203:アーメリア
帆船を模した舞台を前に二人の人物が対峙する。
少女と女、共に他者の技能をその身に取り込み借り受けたそんな二人が、身に付けた技能を頼りに互いの命を狙って向かい合う。
向かい合って、そしてすぐさま動き出す。
「――こ、のォッ――!!」
苛立ちに声を荒げながら、しかしすぐさま振り返ったハンナが刀を握ったままで両腕を前へとかざす。
即座に生成されるのは、赤い輝きを放つピンポン玉サイズの魔力の弾丸。
それがかざした手の先に無数に生成されて、間髪入れずに放射状に広がるような軌跡を描きながら、四方八方から静を狙って襲い掛かって来る。
だが――。
「なんの――!!」
自身を狙って迫る魔弾に、しかし静は一切動じる様子もなく【爆道】を使用して、更なる加速でその魔弾の着弾地点を振り切っていた。
直後に背後で床に撃ち込まれた魔弾が爆発し、その爆風を背中に受けながら静はさらに加速して、大きくカーブを描く形でふたたびハンナの方へと向き直る。
「――ッ、猪口才な真似を――!!」
そんな静に対して、ハンナは若干不自然な口調でそう言って、自身の周囲に先ほどよりもさらに多くの魔弾を生成して次々と静目がけて撃ち出してくる。
直線軌道で、カーブを描いて、回り込むように。
時間差をつけて、あるいはほぼ同時に、あるいは立て続けに連続で。
いくつもの魔弾が、回避しがたい複数の組み合わせで静の元へと殺到し、しかし――。
「なんの……!!」
たった一言呟いて、直後に静の身を捕らえるはずの魔弾が何も捕えることができずに空を穿つ。
「な――!?」
自身の魔弾が標的を捕らえ損ねたその事実に、それを操るハンナが驚きの声をあげる。
それはそうだろう。なにしろ静は自身に迫る魔弾の弾幕、その隙間を的確に見抜いて、そこに飛び込む形で自身を包囲する攻撃の包囲網をあっさりと突破したのだから。
「な、なんと、でたらめな――」
接続した記憶の影響を受けながら、それでもハンナがさらなる魔弾を生成し、走る静に対して次々と打ち込んでいく。
だが当たらない。左右にステップを踏み、身を低くし、時に飛び越えて、考えうる最小限の動作だけで撃ち込まれる魔弾を次々に回避して、静が見る見るうちにハンナの元へとその距離を詰めてくる。
「――ッ、ぅ、ぅう――」
もとより回避能力が高いことは理解していた。
人形たちとの戦いのその中で、この相手の立ち回りのうまさについては目の当たりにしていたはずだった。
だがそれでも、実際に自分で相対し、その攻撃を回避されてしまうと、そこで伴う実感がここまで違おうとは――。
対して、そんなハンナの元へと向かう静が抱く感想は、ハンナの抱く恐怖の感情とは全くの真逆。
(やはり、ハンナさん……。貴方は脅威ではあっても戦士ではない……)
可能性はあると思っていたが実際にこうして直接対決して確信した。
これまでの相手と違い、このハンナ・オーリックと言う女は破格の戦力を持つ反面、決定的なところで戦士ではないのだと。
確かに戦力としては破格のものではあるのだろう。
【決戦二十七士】にも匹敵する個体を含めた、多数の人形を操るその能力は、戦力としては間違いなく脅威と言うしかない。
だが一方で、そんな人形たちを操るハンナ自身は、決してこれまでの二十七士のメンバーたちのような完成された戦士という訳ではない。
恐らくは今とて、あの人形たちにインストールしていたスキルの数々を自分の体で使用しているのだろうが、先ほどの人形たちの動きと比べるとその精度は雲泥の差だ。
仮にあの人形たちの動きが一〇〇パーセントの再現率を誇っていたとするならば、今の彼女の動きはせいぜい八〇、技能によってはせいぜい五〇パーセントが関の山と言ったところだろうか。
恐らく取得した技術の知識や経験に対して、それを再現するハンナ自身の判断や肉体のスペックが追いついていないのだろう。
先ほどから静を狙い撃ち込まれる魔弾の性能は、その向こうにある戦略と攻撃の密度は、先ほどまで相手にしていた人形たちと比べればはるかに詰めが甘く、隙の多いものとなっている。
それでも、一人の人間が多数の技術を習得して使えるというのはそれなりに強力な能力ではあるのだろうが、生憎と他者の持つ技能を習得して使っているという点では静達プレイヤーとて同じことだ。
「――な、なんで――」
構えられたハンナの右手、その五指の先から次々と放たれる弾丸を静が走り回って回避する。
時折鋭く動きを切り返し、弾幕の上を飛び越え、一部を誘爆させて視界を遮り、怒涛の攻撃の嵐の中を静は一歩一歩確実に距離を詰めていく。
「――な、なによコレェ……、なんなのよォッ――!!」
ハンナの両肩、その少し上のあたりで光が収束し、直後にそこから二条のビームが放たれるが、それすらも静を捕らえるには至れない。
光線の内の一条は激しく動き回る静の乱数機動によってあっさりと狙いを外されて見当違いの場所に着弾し、遅れて放たれたもう一条はそれとは逆に静が構えた剣の腹へと受け止められるように着弾した。
「し、しま――」
「応法――!!」
先ほど目の当たりにした手の内を思い出し、ハンナが自身の迂闊さを呪うがもう遅い。
撃ち込まれた攻撃の衝撃を静が身を回して受け流し、一回転すると同時に吸収した魔力を開放してビームを丸ごとハンナのいる方へと撃ち返す。
とっさに防壁を展開してハンナが自身の身を守るが、その判断も甘い。
もしも静がハンナの立場なら、身を守ることだけにかまけて反撃をおろそかにするような真似は絶対にしなかった。
そうでなければこのように、一度は距離をとれていた静に再び距離を詰められる事態になってしまうのだから。
「うッ、くぅ――、アーメリア」
再び目前にまで迫った静の姿に、うめき声を漏らしたハンナがどうにか自身の中で記憶をつなげて彼女の武器を手の中へと生成する。
先ほどまでの魔力による仮想錬金とも少し違う、光の粒子が集まって一つの物体を形作るより上位にして本来の物質生成。
そうして形作られる鞘込めの一刀を目の当たりにして、そんなハンナに斬りかかるべく静が重い長剣を振り上げて――。
「――変遷」
直後にその武器の形状を、長剣より一回りも二回りも小さい、小太刀のものへと切り替えた。
直後にハンナの腰から刀が抜き放たれて、その居合の斬撃と静の【加重の小太刀】が正面から激突して、そして――。
目の前に、一人の幼い少女の姿があった。
『申し訳ありません、お嬢様。私達もそろそろ出立せねばなりません』
目の前にいるのは、どこか内気そうな七・八歳前後の幼い少女。
けれどその少女の眼の下には、この年齢には不釣り合いな隈が浮かんでおり、その精神状態も数か月前に比べればはるかに不安定なものになっているのが見て取れる。
そんな本来であれば自分が守り仕えるべきその少女が、今自身の服の裾を掴んだまま、かろうじて年齢相応な声で上目遣いに訴えてくる。
『ど、どうして――。どうしてアーメリア達が行かないといけないの……? アーメリアは教会の騎士じゃない、うちの、オーリック家の従者なのに……』
『その答えが、今のハンナ様ならばおわかりでしょう……。――いえ、継承がなされているからこそ、前例のないこの召集に抵抗感を覚えられているのでしょうか……』
膝を着いて少女と視線の高さを合わせながら、自身の中で言葉を探しつつ自らの主に対して口を開く。
とは言え、今の自分に言えることは随分とわかり切ったことばかりだった。
『世界の危機なのです、ハンナ様……。すでに教会の戦力ですら中央に詰めていた一部を残すのみとなって、今はとにかく人手というものが足りません。
生き残った私たちのような手練れをかき集めなければ、もはや私たちは戦うことすらできずに滅びを待つだけになってしまう」
本当は、こんな幼い主に対してこんなことを語りたくはなかった。
なにを言っているのだと、今さらのようにそう思うが、しかしすでに継承を終えてしまった彼女の前ではその部分は決して誤魔化しきれるものでもない。
恐らく彼女自身、本当は頭では理解していることなのだろう。
本来の年相応の、幼い心では納得できていないというだけで。
先代の病状の急変と本来の継承者の喪失という事態に、予定より早くその身に受け止める羽目になってしまったが、オーリック家に代々受け継がれてきた知識と記憶は、それらの情報を統合してどうしようもない現状をこの小さな少女に容赦なく突きつけているはずだ。
このままいけば、下手をすれば【神造物】を受け継ぐ彼女の元にも、教会からの召集が届きかねないということさえも。
ならばもう、この上は自分は誤魔化すようなことなどせずに、自身の全てを彼女に対して捧げよう。
今己の中にあるものを、彼女に対してだからこそ捧げられるものを。
『離れたくないというのであれば、どうぞ私の中の記憶と思いを、その手で取り出してあなたのお傍においてください。私と、それからついでにそこにいるダイルも……、それから向こうで待っているこの家に仕える従士達も……。
あなたがその手で初めて取り出す、次代に残す最初の記憶にしてください。
それこそが、このオーリック家とそこに仕える私たちが、連綿と受け継いできた誇りなのですから』
『アー、メリア……』
『あなたがその身に宿ししその奇跡を、神問官より賜りし【神造界法】を、どうか旅立つ我らの目に……』
そんな自身の言葉に、少女は目を瞑った後に意を決したようにこちらへと手を伸ばし、額に触れるようにして彼女が受け継いだ神の術法を解き放つ。
自身の前に光があふれて、生まれた光の粒子が、少女の小さな手のひらの中に集まって、そして――。
「の、覗いたな……!! あたしの、アーメリアの思い出を、敵である、あ、あああんたが……」
斬り付けられた胸元を片手で押さえ、負傷しているとは思えない憎悪をその目に湛えて、どこかあの少女の面影がある女、ハンナ・オーリックが激情を押さえたような声でそう呟く。
それに対して、今しがた強烈なまでの感情と記憶の奔流に晒されていた静は――。
「――いえ、覗いたも何も、アーメリアさんの記憶を使って武器を作ったのは貴方ではありませんか」
相も変わらずぶれることの無い、どこまでも冷静なそんな口調でそう反論していた。
同時に、振り下ろしたままとなっていた小太刀の切っ先をあげながら確認し、どうやら自身の先ほどの一撃が致命傷を与えられていないらしいことをさりげなく確認する。
それと同時にそんな自身の斬撃が、確かにハンナの胸のあたりに決して軽くない深手を負わせていることも。
「今の、防御に使った刀、あれは先ほどまでの武器の生成に使っていた魔法ではなく、貴方の持つ神造物である【跡に遺る思い出】で作ったものだった、と言うことなのでしょうか……」
先ほどハンナに斬りかかる際、武器を叩き折った瞬間に垣間見た誰かの記憶、一瞬のうちに流れ込んできてわずかに攻撃を遅らせたそれらの記憶を思い出して、しかし静は動じることなくそうなった原因をすぐさま分析して相手に問い掛ける。
とは言え、それは別に答えを期待してのものという訳ではない。
そもそもハンナが答えずとも、既に応えは他ならぬ静の中にある。
「ああ、なるほど……。貴方が持つ【神造物】、道理で姿が見えないと思ったら、そもそも実態を持たない技術体系そのものだったのですね……」
自身に流れ込んだ、アーメリアと呼ばれる女性のものと思われるその記憶から知識を次々と引き出して、静はこの敵の最後の謎だった【神造物】のありかをそんな言葉で言い当てる。
すでに今の静には、この敵の【神造物――跡に遺る思い出】についての詳細が、まるで最初から知っていたかのようによく分かった。
「他者の記憶を読み取って、それを元に物品を作り出す。
もっと言うなら、文字通りの意味での『思い出の籠った品を作り出す』……。
それこそが、貴方がその頭の中に保有する技術としての【神造魔法】――、あなた方風に言うなら【神造界法】の、その正体……」
「――ッぅ……!! お、お前ぇ……、お前ぇッ、お前ぇッ――!!」
斬られた傷口を手で押さえ、ハンナが憎悪の煮えたぎった目でそう叫びながら周囲に魔弾を再展開する。
そんなハンナの行動に対して、相手の殺意を敏感に察知した静が、相手が魔弾を生み出すより言って早く距離を詰め、その手の一刀で今度こそハンナを斬り伏せて――。
『ォォォォォォオォォオオオン――――――』
「「――!?」」
――その寸前、巨大な洞を空気が通り抜けたような音があたりへと響いて、同時に二人のいるその真上から、巨大ななにかが影を落として降って来る。
「ッ――」
とっさの判断でその場を飛びのき、空中で身を翻して一目散にその危険地帯から逃れた静だったが、対して静ほどの運動能力を有しておらず、さらには既に体の各所を負傷しているハンナの方はそうはいかなかった。
自身の真上、落ちてくるソレを呆然と見つめて、しかし何もできずにその最後の瞬間を立ち尽くしたまま浪費する。
「アーメリアァ……」
直後、莫大な水量がハンナのいたその場所へと大地を砕かん勢いで落ちてきて、彼女の姿をその水の中へと完膚なきまでに飲みこみかき消していく。
圧倒的な水圧に飲みこまれて、人間の体など原形をとどめられるはずがない。
結局、その後微かにでも見ることができたのは、水の中に混じってすぐに薄れて消えていく、微かな血液の赤色だけだった。




