216:狩人の手腕
(驚きだ。まさかこんなところで人間の敵と遭遇することになろうとは)
自身が操作していた猛禽型義体の内の一体、その個体から送られてきていた視覚情報を思い起こしながら、ヘンドルは内心でそう独り言ちる。
ヘンドルがこの塔の攻略に持ち込み、先ほど撃ち出した携行矢は、それ自体が高性能な界法の媒介だ。
特にヘンドルはこの携行矢と義体作成系の術式、竜昇達が言うところの【召喚スキル】の組み合わせを好んで使用していて、今回も重力の方向が変転し、身動きが取れなくなった残敵を掃討するため、腰の後ろに装着した二冊の手帳型の魔本のバックアップを受けながら二羽の猛禽型義体を操り、見つけた敵を片っ端から狩りだす作業を続けていた。
そんなさなかで起きたのが、先ほどの遭遇した敵による操作していた猛禽型義体の破壊である。
とは言え、破壊されたこと自体は問題ではない。
問題だったのは、その破壊を成し遂げたのがよりにもよってこの塔の中にいるはずのない人間の敵だったということである。
(……不届きな。まさか人の身にありながら、この塔に潜む神敵に与する者がいようとは)
眼を細め、怒りの感情をあらわにしながら、同時にヘインズの口元はどうしようもなく愉悦に歪む。
思えば若い時分に初陣で赴いて以来、生きた人を相手に狩りをするのは久しぶりだ。
無論この塔の攻略にあたって【試練獣】モドキは何体も狩っていたが、やはり相手が人と【試練獣】モドキとではその手ごたえと楽しみが根本から異なる。
(先ほど義体が破壊されたときに、共に仕留めてしまった可能性もあるが――)
ヘンドルの操る義体は破壊されてもただで終わるほど単純なものではない。
あれらの猛禽の現身には、あらかじめ破壊された際に周辺一帯に風属性による斬撃の嵐をまき散らして消滅するよう特別な術式を仕込んである。
それと同時に、この場にいるヘンドル自身が敵をその斬撃の嵐の中に落とすべく重力方向を変えたため、うまく事が運んでいれば視認できた四人をまとめて始末で来ていた可能性は大いにあったわけだが、今のヘンドルは胸の内でその展開を『つまらない』と断じて望んでいなかった。
(願わくば、生きの良い獲物が何人か生き残っていればいいのだが、さて……)
思いながら、四人より手前の位置に残っていた、【試練獣】モドキを掃討するべく使用していたもう一体の猛禽義体を先ほど見た場所へと向かわせる。
期待に胸躍らせながら猛禽の義体を飛行させ、送られてくる視覚情報の先、照明が破壊されて生まれた薄暗い闇の向こうへと胸を高鳴らせながら目を凝らして――。
次の瞬間、前方ではなく真上となった店舗の廃墟から、先ほどの少女が飛び下りてくるのがかすかに見えて、直後に少女のその手の中にあった白刃が煌めいて、ヘンドルの操る義体からの視覚情報が完全に途絶えて消え失せる。
唐突な感覚の消失に、反撃を受けたという明らかな事実に、しかしヘンドルの唇は否応なく吊り上がる。
「いるじゃないかぁぁぁぁ、生きの良いのがぁ……!!」
詩織から聞いていた、こちらに迫るもう一羽と思しき猛禽の召喚獣目がけて手にした刃を振り下ろす。
正面からの迎撃ではなく、上に潜んでからの不意討ちによって、こちらを仕留めたかどうかを確認しに来たもう一羽の敵の手先を始末する。
「――応法――!!」
使用するのは、魔力を吸収して無効化できる【応法の断罪剣】。
自爆染みた機能を持つそんな敵を、自爆すら許さず、その構成魔力を丸ごと吸い込むことで完全に無力化して、残された触媒と思しき何かを剣の勢いで叩き割って真下の店舗の中へと落下させる。
「ふぅ、取り合えず、確認に来ていた一羽は処理できました」
横倒しになったショッピングモールの中、店舗と店舗の間の太い柱へと着地して、静は背後上空にある、先ほど自分達が身をひそめていた通路に向かってそう報告する。
その場所にいるのは、シールドを展開して通路の内側と同じサイズにまで拡大することで、その通路にピッタリとはまり込んだ竜昇達の姿。
猛禽の召喚獣の自爆、その攻撃範囲に向かって落下させられようとしていたあの時、静達がそれに巻き込まれずに済んだ理由がまさしくこれだ。
あの瞬間、竜昇はシールドを展開してそれを拡大することで通路内部にはまり込み、静や背後にいた理香と詩織をそのシールドの上にのせて自分を含めた四人の落下を阻止していたのである。
その後飛来してくるもう一羽の召喚獣の迎撃のために静だけは大通りに出てきたが、他の二人は今も竜昇の展開するシールドの上であの通路にとどまっているはずだ。
そして案の定、竜昇達がその場に留まる判断をしたその理由が、直後に一人表に出ていた静に対して襲い掛かる。
「――おっと、来ましたか」
重力の方向が変転し、横倒しになっていたショッピングモールが再び巨大な縦穴へと変化する。
そんな重力の変化に対して、静は石刃を長剣に変化させて足元だった柱に突き刺すことでその場に止まると素早く柱の上へと飛び乗って、直後に下すのは実に彼女らしい、この場における最適な判断。
「――静……!!」
「私はこのまま迎撃に向かいます。竜昇さん達はひとまず安全の確保と態勢の立て直しを。そのための猶予の時間は、なんとかこちらで稼ぎ出しますので」
暗に詩織と、特に理香の身柄の保護を竜昇に任せて、静はほぼ垂直になった壁面を、【壁走り】を使用して重力に逆らう形で走り出す。
はるか上空、今だ姿さえ肉眼では見えない、そんな敵の元へと向かって。
弓と言う圧倒的な射程を持つ敵に、これ以上主導権を握られないために。
絶壁となった大通りを駆け上がる。
内装や物品のほとんどが落下して閑散とした中央通路をただ一人。
【壁走り】を駆使した静が、ただひたすらに先ほどの攻撃の発射地点である、写真に写っていたショッピングモールのロビーを目指して。
理香などは【決戦二十七士】との接触を忌避して交戦を避けたがっていたようだが、生憎と静はこの敵との戦いを避けて通れるとは思っていなかった。
と言うよりも、これまでに見せられたこのヘンドルの手の内は、どれも距離を無視して静達を攻撃できるモノばかりで、この敵を野放しにしていては到底静達は生き残れないと、そう思わせられるものばかりだったのだ。
生き残っているかもしれないボスの討伐にしろ、すでにどこかで開いているかもしれない扉を探すにせよ、そんなものはこの敵をどうにか無力化した後でいい。
(とは言え、この高さは……!!)
はるか上空、闇の中にある向かう先を見上げて、静は否応なく目指す場所のその遠さを実感する。
いかに垂直の壁を駆け上がれる技能があると言っても、重力に逆らって走るその歩法は無制限に使える技術という訳では決してない。
そもそもの話、静の使う【壁走り】と言うのはそれほど長距離を走り抜けるための技ではないのだ。
魔力操作に体重移動、その他さまざまな技術を合わせて使用するこの技能は、長時間使用するとなれば当然それだけ魔力を使用するし、静の肉体そのものにも、特に足を中心にそれなりの負荷をかけることになる。
(先ほど見た案内図から考えて、このビル内部の通路全長は三百メートル以上……。単純な平面上を駆け抜けるだけならともかく、垂直の壁を駆け上がるとなると流石に一息では難しい)
加えて、このまま敵のいる方向に向かっていくとなれば、どうあっても敵からの迎撃に合う事態も避けては通れない。
「――ッ!!」
静が危険を察知し跳び退いた次の瞬間、向かう先の暗闇から高速で何かが飛来して、直前まで静がいた位置を貫いて真下の闇の中へと跳び去っていく。
――否、静が狙いを付けた壁際の柱に着地して目の当たりにするのは、既に攻撃が跳び去ったただの闇ではない。
その闇の中から、先ほど同様に竜巻を纏って飛翔して来る、先ほど飛んできた矢を小型化して核にした猛禽型の召喚獣だ。
(――やはり、迎え撃ってきますか……!!)
その姿を確認したその直後、静は内層のほとんどが落下しつくした店舗内部に飛び込んで、その中を駆け上がる形で建物と通路を遮る柱を遮蔽物として使って移動する。
案の定、猛禽の召喚獣が身に纏う嵐で周囲にあった物品を弾丸代わりに飛ばしてきて、それらが柱や壁にぶつかって、時に静のいる店内にまで飛び込んで来る。
(厄介な……!!)
思いながら、静は上から店内へと飛び込んで落下してきた足の折れたテーブル斜め前へと跳んでやり過ごし、続けてどこかの店の看板らしき巨大な板を床から天井へと跳びあがることで回避する。
空中で身を捻り、床と同様垂直な壁となっていた天井に両足を付けて再び走り出し、最後に上から落ちて来た大型のテレビを店舗と通りを遮る壁に飛び移り、そして再び通りに飛び出すことで切り抜ける。
もとより店舗内の移動は、店舗同士が壁で遮られている関係上移動できる距離が限定的だ。
敵が周辺物品を風で巻き上げ弾丸としてくる以上、できれば遮蔽物のある所でこの敵を相手したいところだったが、厄介なことに壁を登りながら戦うとなればどうしても中央の大通りを移動するよりほかにない。
(けれど、恐らくはあと少し行けば――)
先ほど頭の中に入れていた店舗案内図の内容と周囲の店舗のまだ残っている看板などを照らし合わせてそう判断した次の瞬間、急に進む先の視界が開けて、本来ならば一階と二階を繋ぐ空間だったのだろう、円形状の広い吹き抜けのエリアへと到達する。
先ほどの大量の商品群の崩落によって、上下の階を繋いでいたエスカレーターや、二階から吹き抜けに落下しないための柵などはそのほとんどが大破してしまったようだが、それでも各所に生えた太い円柱状の柱や二階の床の側面などの足場はなんとか健在だ。
少なくともこの場所であれば、垂直の壁を駆け上がりながら飛行する敵と戦うなどと言う無茶はこれ以上続けなくて済む。
(とりあえず、これで少なくとも半分には来たということでしょうか)
頭の中で地図と照らし合わせて、この場所がちょうど中間地点にある中央の出入口なのだろうとあたりを付けながら、静は一階と二階のちょうど中間、一階の天井にして二階の床の側面へと着地して下から追ってくる召喚獣を待ち受ける。
その手に構えるのは当然、先ほど敵の守りを突破するのにも使った【苦も無き繁栄】。
「【螺旋】――!!」
敵が下から飛び出してきたその瞬間、手にした苦無に渦巻く貫通力を付与して増殖能力を発動させながら召喚獣目がけて投げつける。
敵が周囲に嵐を纏わせている関係上、風圧によって軌道が逸らされて精密に相手を狙うことは難しいが、下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるなどと言うのは遥か古来より言われている話だ。
とは言え、この敵とて無策でこちらを狙ってきたわけではないらしい。
静が二つ目の苦無を投げつけたその瞬間、敵の召喚獣も大きく翼をはばたかせ、竜巻で巻き上げて持ってきていた物品を風に乗せて静のいる方へと撃ち出してくる。
恐らくは下になった店舗間の壁に引っかかっていた物品を大目に回収してきて来たのだろう。
先ほどよりも多い物品群が貫通力を伴った苦無の群れと次々に激突して、そのほとんどを相殺させて次々と撃ち落としていく。
(――、やはり、相応に対策はしてきますか――!!)
すでに一度見せた攻撃手段に的確に対応してきた点からこの敵が決して油断していないことを感じ取り、同時に静はその場から飛び退いて二階にある柱の方へと飛び移る。
直後、静が直前まで足場としていた場所に幾本もの斬撃痕が刻まれる。
恐らくは先ほど羽ばたいた時に発射したのだろう、先ほど自爆した際、周囲にバラ撒いていたのと同じ風属性の斬撃。
(迂闊に近づくと竜巻の風圧に巻き込まれる……。かと言って距離をとって戦うのは相手も得意分野……。この特殊な重力環境下で戦わせるうえで、実によく考えられた召喚獣です……)
距離をとってなお吹き付ける暴風に足元を踏み外さないようにしながらそう考察する静だったが、直後にこの敵とは別の真上方向から別の魔力の感覚が押し寄せる。
「――!!」
とっさに静がその場を飛びのいた次の瞬間、真上から猛烈な速度で何かが飛来して、直後に静が直前まで足場としていた柱が粉々になって吹っ飛んだ。
太いコンクリートの柱がその中央部分から木っ端みじんに砕け散り、支えを失った柱が自重に負けて倒壊し、真下へと向けて落ちていく。
(今の、あれも矢による攻撃ですか……!!)
弓で矢を射かけてきたというより、いっそミサイルでも撃ち込んできたと言われた方が納得してしまいそうな攻撃だが、しかし状況的に見て今の攻撃も例のヘンドルと言う男からのものであるのは間違いない。
弓を使う敵、と言うと、先の階層でハンナが召喚していた六号の存在が思い浮かぶが、あれはどちらかと言えば強力な魔法を矢の形に凝縮して、それを撃ち出しているという印象だった。
だが先ほどの攻撃は明確に六号のそれとは違う。
どちらかと言えば実在する矢に魔力を込めて、矢の性質そのものを強化して打ち込んできているように見える。
(重力変更による不安定かつ希少な足場と、そこから突き落とすような嵐を纏った中・遠距離型の召喚獣、加えて恐らく術者本人からの超遠距離狙撃……。
嫌な組み合わせですね……、転落死の危険がある環境でこちらの動きを制限して、複数の攻撃手段で的確にこちらを追い詰めてくる……)
嵐を纏って飛びまわる猛禽の召喚獣から距離を取るべく数少ない足場の間を飛び回りながら、静は相手の戦術を分析し、この敵に対処するための次なる一手を模索する。
(幸い周囲は照明器具の大半が破壊されたことで薄暗い……、でしたら)
僅かな逡巡の果てに、静がその手に握るのは石刃から変じた新たな武器。
「変遷――【麒麟の黒雲杖】」
竜昇が誠司から受け継いで、それをさらにコピーすることで手にした杖をその手に掴むと、静は即座にその場で踵を返して背後へとむかって身を投げる。
自身を追って迫る、猛禽の召喚獣が纏う嵐の中に躊躇なく。
その手の杖から、周囲の景色を黒く染めるどす黒い雲を大量に吐き出して。
『――!?』
さしもの召喚獣も、あるいはその向こうで操作しているヘンドルも、静の突然の行動に驚きその場で羽ばたいて動きを止める。
だがそうと気づいた時にはもう遅かった。
猛禽の召喚獣の周囲で、嵐に翻弄された静が風に飛ばされる形で周囲を飛び回り、そしてそのさなかに杖の先端、まるで煙管のようになったその場所から大量の黒雲を吐き出して召喚獣の周囲を黒く染めていく。
【意識接続】と言う【魔本スキル】や【魔杖スキル】に収録された技能を持たず、それゆえ魔杖である【麒麟の黒雲杖】をコピーしてもその機能を十全には使えない静だが、しかし杖に対して誠司が後付けで追加した【黒雲】の魔法だけは話が別だ。
魔杖としての機能に依存することなく、誠司の手によって杖に直接術式を刻み付けられているこの魔法であれば、魔本や魔杖を扱うための専用スキルを習得していない静でも容易にその機能を行使することができる。
自身を取り囲み始めた黒雲に、猛禽の召喚獣が慌てて翼をはためかせるがもう遅い。
召喚獣を取り囲む雲に斬撃を撃ち込んでも、その攻撃は雲の中のどこかを飛ばされる静には当たることなく、自身の体重を軽量化することで飛ばされやすくなった静が今どこを飛んでいるかを察知するのは召喚獣の身では不可能だ。
対して、静の方はと言えばたとえ黒雲で視界が塞がっていたとしても敵の位置を特定するのはそう難しくない。
なにしろ敵は魔力で仮初の肉体を形作る召喚獣。同じく魔力の嵐の中にあってもその気配は多少なりとも感じ取れるし、そもそも渦を巻く嵐の中を飛ばされている関係上、その嵐の中心を狙えばおのずとそれを引き起こす召喚獣の元へとたどり着く。
「【螺旋】――!!」
十分な量の雲で視界を遮ったと判断し、即座に静は手の中の武器を苦無へと変更、続けざまに貫通性能を持たせた分裂投擲を嵐の中央目がけて投げつけて、嵐を突破した苦無のいくつかがその中央にいる召喚獣の翼を貫き削り取る。
狙いが大雑把なうえに距離が近いため苦無の数がそれほど増えず、投げつけた苦無はもっとも狙うべき嘴の触媒には届かなかったが、それとて投げ続けていれば命中するのは時間の問題だ。
ただし、それはあくまでもこの敵がいつまでもおとなしく攻撃を受け続けていてくれればの話。
(この音――、壁――!!)
周囲を吹きすさぶ風の音に別の音が混じったのを敏感に感じ取り、即座に静はその変化の正体を看破して、その方向に足を向けるように空中で態勢を切り替える。
直後に渦巻く雲の向こう、視界が効かず隠されていたその先から突如として現れた建物の壁に、静はシールドを発動させることで激突の衝撃を緩和、砕けたシールドの中で壁に着地し、そのまま追い風を背で受けるようにしながら壁面上を駆け抜ける。
(なるほど……、私の位置がわからないものだから、周囲の竜巻ごと壁に突っ込んだわけですか……)
シズカが竜巻の中を風に乗って飛び回っているなら、その竜巻を壁にでも押し付けて、その風圧によって壁面に叩きつけてしまえばいい。
なにしろ静は嵐の中を風に乗って飛び回っているのだから、その風の行く先に障害物を割り込ませれば、嵐の中のどこにいようと必ず最後にはその障害物に激突する。
もっとも、弾丸代わりに巻き上げて回収していた商品群が先にぶつかり音を立てたことで、障害物の存在と位置が事前に静に察知されてしまったわけだが、こちらが何かしてもすぐさま的確な対応手段をとってくるあたりやはりこの相手は相当にレベルが高いと言える。
(いつまでも召喚獣一体にかかずらってはいられません。早くこの相手を撃墜して本体のいる場所までたどり着かないと――、ッ――!?)
そう考えていたところに、しかしその思惑をあざ笑うかのように次なる敵の一手が、今度は静の耳へと襲い掛かる。
黒板をひっかくような、体全体にビリビリと痺れが奔り痛みさえ伴うような、ただひたすらに不快な音が。
「――ヅ、今度は、なに――!?」
強烈なまでの不快感に、さしもの静も反射的に耳を塞いでその音の遮断を試みる。
まるで超音波か何かのような、詩織が使う【音剣スキル】のような、攻撃かとすら思うようなそんな音が――。
(――【音剣スキル】――!!)
そうと気づいてとっさにシールドを展開した次の瞬間、案の定静のいる場所を察知したかのように雲の向こうから風の斬撃が飛来してシールドの表面を削り取る。
同時に、静の周囲の雲が一瞬晴れたことで見えたのは、先ほどから相手にしている猛禽型ともまた違う、どこか蝙蝠に似た先ほどまではいなかったもう一体の召喚獣の姿。
(――そう、ですか。視覚情報で探すのは無理と見て、【音響探査】が使える索敵用の召喚獣の投入を……!!)
と、そこまでならば気づくことができた静だったが、逆に言えば彼女をもってしてもそれ以上のことには気づくことができなかった。
なにしろ、視界は静自身が黒雲で潰した。
上下の感覚も嵐の中を風に乗って飛び回る中で曖昧になり、残る音や振動への感覚も蝙蝠の放つ強烈すぎる超音波がかき消した。
だから、気付けなかった。
いつの間にか上下の方向が逆転し、それによって静達のいるその場所へと向かって、莫大な量の脅威が迫っているというその事実に。
それに静が気付けたのは、既に安全地帯に逃れるには手遅れになった後の話。
「――!!」
見上げたその先、生まれた雲の切れ間のから先ほど静達を襲って奈落の底へと落ちて行ったはずの商品群が、怒涛の勢いで押し寄せてくる。
静達のいる空間を、そこにいる召喚獣ごと飲みこむ雪崩のように。
もはや超音波程度では誤魔化しきれない轟音と振動を、ショッピングモール全体に響かせて。




