225:死中に活を求めて
これまで遭遇して来た【決戦二十七士】の情報、特に先の階層で静達が耳にしたアパゴ達の会話などから、竜昇達は既に彼らの現状、彼らがいかなる状態に陥っているのかについて、おおまかにではあるが推測を立てていた。
要するに、彼らもまた現在の竜昇たち同様、バラバラに分断されて行動しているのだ。
そう考えれば、単純に考えて二十六人もいるはずの彼らが、一人、二人の少人数で竜昇達の前へと現れる理由もよくわかる。
単純に一人で行動して竜昇達に遭遇しているのではなく、何らかの方法で分断されたうえで、一人になった戦士の進路を調整して、竜昇達とぶつかるようにセッティングしているのだとすれば。
恐らく、当初は【決戦二十七士】の者達も、ある程度固まって行動するつもりでこの塔に挑んでいたのだろう。
だがいかなる方法を用いたのか、まとまって動く予定だったはずの戦士たちがバラバラに分断されて、そうしてビルの各階層に散った戦士たちがそれぞれの思惑で別々に動き出した。
分断されたとわかって、他のメンバーと合流するべく捜索に奔走する者。
仲間との合流など知ったことではないと言わんばかりに、自身や自身が所属する集団のために独断専行に走る者。
あるいは、フジンなどのようにそもそも単独行動してこそ真価を発揮する能力を持っていたが故に、最初からの予定通りの動きとして、単独行動を起こした者もいたかもしれない。
もしくは探した結果、どうかすると探すまでもなく他のメンバーと合流を果たして、合流出来ていない他のメンバーを回収するべく動いている者達もいるのかも。
なんにせよ、彼らがどんな状況下にあるのか推測できれば、そこから彼らがそれに対してどう動いているかも見えてくる。
もしもこのビルの中で仲間とはぐれ、その仲間と合流する必要に迫られた場合、最大の障害になるのが階層間の接続、そのランダム性と、いざとなれば行き先の操作が可能であるという恣意性だ。
特にゲームマスターの側で行き先を操作できるというのは決定的で、そんな状態でランダムな階層移動に任せて他のメンバーとの合流を目指そうものなら、行き先を仲間のいない所にばかり決められていつまでたっても仲間と合流できなくなってしまう。
ではどうするか。
答えは簡単、やるべきことは酷くシンプルなしらみつぶしだ。
自身がいる階層を攻略し、次の階層へと続く扉を開いて、それを閉じずに開きっぱなしにして放置する。
それどころか、むしろ扉が決して閉じることの無いよう半ば封印に近い細工すら施して、上下の階層が繋がった状態を無理やりにでも維持して確保する。
そうすれば、いざとなった時にクリア済みの階層に撤退するという選択肢が残るし、なによりビル内部に制圧済みの領域を網の目のように広げていくことにより、階層移動を行う味方メンバーがそのうちのどこかに現れ、残る痕跡などから味方を追って合流できる可能性が高くなる。
無論、それぞれが合流できるまでにどれだけ時間がかかるかはわからないし、何らかの方法で開きっぱなしにしていた扉を再び閉じられてしまう可能性もばっちり残っているわけだが、それでもただ闇雲に探し回るよりははるかに効率的だ。
竜昇達の攻略ルートと誠司達の攻略ルートが何度か交錯していたことを考えても、一つの階層のバリエーションはそれほど数が多くはないようだし、仮に途中の階層をすっ飛ばして空間を繋げるような真似をしていたとしても、バトルフィールドの数とて無限ではない以上、いつかは拡大する『道』同士の合流を避けられなくなる。
無論、このプランはあくまで分断された戦士たち一人一人が、単独で一つの階層を突破できることが前提になるが、竜昇達などよりもよっぽど強い彼らにその心配は余計だろう。
実際、これまで遭遇した【決戦二十七士】達の中にも、何人かそうした階層同士を繋げて道を作る作業をやっていたと思しき者がいる。
隠密行動を主としているがゆえに痕跡を抹消していたフジンや、強敵から逃れるべく扉を閉ざしたアパゴなどは別として。
最初に出会ったハイツや、先の階層で遭遇したハンナなどは、最終的にはそうした開きっぱなしになっていた扉を使われたことでその身柄を取り逃がした。
ここと同じように、絶対に閉じないように、厳重に物理的な封印を施されていたと思しき、そんな扉を使用されたことで。
「――やっぱり、この扉、勝手に閉じないように壁と扉の裏に魔法陣が刻まれて、そこから生えた鎖でつなげられてるみたいだ」
扉を観察し、その裏側に何本もの鎖が生えてその扉を固定している状態を確認して、竜昇は自身の予想が当たっていたことを改めて確信する。
そんな竜昇に対して疑問の声をぶつけてくるのは、問題の鎖を今回初めて見ることになった背後の詩織だ。
「それって、竜昇君たちが最初に会ったハイツっていう人の?」
「はい。武器や防具の各所にハンコのように魔法陣のマーカーが刻まれていて、それを使って壁や床などあらゆる場所に魔法陣を敷設、魔法陣と魔法陣を鎖でつなぐことで様々な応用を可能とする……。それが私たちのであったハイツと言う方の魔法でした」
「まあ、この魔法陣はもう少し複雑みたいですけどね」
静と二人、交互に詩織の問いかけに応えながら、竜昇は改めて壁と扉に刻まれたその魔法陣を観察する。
使われている魔法自体は恐らく同一のものなのだろうが、術者であるハイツがいない状態でも使用できるようにしたためか、刻まれている魔法陣は記憶にあるモノより数段複雑だ。
それこそ、魔法陣など碌に見たこともなかった竜昇が一目でそうとわかる程度には、その差は歴然としていて違いがあるように見える。
仮にハイツが使っていたのが、戦闘で応用するために極限まで簡略化したものであったとするならば、今ここに設置されているのは術者不在の状態でも効果を維持するための設置型と言ったところだろうか。
「そのハイツと言う方が使っていた魔法がここで使われているということは、この階層をクリアしたのもそのハイツさんと言うことなのでしょうか?」
「……いえ、そうとも言い切れないと思いますよ。思い返せば私がハンナさんを取り逃がした時も、あの方は似たような鎖の魔法を解除して扉を閉ざしていたように見えましたし……。
そもそもいくら堅実な方法とは言え全く性格の違う二人が、自身の考えだけで扉をあけっぱなしにして道を作っていく、この方法を採用するとは思えません。
恐らくこの鎖を用いて扉を開け放していく方法は、分断されて初めて各々が思いついた方法ではなく、何らかの形で事前に決めてあった方法を踏襲していると見るべきでしょう」
「確かにな。あるいは分断される前から、そもそも分断なんかされなかったとしても、【決戦二十七士】の連中はこうやって扉を開け放ちながら攻略を進めていくつもりだったのかもしれない……。
あるいはそのための技術提供こそが、あのハイツって男が【決戦二十七士】に組み込まれていた大きな理由だったのかも……」
【跡に残る思い出】と言う【神造物】の持ち主だったハンナが、彼女固有の魔法であるそれを用いることで精神干渉への対抗策を担当していたように。
他のメンバーにもまた、戦闘能力以外に特有の役割や、持てる必要技術の提供など、何らかの別の役割があてがわれていたとしても何らおかしくはない。
なんにせよ、この階層を攻略したのがハイツであれ誰であれ、それが【決戦二十七士】の誰かであったことは間違いない。
現状を考えれば、ゲームマスターが竜昇達をこれ以上他のプレイヤーと接触させるとは思えないし、ゲームマスターが本当に竜昇達を使い切るつもりでいるのなら、それこそ鉄砲玉のごとく敵陣に放り込むのが一番手っ取り早い方法だ。
竜昇達の放り込まれたこの階層が、つながる階層のどこかで【決戦二十七士】の拠点に続いている可能性は相当に高いと見ていいだろう。
「……問題は、【決戦二十七士】がいるのはどこの階層か、ってところだな」
「そうですね……。単純に下に進めば行き当たる可能性はありますが、通り道と言うなら上に向かった可能性も充分にあります。それに拠点をどこかに設けて、そこから各階層に人員を送り込んでいるというのなら、拠点を狙うよりも末端部分に送り込まれた人員を狙って接触を図った方が安全かもしれません」
危険を覚悟の上で敵陣奥深くまで突き進む決断をしている竜昇達だったが、別に危険な目に遭いたくてそういう方向に突き進んでいるわけでは断じてない。
危険を避けて通ることはできないと思っているだけで、同じ危険でも危険度の低い選択肢があるならそちらを選びたいというのが竜昇自身の偽らざる本音である。
ただし、その一方で。
たとえ敵の本陣に突っ込むことになったとしても、それはそれで無視できない、もっと言えば見過ごせない大きなメリットがある。
「仮に敵の本隊や拠点のような場所にぶつかった場合、そこには例の華夜さんがいる可能性が高いんですよね」
「華夜さん、と言うと、あの入淵さんのお子さん、と言うことでよろしかったですか?」
「ええ。俺と静が第三層で城司さんと出会った時の話なんですけど、あの人は一緒にビルの中に入った娘さんを【決戦二十七士】に攫われてるんです……。そして、この前出会った二人のうちの一人、カゲツの方は、どうも俺達みたいな存在について、事前になんらかの形で知っていたかのようだった」
先のショッピングモールでの戦いの際、相手の二人が話していたという会話の内容については竜昇も静の証言を通じて聞き及んでいる。
特に後から来たカゲツ・エンジョウと言う女は、静が相手の言語を理解しているのを察知して『事前に聞いていたのと違う』と口にしていたという話だった。
それがブラフの類で無かったとすれば、彼女は竜昇達の存在について、ここに来る前から何らかの情報を得ていたことになる。
そして、仮に連れ去られた入淵華夜が【決戦二十七士】の拠点に到達していたとすれば、華夜から聞き出す形で彼らが竜昇達プレイヤーの存在について知っていたとしても何らおかしくはない。
最初に遭遇したヘンドルが竜昇達のことを知らない様子だったのに対して、カゲツの方が知っていた理由については想像するしかないが、カゲツが先行していたヘンドルを呼び戻しに来たような様子だったことを思えば、彼が出発した後になんらかの情勢の変化があって、その変化こそが彼らの拠点への華夜の到達であり、プレイヤーと言う存在の発覚だったと考えることもできる。
そんなことを考えながら、竜昇は開いた扉の先、闇の空間とその中に転々と浮かぶ光る階段をじっと目で追っていく。
あれこれと推測を並べ立ててはみたが、結局のところそれらは全て、言ってしまえばただの推測だ。
無論根拠がないわけではないが、推測の全てが当たっているとは限らないし、当たっていたとしてもそれを受けて行う竜昇達の決断が吉と出る保証もない。
はっきり言ってしまえば、入淵華夜がいまだ生存しているかどうかも定かではないし、心の折れた理香を抱えた状態で今の竜昇達が敵陣に飛び込むことの危険性など語るまでもないことだろう。
正直に言えば不安要素は相当に数多いし、高いリスクに反して見込めるリターンはあまりにも不明瞭だ。
――それでも、今の竜昇達は先に進むより他に無い。
たとえ危険が大きくとも、得られるものが不透明でも。
このまま誰かの思惑に乗っかっているだけでは先がないと見込んだ以上、今の竜昇達には死中に活を求める意外に道はない。
そう、覚悟を決め直して、竜昇が背後を振り返って誰ともなく視線を交わし、その後先陣を切って目の前の階段へと向かって一歩を踏み出して――。
――その瞬間、まるで竜昇のその行動に待ったをかけるように、三人の持つスマートフォンが、その襲来を告げて一斉に鳴り響く。
「――ッ」
「ンな――!?」
さしもの竜昇も、出鼻をくじかれたことで間抜けな声を漏らすことを禁じ得なかった。
同時に、半ば悲鳴に近い声をどうにかかみ殺した理香が、しかし抑えきれない困惑の声を漏らしてうろたえる。
「え、ちょ、ちょっと待ってください。そんな、次の階層への扉はここにあるのに、いったいどこから――」
「敵が襲来したのがここではないとするならば、あと残る可能性は二つしかありません。すなわち、ここではない下か、あるいは上か」
そう言いながら、やはりというべきか、冷静さを保ったままの静が自身のスマートフォンでそのメッセージを確認し、『ああ、やっぱり』とつぶやきながらその画面を全員に見せる。
そこに写っていたのは、ここではない、屋上と思われる場所に続く扉から出てくる、上の階層から来たと思しき、三人もの【決戦二十七士】の画像だった。




