224:すべてのミチは彼らに通ず
ショッピングモールでの戦いの後、竜昇達は扉が閉ざされたことで新たに出現したボスを倒して、火災が発生していた階層から脱出する意味もあって次の階層であるこの病院施設へと移動してきていた。
先の階層でとりあえず装備一式の調達は終わっていたため、ひとまず病室の一つを逗留場所と定め、そこで交代で見張りを立てながら休息をとっていた形である。
なお、ショッピングモールで戦ったボスはこれまでのボスと比べても悲しいほどに弱かった。
恐らくは第三層の時の駅員のような本体の戦闘力が弱いタイプか、あるいは四層の監獄のように、何らかの条件を満たすことで力を付けていくタイプのボスだったのだろう。
ヘンドルとの戦闘によって階層全体が完膚なきまでに破壊され、かつ竜昇や静達が目の前にいる状態で現れたショッピングモールのボスは、その力や厄介さを碌に発揮することもできずに、竜昇の魔法による集中砲火と、静の遠慮容赦の欠片もない的確極まりない立ち回りを前にあっさりと討伐されて消滅の憂き目にあった。
なんにせよ、そうして階層を移動して、ひとまず休息を終えたことで、竜昇達はそこでようやく落ち着いた状態での話し合いを再開する。
前日の一日で二つも階層を移動し、それでなくとも大きな戦闘を幾つも経験して得られた情報が多かったこともあり、今一度四人の間でそうした情報を共有しておきたかったのだ。
ついでに言えば、竜昇の場合は記憶の栞の存在と、その栞によって垣間見たアパゴの記憶についての話もある。
「なるほど……。竜昇さんのその夢があのアパゴさんの記憶そのものであるとすれば、確かにいろいろと興味をそそられる話ですね」
「さっき記憶を探ってみたけど、俺が夢に見たのは確かにアパゴが実際に経験していた記憶だったみたいだ。恐らくは、あの人がこの【不問ビル】の中でこなすべき役割についての記憶だったんだと思う」
「けど、ただの夢じゃないってことは、あのハンナっていう人には精神干渉に対抗する以外にも何か役割があったってことなの?」
「それに関しては何とも言えませんね。ハンナ・オーリックを【決戦二十七士】に組み込んだ人物も、いくつかの事態を想定してそのうちの一つ以上の解決策として彼女の能力を欲していたようですから。
単純に予想が外れている可能性もありますし、具体的に彼女のどういった能力が必要とされていたのかも推測するしかありません」
「そう考えると、私がハンナさんを取り逃がしてしまったのが返す返すも痛いところですね……。本人を捕まえて尋問できれば、まだしもなにか手掛かりが得られたのかもしれないというのに……」
竜昇から得られた情報に、それを聞いていた静が僅かに過去を悔やむような様子を見せる。
なお、実はこの時点で、取り逃がしたハンナはその逃げた先ですでに殺害されているのだが、二つ上の階層で取り逃がしたきり彼女の行方を知らない竜昇達はそれは知る由もない。
ただ自分達と敵対する立場の者達の、その取り逃がした相手が重要人物だったかもしれないというその情報に、問題の人物のその能力が再び自分達に牙をむくことが無いよう胸の内で祈るばかりである。
「まあ、それに関してはこれ以上言うのはやめにしよう。言ってもしょうがない上に、明確に俺達にとってマイナスになるかどうかも不透明なんだから」
確かに、様々な意味で重要人物だったらしいハンナを取り逃がしたのは返す返すも惜しくはあるが、しかし取り逃がしたことによる影響が竜昇達に及ぶ可能性は実のところそれほど高くない。
そもそもの話、これまで遭遇した【決戦二十七士】の面々はこのビルの中で自分達以外の人間に出会うことをあまり想定していなかったふしがある。
その点を踏まえて考えるなら、ハンナの存在が竜昇達になんらかの影響を与えるとは考えにくく、むしろその存在はこのビルそのものか、その裏に潜むゲームマスターを想定しているように思えた。
そしてそうした点については静も思い至っていたのだろう。
竜昇の言葉に、静は一瞬目を瞑って、すぐに頷きながら同意する。
「そうですね……。重ね重ね未練がましいことを失礼しました。
とは言え、やはり気がかりなのは、件のハンナさんともう一人の重要人物であるという『魔女』のことです。竜昇さんの話では、なにかの犯罪者のような人物を必要に迫られて引っぱり出してきたような印象でしたが……」
「ああ。状況的に見てその認識で間違いないと思う。具体的な罪状に関しては何をやったのかわからなかったけど、どうも聞いていた感じでは宗教がらみの政治犯か、思想犯みたいな印象だった」
「あの方たちの文化圏で宗教がらみの政治犯か思想犯、ですか……。向こうの宗教と言うことは、やはり【神造物】がらみなのでしょうか?」
「それについても何とも言えないな……。向こうの宗教にしたって、【神造物】関連以外にも戒律とかいろいろあるだろうし……」
話がここに及ぶまでの間に、竜昇は既にアパゴを尋問した際に聞きだした、彼らの世界での【神造物】の情報についても情報共有を済ませている。
特に静の場合、他ならぬ彼女自身が【神造物】の保有者だ。
直接役に立つ情報と言うものはさすがに少なかったものの、実際に接点がある分その情報の価値は他と比べても高いと言えた。
とは言え、いかに【神造物】についての情報が得られたとしても、それがこの場において役立つ情報かと言えばそれもまた別の話だ。
「なんとも歯がゆいですね……。重要な情報は確実にそろってきているのに、核心に迫る決定的な情報だけがいつまでたっても出てこないという印象です」
「まあ、こうしてあのアパゴって人の記憶が得られるってことは分かったんだ。言語の方も多少は理解できるようになるのがわかったし、余裕があるときに記憶を探って新しい情報が得られないか試してみるよ」
「そうですね……。私もアーメリアさんの記憶から、今以上になにか得られるものがないか試してみましょう」
「――その、それは大丈夫なのですか?」
そうして自身が取り込んだ記憶について話し合う竜昇達に対して、それまで黙って話を聞いていた理香がためらいがちにそう問いかける。
彼女が憂慮していたのは、先ほど彼女自身が初めて知ることと成った無視できない事実。
「先ほど言っていたことが確かなら、私たちはスキルシステムによって知らず知らずのうちに【決戦二十七士】に敵意を持つよう仕向けられていたはず……。それを考えると【決戦二十七士】の記憶であるという記憶の栞も、何というか、身に取り込むことで精神に及ぼす悪影響があるのでは……?」
今回情報の共有を行っていたその中で、特に理香がショックを受けていたのが、実はこのスキルシステムに仕込まれた敵意の移植と言う副作用の存在だった。
恐らく、それを聞いて彼女は馬車道瞳が死亡したときのことを思い出していたのだろう。
聞けば、瞳はハンナに対して感情的に飛び出して、それによって隙を突かれて殺害されてしまったという話だった。
彼女自身が【怪力スキル】の副作用によって理性が弱まる傾向があったこと、仲間を攻撃されて感情的になっていたことなど他にも要因はあるのだろうが、それらに加えて移植された敵意によって背中を押されてしまったことが、彼女を死地へと向かわせてしまったのだと、そう考えていたとしても何らおかしなことではない。
「――確かに、精神的な影響と言う意味ではないとは言い切れないかもしれません。特に今回習得したこれはこれまでのスキルの中に収録されていた知識や技術とは違い、明確に一人の人間が抱えていた記憶や思い出の類ですから。
ある種の感情移入によって【決戦二十七士】のメンバーに対して攻撃をためらう感情が生まれたとしてもおかしくはない」
「ですが、それならそれで都合がいいという考え方もできます。なにしろ私たちは既に【決戦二十七士】に対する敵意を植え付けられているわけですから。
それとは真逆の感情を抱くことで、ビルの側から受けた精神誘導の効果が相殺されるかもしれません」
「そ、そんなに人の感情って単純なものじゃないような……」
まるで単純な足し算引き算のように語る静の物言いに、思わず詩織が呆れたような、首をひねるような様子でそんな声を漏らす。
実際竜昇も、静が言うように単純に感情が相殺されるような、そんなシンプルな結果になるとは流石に思っていなかった。
どちらかと言うと【決戦二十七士】に対して愛憎入り混じると言ったような、二律背反に近い複雑な感情を抱くことになるのではないかと言うのが竜昇の予想である。
「まあなんにせよ、記憶の栞を取り込んだ影響についてはまだ経過観察が必要だろう。
で、それを踏まえたうえで二人に判断してもらいたいのは、二人はこのアパゴの記憶の栞、それに収録された彼らの言語を習得するかと言うことです」
そうして一度話をまとめて、いよいよ竜昇はこの話し合いの場での本題の一つ、本来ならばもっと前に二人に持ち掛けておきたかった、その選択を詩織と理香に投げかける。
「ここまでの話の中でお伝えしたように、見込めるメリットは主に二つ、一つは今話していた、アパゴ達【決戦二十七士】の戦う理由など、敵の情報が得られる可能性があるということ。
そしてもう一つは、先ほども話したように彼らの使っている、未知の言語を習得できるということです」
「――一応先にあのショッピングモールで敵と遭遇した際に、私たちは二人とも、敵の言っていることをおおよそ理解できる程度には、この記憶の栞が効果を発揮しているのを確認しています。流石にこちらから話しかけたり、スムーズな会話を行う段階にはまだ達していませんが、今後取り込んだ記憶が私たちの中で定着していけば、会話できるレベルにまで言語を習得できる可能性は相当に高いのではないかと思います」
「対して問題もまた二つ。一つはこれも今しがた話していた、心情・感情的にどのようなデメリットがあるか読めないということ。
そしてもう一つは、栞を取り込んでから実際に言語を習得するまでに一定のタイムラグが存在するため、必要になってから記憶を取り込んだのでは恐らく手遅れということです。
それこそ、今後【決戦二十七士】と遭遇した際に会話できるようになりたいと考えるならば、まだ相手と出会っていない今の内から言語を習得しておく必要がある」
本来ならばすでに習得している竜昇達の様子を観察し、デメリットの性質や度合いを見極めたうえで習得するか否かを決めるべきなのだろうが、生憎と今の竜昇達にはそうした見極めにかけられるだけの時間がない。
明確に時間制限が設けられているという訳ではないが、竜昇の予想が正しければ今の自分達はいつ次の【決戦二十七士】と遭遇するかわからない状況なのだ。
それを考えれば、やはり相手の言語を習得しておくタイミングは遭遇する前の今しかない。
たとえそれが危険を伴う選択だったとしても、記憶の栞の性質を考えるならばもはや遭遇してからでは遅いのだから。
「……決める前に、聞きたいんだけど……。二人はこの先、どこを目指すつもりなの……? その、逸れた愛菜や城司さんを探して上の階層に戻るのか、それとも先に進むのかっていう意味で」
「そう、ですね……」
詩織からの問いかけに、竜昇は先にそちらについて話しておくべきかと思いなおす。
実際それによって判断は変わって来るだろうし、恐らく、特に理香にとってはその部分は何より重要なことであるはずだ。
たとえそれが、理香本人が望んでいる答えと違うものであったとしても。
「正直に言います。俺はこの状況下で上の階層に戻ったとしても、城司さん達と合流できる可能性は低いと考えています」
「――、それは……」
竜昇の言葉に、理香が何かを言いかけて、しかし言葉にすることなくそのまま口をつぐんで黙り込む。
実際彼女にしてみても、もとよりこのことは内心分かってはいたのだろう。
仮にこのビルのゲームマスターが意図的に竜昇達を分断したとするならば、いかに竜昇達があの二人と合流しようとしても、それは妨害されてしまう可能性が非常に高い。
厄介なことに、このビルのゲームマスターは、階層を移動する人間の移動先について、ある程度操作できている節がある。
もし竜昇達が二つ上の階層であるのウォーターパークを目指したとしても、ゲームマスターに行き先を操作されてしまえばどれだけ頑張っても竜昇達は二人のいるあの階層に行き着けない可能性が高いのだ。
加えて、二人がいつまでもあの階層にとどまっていてくれるとも限らない。
及川愛菜の方はともかく、入淵城司には娘である入淵華夜を探すという強固な目的がある。
流石に、あの状態の愛菜を一人で放り出すような真似をするとは思えないが、竜昇達と分断されてしまった現状、城司が愛菜を説得してこちらを追ってくる可能性は決して低くない。
そして、仮にそうならなかったとしても。
城司と愛菜、精神操作に対する耐性を持たない二人がゲームマスターの支配下に置かれていたならば、なおのこと戻ることで合流できるとは考えづらい。
すでに二人が殺されているという、考えてもどうしようもない事態は意図的に考慮から外すとしても、なんらかの意図でゲームマスターが二人を支配下に置いたならば、その意図に沿ってあの階層から移動させている可能性は十分にある。
そして、万が一そうならずにあの二人がかつてのように、あの階層で代わらぬ安寧を享受しているとすれば、下手に狙われる身である竜昇達が戻ってしまう方が逆に危険だ。
無論戻って合流できる可能性もないとは言えないが、現状を考えれば戻る選択が吉と出る可能性よりも、凶と出る可能性や行き違いなどで徒労に終わる可能性の方がはるかに高いだろう。
それらのことを考慮したとき、竜昇には残念ながら来た道を戻るという選択肢が適切なものであるとはどうしても思えない。
「もし俺達があの二人と合流しようと思うなら……。
――いえ、この先何をするにしても、いい加減このビルについての根本的な疑問、ゲームマスターの目的や、ビルの正体など、このビルの本質に迫る情報が必要不可欠です。
そしてそのためには、俺達には決して避けては通れない道筋がある」
「【決戦二十七士】からの、情報収集……」
「そうです。彼らは明らかにこのビルの正体を知ったうえで、何らかの目的をもってその攻略に挑んできている。
これまでは言葉も碌に通じなかったためにすべて失敗に終わっていましたけど、言語情報を手に入れられた今なら情報を引き出すこともできるはずなんです」
先の戦いの中で、静と竜昇の両名は、こちらから相手の言葉を話すことこそできなかったものの、相手の言葉に関してはほぼ理解できるレベルにまで言語を習得できた。
恐らくこのまま習得が進めば、二人の習熟度は会話ができるレベルにまで進むことだろう。
無論会話ができるようになったとしても、相手がこちらの話を聞いてくれるとは限らない。
何度か遭遇して感じたことだが、どうにも彼ら【決戦二十七士】は、竜昇達プレイヤーについて、敵であることを前提に行動している節がある。
これは単純に敵であると思い込んでいるというのとも少し話が違う。
彼らの中に竜昇が感じているのは単純な敵意と言うよりも、よく分からない相手である以上万全を期して敵として処理してしまおうという用心と警戒だ。
敵とみなされているというよりも、スパイやだまし討ちに遭う可能性を排除するため、自分達以外の『よくわからない相手』は全て敵と考える、そんな、いわば方針としての敵対姿勢。
そう言う敵対意識だからこそ、言葉が通じるようになったところでこちらの話を聞いてくれるとは限らない訳だが、逆に言えば言葉が通じるようになったからこそ、竜昇達の方にそう言った『よくわからない相手』であることから脱して対話に持ち込む余地が生まれたともいえる。
「そして、彼らと遭遇する方法は至極簡単です。
なにしろ、ゲームマスターは俺達を【決戦二十七士】にぶつける気満々でいるんですから。
どう戻れば会えるのかもわからない城司さん達とは逆に、彼らに関しては進んでいれば遅かれ早かれ必ず会える」
実際には言葉でいうほど簡単ではない、それどころか、問答無用でこちらを殺そうとしてくる戦士たちが何人もいる場所に放り込まれる可能性も理解していながら、それでも竜昇は力を籠めるようにこの場にいる全員にそう宣言する。
視界の隅で、話を聞いていた理香が微かに身を震わせる。
それはそうだろう。彼女にしてみれば【決戦二十七士】の存在は仲間を殺された、ほとんどトラウマに近い相手だ。
そんな連中がどんなふうに待ち受けているかもわからない場所に行こうというのに、それを恐れないという方がどうかしている。
けれど、それでもやるしかないのだ。
どれだけ危険だろうと、困難だろうと、この先を生き延びようと思うならもはやこの道を避けては通れない。
「……うん、わかった」
と、そんな竜昇の提案に対して最初にそう言って応じたのは、それまでじっと話を聞いていた詩織の方だった。
意を決したように一度頷いて、すぐさま彼女は迷いのない手つきで目の前に出されていた記憶の栞の一つをつまみ上げる。
「――、詩織さ――」
それに対して理香が何かを言おうとしたその瞬間、ためらうことなく詩織が手の中の栞を圧し折って、破壊された栞が光の粒子となってそれを成したものの身の内へと吸い込まれていく。
「――ああ、なるほど……。あのおばあさんが竜昇君の言ってた魔女の人なんだね」
恐らく記憶を取り込む前に話を聞いていたが故か、竜昇が夢に見た記憶が脳裏に解凍されたらしく、記憶を取り込んだ感想を詩織が酷く穏やかな声で口にする。
竜昇が見たものと同じ光景を最大限思い出すように大きく呼吸して、落ち着いた様子のままで詩織がゆっくりと目を開く。
「詩織さん……、なんで――」
「……もし【決戦二十七士】について探るなら、遠くからでもあの人たちの会話を聞ける私が、言葉を理解できた方が、絶対にいいから……」
迷いを帯び、愁いを抱えて問いかける理香に対して、詩織はそれまでにないはっきりとした口調でそう答えを返す。
仲間の死と言う大きすぎる転機を経て理香とは逆に。
むしろこれまでで一番、はっきりとした意思と決意を見せて。
「私は、知りたい……。なんで私たちがこんな戦いをさせられてるのか、なんで瞳や、中崎君、それに沖田君が、あんなふうに死ななくちゃいけなかったのか……」
自らについて腹を割って話すとそう決めて、しかしそんな詩織の決意は肝心の三人、そのうちの誠司と瞳が死亡し、愛菜とも引き離されてしまったことで空振りに終わってしまった。
常に本音を隠したような付き合いを続け、その本音を晒す前にそれを阻まれてしまったがために、今の詩織に二人を失ったことに対する悲哀の感情は正直薄い。
あるいは、後々実感が追いついて来ればまた変わって来るのかもしれないが、実のところ今の詩織にある感情は、悲しみよりもどちらかと言うと怒りの方が強い。
腹をくくり、同時に期待を寄せていた彼ら彼女らとの対話の機会を、その寸前で阻まれてしまったことへのやり場のない憤り。
その感情で己を支えて、今、渡瀬詩織は己の置かれた現状に全力で立ち向かう決意を固める。
「――私は……。私は、そんな風には思えません……」
そう決意を固めた詩織に対して、そんな彼女を見る理香はしかし同じようには振る舞えない。
「敵が戦う理由なんて知りたくもない……。そこにどんな理由があっとしたって、あの人たちが誠司さん達を殺して、それでもうあの二人が戻ってこないことに変わりなんてないんですから……。
むしろ、そんな理由なんて知らない方が、まだしもあの方たちを純粋に恨めるかもしれない……」
愛菜との合流や自分たちの脱出につながるという意味で、理香とて真相に至ることの価値がわかっていないという訳ではない。
けれど一方で、もう今の理香は真相を知ることにそれほどの魅力を感じない。
先口理香にとって価値のあったものが、決して失いたくなかったものが、すでに失われてしまっていることを思えば。
今さら真相など知ってなんになるのだと、折れた理香の心がどうしても理性に反して思ってしまう。
「……わかりました。そういうことでしたらひとまず先口さんには、その栞の記憶を無理に習得しろとは言いません。
ですが、一応の備えとして、この栞をひとつ、いつでも習得できるように持っていてください」
「わかり、ました……」
理香の心情に配慮した折衷案のようなその提案に、理香も特に逆らうことなく差し出された栞の一つを受け取って己の服のポケットへと忍ばせる。
この栞が、誠司を殺した人間の記憶なのだと考えれば憎悪の一つも湧いてくるかとも思ったが、どうやら今の理香にはそんな気概さえも無いようだった。
そんな事実に内心で落胆しながら、理香はそのまま惰性のような義務感で他の三人との話し合いに参加し続ける。
とは言え、その後話し合ったのは今後の方針と言うよりも、今目の前の階層をどう攻略していくかと言う話だった。
この病院と思われる階層のコンセプトは何か、どんな敵が出てきてどんなギミックが存在しているのか。
そんな会話を、主に理香以外の三人が思いつく限り予想して、予想されたそれ等の事態にどう対処するかを可能な限り話し合って――。
――そして、それらの予測と話し合いの全てが完全に無に帰した。
「……、これ、どういうことなの?」
目の前の光景、救急車などで患者が緊急搬送されてきた際、それを受け入れるのに使うのだろう正面出入口とはまた別のその扉が開かれて、その向こうに暗黒の空間が広がっている、そんな光景を目の当たりにしながら、遂に詩織がそんな問いを投げかける。
否、そう問い掛けるに至った理由はそれだけではない。
ここに来るまでの間、気配すら感じられなかった【影人】の存在、にもかかわらずところどころに見られた破壊の痕跡、そしてこの開いたまま、裏側を魔力の鎖でガッチリと固定されている扉のありさまを見れば、否応なくその理由には思い至れると言うモノだ。
「――要するに、この階層はもう、とっくの昔にクリアされてたってことなんだろう」
誰によってかは言うまでもない。
ゲームマスターが竜昇達と他のプレイヤーの接触を嫌っている今、竜昇達の行く末に現れる人間の痕跡が誰のものかなど問うまでもなく明らかだ。
「間違い、ない……。俺達が今いるこの場所は、あいつらが、【決戦二十七士】が作った通り道なんだ……!!」




