237:宙を舞う迎撃戦
閑散としたドーム球場の上空を無数のチラシが飛び回る。
風に乗るのとは明らかに違う動きで宙を飛行し、発生源となる扉を盾となって守って、そしてその守りを破ろうとするそんな輩に容赦なく斬りかかる。
それも紙で手を斬るような些細な斬り方とは桁が違う、紙片全体が金属のように硬質化し、それらが手裏剣のように襲い掛かって来ることによって。
「――ッ、【雷撃】――!!」
回転しながら飛んで来る紙片の群れへ、大目に魔力を込めて規模の底上げをした電撃を浴びせて迎え撃つ。
電撃を浴びた紙片の群れが電撃に呑まれたことで一部が焼けて、術式の一部が焼けたことで機能を失ったモノからただの紙へと戻り、そのまま空気抵抗に負けたようにフラフラと舞って燃えながら地へと落ちていく。
ただし、電撃に呑まれたにもかかわらず、そうなったのは全体のおよそ半数程度だ。
「――く、シールドッ――!!」
迎撃に失敗したとそう理解して、即座に竜昇は防壁を展開。
半透明な魔力で身を守って、その壁の表面に次々と硬質化した紙片が飛来し、そしてその全てが碌に傷もつけられないまま弾かれる。
(攻撃力そのものはたいしたことがない……。ただのシールドで十分防げるレベル……。対して、防御については初級魔法程度じゃ迎撃しきれない程度に耐久性が高い……)
弾かれて地面に落ち、そこから再び舞い上がった硬質化紙片のその表面にうっすらとオーラがまとわりついているのを視認して、竜昇はこの相手の即席武器の性能を細かく分析して探っていく。
そこらにあるチラシに術式を刻み、それによって遠隔操作の武器として使用するという驚くべき力を見せたこの相手だったが、しかしそうして生まれた紙片の群れの性能はお世辞にも高いとは言えないものだった。
攻撃力はシールドに傷すらつけられないほど低く、硬質化をはじめとした防御手段を用いても半数が初級魔法に墜とされる。
これまで相手にしてきた敵を思えば決して危険でもなければ強靭とも言えない、本当に戦闘が成立する最低限のスペックのみを確保したと言わんばかりの、その程度の性能。
ただしそんな紙片が、ありったけのチラシをかき集めたと言わんばかりに大量に投入されてくるとなれば、流石に無視できる存在とも言い切れない。
(く……、この数、こんなものを隠せる場所となると――、あの階段空間か……!?)
先の階層、竜昇達が最後に立ち去る際の、あのセインズと言う少年が放ったと思しき巨大な嵐の様子を思い出して、竜昇は唯一残るその可能性に思わず内心でそう戦慄する。
巨大な病院の一階部分が丸ごと吹き飛ぶような巨大な嵐の中で、こんな大量の紙片が無事でいられたと考えるのはいくらなんでも不自然だ。
そもそも、壁や天井に至るまで丸ごと粉砕するようなあんな嵐に蹂躙されたのである。
竜昇達が通ってきたあの階段扉とて無事である保証はどこにもなく、むしろ破壊によってばら撒かれた瓦礫に埋没している可能性すら相当に高いはずなのだ。
魔法や神造物と言った超常的手段がある以上、掘り出すこと自体はそれほど難しくないだろうが。
それでも時間がかかるのはまちがいないだろうし、だからこそ今竜昇達はかろうじてオルド達に追いつかれることなく済んでいる。
そうした点を考えるなら、このチラシが一つ上の階からあの扉を通ってきたとは考えにくい。
ほぼ間違いなく、これらの魔刻チラシは竜昇達が扉を通るその前から、既にあの階段空間に入り込んでいたのだと考えるべきだろう。
あの空間が実際どれだけ広いかは知らないが、足場の階段から離して飛行させていたのだとしたら、あの闇の中で気づかなかったとしても無理はない。
加えて、竜昇達は階段空間を通過する際、静の弓による落下飛行でほとんど一直線に、猛烈なスピードであの空間を通過しているのだ。
それも攻撃の大半は一つ上の階に置いてきたとはいえ、扉を通り抜けて来た大規模魔法の竜巻に追われながらの通過である。
そんな場所に、階段から離れる位置にほとんど闇に紛れる形でこれらの紙片が隠されていたのだとすれば、その場所を通過した竜昇達がそれに気づかなかったとしてもそれほど不思議ではないだろう。
(――逆に言えばあの速度で一直線にあそこを通過して来たから、階段空間内で足止めをくらわずに済んだとも考えられるわけだが……。
――く……。性能的に見ても動きの面でも、こいつは明らかにこっちの打倒は狙ってない。こっちが対応せざるを得ない最低限の攻撃で、ひたすらこちらに時間を潰させる戦術……。それに――)
思いながら、竜昇は魔本に込めていた魔力を開放するべく杖を構えて発射体制を整える。
途端、宙を舞うチラシがばらけるように四方に散開し、そのうえで先ほどまでよりはるかに多くのチラシが四方八方から竜昇目がけて降って来る。
(――く、の――、やっぱりこいつらこっちの魔力に反応してやがる……!!)
そんな攻撃に、竜昇は慌てて行動を変更。重力を軽減して軽くなった体で走ることで硬質化したチラシを回避して、避けきれない一部を迎撃し、そして最後にシールドで残る攻撃全てを弾き飛ばす。
宙を飛びまわるそのチラシが、竜昇達の放つ魔力の気配を察知して攻撃して来ていると竜昇が推察したのは、そもそも最初に攻撃されたときのことだった。
魔刻チラシの動きからこのチラシが何らかの方法でこちらの状況を知覚しているのを推察し、ならばすでに火を付けられてしまっている理香の状態を見られるのは不味いと【黒雲】を発動させたら、途端にそれまで竜昇達を無視していたチラシたちが襲い掛かってきたのである。
その後も、竜昇達が魔力を使用するとすぐさまそれに反応し、先ほどのように大技を使おうとすれば明らかにそれに対応する動きでこちらに襲い掛かって来ている。
かと言って、では魔力を使わなければ位置がバレないかと言えばそんなことはない。
(――ッ、また……!!)
そうして竜昇が追い立てられたその直後、上空の、恐らくチラシのどれかから【探査波動】とよく似た魔力が放たれて、周囲にいる竜昇達の気配が一度に露わになる。
同時に、【隠纏】によって気配を消して、弓による落下飛行で扉に近づこうとしていた静の気配が暴かれて、奇襲を狙っていた彼女に周囲のチラシが一斉に襲い掛かって行く手を阻む。
とは言え、迫りくる刃のような紙の群れに対して、それでも易々と退く静ではない。
「――防壁転用――!!」
迫る刃の群れに対して敢行するのは、落下の中でシールドを展開し、自身を砲弾として使うことで成立する、重力にものを言わせたダイブアタック。
「シールドダイブ――!!」
けたたましい音をたて、硬質化した大量の魔刻チラシと静のシールドが正面から激突する。
紙片から変じた、決して切れ味鋭いとは言い難い刃が斜め上へと向かって落ちる静のシールドに弾かれて、しかし数瞬後にはチラシの群れが一斉に頂点ではなく面を向けて、その紙片の正面で包み込むようにして静のシールドを受け止める。
「――ッ!?」
「戻れッ、静ァッ――!!」
とっさに竜昇が叫んだ次の瞬間、空中各所に散っていた魔刻チラシが一斉に空中の静へと向かって殺到する。
受け止めた静のシールド、その表面に次々と魔刻チラシが張り付いて、その中央にいる静の姿を瞬く間に包んで多い隠す。
(――シールドごと静を閉じ込めるつもりか……!!)
地上を走る竜昇が思った次の瞬間、シールドを包んだことで空中で球体状になっていた魔刻チラシの群れの下部が暴風にはぜて、内側からチラシの群れを突き破った静がどうにか脱出し、落下して来る。
どうやら狙いを察し、シールドの解除と共に【突風斬】を発動させて魔刻チラシの檻の中から脱出したらしい。
そうして、重力に任せて地上近くまで落下して、再びその手の武器を弓へと変えた静が竜昇のいる方向まで再びの落下飛行で戻って来る。
「このまま闇雲に攻めてもジリ貧です。詩織さんも、一度戻って合流してください――!!」
「――けど、早く扉を閉じないとさっきの人たちが――」
同じく魔刻チラシの群れによる守りを突破しようと躍起になっていた詩織に竜昇が声をかけると、焦った様子で空中を飛び回っていた詩織がとっさにそう言い返してくる。
とは言え、どうやら彼女にしてみてもこのままでは埒が明かないことは理解していたらしい。
反射的に叫び返したその直後、その表情を焦りを噛み殺したように歪めながら、それでもすぐに宙を舞うチラシの群れに背を向けて竜昇達のいる位置まで戻って来る。
同時に、離れた場所に下がって念のために身を隠していた理香も竜昇達のいる場所へと合流して来て、集結したそのうえで話すのはどうにもならない状況への今後の対応。
「時間がありません。このままいくとさっきの三人にこの階層まで追いつかれる可能性があります。――いえ、ここまで時間を稼がれてしまった現状、いつあの三人がここに追いついてきてもおかしくない」
もはや一刻の猶予もないと言わんばかりの竜昇の発言に、集結したほかの三人にそれぞれの形でより一層の緊張が走る。
具体的にあの三人が到着するまでどのくらいかかるか予想できているわけではないが、恐らくもうそれほど時間はかからないだろうというのが竜昇の見立てだ。
これについてはある程度勘によるところもあるが、宙を舞うチラシの残量とその使い方を見ても多少の判断材料にはなるはずなのだ。
現状、宙を舞うチラシの残量は当初の半分程度まで減ってはいるが、にもかかわらずチラシの動きにはこれ以上残数が減るのを嫌がるようなそぶりは見られない。
もしもこのペースでチラシを減らされても間に合うとこの敵が見ているのだとすれば、ほどなく竜昇達はあの敵に追いつかれることになるだろう。
「だから止むを得ません。最悪の可能性を考えて、理香さんには詩織と共にひとまずこの場から退避してもらいます。
あの三人に追いつかれてまずいのは全員同じですが、理香さんの場合はあのオルドと言う男に姿を見られるだけでも危険ですから」
「――それ、は……。それでは、この場で扉を閉めるのは諦めるということですか……? 扉の閉鎖にこだわるよりも、例えばどこかに逃げて身を隠していた方が生き残れる確率が高い、と……?」
「それもあります。だからこの場を離れる二人には、大至急この階層のどこかにある、下の階へと続く扉を探してもらいたいんです」
「ちょ、ちょっと待って。わたしと理香さんはそれでいいとして、その間竜昇君たちはどうするの……?」
竜昇が指示を飛ばすその中で、どうやら竜昇が取ろうとしている選択に気付いたらしく、詩織が慌てた様子でそう問うてくる。
とは言え、なにを言われたところでこの場において竜昇が下すべき決断は変わらない。
「俺と静は、引き続きこの場所であの扉の閉鎖に挑むつもりです。問題の三人が追いついてきたら、その迎撃と、もしくは足止めも」
「ちょ――」
そうして告げた竜昇の方針に、反射的に詩織が何かを言い返そうとして、しかし何も言うことができずにそのまま口をつぐむ。
恐らく竜昇達の犯そうとしている危険を察し止めようとして、しかしそれ以外にないとわかってしまったが故に何も言えなくなってしまったのだろう。
それでも、なにかを言わなければという焦燥に駆られたように、必死に思考した様子で唇を震わせる詩織の姿に、竜昇が何かダメ押しの一言を探してぶつけようとして――。
「――そういうことでしたら、詩織さん。それと理香さんにも。
お二人がこの場を離れるその前に、もう一つついでにお願いしたいことがあります」
二人が言葉を発する前に傍で見ていた静がそう言って、まるでダメ押しのようにウェストポーチから取り出したそれを二人に対して差し出した。
「さっきは助かった」
「いいえ。あれくらいの役割がないと納得してもらえないと思いましたので」
【領域スキル】と【隠纏】で念入りに気配を隠蔽し、天井付近を舞うチラシの群れへと向かって飛び(おち)ながら、竜昇は自身を抱える静とそんな言葉を交わし合う。
竜昇としては、静自身の了解を得ないまま彼女をこの場に残る判断に巻き込んでしまったことを謝ろうかとも思っていたのだが、静の言葉にそれも違う(・・)と感じて結局それは口にしないことにした。
そうして、飲み込んだ言葉の代わりに竜昇が下を確認して、ちょうど準備が整ったのをその目で見据えて、かわりの指示をこの場に残るパートナーへと告げることにする。
「二人が配置についた。行ってくれ、静――!!」
「――はい」
合図とともに、竜昇を抱えた静が弓の力で落下方向を操作して、いよいよ宙を舞うチラシの群れが待ち受けるその方向へと二人がそろって突撃を敢行する。
同時に、眼下の観客席で発生するのは、外へと通じる通路の前に立った二人からの、ひときわ大きな魔力の気配。
「――、……行くよ、理香さん」
「はい……。くれぐれも、わたしの火が燃え移らないように気を付けて……」
離れたその場所、チラシの群れが対応するには少々遠い位置で並んで立ちながら、詩織と理香、並んで立つ二人が互いにそう呼びかけながら構えた呪符の両端に触れる。
火が燃え移り、端から燃え出す呪符に二人がかりで魔力を注ぎ込み、発動させるそれは、先ほど静から手渡された、かつて竜昇が作成していた呪符の、その最後の使い残し。
「「――【迅雷撃】――!!」」
二人がかりゆえに大目に魔力を注ぎ込まれ、放たれた巨大な雷撃が離れた距離から魔刻チラシの舞う上空へと放たれる。
その瞬間を眼下に見届けながら飛行(落下)中の静が胸に抱くのは、先ほどの自身の予想に対する確信。
(やはり、距離を離れての魔法発動ならあのチラシたちも妨害には動かない……)
魔刻チラシを操る敵の目的は扉の防衛だ。
当然、そのためには常に扉の近くに自身の戦力を待機させておく必要があり、そしてどれだけ厄介でも本来急造品で性能が低い関係上、魔刻チラシはある程度まとまった量を一定範囲に集めておく必要がある。
だから例え大きな魔力の気配を察知していたとしても、このチラシたちはその気配の位置が遠ければ邪魔しに来ないのではないかと静は予想していた。
無論、チラシの一部を妨害に割り振る手もあるが、数が少なければ脅威度が少なくなっていく魔刻チラシの特性上、その選択をする可能性は極めて低い。
加えて、そうなった場合扉の守りが手薄になって今度こそ静達がそこに飛び込む腹積もりでいたのだが、生憎と宙を舞うチラシの群れが取ったのはもう一つ別の対応だった。
(やはり、散開して広がる道を選びましたか……!!」
大方の予想通り、空中で魔法の発動を察知したチラシの群れが、ある程度守る扉から離れすぎない位置で一斉にばらけて空中に散開する。
いくら発動した魔法が大規模であると言っても、少人数で発動する魔法ではカバーできる攻撃範囲に限りがある。
これが先の階層での、あのセインズの発動させた魔法などであればまた話も変わって来るのだろうが、そう言った例外を除けばこうした広い空間内で的が大きくばらけさせてしまえば、発動させた魔法によって撃ち落せるのは全体の内ほんの一部だ。
案の定、発動した【迅雷撃】に対して魔刻チラシの群れはそれを避けるように散り散りになり、逃げ遅れたごく一部だけが雷に呑まれて消える形になっている。
被害がないわけではない。けれど時間稼ぎを行う上では許容範囲といえてしまう、そんな程度の撃破総数。
ただし――。
「いいぞ、静……!! 思いっきりやってくれ」
「――はい。それではお願いします」
落下飛行によって上空へと跳びあがり、斜め下から放たれる雷撃を見下ろす形となっていた静が、竜昇の要請の元【羽軽化】によって軽量化された竜昇を力の限りに投げ飛ばす。
雷撃の進路上、ちょうど魔刻チラシが魔法から逃れて空白地帯となったその場所に狙いを定め、パートナーたる竜昇を一切の容赦なく放り込む。
同時にその竜昇が発動させるのは、迸る電力を己の力とするための充電の魔法。
「【電導師――送電宣】……!!」
電力を誘導する力場を身に纏い、同時に放たれた魔力によって詩織達の放出した雷が軌道を曲げて押し寄せる。
「――グ、ぅ、なん、のぉ――!!」
進路が曲がったことでその途上にあったわずかな魔刻チラシを焼き尽くしながら、莫大な量の電撃がその先にある竜昇の体へと直撃する。
純粋に竜昇だけの魔力から生まれた雷ではないためか、自身のものを受け止める時にはない痺れが全身に奔ったが、しかしこの程度であればあらかじめ予想できていた許容範囲内だ。
そうして、二人がかりで多めに魔力の込められた電撃を受け止めて、空中で背中から雷撃の翼を展開しながら竜昇は【光芒雷撃】を発動。
生成される六つの雷球を構えた杖の先へと配置して、無数の魔刻チラシが舞い飛ぶ天井方向へと大雑把ながらも狙いをつける。
「電力供給――【六芒――」
放つは本来一瞬であるはずの雷撃を、放出し続けながら振り回す特大の範囲攻撃。
「――迅雷奔流撃】――!!」
さしもの魔女が操作するチラシの群れも、二段構えの攻撃によって放たれる追撃には的確には対処しきれなかった。
六方向の扇状に分割された強力な電撃が、その先にあったチラシの群れを瞬く間に飲み込んで、直後にその雷撃が横一文字に振り抜かれてさらに多くの魔刻チラシが雷に焼かれて燃え落ちる。
その数たるや、天井付近を飛び回っていた大量のチラシの、その八割以上。
「――次だ、静ァッ――!!」
「――はい!!」
そうしてチラシの大半を始末して、しかしまだ竜昇達の戦いは終わらない。
纏う電力全てを吐き出した竜昇の元へ再び静が落ちてきて、真横への落下の中でその身を掴んで所定の位置を目指して飛翔する。
「【電導師】部分展開――、充電開始――!!」
軽量化を継続、弓による落下で疑似的な飛行を行う静に運ばれながら、竜昇は自身の右手周辺に再び【電導師】の力場を発生させて、そこに次々と【雷撃】を撃ち込んで電力をチャージする。
同時に、落下する静がその落下方向を変更させて、間近まで迫っていたドーム球場の壁面と平行になるように飛行する。
壁沿いの曲線に沿って落下して、その先に見据えるのは詩織が見つけていた、既に周囲に輝きすぎる炎を多数灯した、上階へと続く階段への扉だ。
そして――
(見つけた、あそこか――!!)
開いた扉の裏側、その場所に多数生えて壁に繋ぎ固定する鎖の群れを視認して、即座に竜昇達は天井付近壁沿いの細い通路に着地する。
同時に、雷を纏った右手で生成した雷球を掴み取り、扉の後ろを狙い電力を流し込みながら振りかぶる。
「一閃――、【光芒雷刃】――!!」
振り下ろすのは放たれる光条を刀身に見立てた雷光の一閃。
光線の如き貫通雷撃を放出し続けることによって成り立つ疑似的なビームサーベルが、扉の裏のわずかな隙間にびっしりと張り巡らされた鎖の群れへと直撃する。
「――よし、このまま――!!」
光条を振り下ろす体勢の竜昇が、軽量化した体重で静と共に観客席上部の細い通路に着地する中、彼方では扉を固定する強固な鎖が、押し寄せる貫通雷撃を受けて一本、また一本と粉砕されてはじけ飛び、確実に数を減らして扉を繋ぎ止める力を失っていく。
だが――。
「なんだと――!?」
遠距離から鎖の一部が切断される、そんな事態を察知したのか、離れた距離にいたチラシの群れの生き残りが一斉に動き出す。
迸る、細い雷の奔流に次々と硬質化したチラシが飛び込んで、燃え尽きるまでのほんの一瞬電撃をせき止めて、そんな妨害を複数枚のチラシが次々と繰り返すことで、鎖の群れが寸断されるまでの時間を着実に稼いで引き延ばしていく。
そして当然、この敵が見せる妨害はそれだけではない。
むしろそんな遅滞防御はほんの一部とばかりに、残るすべてのチラシが一斉に投入されて、攻撃の発射地点にいる竜昇を直接狙ったチラシの斬撃が一斉に四方八方から降り注ぐ。
「――くっ――」
「ここは私が――!!」
とっさに身構え、迎撃態勢に映ろうとした竜昇に対して、しかし静がそう言って前へと出ると、硬質化して飛んでくるチラシを手にした武器で次々と叩き落す。
硬質化したチラシを十手による打撃で撃ち返し、時に石刃の形態を【応法の断罪剣】へと一瞬だけ変化させ、硬質化を無効化しながらチラシを貫き、斬り捨てることで飛び交うチラシという相手の手数を着実に奪い、減らしていく。
(――竜昇さんを取り込むシールドで守る手は使えない。今ここでシールドを展開してしまったら、竜昇さんが行使している魔法まで遮って、かえって鎖の切断を阻むことになる……)
故に――。
(――この場での最善は、静が守り切れなくなる前に、俺が一刻も早くこの鎖を切断すること――!!)
思い、竜昇は右手の雷剣を変わらず放出しながら、杖を手放して、電撃を溜め込んだ左手で新たに生成した雷球を掴み取る。
「【光芒雷刃】――!!」
そうして、先の上からの斬撃に加えて下からの斬撃まで加わって、いよいよ扉の裏の鎖が次々と寸断されてその数を激減させる。
もとよりその数の大半を喪失し、少ない残りを使い捨てるように防御に回していたために、周囲に残る魔刻チラシも守り切るには圧倒的に量が足りない。
「行ッけェッ――!!」
もはや守り切れないと間に入っていた魔刻チラシが燃え尽きて、そうして無防備になった最後の鎖が竜昇の光条によって断ち切られて、繋ぎ止める力を失ったその扉が、まるで何かに引っ張られるように階段空間へとつながる出入り口を閉ざして――。
「――【聖氷輝】」
――そう思った瞬間、あるいは、扉が閉ざされるその寸前。
「――!?」
閉じかけていた扉、その向こう側に勢いよく何かが直撃し、まるで爆発でも起きたかのような衝撃によって、閉じかけていた扉が再びこちら側へと強引に押されて開かれる。
直後、白い靄と共にマントをたなびかせた小柄な人影が扉の影から飛び出して、間髪入れずに左手に握る棒状のものを背後の扉へ突きつける。
「――ッ、静――!!」
「扉を――!!」
最低限の言葉を交わして即座に動き出した竜昇達だったが、しかし二人の対応よりも飛び出してきた小柄な人影がその棒の術式を発動させる方が早かった。
「【聖氷輝】」
呟く声と共に、左手に握られた懐中電灯サイズの棒から純白の砲弾が立て続けに竜昇達目がけて放たれる。
そしていくら通路があるとはいえ、恐らくは関係者以外が立ち入ることを想定されていない天井付近の通路は決して広く逃げ場のある場所ではない。
やむなく、静と竜昇、その両者がそろってシールドを展開して、直後に着弾した砲弾がシールドを粉砕する代わりにものの見事に凍り付かせる。
(――凍結、まずい……!!)
気付き、危険を感じた時にはもう遅かった。
白い靄の中の人影、ある意味で竜昇達が最も警戒していたその人物は、すでに先ほどの懐中電灯サイズの延長柄を右手の剣の柄頭へと接続させている。
「――申し訳ありませんが、今その扉を閉じられてしまうのは困るのですよ」
もはや間に合わないと竜昇達が通路から下へ飛び降りるのと、剣の延長上に猛吹雪を固めたような純白の刀身が展開されるのとは、ほぼ同時のことだった。
「【北極聖】――」
瞬間、剣と共に巨大なブリザードが振り抜かれ、その先にあったドーム球場の壁面が開いた扉諸共凍り付く。
自分達が直前までいた通路が諸共氷漬けになるのを目の当たりにしながら、地上に着地し、そのうえで口にするのは状況に合わせて無理やりにでも思考を切り替えるための言葉。
「どうやら階層間の分断は失敗のようですね……」
「上等だ……。どうしてもついてくるって言うのなら、こっちもまとめて相手になってやる……!!」
どれだけ不利でもやるべきことは変わらない、と、そう上を見上げて竜昇達は現れる敵へと身構える。
こちらを見下ろす少年、セインズの隣に二人の大人が姿を現して、再びの戦いが広大なドームの中で幕を開ける。




