223:使命の記憶
クリスマス、ですね……。
という訳で、今日から毎日更新です!!
いつまでかって? ――切りのいいところまでだよ……(用意が間に合うかを気にしつつ)。
不機嫌そうな顔をして、目の下に隈のある女が語り掛けてくる。
『さ、さあ……、頭に、思い浮かべなさい……。アンタの役目、果たすべき役割を……』
『失礼します』
ノックと共に呼び出された部屋へと足を踏み入れて、そこで聞いていた通りの、二人の人物が待っているのを視認する。
一人は鍛え抜かれた自身と比べても遜色のない、自身より一回りは年上の白髪交じりの武人。
その身に纏う雰囲気はまさしく古強者と言うにふさわしく、着込んだ軍服の小奇麗さだけが、使い込まれた鎧を着こんだ姿を知る己には随分とに合っていないように思えた。
対してもう一人は、男よりもさらに一回り年上の白髪の老婆。
ただしこの老婆が異様なのは、座ったいすの各所にベルトが取り付けられていて、そのベルトが老婆自身を椅子へと縛り付けているということだ。
そしてだというのに、老婆自身はそんな自身の扱いにも何ら悲壮感を漂わせることなく、それどころかむしろ面白そうにニヤニヤと自身と男を見比べている。
そんな老婆の視線に不快感を覚えながらも、それを無視して傍らに座る男の方へと敬礼する。
『失礼します。アパゴ・ジョルイーニ、お呼び出しに従い参上いたしました、団長閣下』
『ご苦労。こうして直に話すのは初めてだな。この度決戦部隊である【決戦二十七士】の指揮を預かることと成った、団長のブライグ・オーウェンスだ』
歩み寄る男、ブライグとの握手に応じ手を握る。
それだけでも、自身が鍛え上げられた戦士であるアパゴには目の前の相手が自身と同等か、それ以上の戦士であることがその手に込められた力によって感じられた。
今回自分は形式上この男の配下となる訳だが、少なくともこの男は自分達を率いるに値する戦士ではあると、そう確信できるというのは一つの安心材料である。
とは言え、実のところアパゴもこの男の配下に下ること自体は別に不満があった訳ではない。
なにも思うところがないとは言わないが、しかしそれでも自分たちはこれから集められた戦士たちと共に結託して事に当たらねばならないのだ。
そのためには、誰かが指揮を執る立場につく必要があるし、その役割が僻地に住む地方部族の戦士長である自分に回って来るとは流石に思ってもいない。
もしもアパゴが不満に、あるいは不安に思うことがあるとすれば、それは団長であるこの男とは別の人物についての問題だけだ。
『――ヒッヒッヒ、かつて神に直接選ばれたこともある、ジョルイーニ部族の末裔か……。こいつはまた随分な役者を引っ張り出してきたもんだよ』
その不安要素にして不満要素、握手を交わすアパゴ達の傍で、椅子に縛り付けられたままその様子を見守っていた老婆が、頃合いを見計らったようにそう口を挟んで来る。
その物言いが癇に障るのは、他ならぬアパゴ自身がこの老婆の正体を伝聞とは言え知っているからか。
「――さっそくでこのようなことを聞かねばならないのは遺憾なのですが、このような悪辣な人物を今回の作戦に連れて行くという話は本当なのですか? あまり言いたくはありませんが、このペテン師の魔女の話は我らが森の中にすら伝わってきているほどですぞ」
「ヒヒッ、言いたくないと言いながら碌に我慢もせずにはっきり言うじゃないか。とっ捕まってからどんなうわさが流れているかは知らないが、どうやら世間じゃアタシも随分と有名になっているようだね。
――まあとは言え、アタシ本人としちゃ、魔女なんて似合いすぎのあだ名より【神問学者】ってちゃんとした名前の方で呼んでもらいたいもんだ」
アパゴの抗議をよそに、当の本人である老婆は自身の扱いなどものともせずにそんな言葉と共に笑い続ける。
まるですべてをあざ笑うかのように。
外れてはいけない人としての在り方を、アパゴ達が信じるその善性の全てを嘲笑するかのように。
だが。
「君の言わんとすることは理解できる。だが、この魔女は今回の作戦に必要だ。
――いや、厳密にはこの魔女の存在が必要になる可能性も想定している、と言うのが正確か」
それでも、団長であるブライグは自身の方針を翻すことなく、かわりにそう理由を口にする。
「今日君にここに来てもらったのもそれが理由だ。
塔の攻略に際して、いくつかの事態を想定して組み込んだ人員が数名いる。君にはその護衛をお願いしておきたい」
「それは、例えばこの魔女のことですか?」
「ヒッヒ……。安心しなよ。生憎とアタシの担当はあんたじゃないさ。アタシにはもう怖い怖い監視が決まってる」
「その通りだ。この魔女の護衛と監視は、既にそのための人員を用意してある。なにしろ此奴を牢獄から引っぱり出すためのそれが条件だったからな。
ちなみに、そのうちの一人はあのボールギス司祭だ。この魔女の監視に、これ以上の適任者もおるまい」
「今代の【裁きの炎】の継承者ですか。なるほど、あの御仁ならば確かにその役目には適任ですな」
ブライグの言葉に、アパゴは一応納得してこの場においては引き下がることにする。
実際、外様の自分が言うようなことなどすでに教会内部で散々議論されているに違いない。
そのうえでこの危険な魔女に対して、上の人間がそれなりの対策を講じているというのであれば、ひとまずそのあたりの対応は彼らに任せ、これから先は自分の任務について考えるべきだろうというのがアパゴの下した結論だった。
「君に頼んでおきたいのはハンナ・オーリック、件のオーリック家の令嬢の守りだ。
もっとも、正式な護衛は他に用意しているし、こう言ってはなんだが彼女は君たちの部族に確執に近い感情を持っている。だから要請したいのは、彼女にずっと張り付いての護衛と言うよりも、有事の際に彼女の生存を優先事項として認識しておいてほしいということくらいだ」
「ハンナ・オーリック……。例の【跡に残る思い出】を継承する一族の末裔ですな……。例の邪法に対する対策として彼女の力を使うとは聞いていましたが、まさか彼女本人も同行するとは」
ブライグの判断に、アパゴは内心で若干の意外感を覚える。
こちらに召集された際に、件のハンナ・オーリックとは一応の面識があった。
確かに十八年前の件で彼女はアパゴ達に確執を持っているようだったが、それとは別に感じたのは彼女が戦士としては恐らく相当に力不足だろうということだった。
もっとも、伝え聞く彼女の駆使する戦法を考えれば、彼女自身がそれほど強い必要がある訳ではないのだが。
「彼女もまた、敵の性質や状況次第では塔攻略の鍵となりうる人員だ。故に、他の者たちには申し訳ないがその優先順位は一段上に置かせてもらう。悪いが君にもそれとなく注意を払っておいてもらいたい」
「了解いたしました」
ブライグの言葉に、アパゴは内心であんな女でも自分達と並び立つだけの破格の力を備えているのかと、そう勝手に納得して首肯する。
後から考えれば、その納得こそが彼の言うところの『油断』につながってしまったわけだが、それは今の彼にとっては知る由もない話だ。
――後から、考えれば……?
と、そんなことを考えて、そこで初めて目の前の光景に対して、それを客観的に眺める『自身』の存在を初めて自覚する。
そうして思い出した自らの存在に、自分が今何を見ているのか急速にその理解が追いついて――。
『ヒッヒ……。なんにせよ、これまでの歴史でも類を見ない、名優ばかりがそろった大舞台だ。そこで何が起きるのか、自分の演目をこなしながら特等席でじっくりと見せてもらおうじゃないかね』
最悪の扱いの中でも楽しそうに笑い続ける、『魔女』と呼ばれた老婆のそんな言葉に見送られて、そこで初めて竜昇はその夢から目を覚ました。
「………………なるほど、こういう形で記憶をのぞき見する羽目になったか……」
寝ていたベッドの上で身を起こし、今しがた見ていた夢の内容を思い起こして、竜昇は何とも言えない気分でそう呟く。
今しがた夢に見た光景、あれは恐らく、竜昇が記憶の栞を用いて取り込んだ、記憶の持ち主であるアパゴが過去に見聞きしていた光景と見て間違いないだろう。
正直こんな形でアパゴの記憶に触れることになるとはかなり予想外ではあったが、夢と言うものが脳内での記憶の整理だという話を考えればこの形もあり得ない話ではない。
(――と、せっかくだ。忘れないうちに内容を何かにメモしておくか……。こんなことなら書く物でも用意しておけばよかったが……、スマホのメモアプリってどこにあったかな……)
そう思い、竜昇がベッドの上から降りて傍に置いてあった自身の荷物をあさっていると、病室の扉が開いて外で見張りをしていた詩織が顔を出す。
「あれ、竜昇君起きたの? 交代まではまだ時間があるはずだけど……」
「ん、ああ、はい。ちょっと目が覚めてしまって。やることができたんで、なんでしたら見張り替わりますけど」
「そう……? まだ約束の時間までは三十分くらいあるんだけど……。でも、そう言ってもらえるなら今はお言葉に甘えようかな……」
竜昇の言葉に、流石に疲れていたのか詩織が眠そうな様子でそう答える。
考えてみれば、詩織も最後に睡眠をとってから今に至るまでずっと気を張りっぱなしだったはずだ。
彼女が最後に睡眠をとったのはまだウォーターパークの階層にいた際、大きな戦いの前にと仮眠をとって、その後彼女はかつての仲間やら決戦二十七士との戦闘を経験し、さらに次のショッピングモールへと無理やり進まされてそこでも危険な目に合っている。
一応ショッピングモールでの戦闘に参加していた竜昇や静の方が負担は大きかったとの考えから先に休みを取らせてもらえたが、彼女たちにしたところで相当に疲れていたはずなのだ。
普段から遠慮深い彼女であっても、流石に疲労から来る睡眠への欲求には抗いがたいものがあったと見える。
そんなことを考えながら、竜昇は手早く装備を整えて、いくつものベッドが並ぶ病室から詩織と入れ替わる形で外に出る。
その際、同じ病室内に並ぶベッドの様子をチラリと確認してそこで眠る静や理香の様子も見てみたが、流石の彼女達も今回ばかりは相当に疲れているのか、どうやら竜昇達の会話でも起こしてしまわずに済んだようだった。
そのことに安堵しつつ外に出て、竜昇は詩織が暇つぶし代わりに造っていたと思しき、【音響探査】の情報を元にマッピングを行ったらしい地図を見ながら椅子へと座る。
【決戦二十七士】の二人と戦い、取り逃がし。
その後に現れたボスを倒してようやくたどり着いたその病院の階層は、少なくとも今のところは何事もなく、実に平穏な場所だった。




