222:エンジョウの結末
新たなる【決戦二十七士】の参戦。
その可能性を、実のところこの時の静はありうると考えつつもあまり実現の可能性が高いとは思っていなかった。
なにしろ、戦っていた敵の能力が能力である。
先の階層でのこともあり、敵が最後まで一人きりでいてくれるとは最初から思っていなかった静だったが、ヘンドルの【神造物】が他人との共闘にまったく向いていないことや、彼自身の周囲への配慮のなさなども考慮して、この敵に同行者はおらず、いたとしても参戦してくることはないと、そう判断してしまっていたのである。
そしてだからこそ、正直に言って驚きだった。
まさかこのタイミング、こんな状況で都合よく参戦してくる敵がいようなどとは。
『エンジョウ、貴様、なぜここに――』
『なぜ、と言われましても……。私は貴方の戻りが遅いからと、命じられて様子を見に来たのですよ。まさか貴方ともあろう方がここまで追い詰められているとは思いませんでしたし、貴方の助けに入るのがここまで困難だとも思っていませんでしたが……』
そんな言葉と共に、エンジョウと呼ばれたその女は矢の先端を濡らす血を手袋をした自らの手でぬぐうと、懐から出した包帯と共にヘンドルへと投げ渡す。
それに対して、ヘンドルの方も『余計なことを』と舌打ちしながらそれを受け取ると、先ほど自身で矢を突き刺した腿の怪我に包帯を巻いて手早く応急処置をして見せた。
そんな状況を目前にしながら、しかし静は迂闊に動けない。
炎の壁によって隔てられているというのもあるが、それ以上に大きいのが新たに現れたこのカゲツ・エンジョウと名乗る女が、静に対して一切隙を見せていないということだ。
ヘンドルと会話を交わし、物品を彼に渡しながらも、しかし視線はしっかりとこちらに向けていて、しかもすべての行動を片手で行い、必ずもう片方の腕を開けている。
(――武器は刀らしき物が腰に三本、なぜか連ねるように装備しているのが確認できるのみ……。他に確認できる手の内はこの炎の壁、いえ、斬撃……)
目の前で壁となる炎が放たれてきたその方角を横目で伺い、静はその攻撃の性質と威力、射程をつぶさに観察して推測する。
床に残る痕跡、壁面に刻まれた破壊痕から、恐らく敵が使用したのは炎を伴う遠距離斬撃。
しかもその攻撃痕は恐ろしいことに向かいの店舗の中から続いており、それを踏まえて考えるならばこの攻撃はロビーを一直線に横断しながら飛んできたことになる。
(威力と射程から推察するに、この攻撃は竜昇さんの【六芒雷撃槍】あたりと性能的には同程度……。問題があるとすれば、それほどの攻撃をこの方は恐らくノータイムで撃ってきたということでしょうか……?)
これがもしも竜昇であったならば、【光芒雷撃】の発動とそれによって現れた雷球への電力供給、それを操作しての発砲と言う三段階を踏むため、恐らく数秒程度の時間がかかっていただろう。
だがこの相手は、恐らく味方であるヘンドルが危機に陥っていると見るや、ほとんどノータイムで魔法を放ち、静の攻撃を遮ってきた。
刀を装備しているということは、竜昇のような魔法使いタイプと言うよりも、恐らくは遠近両方こなせるオールラウンダー。攻撃の後に現れたタイミングと言い、瞬発力や移動速度もかなり高いと見た方がいい。
そんな相手とここからやり合うというのは、正直静としてもかなり苦しい。
(救いがあるとすれば、先にヘンドルさんが負傷していることと、恐らくヘンドルさんの【神造物】が他人との共闘に向いていないこと……。とは言え、このレベルの方を相手に援護射撃が付くというだけでも正直厳しい……。
さて、この状況。果たしてどうしたものでしょうか……)
そんな風に思い悩んでいた静の前で、遂にヘンドルが足の止血を終えておぼつかない足取りながらも立ち上がる。
いよいよ二人がかりで攻撃してくると静が腹をくくり、ならば先手を取って攻撃を仕掛けるべきかとそう考えた次の瞬間――。
『さて、ゲントール卿。手当も終わったようですし、ここは一度撤退すると致しましょう』
――そんな風に、眼の前の女が少々予想外の言葉を涼しい顔で言い放った。
(――!?)
『――な、なんだと貴様? 貴様よもや、このヘンドル・ゲントールに負けておめおめと逃げ帰れというのか……!?』
『逃げる、と言うか撤退ですね。実は少々事情が変わりまして。こちらのルートは無理に開通させる必要がなくなったうえに、先ほど全体に召集がかかったのですよ』
『そういうことを言っているのではない……!! 貴様は、この誇り高きゲントールの当主たるこの私に、いいようにやられたまますごすごと引き下がれというのか……!! 私は貴様のところの、あの高弟共とは違うのだぞ……!!』
よほど癇に障ったのか、ヘンドルは自身を助けに来たはずのカゲツに対して、噛みつくようにそうがなり立てる。
そんなヘンドルに対して、しかしカゲツの方は顔を向けることもなく、絶えず静の方にジッと視線を向けたまま、しかしその形の良い眉をわずかにひそめた。
『一つ、訂正させていただけば、私のところのあの三人はなにも臆病さで撤退の道を常に確保しているわけではありませんよ。にぎやかな性格の者達ですので、三バカと言う呼称については親しみから来たものと聞き流して差し上げますが』
『――な――』
『加えて申し上げれば、貴方の敵対者に対する姿勢は少々侮りが過ぎる。貴方の【神造物】の本質は、本来敵を見上げてこそのものでしょうに』
『――ぬ、ぐ……!!』
どこか文学的なその言葉に、しかしヘンドル自身はまるで図星でも突かれたかのように言葉を失い黙り込む。
あるいは、カゲツが言ったその言葉こそが、ヘンドルの持つ【神造物】、【天を狙う地弓】を語る上で、決して欠かすことのできない逸話か何かだったのかもしれない。
なんにせよ、ヘンドルが渋々とではあるが引き下がることに同意して、そんな二人を引き留めるべきか見逃すべきか、静がその対応を決めあぐねていた、まさにその時――。
『――ふむ、ところでレディ、先ほどから君、私たちの言葉を理解しているね?』
――ふと、唐突に。
確信に満ちたそんな問いかけが、カゲツの口から静へと投げかけられた。
(――!?)
次の瞬間、静の元へと唐突に火炎の斬撃が襲い掛かり、間一髪直前にそれを察知した静がその場を飛びのいてかろうじてそれを回避する。
直前まで静がいた空間を、熱波を放つ斬撃が一直線に通過して、後方にあった鉄筋コンクリートの柱さえも断ち割ってその向こうの壁面にまで斬撃痕を刻み付ける。
いったいいつの間に抜いたのかも定かではない、腰の刀を用いての抜き打ちの斬撃。
(――ッ、なにを、いきなり――)
『――ああ、やっぱりだ。やっぱり君はこちらの言葉を理解している。しかし、そうなると少々事前情報と違うな。情報に誤りがあったのか、それとも別の勢力なのか……?』
なにやら思案するようにそんな言葉をつぶやきながら、しかしその手は休むことなく刀を振るい、炎を纏って伸ばされた刀身が次々と静を追って、その身を裁断しようと襲い掛かって来る。
放たれる攻撃の規模こそ、最初の一撃に比べればたいしたことなかったが、それでも炎を纏った斬撃が次々と襲ってくるとなればその影響は甚大だ。
床に、壁に、天井に、次々に斬撃の痕が刻まれて、同時にその斬撃が帯びていた炎がそこかしこに燃え移って炎の壁となって静の逃げ道を制限していく。
(まずい、この方――。こちらの行動範囲を制限するつもりで――)
――と、そう静が悟った次の瞬間、燃え盛る炎の壁を何重にも築いたカゲツがあっさりと踵を返して、落ちるように飛行するヘンドルと共に店の外へと迷いのない足取りで逃げていく。
(――ッ、そうですか、先ほどからの攻撃はこちらの追撃を封じるための……!!)
逃げられる、と、静が内心でそう確信した次の瞬間、走る二人があっさりと店舗を飛び出して、同時にそんな二人に強烈な雷鳴と閃光が牙をむく。
視界全体を白く塗りつぶすような雷が、防御の手段など用意していない二人の元へと押し寄せて、そして――。
(逃がす、もんかよ……!!)
静が店舗の中で戦っているその間に、竜昇はどうにかその店舗の出入口が見渡せる、中央通路二階の階段に面した場所にまでたどり着いていた。
這うような動きで墜落した二階の店舗から移動して、下の階での戦闘によって何度か重力が変化し、再び空中に投げ出されそうになりながらのようやくの到達。
空中で重力に翻弄され続けたせいで車酔いに近い症状に陥り、二階部分とは言え空中から落下したことで少なくないダメージを受けてはいたが、それでも竜昇はいまだ続く戦闘への支援を諦めてはいなかった。
こみ上げる吐き気を堪えて静が戦っていると思しき店舗、その入り口が見えるところまで移動して、同時に魔力の感覚で内部での様子を探りながら攻撃のための魔力と電力をかき集める。
つい先ほど魔力を吐き出しきった直後で魔本に魔力を注ぐのも精いっぱいで、周囲に潜伏させていた【静雷撃】も使い切ってしまったがためにほとんど電力も集められなかったが、それで大技を一発撃てるだけの電力は確保できた。
故に、
「【六芒――」
今はこれこそが、竜昇に用意できる精いっぱいの最大火力。
「――迅雷撃】」
雷撃を解き放つ。
ヘンドルともう一人、途中から乱入したと思しき気配に向けて。
竜昇自身がまともに動ける状態で無かったためにその乱入自体を阻むことはできなかったが、しかし逆に言えば気配を殺した状態で何もできなかったがためにこの敵にとって竜昇は未知の存在だ。
ならば、店舗から出るのとほぼ同時、出合い頭に大火力魔法をぶつけてやればそうそう対処しきれないだろうとそう見込んで、不意打ちの一撃で決着をつけるべく容赦なく打ち込んだそんな魔法は――。
『――【■■■■】』
――先行して店から出て来たその人物に真っ向から切り裂かれ、地に伏せる竜昇のその真上を、電撃を両断した熱波の刃が通り抜けていった。
「――グ――!!」
直後、竜昇の真上から熱によって膨張した空気が熱風となって襲い掛かり、同時に敵を焼き尽くすはずだった特大の雷撃が真っ二つに分かたれて、狙ったはずの二人を避けるようにその両側を駆け抜ける。
とっさにシールドを展開して熱風から身を守った竜昇だったが、一方で自身の大火力魔法が一方的に破られたことによる衝撃は絶大だ。
別に竜昇とて、自身の使う魔法が絶対に競り負けないと思っていたわけではないが、しかしあの時あのタイミングで、不意打ちのように放った魔法が正面から打ち破られるとは流石に思っていなかった。
(――馬鹿な、なんだこの火力は……。こんな大火力の魔法を、ノータイムで放てるなんて……!!)
一口に魔法と言っても千差万別だが、これまで見てきた例からもわかるようにそんな魔法にも一定の法則や傾向のようなものがある。
中でもわかりやすいのが、使用する魔法の等級に比例した発動時間の関係性だ。
大規模なもの、複雑なもの、どのような違いであれ、高度な魔法にはそれに比例して発動までに時間がかかる。
その時間は術式の演算速度だったり、もっと単純に必要魔力を準備する時間だったりといろいろだが、時間そのものはある程度短縮することはできたとしても完全に無にすることは不可能なはずなのだ。
にもかかわらず、この敵は竜昇の【六芒迅雷撃】を正面から打ち破るような魔法をとっさの判断で、それもほとんどノータイムで撃ってきた。
これが竜昇の使う【雷撃】のような初級術や、感覚で操る分発動の速い【魔技】の類であったならばまだわかるが、叩き出されたその威力と規模はどう考えてもそれらで出せるレベルではない。
(どういうカラクリだ……。こいつも何か、【神造物】みたいなものを持ってるのか……?)
疑問を覚え、推測する竜昇だったが、しかしそんな竜昇の心中を相対する敵が慮ってくれるはずもない。
『おや、術者ごと両断するつもりだったのだけど――。なるほど、最初から伏せていたのですか』
いつの間にやら腰から引き抜いたらしき刀を構えてその人物が、男のような外見に反して少々高い声で感心したようにそう呟く。
腰に下げた三本もの刀の内、真ん中の一本を抜き放っての優雅な構え。
このまま先ほどの攻撃をもう一度放たれては逃げきれないと危機感を強める竜昇だったが、しかし当の本人は竜昇が身動きできる状態にないのを見て取ると、思いのほかあっさりと元の鞘に刀を収めた。
『貴様、あんな死にぞこないの一人も仕留めずに行くつもりか?』
『ええ、やめておきましょう。グズグズしていると先ほどのレディが追いついてきそうですし、既にあちこちで火の手が上がっています。
この階層はこのまま放棄して、それによってあの二人が煙に巻かれて死ぬならそれまでと、それくらいに考えておきましょう』
『……ふん、いいだろう』
どこか不満の残る様子ながらもヘンドルが男の言葉に従って、そうして特大の脅威であり、重大な手がかりでもあった二人が対面のスーパーの方へと飛び込むようにして去っていく。
恐らくは下の階層へと続く扉があるのだろう、バックヤードの方へと消えていく二人の姿を目の当たりにしながら、しかし今の竜昇にできるのはおぼつかない足取りで立ち上がろうと奮闘しながらそれを見送ることのみだった。
「――ッ、ぅ……、くそッ……!!」
重大な手がかりがまたも手の間からすり抜けた、その感覚に竜昇が悪態をついたその瞬間、ロビーの中央に赤く輝く【影人】の核が現れる。
「くッそぉぉぉォォッ――!!」
燃え広がる炎の中、叫ぶ竜昇がふらつきながらも立ち上がるその前で、核に黒い霧がまとわりついて新たなるボスが破壊されつくしたショッピングモールへと降臨する。
それは紛れもなく、扉が閉ざされて、竜昇達が問題の二人を取り逃したことを示すなによりの証だった。
今回の更新はここまでです。
また切りのいいところまで溜まってきたら一気に更新していきます。




