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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第六■  炎上到達のシンソウ域
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219:流儀に沿わぬ敵

 天地がころころと入れ替わり、建物の中を内装や商品が次々と落下して来る地獄のような状況の中で、それでも詩織は理香と二人、かろうじてその命脈を保っていた。


 理香の装着する【玄武の左手】、そのアイテムが持つ【羽軽化】の効力によって二人分の体重を消し、次々と変化する重力の向きに合わせて詩織が建物の内部を駆けまわる。

 必然、走る詩織の方が理香をおんぶする形にはなってしまっていたが、【羽軽化】によって体重が軽減されていたため当の詩織自身はさほど気にしてはいなかった。


 そう、当の詩織自身は。


「申し訳、ありません……」


「え? う、ううん、いいよ……。ほら、軽量化のおかげで体重なんてあってないようなものだし――」


「いえ、そう言う話ではなく……。私が、足を引っ張って……。不甲斐ない、ばっかりに……」


 そう言って、しかし理香はそれ以上の言葉を見つけられなかったのか、なにかを言おうとする息遣いだけを繰り返して、しかし何も言わずに黙り込む。


 不甲斐ないばかりになんなのか、あるいはその先に続く言葉がいくつも思い浮かんでしまったことも、それ以上言葉を続けられなかった理由なのかもしれない。


 詩織に背負われて、面倒をかけていると感じているのか。

 精神的な影響なのか、以前に比べて判断も遅れ、先ほどから足を引っ張ってしまっていると感じていたことが理由なのか。


 それとも、理香を戦線から離れた場所に残すために、詩織を共に残らせて、静と竜昇二人だけを戦いの場に送り込んでしまったことを気にしているのか。


「大丈夫だよ――」


「え?」


「大丈夫……。あの二人なら、大丈夫……」


「――、――ええ、そう、ですね……」


 何か言おうとしたことを飲み込んだような様子の後に、しかし理香は詩織の背中でそう言葉に対して同意する。


 言葉の裏で、どこか本音を見透かされたような、そんな気がした。


 あの二人を二人だけで行かせたくなかったのではないかと、そう問われたような、そんな気がした。







 静が戦闘を行っている隙に戦場へとたどり着き、不意打ちで即座に用意できる最大火力を叩き込むという荒業を使用しておきながら、竜昇はこの敵に対して全くと言っていいほど油断していなかった。


 閃光の中に消えた相手に、わざわざ『やったか』などと思うことすらしない。

 そもそもこの程度で倒せるような相手ならば、これまで竜昇は散々苦労させられてはいないと、なにより経験から来る勘が竜昇自身に対してそう告げている。


 故に、魔本に溜めた魔力で【迅雷撃】を撃ち放ったその直後でも、自身の周囲に六つの雷球を生成し、同時に【探査波動】を放って次の一撃の準備を整えようとして――。


「――ッ」


 ガクリと、店舗のロビー入り口の天井に立っていた竜昇の体が、まるで何かに引っ張られるように先ほどヘンドルがいたその位置へと落下し始める。


(――これは、さっきの静と同じ状態か――!!)


 そう判断すると同時に、竜昇はとっさにそばにあった雷球の一つを右手で掴み取り、同時に不意打ちを成功させるために展開していた【領域】を電撃に変換、目立たないために電力の蓄積こそしていなかったものの、既に発動させていた【電導師】の魔力力場に取り込んで電撃の衣を形成する。


おのれ(罵倒)無粋(無粋)な、神聖な狩り(狩猟)のさなかに横から割って入るとは――!!』


(――なんだ、こいつの言葉が――。いや、今は――!!)


 この場所に到着してから攻撃に移るまでのわずかな間に、すでに竜昇はこの敵を観察し、その手の内をある程度把握している。


 敵が放とうとしているのは、恐らく先端に取り付けたキャップ上の鏃に翼を生やしての追尾性能付きの射撃だ。


 単純に追尾して来るというだけでなく、神造物の片割れである矢の特性によってターゲット自身が矢に向かって落ちていくことになるというのは逃げようのない恐ろしい攻撃であると言えるが、しかし逃げられないというのであれば単純に迎え撃つだけの話だ。


「【雷撃槍(スピアボルト)】――!!」


 手の中の雷球に電力を注ぎ込み、直後に放たれた雷の光条がヘンドルの撃ち出す矢と真っ向から激突する。


 矢の先端に取り付けられた、翼の生えたキャップ状の鏃が押し寄せる電撃によって焼き尽くされて、同時に矢に込められた魔力が炸裂して結果的に二つの攻撃が互いを相殺し合って二人の間で激しい爆発を引き起こす。


 とは言え、だ。


(この爆発も、さっき静にいかけていた時ほど威力がない……。自分との距離が近いから押さえたのか、それとも威力を出すにはそれなりのタメがいると見るべきか……?)


 そうして分析を行う間にも、場の状況はめまぐるしく動いて次の判断を竜昇達へと問いかける。


 双方の攻撃が相殺されたことで、その攻撃の媒体にされていた神造物と思しき矢が見当違いの方向へとふっ飛んで、そのまま正常な状態になった重力に引かれて本来の床へと突き刺さる。


 それにより引き起こされる重力の逆転。

 先ほどまで天井だった場所が下になり、床だった場所が今度は仰ぐべき(てん)になる。


『ッ――』


「させません――!!」


 予期せぬ重力方向の変更に、即座に天を決める矢を手元に呼び戻そうとしたヘンドルに対して、しかしそれを阻むべく空中を跳躍して今度は静が斬りかかる。


 その両手に十手と小太刀を携えて若干斜めになった天井に着地して、まずは右手の小太刀を一閃させる。


『チィッ――、所詮は獣にも等しい神敵の考えか、神聖な狩りを穢すことにも躊躇がないと見える――!!』


 邪魔が入ってなお、それを好機ととらえて襲いくる静に対し、一人決闘染みた気分で戦っていたヘンドルが歯噛みしながら弓でその斬撃を受け止める。


 とは言え、いかに不意を討たれて劣勢に立たされているとは言っても、根本的な部分においてはやはりヘンドルの方が地力は上だ。

 先ほど同様、腰から携行矢を抜き放ってそれを今度は細身の剣へと変えると、左手の弓を盾代わりに使用して続けざまに振るわれる静の攻撃にあっさりと対応し捌いて見せる。


 とは言え、その程度のことであれば静自身もすでに想定通りだ。


「変遷――」


 敵が剣で小太刀を受け止めた次の瞬間、小太刀を長剣に変化させて、魔力を吸収する【応法の断罪剣】の効果で携行矢を核に生成された剣を、その魔力を吸い取ることで消滅させる。


『――ぬぅッ』


「変遷――!!」


 さらに静は、振り下ろした長剣をその振り下ろしの途中で変形、細身のレイピアへと変形させて斜め下から喉元を狙うように突き上げる。


『オォッ――!?』


 どうにか弓を横から叩き付けて攻撃を阻んだヘンドルだったがそれでもなお静の動きは止まらない。

 つき込んだレイピアを、刺突の勢いそのままに今度は十手へと変化させると、手元の鍵の部分を盾代わりにされた弓ガッチリとひっかけロックする。


 自身に迫る刃を、自身の体から遠ざけようとするヘンドル自身の動きに便乗する形で、弓を捕らえた静の腕がそのまま外へと動いて弓自体もヘンドルの体から遠ざける。


「変遷――!!」


 続けざまに行われるのは、返す刃で遠ざけた弓の守りをすり抜けるための、刀身を伸縮させる二回の変化。


 一度目で十手が石刃に変化して、縮んだ刃が弓の表面をかすめただけでヘンドルの守りの内へと滑り込む。

 そして二度目の変化で小さな石刃が一気に長大な長剣へと変化して、その先にあるヘンドルの首を跳ねるべく横一文字に迸る。


 実際、あと数センチ距離が近づけていれば本当にその刃はヘンドルの命に届いていただろう。


『舐めるな小娘――!!』


「――!!」


 ヘンドルが吠えた次の瞬間、腰のあたりに構えられた手の中から新たな携行矢が勢いよく突撃槍へと変化して、鏃を核にした切っ先が静の腹を貫くべく一気に間合いの内へと伸びてくる。


 さしもの静も、これには攻撃を中断して対応せざるを得なかった。

 とっさに右腕に装着した【武者の結界籠手】へと魔力を流し、シールドを展開することで槍を受け止め、そしてそのまま槍の伸長の勢いに押されて間合いの外へとはじき出される。


 伸ばして振るっていた長剣の切っ先が、目標を見失いながらもヘンドルの頬に浅く裂傷を刻むのを、手ごたえとして微かに、けれど確かに静の元へと伝えながら。


『――ッ、貴様――!!』


 掠り傷程度とは言え顔面を傷つけられたことに激高しかけたヘンドルだったが、しかしそんな激情は次の瞬間には別の感情によって塗り替えられることと成った。


 静とヘンドル、二人の距離が開くのを待ち構えていたように、直上で閃光が瞬いて天となった床から雷の光条が落ちてくる。


「【六亡迅雷撃(ヘクサフィアボルト)】――!!」


『ッ、おのれまたしても――!!』


 直上から広範囲に降り注ぐ電撃に対し、とっさにヘンドルは自身の周囲にシールドを展開してその電撃を受け止める。


 通常であれば、竜昇の一定以上の規模の電撃はシールド程度で受け止められるものではないが、ヘンドルの展開するこのシールドは特別だ。


 受け止めたエネルギー系の攻撃を接触している地面に流して無効化する力を持つこのシールドは、その性質上【神造物】の力によって常に地面の近くにいられるヘンドルとも相性が良い。

――と言うよりも、そもそもこのシールドの術式やそれが込められた装備品自体、ヘンドルが大金をつぎ込んで依頼し、製作させた彼のための装備なのだ。

それを考えれば、そもそもその防御手段がヘンドルの戦闘スタイルと相性がいいのも当然と言えば当然と言える。


 そうして攻撃こそしのいだものの、しかし当のヘンドルはと言えばその表情を心の底から不快気に歪ませる。


(おのれあの小僧……。一度ならず二度までも……!!)


 この上は竜昇の方から殺してくれようと、閃光の治まった後の室内にヘンドルが視線を巡らせて、直後に彼はその姿を見上げてさらなる怒りを募らせることになった。


『き、貴様(貴様)――』


「――この矢が刺さった方向が上になるんだよなァッ、だったら――!!」


 真上の床に突き立った天を決める矢、そのすぐそばに、体重を消した竜昇が着地し、手を伸ばしているのを目の当たりにして――。


貴様(貴様)下郎の分際で(相手を見下した呼称)――、(自分)【天決矢】(固有名詞?)に――』


 ヘンドルが吠えたその瞬間、竜昇が床へと刺さった矢を掴みとり、それを引き抜くことなく、レバーでも切り替えるように斜めになるよう引き倒す。


 同時に、もとより若干斜め気味だった、逆転した天地の角度が大きく変わる。


 ヘンドルのいるその位置が、ちょうど敵から見て坂の下になる形へと。


『ヌゥッ――!?』


 そのことに気付いて視線を下ろしたその瞬間、案の定坂の上から駆けおりる形で、静が武器を構えてヘンドルの元へと突撃して来る。


 とっさに弓を構えて、振り下ろされる小太刀を受け止める。


 見た目よりも明らかに重い一撃にヘンドルの態勢が大きく崩されて、そうしてできた隙をこじ開けるように続けて静が十手を振るう。


(――やはり、この方は接近戦でも強いには強いですけど、これまでの方たちほどじゃない……!!)


 これまで戦った【決戦二十七士】その顔ぶれと戦闘能力を思い出し、静は心中で密かにこの相手の力量についてそう判断する。


 確かに一度目は不意を討たれたが、二度目に剣を交えた時には静もこの相手には十分に対抗できていた。

 壊れない弓を盾の代わりにした防御や、小さな矢を剣や突撃槍に変化させて行われる攻撃は確かに変則的だが、ある程度慣れてしまえば静なら対応できないというほどではない。


 実際、ヘンドルの近接戦闘の力量は、別段それを得意としているわけではないにもかかわらず一流の域にあるのだろう。

 だが一方で、ヘンドルの力量は一流であっても、それをさらに凌駕する超一流という訳ではない。


 極端な例を挙げてしまえば、このヘンドルと言う男は、これまでのハイツやフジン、アパゴなどのように、近接戦闘で圧倒的な戦闘力を誇っているという訳ではないのだ。


 このヘンドルと言う男の強みはあくまでも遠距離戦で、接近戦での力量はそれを掻い潜られたとしても対応できるというだけの、あくまでもおまけ。


 ならば、この戦いにおいては距離を詰めてのこの間合いでこそ活路がある。


 故に――。


「変遷――!!」


『ぐ、ぅゥッ――!!』


 いくつもの武器の連鎖がヘンドルへと襲い掛かる。

 十手が、小太刀が、長剣が、レイピアが、苦無が。

様々な武器がその形状を次々に変化させ、間合いを読ませない連続攻撃でヘンドルの守りを圧倒する。


『小癪な――』


「応法――!!」


 ヘンドルが振るうエストックに対し、静が手の中の武器を長剣へと変えて、その特殊効果を発動させて対抗する。


 魔力の展開によって生まれた刃がその魔力を吸い取られ、ただのダーツのような携行矢へと戻されて分割していた鏃部分が地に落ちる。


『ぬぅ――!!』


 自身の武器の一つを消滅させられて、とっさにヘンドルが決して壊れぬ弓を盾にして、同時に腰から新たな携行矢を引き抜き、自身の状況の立て直しを図る。


 ここにきて、互いの武器の差と言うモノもその趨勢に如実に影響を与え始めていた。


 弓を盾に、矢を武器に変えて接近戦をもこなすヘンドルの力量は確かに驚異的だが、しかしヘンドルの使うそれらは所詮間に合わせの武装だ。


 加えて言えば、静の使用する武器との相性もあまりいいとは言えない。


 盾代わりにしている弓は、あくまでも弓であるため防御範囲は狭く、十手で捉えるのはそう難しくないし、剣として使用している携行矢は込めた魔力で刀身を展開しているが故にその魔力を吸収してしまえる【応法の断罪剣】の前では容易に消滅させられてしまう。


 故に、圧倒できる。

 こと近接戦闘のみに関して言えば、それを得意としているわけではないヘンドルよりも静の方が僅かに上だ。


 そしてそれ故に、今この場でこの敵が取りうる手段があるとすれば、それは必然的にただ一つ。


『チィ――、落ちろ(落ちろ)――!!』


 自身を襲う連続攻撃にいよいよ耐えかねたのか、ヘンドルがそう叫んだその瞬間、その言葉に応じるように周囲の重力環境が変転する。


 天井を足場に、逆さまの状態で攻撃を行っていた静の体が本来の床へと向けて落下して、同時に弓の力を使ったのか、ヘンドルの体が静から離れるように壁面へと向かって落ちていく。


 その手の中に、先ほどまでの携行矢とは違う、直前まで真上の床に突き刺さっていたはずの天を決める矢を呼び出し掴んで――。


『――ヅァッ!?』


 そうして呼び出した矢を掴んだその瞬間、ヘンドルの体がまるで感電したかのようにビクリと跳ねる。

 ヘンドルの手元へと呼び出されたことで、周囲の重力環境を本来あるべき形に戻した天を決める矢が、しかしヘンドルの手から取り落とされてそのまま下へと落ちていく。


「【静雷撃】……。悪いが仕掛けさせてもらったぞ。瞬間移動だろうが何だろうが、必ずお前は自分の手元に、その矢を呼び戻すと思ってたからな……!!」


 接触することで相手に電撃を炸裂させる竜昇の魔法【静雷撃】。

 竜昇はそれを矢を掴んだ瞬間に使用して、ヘンドルが自身の手元に矢を呼び出すのを虎視眈々と待ち構えていたのだ。


 そして、ほんのひと時と言えど、感電によってヘンドルが曝してしまった隙は致命的だ。


「【空中(エアリアル)跳躍(ジャンプ)】――!!」


 虚空を蹴りつけ、壁面方向へと落下することで逃れるヘンドルへと静が迫る。


 狙うのは敵が曝した一瞬の隙。反撃の手段を取り落してしまったヘンドルが、次の手段を掴む前の瞬間の活路。


『――ッ、く――、ォォッ――!!』


 そんな状態にあってなお、ヘンドルが迫るその状況に対処して見せたのは、やはりさすがと言うほかなかった。


 電撃によって動かせない体の落下する先を弓の持つ力によって変化させ、急遽落下軌道が変化したことで静の突撃がヘンドルの背中側を通り過ぎただけでかわされる。


 またとない、絶好の攻撃の機会を逃した静が、本来の形に戻った重力に引かれて地上へと落ちて行って――。


『――む、なんだ(なんだ)……!?』


 一瞬遅れて、ようやくヘンドルがその異変を察知する。


 自身の思考速度、演算能力が先ほどまでに比べて目に見えて下落して、自身の頭の働きが通常時の(・・・・)それのレベルにまで戻ってしまっているというその事実に。


「失礼、手癖が悪くて申し訳ありません」


 そんなヘンドルに対して、体重を軽減して地上へと着地した静が通じぬ言葉でそう語り掛ける。


 その手の中に、先ほどまではなかったはずの二冊の手帳型魔本を掴み、見せつけて。


「ついつい手が伸びていただいてしまいました。なにぶん、手を伸ばせば届く距離にちょうどあったものですから」


『――!!』


 静が習得する【盗人スキル】、その中でも最初から習得していた【スリ取り】の技法。

 そんな技を、交錯の瞬間静は敵の装備である腰の後ろの魔本を奪うため、とっさに使用していた。


 無論、本来であれば武器の刃が届けば一番よかったのだが、恐らく狙っていたのだろう、ヘンドルが逃れたのは、刃がなく致命傷を与えられない十手を持っていた左手側。

 それでも一撃入れようと思えば入れられない訳ではなかったが、しかし静は致命傷にならない一撃にこだわるくらいならと、彼の腰の後ろに装備されていた二冊の魔本を奪い取る方に、とっさに方針を転換していたのだ。


 先ほどから戦っていてわかった。

 この敵の強さは、こう言ってはなんだが身に纏う装備に大きく依存している。


 言うならばその強さは、武器を失い身一つになっても圧倒的強さを発揮していたアパゴなどとはちょうど逆。


 しいて言うなら、最初に遭遇したハイツなどが比較的近いのかもしれない。


 単純に自身の力だけで戦っているわけではない、けれど完全に装備頼りと言うのともまた違う、多種多様な装備を自在に使いこなすことで成り立つ戦闘スタイル。


 そしてそう言う類の強さであるというのなら、装備を奪う、破壊するというのは対応策としては比較的有効だ。


 特に魔本と言うモノは、術者の思考を補助する関係上失くしたときにその戦闘力を大きく左右する。


 極論、魔本一つ失うだけで、竜昇などは使えなくなってしまう魔法や戦術が多数出てきてしまうくらいなのだ。

 それを考えるなら、相手に半端な攻撃を加えるより奪える魔本を奪っておく方が戦術的な価値は高くなる。


「これであなたの戦闘スタイルにも、少しな何か制限を設けることができたでしょうか? 具体的には先ほどから飛び回らせていた召喚獣など、うまく扱えなくなっていてくれると嬉しいのですが……」


 そう言って笑いかけ、静はついでとばかりに奪った二冊の手帳を地面へと放ると、同時に手の中の武装をレイピアへと変えて、その切っ先から火花を飛ばして奪った手帳に火をつける。


 言葉が通じないとはいえ誰の目にも明らかな、ヘンドルに対する明確な挑発。


 そんな挑発がもろに刺さってしまったのか、壁面に着地してこちらを見上げるヘンドルが、血走った眼を大きく見開いてこちらを睨んで来る。


下郎(罵倒)がぁ……。下賤な(罵倒)神敵(罵倒)分際(罵倒)で……、ずいぶんと調子に乗った真似(行動)をするじゃないか……!!』


 青筋を浮かべ、その表情に隠しきれぬ苛立ちを漲らせながら、ヘンドルが天井と壁面の間でそう呟く。


 静にしてみれば、魔本を失った敵がさらに冷静さを失ってくれればと言う程度の思惑だったのだが、どうやら静の挑発は思っていた以上にヘンドルと言う男のプライドに刺さったようだった。


いいだろう(いいだろう)そちらが(そっちが)そう言う意識でいるの(つもり)なら、こちらも貴様ら(キサマら)獲物(えもの)ではなく、ただ屠殺(とさつ)される家畜(かちく)のように、無様に殺して(殺す)やろうではないか……!!』


 そう声を荒げるのとほぼ同時、ヘンドルが手の平を横に振るって、その合図に応えるように、何やら大通りの方から一羽の召喚獣が飛んでくる。


 いったい今までどこに隠れていたのか、恐らくはヘンドルから新たに魔力を供給されて飛んできたのだろう一羽の蝙蝠。

 そしてそんな蝙蝠が運んできたのは、こうもり自身の胴体とほとんど同じ大きさの、赤く輝き、どこかのメーカーのシールが張られた一個の――。


(リンゴ……?)


 この場で必要になるとは到底思えない、ともすればなぜ運ばれてきたのか見当もつかない果実の出現に、静とその背後から駆け寄ってくる竜昇が同時に疑念から眉を顰める。


 何か特別なものかとも思ったが、メーカーのシールなど張られている時点で明らかに特別なものではない。

 ともすればその辺の商店にあったかのような、たまたま見つけたからとりあえず確保しておいたとでも言うような、そんななんの変哲もないただの果実。


 とりあえず確保しておいた。

 ではそれは、いったい何のために確保しておいたのか。


 後で食べる為か、それとも――。


『其は、天を仰ぎ構える尊上の弓――』


 リンゴを運んでいた蝙蝠がヘンドルの視線の先で消えて――。


『大地にありて天を狙う、憧上の矢――!!』


 落下するそのリンゴに、ヘンドルが弓に矢を番えて狙いをつけて――。


「――ッ、いけない――!!」


「どこかに掴まれぇッ――!!」


『――【天を狙う地弓(スカイエイマー)】』


 その瞬間、危険を察知した静と竜昇が互いに叫んだのとほぼ同時に、ヘンドルが空中のリンゴを矢で射抜いて、そして状況はそれまでにない勢いで急速に変転し始める。


 それこそ、遊びの要素など入り込む余地もないほどに容赦なく。


 ただ静たち二人を残酷に抹殺することだけを考えた、そんな冷徹な勢いで。

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