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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
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229:輝ける少年

 上の階層へと逃れるその道を塞いで、一人の少年が立ちはだかる。


 年齢はどう見ても十代初め、外見は竜昇達よりさらに若いそんな年代の少年でありながら、ただものではない雰囲気を放つそんな少年が。


 一階の入り口付近に残してきたはずなのに、いつの間にか四階の、竜昇達の逃走ルートの途上に現れて、明確なまでに行く手を阻む障害として立ちふさがって。


「――なぜ、一体、どうやって……」


『――? ああ、僕達がどうやってここに来たのかという疑問ですか? それなら別に、簡単ですよ』


 思わず口走ったらしき理香の問いかけに、少年、セインズはその疑念を察したらしく自身の真横を指さすようにして、竜昇達の疑念の答えを酷くあっさりと教えてくれる。


 否、これに関しては、確かに隠し立てするほどたいした謎ではなかったと、そう考えるべきなのか。


『あそこに扉があるでしょう? あの扉、横にあるでっぱりを押すと中の小さな部屋に入れるんですが、その部屋が部屋ごと上下して各階に行ける移動装置になっているんですよ』


「――!?」


 何気なく告げられたその言葉に、竜昇は思わず舌打ちしたいほどの苛立ちを噛み殺す。

 それは驚くべき事実だったからではない。単純に竜昇達が取れない選択肢として、その手段を脳裏から除外して生まれた、盲点であったが故に。


(こいつ……、まさかエレベーターを使ってここまで来やがったのか……!?)


 確かにエレベーターを使ってここまで来たのならば、階段を使い、回り道すらしてきた竜昇達よりよほど早くこの場所にたどり着けたことだろう。


 それこそ、手枷によって拘束された老婆を連れていたとしても、ある種の余裕すら持ってばっちり待ち構えていられたに違いない。


 けれどそれは、あくまでもこの少年たちが未知の文明の産物であるエレベーターを使いこなせるならの話だ。


『――ヒッヒ……。なにもそこまで驚くようなことじゃないさね。アタシもさっきのカラクリは見たが、操作方法自体は酷くわかりやすくてシンプルなもんだった。あれだけ親切なつくりになっているなら、いくら未知の文明のものでも使いこなせる奴は使いこなせる』


『あとは、あなた方の逃げた方向などからあなた達がこの階層に来たときの扉の位置を予想して、扉が近くにありそうなこの場所でお待ちしていたという訳です。

 幸い僕に関しては、以前この階層を攻略した際に、階層のだいたいの構造は頭の中に入っていましたから。扉が開きそうな場所もここはそれなりに分かりやすかったですしね』


 確かに言われてみれば、彼らの文明にない技術だからと言って、彼らがそれを使わないと考えるのはあまりにも早計だ。

 加えて、この階層を一度攻略していることを考えれば、その際にこの階層の構造や存在する機械の使い方について、ある程度把握していたとしてもおかしくはない。


 これが竜昇達のような現代文明を知る人間であったならば、かえって災害時にエレベーターを使用することの危険性が頭をよぎって、この場でエレベーターを使おうとは思わなかったかもしれないが、そもそも彼らはこの階層に来るまでエレベーターと言う装置の存在すら知らなかった人間なのだ。

 当然、そんな人間がエレベーターの持つデメリットや非常時の危険性など知るはずもなく、恐らく彼らは知らないからこそ、その使用にも躊躇がなかったに違いない。


 それこそ、律義に階段を上がってきた竜昇達に先回りするうえで、これほど便利な機械もそうはないのだから。


(――く、そ……、ミスった……。まずい、まずいぞこの状況は……)


 最悪と言っていい状況に、魔本を使用して思考を回しながら、流石に竜昇も悔恨と焦りを覚える。

 先入観と思い込みで、思いがけずとんでもない状況に陥ってしまった。


 とは言え、今の竜昇達にはそうして後悔している時間すらも許されない。


 なにしろ、眼の前にはセインズとアマンダの二人。

 そして後方、厳密には下の階からは、今もあのオルドと言う男が消えない炎をまき散らしながら迫ってきている。


 グズグズしていると炎とオルドが追いついて来て、最悪敵に挟み撃ちにされる事態にもなりかねない。


 それ故に必死に頭を巡らせて、その果てに竜昇は一つの判断を口にする。


「悪い静、この場のあの二人は静達に頼んでいいか?」


「――構いませんが、竜昇さんは?」


「俺は一度戻って、あのオルドって男を足止めして時間を稼ぐ。たぶんこの場所じゃ、俺の魔法で援護するにはちょっと狭すぎる」


 一応竜昇としても四人がかりでこの二人を撃破すべく戦いを挑むという手も考えてはみたが、この狭い空間で戦うとなれば竜昇の魔法は規模が大きすぎてかえって邪魔だ。


 無論、魔法自体が役に立たないとは思わないが、狭いこの環境で使用するとなれば最悪味方に当たってしまう可能性が否めないし、それを気にして味方の動きが制限されてしまうくらいなら分かれて戦った方がまだ効率がいい。


 加えて、こうしている間にもオルドが背後から迫っているのだ。

 そうした現状を考えれば、竜昇達は二手に分かれてどちらかがオルドの足止めに向かうより他に無く、そして恐らく、あのオルドと言う男の相手はまだしも竜昇の方が相性がいい。


「――そうですね。ではこちらは私達の方で何とかしておきます。竜昇さんの方は一人で大丈夫ですか?」


「正直に言えば単独行動の不安はないでもないけど、さっき見たあの男の戦力を考えると、人数を増やすのはかえって危険だ。向こうには俺一人でどうにかするよ」


「わかりました。ご武運を」


 ある程度意図を察してくれたらしい静と手短に言葉を交わして、竜昇は静をはじめとする少女たちをその場に残し、一人でもと来た道を走り出す。


 危険な状況だが、静達ならばなんとかしてくれるだろうとそう信じて。


 あの少年から感じる言い知れぬ不安を、密かに胸の内から追い出すように。







『おや、お兄さんの方は行ってしまうのですか? 確かにオルドさんをあのままにするのが危ないというのは分かる判断ですけど……』


 一人背中を向けてもと来た道を戻る竜昇の様子に、眼の前で少年が不思議そうな様子で首をひねる。


 無邪気に、純粋に疑問とでも言いたげなそんな表情で、こんな場所にはあまりにも場違いな少年が静達に対してそう尋ねてくる。


 その表情だけを見れば、この相手がとても自分たちの前に立ちはだかっている敵とは到底思えなかったかもしれない。

 剣などの装備に目を瞑れば、少年と背後の老婆はまるで祖母の見舞いに来た孫か何かのようにすら見えるかもしれない。


 ただし、外見でそんな風に思いながらも、その実静はこの相手のことをまったく見た目通りの相手だなどとは思っていなかった。


 このセインズと言う少年について、竜昇などはただならぬものを感じて内心警戒していたわけだが、なにもこの少年に思うところがあったのは竜昇だけではない。

 むしろ静は静で、この状況に不相応にしか見えないこの少年に対し、言い知れぬ警戒感をずっと抱き続けていた。

 それでも、そんな警戒感は表に出さずに、いつもと変わらない態度のまま静は目の前の少年へと問いかける。


『随分と余裕なようですが、一人減ってもこちらは三人、そちらは二人です。数的優位はこちらにあるように思いますが』


『ああ、待っとくれ。戦力に数えてくれてるとこ悪いんだけど、あたしゃ基本的に不参加なんだよ。なんせお手々がこんな状態なもんでねぇ。

ヒッヒ……。それでなくともこんな歳喰ったしわくちゃなババアなんだ、老体にこれ以上鞭打って、残り少ない寿命をさらに減らすような真似はしないつもりなんだよ』


 相手に隙を見つけるべく、意を決して相手の言葉で会話を試みた静に対し、しかし少年の背後でテーブルに着いたままの老婆が、枷によってつながれた両手をひらひらと振ってそんなことを言う。


 前に立つ少年の方にも、老婆のその言葉に反発や疑問の感情を抱いた様子は見られない。

 どうやらこの少年は、本当に一人でこちらの三人を一度に相手にするつもりでいるらしい。


 とは言え、そんな少年の態度を舐められているなどと判断できるほど、静はこの敵達の実力を軽く見てはいない。


(――まあ、そうですよね。実際これまでにしたところで、【決戦二十七士】に名を連ねている相手を、真の意味で一対一で打倒できたことなんて一度もありませんし……)


 無論、最終的に一対一に持ち込んで打倒したことならあるにはあるが、実際にはその状況に持ち込むまでに数人がかりでかかっているし、そこまでの戦いでダメージを与えることができていたからこそ、一対一になってようやく打倒できたともいえる。


 ハッタリの意味も込めて脅すようなことを言っては見たものの、実のところ敵が一人であってもこの状況は決して部の良いものとは言えないのだ。


 それでも、この場を生き残るために、そして竜昇から任されてしまった以上、静達はなんとかこの相手を打倒するしかない。


「詩織さんは私と前衛。理香さんは後ろで援護をお願いしいます」


「――う、うん」


「――わかり、ました」


『ふふ……、始めますか、お姉さんたち。――ああ、でも、そっか。よく考えたら戦うのがお姉さんたちなのは僕としては好都合なんですね』


「好都合……?」


『ああ、いえ。実は僕、この塔に来たのには【決戦二十七士】の任務以外にも個人的な目的がありまして――』


 ――と、無邪気な様子でセインズが会話に応じようとしていた次の瞬間、【歩法スキル】を使用した静が一気に距離を詰め、十手から小太刀、そして長剣への変遷を経由した斬撃を容赦なく少年の脳天にたたきつける。


 小ぶりな得物で初速を稼ぎ、徐々に装備の大きさと重量を増していくことで威力をも稼いだ最速の斬撃。


 だが、その結果生まれたのは、あまりにも唐突な両者の武器の激突だった。


 邪気なく、あまりにも屈託のない笑顔のままで、セインズが握る鞘から半ばまで剣を引き抜いて、その刀身で静の攻撃を正面から受け止めている。


『――生憎なのですが、こちらも先を急ぐ身なのです。申し訳ありませんが、そろそろ道を開けていただきます』


『おやおや、武力による対話をお望みとは奇遇ですね。なんだか僕ととっても気が合いそうです』


 そう笑った次の瞬間、センドルが剣を鞘から完全に引き抜いて、その鞘でもって静が左手で振るった十手による打撃を受け止める。


 さらに、そうして剣を引き抜く過程で静の長剣を弾き返すと、続けて振るわれる静の攻撃を次々とその剣でもって打ち落し、受け止める。


『――アハハッ、なんだかずいぶんと面白い武器を使っていますね……!!』


 再び武器の形状を十手の形へと変じて重量を軽減し、素早く小回りの利く動きで打ちかかる静に対して、少年は焦る様子すら見せずにそれに対応して見せる。

 ころころと形状と性質を変えて襲い掛かるその武器の乱打に瞬間的な判断で対応し、武器で防ぎ、身を逸らして躱して的確にそれらの攻撃を捌いていく。


 しかも――。


『おっと』


 小太刀に魔力を流し、加重の能力を起動させて振り下ろしたその攻撃に、少年はとっさにそれを受け止めるのをやめて横に力を流すようにして攻撃に対処する。


 しかも剣を握る手、その手首から先の部位だけに微量の魔力を纏わせての瞬間的な対応。

 それが意味するところが解らない静ではない。

 今セインズは魔力が込められ、なんらかの効果を宿したと察したその瞬間に、とっさの判断でそれがどんな効果であろうとも被害を最小限にとどめられる、そんな対応に自身の動きを切り替えて見せたのだ。


『――えっと、磁力による武器の誘因に、重量の加算……。武器の形状変化は長剣の能力なのかな……? それともあれも武器の形態の一つ……?』


(……!!)


 さらに加えて、ほんの一瞬見ただけで使用した魔力の効果まで分析している。


 磁引の十手の効果に関しては、攻防の中で何度か使用したため効果がバレていることは想定していたが、加重の効果に関しては今の攻防の中でほんの一瞬接触しただけだ。


 まだまだ伏せたままの手札も多いとはいえ、こんな瞬間的な攻防を行っている中でのこの分析。

 しかも恐ろしいことに、この少年の体からは先ほど掌を守るのに使った魔力以外、ほとんど魔力の気配を感じられないのだ。


 それは例えば、持ち主の思考を補助するのに用いる魔本を使用する気配でさえも。


(つまりは素の頭脳だけでこの判断力……。こちらだって本気で撃ち込んでいるというのに、それに対応したうえで分析する余裕まであるとは……)


 静自身、自分が大概異質な存在であるという自覚は持っているが、この相手はそんな静の眼から見ても相当に異質だ。

 才能、と言うそんな言葉で、静達のその異質さを言い表していいのかは不明だが、それでも仮に才能と呼ぶのであれば、この少年の才能は静と同等かそれ以上のものがある。


(けれど、強いというならそれはもとより想定内――!!)


 背後からその音が聞こえると同時に、静は両足で地を蹴り、勢い良く上空へと跳びあがる。

 直後に剣を振動させた詩織が静のいた位置に突っ込むように走ってきて、体ごと回るようにしてその手の青龍刀を振りかぶる。


(ダメ押しです――!!)


同時に空中で身を翻した静が、上下逆さまの態勢でその手の武器をレイピアに変更。

セインズを飛び越え背後に回りながら、理香から写し取った、今は無き【朱雀の右翼】のその切っ先を、真下のセインズ目がけて突きつける。


「【鳴響剣】――!!」


「【飛び火花】――!!」


 正面からの防御不能の斬撃と、後方頭上からの極小炎弾による連続射撃。


 いかに才能があったとしても回避することは難しい、そのくせ一方は防御不能の振動斬撃と言う悪辣極まりない連携に、少年は――。


『『散れ』――』


 光が、灯る。


 たった一言の呟きと、それに応じるかのように少年の体から淡い輝きがほんの一瞬、周囲へと向けて放たれて――。


 次の瞬間、少年へと向けて飛んでいた極小炎弾が燃え尽きるように消え去って、同時に詩織の青龍刀がその振動を止めて、ただの剣戟が少年の剣によってあっさりと受け止められた。


(――!? 一体、何を――!?)


 身を翻して床の上へと着地しながら、静は動きを止めることなく少年へと向かって極小炎弾の連続射撃を繰り返す。


(まずは、見極める――!!)


 恐らくはこの攻撃も無効化されるのだろうが、その無効化に当たって敵の手の内がわかるのであれば御の字だ。

 剣を受け止められた詩織が跳び退いたことで遠慮する理由もなくなって、容赦のない連射で撃ち込まれた炎弾の数々が次々にセインズの小柄な体躯へと牙を剥いて――。


『『回れ』』


 その寸前、再びセインズの体から発せられた光に今度はからめとられるようにして、炎弾のほぼすべてが言葉通りに彼の剣の周囲を回り始めていた。


(これは、何を――)


 具体的に何をされているのかと、目の前で起こるその現象の正体を、静の思考が瞬間的に、どうにか見極めようとして――。


「理香さん――!?」


「どいて、下さい――!!」


 その瞬間、詩織の動揺する声を背に静に離脱を呼び掛けて、理香がその手にセインズの手に灯るのとは別の輝きをともして走り寄る。


 その手で渦巻くのは、静の使うのと同じ【応法の断罪剣】を軸に、【朱雀の左翼】から供給される火花を巻き込んで渦巻く斬光の輝き。


 あらゆる守りに穴を穿ち、その向こう側に爆殺の華を咲かせる防御破りの合わせ技(オリジナル)


「【花葬献火(クリメイションブーケ)】――!!」


『『ほどけて――、渦巻け――』』


 そんな一撃が突き出されたその瞬間、たった二言、セインズが輝きと共にそう告げて、それによって光を浴びた爆華の花束が言葉の通りにほどけて内部の火花をまき散らす。


「――え?」


 それは技を繰り出した理香が想定していたよりあまりにも早く、飛び散った火花も思惑通りに爆ぜることなく、先ほどの静の火花同様輝きを纏うセインズの体の周りで渦を巻いて――。


『ごめんなさい。どうやら僕、お姉さんのことはあまり好みじゃないみたいです』


 残酷な一言と共に、少年が鞘を握るその手を理香の方へと突きつけて――。


『『行け』』


 次の瞬間、本来ならばセインズを襲うはずの極小炎弾が無防備な理香へと襲い掛かって、無慈悲な爆音の連続が病棟のフロア全体へと響き渡る。


 どこか冷たい少年の視線の先で、人一人を余裕で焼き焦がす、炎熱と衝撃の花が咲く。


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[気になる点] 情報に飢えていて決戦二十七士と会話をしたい状況で、さらに一番話しの通じなさそうな宗教狂いの分断中に、昇竜も静も一度も相手と会話をしようとせずに、敵対の意思がないことを伝えようとしなかっ…
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