234:輝きに背を向けて
その瞬間、軽快な電子音と共にその扉が開いたことで、この場の状況が一気に動き出す。
差し込む電灯の光、その発生源となっていたのは、先ほどセインズがこの階に到達する際使ったと言っていたエレベーターの一基。
それが雲に紛れて近づいた竜昇の手によって呼び出され、その扉がスライドして開かれたことによって、否応なくその場にいた人間すべてが、それを成した竜昇の意図を理解する。
「予定変更だ――!! 全員走れッ――!!」
「「――!!」」
『そう来ますか……!!』
ダメ押しとばかりに竜昇が叫んだ次の瞬間、セインズがその身に宿す強化を瞬時に強めて、寸前まで剣を交えていた静を強引に突き飛ばしてから踵を返す。
竜昇がエレベーターを呼び出した意図は明白だ。
上に進む進路が阻まれて使えないならとその段階で上階に戻ることを諦めて、かわりにエレベーターを用いることで先ほどまでいた一階に戻る。
なにしろ現在、この階層に来ていた【決戦二十七士】は全員この階に移動していて一階はがら空きなのだ。
加えて一階にも下の階層に向かう、既に開かれた扉があるとなれば、あえてこちらに向かうオルドを避けるルートで下へと戻り、そちらの扉を使って下の階層へ逃れるという選択肢は確かに一考に値する。
とは言え、もちろんそんなあからさまな逃走をこの敵が見逃してくれるはずもない。
「来るか……!!」
案の定、こちらへと向ってくるセインズに対して、竜昇もすぐさま迎え撃つべく周囲に雷球を発生させて身構える。
自身の体を杖で支え、かわりに差し出した人差し指の先に生み出した雷球を呼び寄せて、今まさに竜昇とセインズがそれぞれの攻撃手段で正面から激突しようとして――。
その瞬間、理屈よりも先に直感によってセインズが足を止め、直後に今まさにセインズが飛び込もうとしていた空間を、乾いた破裂音と共に斜め後ろから飛んできた何かが貫いていった。
(――今のは――!?)
思うが、しかし正体を探るべく振り返る暇はない。
間髪入れずに同じ破裂音が立て続けに響き渡り、次々と飛び退き回避するセインズのいるその場所を、同じく立て続けにその小さななにかが穿ち、あるいは通り過ぎていく。
(なんでしょう今の……? 法力は感じなかったのですが……)
他者の法力に対して後から干渉できるセインズの能力は強力だが決して穴がないわけではない。
その中でも最大のものが、セインズが干渉できるのは法力によって発動する界法や法技だけであるという点だ。
つまり、純粋な物理攻撃はもちろんのこと、より強い法則の具現である【神造物】の性能にもまた、セインズは干渉することができないのである。
それ故に、相手の攻撃が法力を用いない未知のものと察知し、即座に【神造物】の可能性を疑ったセインズだったが、しかしそれはそれで別の疑問が頭をもたげる。
(この攻撃は【神造物】のものと考えるには随分と……)
飛び退き、次々に飛来する極小の攻撃を回避しながら、頭をよぎる疑念の答えを求めてようやくセインズはその攻撃の発射地点へと振り返る。
同時に、先ほどからの攻撃と同じものがセインズの顔面へと飛んできて、高速で飛来するそれをセインズが間近でその目に捕らえて――。
『これは、礫……?』
「――いいえ、銃弾です」
自身の眼前、額を撃ち抜こうとしていた弾丸を剣の腹で受け止めて、その正体に迷うセインズに対して、攻撃を行っていた張本人が、ある種の明かしのようにそう告げる。
攻撃の主、先ほど突き飛ばしたばかりの静が、黒い金属の塊らしき見慣れない武器を両手で構えながら。
「まったく、我ながら視野が狭くなっていたものです……。いくら使う機会もなく死蔵していたものとはいえ……。あなたのような相手なら、この武器は間違いなく有効でしょうに」
『見慣れない武器ですね……。なんですそれ? ジュウダン?』
「――ああ、やはり。あなた達の世界では、銃と言う武器はあまり一般的ではないのですね。まあ理由は分かる気がしますが――」
自身の拳銃、石刃から変じたそれを両手で構えながら、静はどこか納得した様子でそう独り言ちる。
静が自身の【始祖の石刃】の変化形態の一つとして、この拳銃を手に入れたのはもうずいぶんと前、それこそ、理香達と出会う一つ前の階層で、竜昇や詩織に城司を加えた四人のメンバーで監獄の階層を攻略していたさなかのことだ。
とある敵からドロップしたこの拳銃を、静はオリジナルは城司に渡しながらも、渡す前に石刃で触れて置くというそんな形で、自身の武器の変化形態の一つに加えて確保していたのだ。
確保して、しかし一度も使う機会が無いままここまで来てしまった。
と言うのもこの拳銃と言う武器、確かに強力ではあるのだが、魔法と言うより大規模で高威力な攻撃手段が飛び交い、それをある程度防ぐことができるシールドが存在するこのビルの中の戦いにおいてはどう考えても威力が不足だ。
恐らくはセインズの世界でこの武器があまり発展しなかった理由もそのあたりにあるのだろう。
加えて試射の機会にも恵まれなかったため、きちんと的に命中するかどうかが不透明だったことも相まって、静達の世界ではあまりにも有名なこの武器は、しかし一度も使われることの無いまま石刃の一形態として死蔵されてしまっていたのである。
だがここにきて、魔法的な手段を無力化できてしまう、そんなセインズと言う敵と相対したことで、初めてこの武器も有効な手段として使用する機会を得た。
唯一、まともに使ったことの無いこの武器を静がうまく扱えるかと言う問題はあったのだが、城司と共にいた際に使用方法についてはレクチャーを受けていた上、静自身の異常な才覚も相まって、少なくとも人間大の相手に弾丸を命中させられる程度にはこの拳銃と言う武器を扱うことができていた。
むしろ静の異常性や精神性を考えるなら、こうした武器の方があっているのではないかと思えるくらいにはすんなりと。
「――ここは私が時間を稼ぎます……!! 竜昇さん達は今のうちに脱出の準備を――!!」
離れた位置にいる三人にそう呼びかけて、同時に静が立て続けに引き金を引いて拳銃を発砲する。
人体など容易に喰い破る弾丸が立て続けに銃口から発射され、狙われたその先でセインズがすぐさまその場を飛びのいて、襲いくる弾丸の軌道から逃れるように動き出す。
直後に放たれる、他者の魔法に干渉するセインズ固有の魔力の波動。
「――無駄です……!!」
恐らくこれまで、数多の遠距離火力の大半を無力化して来ただろうそんな魔力の波動を受けて、しかし根本的に魔法ではない銃弾の群れはそんな干渉を異に介さずセインズの元へと突き進む。
妨害をものともせずに向かってくる銃弾の数々に、変則的な動きで飛び回りながらセインズが行うのはこの武器を攻略するための冷徹な分析。
(――軌道変更、霧散、反転どれも効果なし……。そもそも法力の気配を一切感じないことから考えてもやっぱりこれは界法じゃない。かと言って、これがあの【神造物】の本来の能力と考えるのはあまりにも不自然過ぎる)
すでに先ほどからの戦いの中で、セインズは静の使う右手の武器の正体についてある程度推測を立てている。
それによって導き出された答え、それを踏まえて考えるのであれば、静の使うあの【ジュウ】と言うらしい武器はあくまでも【神造物】の一形態、尋常なる理の元で稼働する通常の武器の一つでしかない。
(恐らくこの武器は、性質的には弓矢や投擲武器と同じもの……)
思った直後、腹部を狙って撃ち込まれてきた銃弾を、手首の動きだけで剣の腹で受け止め叩き落として、セインズは床に転がるそれを見ながら相手の武器の性質を正確に予想する。
(何らかの法力によらない力で【ジュウダン】と言うらしい礫を飛ばしているようですが、それ以外の部分では別段通常の飛び道具と変わらない)
自身の持つ先天的な能力によって界法による遠距離攻撃を無効化できるセインズだったが、別段彼は界法を無効化できるというだけで、遠距離攻撃の全てを無効化できるという訳ではない。
それ故に、セインズを相手取る上で法力によらない遠距離攻撃と言うのはむしろポピュラーな対抗手段であり、それゆえセインズ自身もそうした武器への対応はむしろ慣れたものだった。
(攻撃速度は速く、弓などと違って連射も容易と言うのは厄介ですが、しかし威力は障壁を張れば容易に無力化できる程度で対応自体はそれほど難しいものじゃない。
とは言え、障壁を頼りにするのは足が止まってうまくない……。なにより、弓矢の一種であるというのなら、恐らくこの武器には――)
と、そこまで考えていた次の瞬間、先ほどから連続して鳴り響いていた破裂音が唐突に途絶えて、即座にセインズは自身の予想が当たったことを理解し、相手との距離を詰めに行く。
(――やはり、弓矢の一種であるというなら『撃ち尽くす』と言う状況は当然ある……!!)
未知の武装を観察して予想していた『弾切れ』の概念、実際にそれが起きたのだと推察して、迷うことなくセインズはそこを突きに行く。
ただし、今回に関して言えばセインズは分かっていなかった。
そもそも銃に『弾切れ』があることなど、他ならぬ使用者である静自身が、誰よりもよく知り、わかっているということを。
「――ッぐ!?」
直後、立て続けに放たれた三発の弾丸に、たまらずセインズはシールドを展開させられて、やむなくその場で足を止める羽目になった。
(やれやれ、弾切れを偽ってのフェイントには引っかかったようですが、それでもキッチリ防御を間に合わせてきますか……!!)
自身の拳銃に残る最後の銃弾、その全てを、今度こそセインズの展開するシールドに叩き込みながら、静は相手の反応の良さに内心で改めてそう嘆息する。
拳銃の乱射が途切れたと見て、即座に『弾切れ』を推察してその隙を突こうとしたセインズもたいしたものだが、そもそもその拳銃を扱う静自身、『弾切れ』と言う現象については最初から知識として知っているのだ。
ならばこそ、銃と言う武器についての知識がないセインズに対して、それを利用したフェイントをかけることができるし、それよりもっと以前からその『弾切れ』に対して根本的な対策を講じることもできる。
(再変遷――!!)
セインズがシールドを展開して動きを止めたその一瞬の隙を突き、静は弾が切れた拳銃を一度石刃に戻して、再び拳銃の形態へと変化させる。
隙として狙うにはあまりにも短い、ほんの一瞬の形態の変動。
たったのそれだけで、静の握る拳銃の中には先ほど使用した時と同様の、もっと言えばこの拳銃形態を最初にコピーしたときと同様の数の銃弾が装填されていた。
静の持つ【始祖の石刃】、それから変化した各種武器に起きた変化は、基本的に他の武器に変化させることで一度コピーしたときの武器の状態へとリセットされる。
否、あるいはその現象は、石刃が変化できる武器の状態は、石刃で触れた時のものに限定されていると考えるべきなのか。
なんにせよ、武器の形態を一度変化させてしまうと、【静雷撃】のように武器にかける類の魔法や、【応法の断罪剣】で吸収した魔法効果は消滅してしまうし、分裂して増えた苦無はすべて消え、そして使用されたり取り出されたりした銃弾は、その全てが弾倉の中へと戻される。
静が行ったのは、そういった石刃の性質を利用した瞬間的な弾丸の再装填だ。
かねてより静は、この拳銃の形態が使用可能になったその段階で、撃ち出した弾丸が武器の変化に伴ってどうなるのか、その性質を弾倉から弾丸を取り出すなどして事前に確かめてきていた。
その結果編み出されたのが、通常の拳銃ではまずできない、石刃の性質そのものを活用した高速リロード。
弾切れと言う、セインズが見込んだ弱点は通常であれば正しかったわけだが、しかし静の操る石刃拳銃についてだけはその例の中に含まれない。
(――とは言え、流石にこの方は一筋縄ではいきませんね……!!)
隙を見てシールドを解除し、再び襲いくる弾丸を回避し始めるセインズを前にして、静は今のこの状態が決して長く続けられるものでないことを改めて実感する。
今はまだ、セインズがこの【拳銃】と言う武器になれていないからかろうじてその動きをけん制することができているが、本来のセインズの強さであれば拳銃程度の武器、襲いくる弾丸を捌くのは決して難しいことではないのだ。
故に、今の静にできるのは、逃走の準備ができるまでのわずかな時間稼ぎが関の山だ。
(急いでください、竜昇さん――!!)
「二人とも、急いでください……!!」
自身もふらつく足取りで詩織を支える理香の元へと走り寄り、両側から詩織を支えるようにしてエレベーターへと向かいながら、竜昇はかろうじて敵を足止めする静の方にもどうにかその注意を割いていた。
いかに静であろうとも、この敵が相手となれば稼げる時間が僅かだろうことは竜昇も想定済みだ。
故に、そしてだからこそ、そうして静が稼ぎ出すわずかな間に何としてでもこの場から逃れる準備を整えなければならない。
「――待って、待ってください……!! エレベーターを使うと言ったって、こんな状況では、こんな状況でエレベーターを使うのは……!!」
竜昇の反対側で詩織の体を支え、半ば引っ張られるようにして進みながら、しかし理香は慌てた様子で竜昇の判断に異を唱える。
この場において唯一使用できる逃走手段であるとは言っても、そもそもエレベーターと言うのは決して非常時に使いやすいものではない。
日常的に使用するうえでの安全に配慮した関係上、扉が閉まる際なにかにぶつかればそれだけ扉は閉まらなくなってしまうし、扉が閉まらない状態ではそもそもエレベーター自体が動かない。
加えて、たとえ乗り込めたとしても、エレベーターがなんらかの理由で止まってしまえば、もはやそれは竜昇達を閉じ込めるただの牢獄だ。
竜昇達がエレベーターの使用と言う選択肢を最初から意識から除外してしまっていたのも、そもそもこうした機械が緊急時に使用できなくなることを知っていたからである。
その点でいえば、この場で四人全員がエレベーターに乗り込み、無事に下の階まで降りられるというのはあまりにも都合のよすぎる考えだった。
故に――、そして、だからこそ――。
「――いいえ、使いません。俺達がこの場を脱するのに、エレベーターは使わない」
「――使わないって、それならなぜこんなものを――」
「配置――!!」
理香から投げかけられる疑問に対して、竜昇は周囲に浮かべた雷球を即座にエレベーター内部へと配置する。
もとより時間のないこの状況、下手に説明するよりも実際にやって見せた方が早いと、そう考えて。
「――【六芒槍檻雷撃】」
竜昇の手から追加の電撃が放たれて、電力を吸収した雷球から六条の雷光が放たれ、エレベーターの床へと突き刺さる。
「――そう、用があるのはエレベーターじゃない。用があるのはその外側、下まで続くエレベーターシャフトの方だ――!!」
次の瞬間、六本の光条によってエレベーターの床がくりぬかれ、かろうじて残っていた床の中央部分が支えを失い、真下のエレベーターシャフトの底へと向けてけたたましい音を立てながら落ちていく。
同時に、詩織を支えながら竜昇が入り口前までたどり着き、同時に告げるのは若干無慈悲な迅速さの要請。
「すいませんが、お二人は先に下の階へ飛び下りていてください」
「――わ、かった――」
「え、あ、ちょっと詩織さ――、きゃぁァァァ――――!!」
突きつけられた現実についていけていない理香を、まだ足元がおぼつかない詩織が道連れにするようにして共に落下して、その姿を見送った竜昇が即座に背後へと振り向き、声をあげる。
「二人は先に逃げたぞ、静――!!」
「承知しました――!!」
竜昇からの呼びかけに、セインズの足止めのために拳銃を乱射していた静が即座に応じてこちらへと向かって跳んでくる。
そんな姿をその目で確認して、竜昇が穴へと飛び込んだ直後、最後に交わされたのはほんのわずかな、短い会話。
「――く、逃がさない……!!」
「――ああ、そう言えば。先ほどの結婚の話ですが、やはりこの場で一度、はっきりとお断りしておきましょう」
穴へと飛び込みながら静が告げるのは、頭に浮かんだ打算や目論見、その全て無視した正直な言葉。
「正直私は、ただ強いだけの方にそれほど魅力を感じませんので」
「……!!」
静の言葉にセインズが目を見開いたその瞬間、その光景を最後に、静が躊躇なく身を投げて、そのままエレベーターシャフトの、その奈落の底へと向かって落ちていく。
少年の放つ、まばゆいばかりの輝きに背を向けて、闇の底で待つパートナーの元へと、一直線に。




