴風の炸裂がオルドの前面に神造の炎をまき散らす。


 もしも防御しようとしていればメイスの一撃でシールドごと砕き割られ、オルドから離れる形で逃げようとしていれば暴風と共にあの炎を浴びせかけられていた。


 とっさの判断であえてオルドのいる方向へと飛び込むことで難を逃れながら、竜昇は即座に背後へと目がけて杖を差し向け、自身が発動出来る最速の魔法を撃ち放つ。


「【雷撃(ショックボルト)】――!!」


『――なんのッ!!』


 迸る雷に、即座にオルドがシールドを展開してその攻撃を受け止めて、しかし竜昇がその隙を突いて、軽量化された体重で地面を蹴り、行く先を塞ぐ炎の壁をその跳躍によって飛び越える。

 ――ただし。


「――ッ、また……!!」


 遥か遠方、セインズの放つ魔力霧散の波動が再び押し寄せて、それによって今まさに着地しようとしていた竜昇の体重が予定外のタイミングで戻された。

とっさに竜昇が地面を転がり、襲い来る落下の衝撃をその回転によって消費し軽減させる。


 先ほどからの戦闘、ただでさえオルドと言う強敵を相手にした厳しい戦闘をさらにやりにくいものにしているのが、この静達が戦う方向から飛んでくる、魔法を無効化するセインズの【聖属性】による魔力投射だ


 先ほどからオルドと戦うそのさなかに、この魔力が何度も飛んできては、そのたびに竜昇の魔法行使が阻害されてその対応を迫られている。


(タイミング的に見ても、恐らくこっちの様子を見計らって飛ばしてきているって訳でもないんだろうが……)


 もしも魔力投射のタイミングがあと数秒早ければ、恐らく竜昇は体重の軽減がうまくいかず、炎の壁を飛び越えるのに失敗してそのまま炎の中へ飛び込む羽目になっていた。


 竜昇だけでなくオルドの魔法も無効化されていることから考えても、恐らくセインズもタイミングを狙いすまして邪魔しに来ているのではないのだろうが、しかし例えそうだったとしても竜昇が受ける影響は甚大だ。


 もとより竜昇の戦闘スタイルは魔法戦、それも自身の周囲に電力を蓄積し、その蓄積した電力を運用することでより効果の高い魔法を行使できる、そんな戦闘スタイルになっている。


 だというのに、先ほどから横やりを入れてくるこのセインズの魔力は、そうした竜昇の蓄積を軒並み無効化して霧散させてしまう。


 【電導師(アンペアロード)】で身に纏う形で溜め込んだ電力は電力を吸収するその力場ごと無効化され、罠や後での使用を考えて各所に仕掛けた【静雷撃(サイレントボルト)】も日の目を見る前にいたずらのように放たれた魔力で跡形もなく消えていく。


 一応、魔本の中の魔力だけはセインズの魔力投射があった後も無事に残っているのが確認できていたが、それ以外の蓄積手段が事実上制限されてしまったことで竜昇に取れる選択肢もまた大幅に制限される形となっていた。


(この妨害……。オルドの方にも影響が出てるのに平然と立て直しているところから見ても、明らかにあのセインズって奴の独断じゃない……。

 事前に打ち合わせをしたうえで、あえてランダムなタイミングで妨害が入るように前提を整えて来てやがる……)


 恐らく先ほどの病院での戦闘で竜昇の手の内を把握して、より竜昇が戦いにくくなるように手を打ってきたということなのだろう。


 加えて、オルドの主武装は【神造物】だ。

 無論オルド自身魔法も使っているため影響は皆無という訳ではないのだろうが、どうやら【聖属性】による影響を受けないらしい【裁きの炎】を戦術の主軸に据えている以上、竜昇程如実にその影響を受けずに済んでしまっている。


(一見別々に戦うと見せかけて、炎と【聖属性】を使うことで実際にはキッチリと連携をとってきやがる……。さっきの火事や炎そのものへの造詣の深さと言いこのおっさん……、イノシシ武者みたいな言動の割に思った以上に頭が回る……)


「逃げ回るのが随分とうまいようだがなァッ、小僧――!!」


 そうして竜昇が分析を行うそのさなか、オルドが瓦礫と化した巨大なコンクリート片の後ろに回り込み、その背後から巨大な竜巻を、振り上げたメイスの一撃と共に叩き込む。


 いくつもの座席がその下のコンクリートごと引きはがされて傾いたような、そんな瓦礫の塊が砲弾と化して、炎と暴風を推進力に一直線に竜昇の方へと飛んでくる。


「ええい、くそッ、次から次へと……!!」


 迫る攻撃に、竜昇は即座に自身の周囲に用意した六つの雷球を杖の先端へと集め、合わせていた。

 このタイミングで邪魔されたら一巻の終わりだとそう考えながら、竜昇が放つのは巨大な雷球に魔本の中の魔力を電撃へと変えて足し合わせ、一点に集中させて放つ、この一瞬で用意できる最大火力の魔法。


「【六芒迅雷砲(ヘクサカノンボルト)】――!!」


 放たれた雷の極太光条がコンクリートの塊に直撃し、その表面の座席を焼き焦がしながらそれを粉砕し、その向こうの竜巻を中央から貫いて、炎を帯びたそれを散り散りに吹き散らす。


 そうして相手の魔法をどうにか相殺しながら、しかし竜昇はそれだけでは到底安堵などできない。


「【黒雲】――!!」


 間髪入れずに杖先から黒雲をまき散らし、視界を遮る煙幕に紛れて急ぎその場所から離脱する。


 案の定、砕かれたコンクリート塊の向こうから炎を巻き込んだ竜巻が放たれて、竜昇がいたあたりの黒雲を散り散りに吹き散らして消えない炎をまき散らす。


『――ヌゥッ、おのれ隠れおったか……!!』


 姿をくらました竜昇をオルドが探すそのさなか、竜昇の方はどうにかイスや瓦礫の影を移動して壁際の大きな物影へと滑り込む。

 幸いにして、視界を塞ぐと言う意味では周囲で燃える炎も十分すぎるほどの障害物だ。


 一度でも触れればそれだけで詰みになりかねず、常に延焼範囲を広げ続けて竜昇の逃げ場を奪い続けている神造の炎だが、こと隠れる上での目くらましと言う点に置いてだけは、その輝き過ぎる炎は唯一竜昇にも優位に働いてくれる。


 加えて、誠司から受け継いだ【麒麟の黒雲杖】で生成される黒雲は純粋な魔力による産物ではなく、空気中の水分を取り込んで生み出す複合物だ。

 魔力に干渉してそれを無効化するセインズの【聖属性】をもってしても、この黒雲についてはその全てを消し去れるわけではない。


(――一つわかった。この男、確かに厄介な【神造物】で武装してはいるが、本来は前線に出て戦うのが本分ってタイプじゃない)


 物陰に隠れて呼吸を整えながら、竜昇は先ほどから見てきたこの相手についての情報を頭の中で必死にまとめて、整理する。


 本人が相当なレベルで戦えているうえ、真っ先に向かってきたため見誤っていたところがあるが、このオルドと言う男、本来の役回りは前線で戦う戦士と言うより、後方で指揮や支援を行う後方支援タイプなのだ。


 本人が前線でも戦えてしまう上、今はそもそも味方の数自体が少ないためにこんな戦い方をしているが、本来の彼の役回りは味方を【裁きの炎】で支援しつつ、自身は後方に控えて魔法による支援や全体の指揮を担う役割だったと考えたほうが【神造物】の性質的にもしっくりくる。


(少なくとも味方に火をつける今みたいな運用ができるなら、火をつけた味方を全線で戦わせて、自分は一歩引いた、全体を見渡せる位置で指揮や支援に徹していた方が理には適ってる……)


 味方に炎を纏わせて敵の攻撃を牽制し、逆に味方は火のついた体で火を燃え移らせるべくガンガン圧力をかけていく。

 オルド本人は背後に控えて状況を観察し、必要に応じて炎や魔法で味方を援護し、なにより火が燃え移った相手をいち早く見つけてそのまま炎で焼き殺す。


 少なくとも竜昇の眼から見て、このオルドと言う男はそれができるだけの一通りの能力を備えているし、それをやられた場合の危険性は、今こうして追い詰められている状況に、さらに輪をかけて危険なものであることは想像に難くない。


(――そう言えば、普通ファンタジーの僧侶って支援職なんだよな……)


 半ば現実逃避のようにそう思考してから、竜昇はすぐさま思考の焦点を現実へと戻していく。

 ひとまず考えるべきは、眼の前の敵の打倒方法。


(――少なくとも、この敵は今までの奴らほど厄介な能力で身を固めているわけじゃない……。攻撃すればひとまず通るし、狙えば一応、当てられるだけの距離にいる……)


 救いがあるとすれば恐らくそこ、このオルドと言う男が、竜昇がこれまで遭遇して来た【決戦二十七士】のような、理論的に(・・・・)打倒が難しい敵ではないという点だ。


 アパゴのように攻撃をまるで受け付けない圧倒的耐久力を持っているわけでもなければ、ヘンドルのようにこちらの攻撃が届かない超遠距離から攻撃してきているわけではない。


 ハイツのように動きが早すぎる訳でも、フジンやハンナのように配下やほかの敵を壁にして身を守り、本人は姿や居場所を誤魔化しているわけでもない。


 本来は複数の前衛と行動を共にすることで打倒が困難になっていたのだろうが。

 少なくとも今は、攻撃すれば届き、ともすれば打倒することも可能な、そんな相手だ。


(――そう言う意味じゃ、他の【決戦二十七士】……。それこそハンナあたりと組まれなかったのは幸いと考えるべきか……)


 あんな配下を大量に作成できる相手と組まれたら本当に手が付けられなくなるところだったと、そんなことを考えながら竜昇は活路を見出すべく息をひそめたまま周囲を見渡す。


 必死に思考しながら立ち上がり、無意識に壁面を探っていた竜昇の手が何かに触れる。


 否、それは壁面ではなかった。

 それは竜昇が身を隠した遮蔽物、その内部に入るための一つの扉。


(こいつは……)


 頭をよぎるのは一つのアイデアと、そのアイデアがはらむ重大なデメリット。


(…………この手を使ったら、少なくともこの場で、この人たちとの和解の道はなくなるな……)


 心中で一度迷ってから、しかしすぐさま竜昇はそんな懊悩を思考の果てへと追い払う。


 どちらにせよこの相手とは交渉は成り立たないとそう割り切って、同時にもう一つ期待できる副次効果もあるとそう計算して、竜昇はそっと、音をたてないように触れていたドアを押し開く。


 幸いなのか【不問ビル】の中ゆえの仕様なのか、鍵のかかっていなかったその施設の中へと。

 追いつめられたこの現状を、それでも何とか打開するために。


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