235:神の息吹
剣を握る手から力を抜いて下ろし、セインズはエレベーターの床に空いた穴へと近づき、その底へと目を凝らす。
頭の中で反芻するのは、つい今しがた言われた彼女の一言。
「強いだけの人に魅力を感じない、ですか……。それが一番オハラらしくない言葉ですよ」
「ヒッヒ……。フられちまったみたいだね」
かけられる声に背後を振り返ると、そこにはずっと見物を決め込んでいた老婆が盾にしたテーブルの影から立ち上がる姿が見えていた。
どうやらこちらも、銃弾飛び交う戦闘のさなかに、抜け目なく自身の安全は確保していたらしい。
「まったく、脅威にならないとみなした相手を簡単に注意の外に置いちまったのはさすがに迂闊だね。いかにオハラでも、そこはさすがに若さ故の未熟ってとこかね?」
「はは……、返す言葉もないですね」
「それで、どうするんだい?」
「うーん、まあ、そこは決まってるんですけどね……」
年長者の問いに頭を掻きながらそう答えたその直後、セインズ達がいるその場所に荒い息と足音でもう一人の人物が現れる。
「――む、貴様ら、追ってこないと思えばこんなところにいたのか」
「おや――、ヒッヒ、今頃になってきたのかい? なんともまあ、ずいぶん苦戦させられたみたいじゃないか」
「貴様……!!」
別れた時と比べ、幾分ボロボロになっているオルドの様子に、それを見咎めたアマンダが意地悪く挑発するように笑い声を漏らす。
当然、それに対して怒りの形相を浮かべるオルドだったが、しかし彼がアマンダの物言いに噛みつく前に、先にセインズの方がオルドに対して口を開いた。
「ああ、オルドさんちょうどよかった。実は今、オルドさんが追っていた四人を取り逃がしてしまいまして……。先に後を追いますのでアマンダさんを連れて後から来てください」
「――な、なにィッ!?」
オルドが驚き、反発するような声が聞こえては来るものの、そのときにはもうすでにセインズは静達の後を追ってエレベータの床の穴からエレベーターシャフトへと身を投げ出していた。
アマンダの言葉を借りるなら、どうやら自分はフられてしまったようだが、だからと言ってそれで諦めるほどセインズと言う少年は諦めが早くはない。
もとより、彼女達とはそもそも敵同士。
自分の求婚を受けないというならば、ただ単に通常の敵として処理する、それだけの話だ。
エレベーターの縦穴を重力に従う形で落下して、底が見えてきたところで【羽軽化】を使用し、体重を消して着地する。
先に下の階へと到達していた詩織達と共に閉じたままのエレベーターの扉をこじ開けて、それによってようやく竜昇達は先ほどセインズ達の姿を確認した、一階の中央を東西に抜ける長い通路へと到達する。
ここまで来れば、あとは下の階層へと続く扉まではほとんど一本道だ。
途中最初にオルドが火炎をばら撒いた、あの病院の受付ロビーのあたりを通らなければならないのが不安要素と言えば不安要素だが、使い手であるオルド本人がいない今、あの場所を突破するだけであればいくらでもやりようがある。
「遅くなりました。ひとまず皆さん、四人全員無事と見てよろしいですね?」
そうして進むべき道順を頭の中で確認していると、あとから落下して来た静が見事なまでの着地を決めて、エレベーターシャフトから廊下へと歩み出てくる。
「う、うん……。【絶叫斬】を反射されたとおかげでまだふらふらするけど、幸い音は聞こえるし、鼓膜とかまでは破れてないみたい」
「こっちもしこたま強烈なのはもらったが、動けないほどのダメージと言う訳じゃない。とは言え、敵もすぐに追って来ることを考えると……」
「いえ、それでしたら心配には及びません」
竜昇の懸念に対し、静はそう言うと、右手の武器を先ほどまで使っていた拳銃から別の形態へと変化させる。
「都合のいいことに、通路はちょうど一直線です。ここからなら歩いたり走ったりするよりも落ちた方が早い」
そう言って変化させたのは、弓単体でも持ち主を任意の方向に落下させることができる、【天を狙う地弓】の片割れと言えるあの弓だ。
どうやら静は言葉の通り、扉のある場所まで歩いたり走ったりするのではなく、弓の力を用いて文字通り飛ぶように落ちていくつもりらしい。
「皆さん、私の体にしがみ付いてください。竜昇さんは状況に応じて、私以外の方々の体重の軽減を。生憎と、この弓が持ち主の接触している相手にも効果があるのか、それともあくまで持ち主にしか効果がないのか、そのあたりの検証が済んでいませんので」
「お、おう――」
静からの大胆な接触要請に若干どぎまぎしながらも、しかし迷っている時間もないと判断し、竜昇はやむなく静の腰に、その横側から恐る恐るしがみ付く。
他の二人も同じような反応を見せていたものの、やはり時間がないと判断したのか理香が竜昇の反対側から胴体に、詩織が背後からおぶさるようにしがみ付いて、一応静の両腕が自由になるように態勢を調節してから準備の完了を静に告げる。
「それでは行きます。三人ともしっかりしがみ付いていてください」
そう言った次の瞬間、静の体が通路の先へと飛ぶように落下を初め、それに竜昇達が引き摺られる形で不格好な落下飛行を開始する。
静の体を床へと縫い留めかねない三人分の体重を【羽軽化】の力で無効化し、竜昇達四人が静を軸に下の階層へと続く階段目がけ落ちていく。
セインズが一階へと到達したとき、既に静達は当然のようにその場を立ち去った後だった。
重力系の魔法を保有し、一直線に落下したうえで着地する手段を持っていた竜昇達と違い、セインズの落下はあくまでもエレベーターシャフト内の壁や些細な足場で減速しながらの段階的なものだ。
常人のそれを遥かに超える性能の身体強化を駆使するセインズにとって、この程度の縦穴を跳び下りることなど造作もないが、それでも身体強化を頼りとするが故の宿命もあって、流石に静達のように一直線に落下するという訳にもいかなかったのである。
加えて、オルドがなにやら引っかかっていたように、ブービートラップや待ち伏せ、迎撃の有無を確認するのにも若干手間がかかった。
結果、セインズがエレベーターの扉に仕掛けられていた電撃を、自身が放つ輝く魔力で解除しながら外に出てきたそのころには、すでにその場には誰もおらず、少年は追っていた少女の一団を暗い廊下の闇の彼方へと取り逃がすことになっていた。
「――やはり、向かう先は来る途中に僕が開通させておいた階層間階段ですか……。一応の保険はかけておいたとは言え、あの道を封鎖されてしまうのはさすがに困りますね……」
一人、ポツリとそう言って、しかし直後にセインズは言葉とは裏腹にその口元を薄い笑みで歪める。
「――そう言えば、アマンダさんの解説で一つ抜けている話がありましたね……。まあ、ある意味弱点と言える話なので、敵の前で語るのは一応遠慮したのかもしれませんが」
自身の腰の後ろへと片手を回しながら、同時にセインズは既にこの場を立ち去った年上の少女の背中に向けて、そんな自身の秘密をこっそりと口にする。
「シズカさん、実は僕、界法と言うモノがあまり得意ではないのです」
それは本来ならば必要ない、ただそんな気分になったからと言う理由だけで行われる、同類へと向けた手向けのような告白。
「もっともこれは僕に限らず、歴代の【聖属性】保有者全般に言えることなのですが……。なにぶん、法力に対して通常以上の効果を与えてしまうこの体質は、術式の組み合わせによって望む効果を得る通常の界法とはかみ合わせが悪いようでして」
セインズの身の内で変質して生まれる【聖属性】の法力、その特性は、他の法力に対してより強い命令を行える強力なものだ。
そんな【聖属性】の法力で界法を使おうとすると、術式を構成する文字一つ一つの効果が過剰なまでに引き出されてしまい、界法全体のバランスが崩れて望む効果とはまるで違う、ほとんど暴走のような現象が引き起こされてしまう。
「――そんなわけで、まあ――。僕が界法を使う場合、僕の法力に合わせて効果を調節された、専用の術式が必要になって来るんですが――。
――逆にきちんと調節さえすれば、僕の界法は通常以上の、極めて高い効果を発揮する」
そう言った次の瞬間、セインズは自身の腰の後ろから小さな棒状のものを選び、取り出して、自身が握る剣の柄頭のキャップを外して、その下にあったネジ穴へとその棒を接続する。
「――属性は風」
否、それはただの棒ではない。
先ほどセインズが刀身を展開して短剣として使っていた柄と同じそれは、本来は剣の柄に接続して使う延長用の柄とでもいうべき拡張部品だ。
それもただ剣の柄を延長するだけではなく、言葉の通りに各種属性の、今回の場合は風の界法を発動させるための、彼専用の術式を刻み込まれた。
「――展開規模、最大」
続けてセインズは、柄を延長したその剣を鞘へと納めてロックをかける。
延長の柄が術式仕込みなら、剣そのものも、そして鞘ですらもそれは変わらない。
そして、延長柄が属性を決めるものであるならば、剣とそれを収める鞘は使用する界法の規模と威力を段階的に引き上げる増幅装置だ。
それこそ、剣に柄を接続し、それを鞘に納めることで最大の威力を発揮するように術式を設定された。
「――さあ、シズカさんあなたが逃れるというのなら、僕は僕の全力をもって、今一度あなたの真価を問いましょう――!!」
言葉と共に、セインズが顔の横に並べるように剣を構えて、鞘に収められたその剣が法力を注がれ輝く風の、渦を巻く。
それこそが、セインズの持つ剣、厳密に剣と鞘、そして先ほど短剣として使っていた一本も含めた五本の延長柄からなる、セインズの武装の本来の姿。
五つの属性に対応した延長柄と、剣と鞘に刻まれた術式を状況に合わせて組み合わせ、時に常人では使用不可能なレベルの界法の使用すら可能にする、【聖属性】を持つセインズのための専用武装、【疑似聖剣オハラ】の、その真価。
「さあ――、試練の時間です――!!」
放たれるのは上位の権限によって底上げされたシンプルに強烈な神の嵐。
「【神の息吹】……!!」
その瞬間、その強烈なまでの予兆に気が付いたのは、なにも【魔聴】と言う特別な感覚を持つ詩織だけではなかった。
シールドを展開して炎の領域を抜けたその直後、巨大で、かつ強力なその気配に、四人全員が思わず背後へと意識を向ける。
「なん、だ……、これは……!!」
思った瞬間、振り返った背後でその気配が拡大し、狭いとまではいわないまでも決して広いとは言えない病院の通路を、その内部空間を埋め尽くすように輝ける嵐が急速に拡大して押し寄せてくる。
「嘘、だろ……!?」
規模の拡大が止まらない。
感じる魔力量から考えれば確かに上位の魔法ではあるのだろうが、しかしその魔法の規模は明らかにその魔力量で出せる威力を超えていた。
しいて言うなら、自然現象そのものを利用して発動させていた、誠司の【白嵐天槌】あたりが近いだろうか。
だがこの魔法、恐らく誠司の魔法よりもはるかに凶悪だ。
今も、拡大する嵐は病院の壁や床、天井を力任せに引きはがし、砕き割り、暴風の中に織り交ぜられているらしき斬撃で細切れにして、その上さらに攻撃軌道上にあるあのオルドの炎をそのうちへと巻き込みながら竜昇達のいる方へと迫ってきている。
それこそ、竜昇達が進む廊下どころか、建物の一階部分を丸ごと薙ぎ払う勢いで。
「――きゃぁっ――!!」
「――ッぅ――!!」
「――ッ、ぐぉ――!?」
そんな攻撃のさきがけのように、嵐の発生によって押し出された空気が落下飛行する竜昇達の元へと押し寄せる。
廊下の先に向かって一直線に落下していた、そんな竜昇達の落下軌道が風圧によって逸れて、決して広いとは言えない廊下の中で落下速度そのままの勢いで壁面へと叩き付けられる。
「――ッ、シールド――!!」
間一髪、竜昇がシールドを展開したことで壁面で摩り下ろされる事態こそ回避できたが、それでも竜昇達を襲う危機は終わらない。
乱れ、荒れ狂いながら襲い来る余波の風圧によって、落下する竜昇達のシールドがガツンガツンと何度も壁に叩きつけられ、遂には壁から壁へとバウンドするように跳ねまわって、衝撃に耐えきれずその表面にひびが入る。
ただの余波であるはずの風圧によって、やがて衝撃に耐えかねたシールドが砕け散って、むき出しになった竜昇たちの体が今度こそ壁面目がけて激突しようとして――。
「――シールド――!!」
その寸前、今度は静がシールドを展開させたことでかろうじて竜昇達は再び命を繋いでいた。
否、命を繋いだ、だけではない。
とっさの対応としてシールドを展開しただけの竜昇と違い、静の防御はちゃんと次の手へとつながっている。
「【加重域】――!!」
壁面への激突を防いだその直後、今度は静がグリープを使って重力の魔法を発動させ、それによって生じる重圧を展開したシールドによって受け止める。
本来なら術者を避けて、その周囲にドーナツ状に展開される重力のフィールドをシールド越しに活用し、真下に向かって発動するはずのその力を、神造の弓の力と合わせることで進行方向上に発生させる。
結果として生じるのは、前へと向かって落ちるその力をさらに安定させて強める、重圧による軌道修正。
そうして、暴風によって乱れた落下軌道を超常の力による合わせ技によって強引に安定させて、しかしこの場で竜昇達を襲うその危機はそれでもまだ終わらない。
なにしろ、今しがた竜昇達の命を脅かしたのはあくまで余波。
本命の嵐は既に受付ロビーを超えて、壁や床、天井を粉砕しながら見る見るうちに竜昇達の元へと追い付いてきている。
その内部の中に帯びた神々しいまでの光で、薄暗く、電灯すら吹き飛んだはずの病院内を明るく照らしながら。
「追いつかれる……!!」
「――く、させるか――!!」
迫りくるミキサーの中身のような嵐の奔流に対し、竜昇は静にしがみ付いたまま右手の杖をかざすと、その先端に六つの雷球を発生させてそのまま一つに融合させる。
他の四人と接触している関係上【電導師】の使用による雷の衣の充電は使えないが、それでも魔本の方への魔力充填は十分だ。
もとより、今からでは電力をかき集めている時間もない。
故にこの場は、すぐさま用意できる大火力を最も危険な一点へと叩き込む。
「【六亡迅雷砲】――!!」
静の展開したシールドの中央を内側から突き破り、放たれた一点集中・大火力の雷撃が襲い来る暴風の中央へと突き刺さる。
強固な守りすらも正面から打ち砕く、貫通性能を最大限反映させた一撃が今まさに竜昇達に襲い掛かろうとしていた暴風を正面から撃ち抜いて、その衝撃によって暴風が押し戻されて、同時に内から外へとバラバラに飛び散って――。
――否。
「なんだと……!?」
そんな展開を望んでいた竜昇だったが、しかし直後に見えたのはそんな想定を裏切る予想外の展開だった。
嵐の中央へと突き刺さり、それをわずかながらも押し戻すことに成功したまでは想定の内だったが、しかしそうして突き刺さったはずの雷撃が見る見るうちに散り散りになって、粉砕された瓦礫や神造の炎と同じように嵐の中に取り込まれて渦を巻く。
(まさかこの魔法、相手の使う魔法を巻き込んで――!?)
押し戻した一瞬、減じさせたわずかな威力を瞬く間に取り戻し、衰えた勢いに変わって雷撃効果を獲得した嵐が再び竜昇達の方へと迫って来る。
現状で用意できる最大火力を撃ち込んだばかりの竜昇に、もはやそれを防ぐ手段などあろうはずもなく――。
「【加重域】――!!」
まずいと思った次の瞬間、今度は同じように静に背後からしがみ付いていた詩織が、竜昇と同じように左手を突き出してそこに装備された【玄武の左手】の魔法を発動させていた。
静の使用したそれと違い、差し出した手の前方、本来あるべき地面の方向に強烈な重力が発生し、竜昇達に襲い掛からんとしていた瓦礫や炎、雷、そして空気がその重力によって押さえつけられる。
「――ぐ、ぅ――」
「詩織さん――!!」
あらん限りの魔力を注ぎ込んだことで苦悶の声を漏らす詩織に、とっさに竜昇はその左手に右手を伸ばして、そのガントレットになけなしの魔力を注ぎ込む。
渡瀬詩織が馬車道瞳から受け継いだガントレット、【玄武の左手】。
それが保有する効果は静の装備する【玄武の左足】と同じ、設定された特定範囲への重力の発生だ。
ただし、防御を意識し、自身の周囲に重圧を発生させる形をとっていた左足の効果と違い、こちらの効果は攻撃を意識してか、腕を向けた先の扇状の範囲に重力を発生させて、重圧の威力や効果範囲は注ぎ込む魔力量に比例して拡大するように設定されている。
また、弓の力で進む前方が下になっている静の【加重域】と違い、弓の効果の対象から外れる詩織の魔法は、本来の重力方向へと向かって発動する重圧だ。
詩織が行ったのは、そんな重力の魔法の最大開放。
竜昇達も瞳が使っているのを一度だけ見たことがある、前方にあるものを根こそぎ押しつぶす、そんな広範囲圧殺攻撃の再現だ。
そんな超重力の魔法に押しつぶされて、今にも竜昇達をそのうちへと飲み込み、バラバラに砕いて鏖殺しようとしていたそんな嵐が、重圧によってその方向が下へと逸れて、激しい勢いで床を砕く様子を見せながらわずかながらも勢いを弱める。
どうやら重力の魔法は、こちらの攻撃すら巻き込み利用する【聖属性】の嵐に対しても有効だったらしい。
それが一体いかなる理由だったのかは定かではないが、おかげでかろうじて必要な時間を生き延びるだけの猶予ができた。
「――このまま扉に飛び込みます。全員私にしがみ付いてできる限り体の面積を小さくして――!!」
「――ッ」
「――ぅ」
「――ああっ!!」
息を呑みながらも静にしがみ付く他の二人に、竜昇も胸の内の抵抗感を振り払うように静の腰へとしがみ付く。
実際、感触を楽しむ余裕などあろうはずもない。
【加重域】の魔法とて二人がかりでも維持できた時間はほんの一瞬。それが終わったことで、勢いを取り戻した嵐が三度竜昇達を飲みこもうと背後から迫ってきているのだ。
行く先の扉は開かれたままだが、落下の勢いそのままに突入することを考えれば、それなりに広いはずのその出入り口も今は針の穴のように狭く小さい。
まかり間違って戸枠にぶつかりでもしたらその時点で命がない、かと言って速度を落とせば背後に迫る輝く嵐に飲み込まれる、そんな一瞬の中で――。
「――【空中跳躍】」
ダメ押しとばかりに静が空中で加速して、それによって背後の嵐を振り切るように、四人の体が扉をくぐり、その向こうの闇の中へと突入する。
四人が飛び込んだその後を、莫大な量の瓦礫と暴風、雷と炎が次々と襲い殺到して、その嵐の一部が竜昇達の飛び込んだ、階層と階層を繋ぐ闇の空間の中へも強引なまでの侵入を果たして――。
――次の瞬間、直前までいた闇の空間から、酷く唐突に竜昇達は元の明るい世界へと飛び出していた。
どうやら闇の中へと飛び込んだその後も、静は落下方向を操作して次の階層へとたどり着くよう下の階を目指し続けていたらしい。
やけに明るい照明の元、次の階層に抜けたのだと竜昇が理解したその瞬間、緩みかけた気を引き締めるように静の声が飛んでくる。
「右に落ちます――!!」
「――ッ」
「――ぅぁ――!!」
言われた次の瞬間、言葉通り重力の方向が変わって竜昇達の体が右へと引っ張られ、そうしてスライドした後の空間を扉から遅れて吹き出した暴風が搔き乱すように吹き抜ける。
一つ前の階層で見たものより明らかに規模が小さい、それでもなおそのうちに電撃と、そして決して消えない神造の炎を巻き込んだ危険に過ぎる竜巻が、直前に竜昇達が飛び出してきた扉から勢いよく吹き出して、その先にあった空間に思うさま破壊をばら撒いて、やがて力を使い果たして終息する。
「着地を――!!」
「【羽軽化】――!!」
静の指示を受けて竜昇が四人全員の体重を軽減し、同時に弓の力が解除されたことで本来の方向へと働き始めた重力が、軽くなった竜昇達をあるべき地面に向けて引き寄せる。
「――ッ、ぐ――、ッぉ――」
どうやら今回の扉は、かなり高いところに設定されていたらしい。
やけに長い浮遊感の後竜昇達の足が地面を捕らえ、それでもすんなりとは着地出来ずに四人がバラバラになりながら転がるように着地して、そうして動きが止まったことで、ようやく竜昇達も一つ息をついて、それぞれ地面の上で起き上がる。
そう地面、地面だ。
驚くべきことに、これまでの階層とは違いこの階層はどうやら土の地面になっているらしい。
否、それだけではなく、よく見れば、少し歩いた先には今度は一面の芝が広がっている。
(これは――、ドーム球場か?)
あたりを見回して、竜昇は自分たちが到達した場所が、室内でありながらこれまでにないほどに広い、ある種異質な空間であることを理解する。
それと同時に、いったい自分はどこにある扉から出てきたのだろうかとそれを確認しようとしたその時――。
「理香さん――!!」
詩織の叫び声が聞こえて、思わず竜昇はその声のした方へと不吉な予感と共に振り向いた。
見れば。竜昇達と同様に地面に着地して、そのままへたり込んだらしい理香のその背中に、嫌と言うほどに見覚えのある、あの輝くような炎が燃えている。
既に背中全体に広がって、腕や首のあたりにまで広がったその炎は、しかし見ていても理香の肌を焼き焦がすどころか、火傷一つ負わせている様子もない。
それこそ、通常の炎ではありえない、致命的なことに。
「――心配、しないでください……。何とも――、熱くはありませんから」
「熱くないって――、だったら、その炎は――」
「触れないでください――!!」
慌てて理香に飛びつこうとする詩織に対して、とっさに理香が声をあげてその動きを制止する。
よく見れば、詩織を止める理香の掌には、既にそこだけ背中とは別に炎が燃え移り、広がり始めていた。
まるで火のついた場所を叩いて消そうとした後のように。
すでに一度は火を消そうとして、それが無駄なのだと思い知らされてしまった、そんな跡のように。
「――見ての、とおりです……。この炎は消せません。下手に消そうとすると、余計に燃え広がって皆さんにまで被害が広がる恐れすらあります」
「リカ、さん――」
「すいません……、皆さん――」
なにかを言おうとする詩織の言葉を遮って、そのうえで彼女が口にするのは、すでに彼女の中で導き出されてしまった最悪の結論。
「――私はもう、ここまでのようです」
ひとまず、今回の更新はここまでです。
次回の更新日程は決まっていませんが、次は章の完結まで書き溜めてから更新したいと思っています。




