215:縦穴の狩り庭
「くっ、くくく、はぁっはっは……!! ああ、素晴らしい。やはり敵陣でやる大規模破壊ほど、この世に痛快で気持ちのいいモノはないな……!!
――もとより散財浪費は嫌いではないが、敵陣で行うそれは全ての費用を相手に押し付けられるというのがまたたまらない……!!」
建物全体の重力が変貌し、縦長の建物が起き上がって巨大な塔にでもなったかのようなそんな状況の中で、ヘンドルはただ一人本来の床の上に立ったまま、塔の頂点にあたる入り口付近で縦穴となった大通りを落ちていく大量の物品の雪崩を見物していた。
当初こそ建物を横倒しのような状態にしたうえで、こちらを攻撃しようともがく【試練獣】モドキを上からの狙撃で一方的に屠っていたヘンドルだったが、やはり好きにできるというのならこれくらい派手な方法の方が個人的には好ましい。
こうして建物そのものをひっくり返すようなやり方だと、階層の主を倒した後に次の階層へと続く階段を探す際、通り道を落下した物品群が塞いでしまう可能性もあった訳だが、そんなもの、へンドルにしてみれば後からどうにでもできるような話だ。
そんなことよりも、今はこのモノで満ち溢れた特大のおもちゃ箱で、そのおもちゃ全てをひっくり返す贅沢な遊びを堪能したい。
長らく禁欲生活を強いられ、それゆえため込んでいたフラストレーションを解消することの方が、ヘンドルにとってははるかに重要で有意義だ。
少なくともこの時、ヘンドル・ゲントールと言う男は本気でそう考え、行動していたわけだが、その一方で、目的こそ楽しむことにあったとしても、このヘンドルと言う男が得たものがそれだけという訳では決してない。
「――ふん、ずいぶんと生きの良いのがいるようではないか」
そんな感想と共に、ヘンドルは腰のポーチを探ると、まるでダーツのような小さな矢を二本ほどまとめて掴み取る。
否、それはダーツではない。
矢の棒の部分にあたるシャフトを丸ごと省略し、鏃と後ろの羽のついた矢筈と呼ばれる部位だけを繋ぎ合わせたその物品は、法力を流し込むことでシャフトを展開して一本の矢となる、高い携行性を有した便利な逸品だ。
本来なら使い捨ての消耗品であるにも関わらず、非常に高価と言えるそんな携行矢を、このヘンドルと言う男は好んで使用し、今回の戦場にもたっぷりと持ち込んでいた。
「さて、先ほどの閃光の主と言い、どれほど生きの良い獲物がこの状況下で生き残っているかな?」
口元に笑みを浮かべて、そんな言葉と共にヘンドルは携行矢に法力を流し込み、通常の矢の形状へと変化させて自身が持つ弓へと番えて引き絞る。
狙う先は、照明が破壊されて奈落の底のようになった、大通りの先にある闇の中。
自身を楽しませる極上の獲物が潜むことに期待をかけながら、ヘンドルは番えた矢を容赦なく縦穴の底へと撃ち放った。
莫大な質量が落下する轟音がショッピングモール全体に響き渡る。
それはまるで雪崩の、あるいはそれ以上の災害の前兆であるかのように。
先の重力変化によって横倒しにされ、ショッピングモールの片側店舗に全て落下し集まっていた商品群が、今度はそのショッピングモールが縦に起立させられたことによって一斉に崩れ出し、建物の中央を貫く大通り目がけて一斉に落下し始める。
当然、そんな大通りに人間がいれば、その者達とて間違いなくただでは済まない。
「あの横穴だァッ――!! 急げ――!! 急いで全員下にあるトイレの横穴に飛び込めェッ――!!」
急ぎ自身の周囲に新たな雷球を生成しながら、竜昇は体重の消えた自身を抱える詩織と、同じように理香を抱えて宙を飛ぶ静に対して、周囲の轟音に負けじとそう声を張り上げる。
指さすのは先ほどまでいたスポーツ用品店の対岸にして僅かに下方、どんな建物でも見かけるマークと共に矢印で案内される、店舗と店舗の間にある横穴のような通路だ。
「――ダメ、間に合わない――!!」
詩織が竜昇を、静が理香を抱えて空中を駆けながら、しかし短い猶予のうちに横断するにはあまりにも遠いその道のりに詩織が悲鳴を上げる。
実際竜昇達が目指す斜め下の通路に飛び込むよりも、崩落して来る商品群に飲み込まれる方が一瞬速い。
そんな想定が全員の脳裏をよぎる、その状況の中で――。
「――いや、間に合わす」
空中においてはただ運ばれることしかない竜昇は、それ故にただ一人上空を向いて、自身の中にある魔力のそのほとんどを一撃のために絞り出していた。
「【六芒迅雷撃】――!!」
極大化した六条の雷光が押し寄せる商品群を爆砕する。
押し寄せる大量の質量のうち少なくない量をその大火力によって吹き飛ばし、しかし雪崩のように落ちてくる商品群の、その全てを防ぐには到底至らない。
だがそれでも、真上に迫る商品群を吹き飛ばしたことで、ほんの一瞬雪崩討つそれ等の到達を遅らせ、時間を作り出すことならできた。
「急、げ――、飛び込め――!!」
「うん――!!」
「はい――!!」
魔力切れによる息切れにも似た強烈な倦怠感に襲われる竜昇の叫びに、詩織と静が続けざまにそう返答して、直後に返事と同じ順番で目指すトイレへの横穴へと飛び込むようにして退避する。
恐らく空中を駆ける二人にも着地のことを考慮している余裕はなかったのだろう。
四人全員が、立て続けに転がり込むような形で通路の中へと飛び込んで、直後にその飛び込んだ通路の入り口周辺を莫大な量の物量が通過して、周囲の壁をけたたましい音で叩きながらそのまま奈落の底へと落ちていく。
「――だん、だん、わかって、きたぞ……。【神造物】、天を狙う、地の弓……
名前からして、対空能力に優れた【神造物】なのかと思ってたけど、そんな生半可なものとは違うんだ……
天を狙うための弓じゃない、狙われた場所が天になる、周囲一帯にとっての『上』を自由に設定できる【神造物】……!!」
「――なるほど、それで名前が【天を狙う地弓】なのですか……。
となれば先ほどからのこの現象は、やはり【決戦二十七士】であるこのヘンドルさんと言う方からの攻撃と見ていいのでしょうね」
「ああ……、たぶん、だけど。――けど、見ての通りかなり大雑把な攻撃だ。目の前の敵やほかの誰かを狙って使ったというよりも、敵がいるなら階層丸ごと殲滅してしまえって言う、酷くいいかげんな狙いが透けて見えてる……」
恐らくこの敵に、明確に竜昇達を狙う意図は恐らくない。
と言うよりもこの敵は竜昇達の存在など知りもせずに、自分に群がる【影人】達を階層にいる全体ごとひとまとめに抹殺するべくこんな馬鹿げた力を行使しているのだろう。
「――で、でしたら、やはりこの場は開く扉を探して上の階に撤退した方がいいのではありませんか……!? 今ならまだ、この敵に目を付けられてもいない訳ですし――」
「――いえ、生憎ですがそううまくはいかないと思います」
そうして、先ほどと同様撤退を呼び掛ける理香の言葉を、しかし竜昇は今度は明確に否定する。
相手の情報が少なかった先ほどまでなら、確かに理香のその考えも一考に値しただろうが、今の状況でその選択は間違いなく悪手だ。
「さっきの雪崩で、恐らく俺達が最初に出たあの屋上、そこに通じる階段などは、ほとんど埋まってしまったと見ていいでしょう。
加えて、どんな大雑把な攻撃でも、これが【決戦二十七士】の攻撃であるというのなら――」
言葉のさなか、その音を聞きつけた詩織が通路の先、大通りの方へと振り返る。
「――生き残りを探して、掃討する手段を用意していないとは到底思えない……!!」
「――なにか来る――!!」
詩織が叫んだその直後、竜昇の感覚にも上から急速に迫るその気配が引っ掛かる。
それは一直線に落下してくるようでありながら、ところどころ障害物か何かを避けていると思しき旋回性能を持った魔力の塊。
「――召喚獣ッ!!」
詩織が鋭くそういった次の瞬間、竜昇達がいるトイレへの通路の前を猛烈な速度で何かが真下へと通り抜け、しかしその一瞬の間に竜昇達を見つけていたのかすぐさま旋回してこちらに向かって戻って来る。
それは案の定と言うべきか、重力の変化をものともせずに動ける飛行型。
しかもこれまで何度か見たものより明らかに大きい。体構造も半透明ながらタカなどの猛禽類を思わせる屈強な体格。
状況的に見ても単なる偵察や援護目的ではない。明らかに直接戦闘を想定した戦闘用の召喚獣だった。
「来るぞぉ――!!」
竜昇が叫んだ次の瞬間、旋回するタカの周囲で暴風が渦巻き、それらが付近で障害物に引っかかっていた瓦礫などの物品を巻き上げてタカの周囲を回り始める。
周囲を飛び回るその中で、巻き上げられたそれらがみるみる内に速度を増して、そして――。
撃ち出される。
おしゃれな服を着たまま下半身を失ったマネキンが、粉々に割れ砕けたビール瓶が、どの店のものかわからない棚板が、逆巻く暴風によって勢いを付けられた物品の数々が次々とその風圧によって竜昇達のいる通路へと正確に撃ち込まれる。
当然、今の竜昇達がいるこの場所に逃れられるような場所などありはしない。
「――ッ、シールド――!!」
とっさに前へと走り出て、竜昇は即座に防壁を展開し、撃ち込まれる物品の数々を受けとめる。
幸いにして、飛んでくるのは弾丸など殺傷目的のものではない、その辺に引っかかったことでかろうじてこの重力変化の中残っていただけの物品だ。
使用する防御手段は城司の使っていた上位の魔法すら防御できるレベルのものではなかったが、攻撃それ自体はそんな防壁で十分防ぎきれるものだった。
だが――。
「竜昇さんッ、すぐにシールドの解除を――!!」
「――え? ぬぉわっ――!?」
背後からの声に竜昇が振り返ろうとした次の瞬間、面積の大きいシールドを展開していた竜昇に猛烈な暴風が吹きつけて、すぐ目の前を通り過ぎたタカがその身に纏う竜巻、その空気の流れが竜昇を巻き込んで、通路の中から引きずり出そうとシールドごと吸い寄せる。
(しま――、これが狙いか――!!)
とっさにシールドを解除しその場に踏みとどまろうとしていた竜昇だったが、既に生じてしまった外へと吸い出そうとするその勢いは止まらない。
抵抗むなしく竜昇の足が地面代わりの壁面を捕らえ損ねて、前へと倒れるその勢いのまま重力が変貌して生まれた巨大な縦穴へと引きずり出されて――。
「【加重域】――!!」
その寸前、のしかかるような重圧によって、竜昇の体が強引に足元へと押さえつけられた。
「――ぐ、ぅ、静――」
なんとか背後を振り返れば、そこでは右足で壁を踏み鳴らした静が、その足に装備した【玄武の右足】とでも呼ぶべきグリープで周囲に重力場を発生させて、風に飛ばされそうになった竜昇をかろうじて押さえつけていた。
「悪い、助かった、静」
「いいえ、ですがまだです」
静の言葉通り、竜巻を纏いながら飛びまわる猛禽の召喚獣が再び周囲に残る物品を弾丸として補充して戻って来る。
「――ッ、【光芒雷撃】――!!」
とっさに周囲に雷球を生成し、飛び回るタカを狙って光条を撃ち込む竜昇だったが、やはりというべきか高速で飛び回る敵を相手にこの程度の射撃では中てられない。
もっと大規模な魔法を使えば当てられるとは思うが、生憎と今の竜昇は魔力が切れて、回復した魔力を回復した傍から使っている状態だ。
すぐ後ろにいた静もそのことには察してくれていたのだろう。
そんな竜昇をフォローするに用に、両手に苦無を構えて前に出る。
「【苦も無き繁栄】――!!」
隣に出て来た静が手の中の苦無を両手でふるい、分裂投擲の後の増殖によって大量の苦無を生み出して、迫る猛禽の召喚獣を投擲の弾幕で迎え撃つ。
とは言え、やはりというべきか、撃ち出された大量の苦無は敵本体には届かなかった。
投げた苦無の大半が猛禽の召喚獣の周囲で渦巻く風に吹き飛ばされて、いくつかに至っては風に乗って渦巻く物品に激突して跳ね返される。
ただし、その程度のことは静の方もある程度は想定済みだ。
「【螺旋】――!!」
増殖させた苦無のうちの一本を逆手に構え、静がその苦無に魔力を流し込んで勢いよく鳥へと目がけて投擲する。
飛び回る猛禽の召喚獣に対抗するかのように、放たれた苦無の周りにも閃光の魔力が渦巻いて、敵の守りを貫通する勢いを帯びて真っ直ぐに鳥へと目がけて飛んでいく。
それもただの一本ではなく、その途中で次々と分裂し、その数を弾幕と言えるレベルにまで増やしながら。
「よし、これなら――!!」
貫通性能を帯びた苦無が次々と竜巻の壁を貫いて、そうして守りを突破した苦無のうちのいくつかが本体である猛禽の召喚獣へと襲い掛かる。
半透明の魔力の体を苦無が次々と刺し貫き切り裂いて、そのうちの一本が頭部の先端、ちょうど嘴にあたる部分にものの見事にヒットして――。
「――!!」
同時に、攻撃を受けた猛禽の召喚獣がその形を崩して、その場所を中心に巨大な球体型の嵐が猛烈な勢いで吹き荒れる。
その内部に、巻き込んだものを片っ端から切り刻む、斬撃による嵐のようなものを大量に荒れ狂わせながら。
(――この反応、まさか、自爆攻撃――!!)
思った瞬間、またも重力の方向が変転し、今度は竜昇達の眼前、斬撃の嵐が拡大する大通りが下へと変わる。
(――まずい――!!)
そう思った時にはもう遅かった。
捕まる場所など碌にない通路の中で竜昇達の体が落下を始め、その先で膨張する斬撃の嵐へと真っ逆さまに転落して――。




