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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第五層 安寧強授のウォーターパーク
203/327

202:ハンナ・オーリック

――なんだこれは。話が違う。冗談ではない。


 いくつもの記憶と接続し、情報が濁流のように荒れ狂うそんな脳内で、ハンナはせめてもの抵抗のように苛立ちの言葉を叫び続けていた。


 事前に聞かされていた話では、自分はあくまでも危険な場所からは遠ざけられるという話だった。

 自身の持つ【神造物】は恐らく塔攻略に必要不可欠になるだろうモノであり、だからこそハンナのその身は、本来従者たちに頼らずとも他の者たちが優先的に守るはずだった。


 だが、ふたを開けてみれば守られるなどとんでもない。


 護衛につくはずだった者達とは、塔の半ばのここからが本番と言う地点で早々に分断された。

その後もその護衛達との合流はうまくいかず、一部に至っては単独行動に走って、そのまま撃破されてしまった可能性すらある始末だ。


 しかもそんな状況で、ようやく合流出来た相手があの野蛮人なのだ。

 あげくその野蛮人すらも、ハンナを守るどころか敵にやられてあの体たらくである。


 話が違うにもほどがある。やはりあんな連中など、最初から信用するべきではなかったのだ。

 アーメリア達をむざむざ死に追いやった、敗北を歴史に刻み込んだ、あんな誰一人信用できない連中の言うことなど。


(なんなのよ、コレェ……!! 聞いてないのよ、こんな、こんな――、こんなぁ……!!)


 ハンナを庇って転落したダイルだけではない。つい先ほど、残る主力である六号からの信号すらも途絶した。


 ハンナに仕える従者たちの中でも、六号を到達点とする番号持ちのシリーズたちはアーメリア達他の従者とは別の意味で特別だ。


 アーメリア達通常の従者を、静の言うところの実在した人物の再現体と考えるならば、六号達番号持ちは集約した各種技術の記憶情報を組み合わせ、編集を繰り返すことによって作り出した、もととなった人物の存在しない複合個体とでも呼ぶべきものとなっている。


 そういう意味でも、あの六号はハンナの扱う人形たちの中でもアーメリア達に匹敵する主力級の個体だったのだ。


 そんな主力級の個体ですら敗北したというその事実が、今その主であるハンナの精神をこれ以上なく追い詰める。


 先ほどあの忌々しい小娘に指摘されたように、ハンナの持ち合わせた触媒もすでに残り少ない。

 加えてアパゴまでやられてしまった今、ハンナはほぼ味方のいない状態で敵陣に孤立してしまっていると言ってもいい。


(――い、いいえ、まだよ……)


 そう思ってから、しかしハンナはすぐに頭を振って思い直す。


 たとえどれだけ人形の体が砕かれたとしても、それだけでハンナに仕えてくれている従者たちの数が減ることは決してない。

 なにしろ彼ら彼女らは、記憶と言う形でずっとハンナの中に存在し続けているのだ。


 普段でこそ、人格への汚染の恐れがあるため記憶領域内の一画に隔離する形になってしまっているが、こうして意識を接続すれば従者たちの存在をずっと身近に、自身を守っている事実をずっとはっきりと感じ取ることができる。


(そう、よォッ――!! どれだけ話と違おうと、あ、ああアタシは負けない……!!

 だって、オレには(・・・・)皆さまが(・・・・)憑いてるので(・・・・・・)あるのだから(・・・・・・)――!!)


 いくつもの記憶で自身の人格に変調をきたしながら、ハンナは必死にかぶったフード越しに見える目的の場所へ向かって足を動かす。


 カザフの記憶で足音を消して、リンドの記憶を頼りに速度を上げて、襲い来る攻撃のさなかをシャンザの記憶から引き出した遅延防壁で弾速を遅らせた氷塊の隙間をすり抜ける。

 そうして、半壊したテラス席から地上へと飛び下りて、壁沿いに走ってその先にある目的の場所へとたどり着こうとして――。


「――っ!!」


 次の瞬間、不意に真上に気配を感じて振り向いて、直後にハンナは上空から襲来した、あの『オハラ』の少女にその首を斬り飛ばされていた。


 瞬く間に視界がブラックアウトして、直接操作していた人形の(・・・)消滅が手応えとしてハンナのもとにまで伝わって来る。


「――あ、あああの女ぁ……!!」







 マントをかぶった相手の首を跳ね飛ばしたその瞬間、静は自身が斬りかかった相手が目的の人物ではなく、その相手が作り出した囮の人形であったことをすぐさま理解した。


「――ッ」


 理解して、そしてすぐに静は人形の胸の中央目がけて刃を突き立てる。

 なにしろ相手は魔本を媒介に人を模して作っただけの人形だ。人間であれば間違いなく致命傷になる斬首ですらも、この人形が相手であれば致命的なダメージとなるかは疑わしいところがある。


 案の定、胸に突き立てた刃がうまく触媒となっていた魔本を貫いて、そこでようやく人形の体が、身に着けていたマントまで含めて跡形もなくその場から消滅して――。


「――!?」


 ――否、人形が魔本の残骸を残して空気に溶けるように消えたのに対して、マントの方は切り裂かれても素直に消滅などしなかった。

 切り裂かれた布地が細かい光の粒子へと解けるように飛び散って、直後に切り裂いたことを咎めるように、それを成した静の元へと粒子が一斉に押し寄せるように殺到して――。


(――ッ!!)


 直後、遠方のクラゲの樹から氷の砲弾が発射されて、とっさに静はその場を飛びのいて追いすがる砲弾の数々からその間を縫うようにして離脱する。


 静の身の内へと潜り込ものとしていた光の粒子が砕け散る氷に紛れるように追ってきて、しかし静に追いつくことができずに氷の中に取り残されるように消えていく。


(――迂闊ですね。今の光、取り込んでいれば敵の情報が得られたでしょうに……)


 自身に向かってきた光がハンナの使用する記憶の粒子であることに気付きながら、しかし静は一瞬頭をよぎるそんな思考をすぐさまただの未練と切り捨てる。


 なにしろ、あの場を離れるのがあと一瞬遅れていれば、今頃静は撃ち込まれる氷の砲弾によって木っ端微塵にされていたかもしれないのだ。

 それを考えれば、下手に欲をかいて命を落とさなかっただけ、状況的にはまだましだともいえる。


(――それにおかげで、あの方の次の狙いもわかってきました)


 付近の物陰に飛び込んで砲弾をやり過ごしながら、静はその場で周囲を見渡しつつそう思う。

 先ほどの人形、マントを纏っていたのは恐らくハンナの姿を偽装するためだったのだろうが、一方でそのマントが問題の【跡に遺る思い出(リバイバルメモリア)】によって作られた記憶の籠った物品だったのは、それを破壊した相手に記憶を植え付けることを目的としていたからだ。


 生憎と静は精神干渉に耐性があるため、あの光を取り込んでいてもたいした影響はなかったかも知れないが、しかしあのクラゲの樹が氷の砲弾によって人形を砕いていたならば、光の向かう先はあの水の怪物の元だったのは想像に難くない。


(やっぱり、あの方はまだあのクラゲの樹をテイムすることを諦めていない……!!)


 もとより狙ってくる可能性は高いと踏んでいたが、これでやはり静はこの相手を野放しにするわけにはいかなくなった。

 なにしろ、もしもクラゲの樹がテイムされてしまえば静達は猛烈な成長を遂げたフロアボスと、【決戦二十七士】をどうかすると二人、同時に相手にしなくてはいけなくなってしまうのだ。

 逃げられる可能性も考えて追撃に打って出ていた静だったが、あの敵がこの状況をひっくり返す手に出ようとしているというならなおのことここで取り逃がす訳にはいかない。


(これまで見たところ、【跡に遺る思い出(リバイバルメモリア)】で作る『記憶の品』の形状は不定。何らかの縛りはあるのかもしれませんが、形状や外観はかなり自由度高く設定できるものと見ていいでしょう……。

記憶を植え付けるには、植え付けたい相手の手で『記憶の品』を破壊させることが必要……。ですがそれを為す光の粒子には、移動できる距離に限界が、つまりは射程距離がある……

 これらを踏まえて、次にあの敵が打ってきそうな手立ては――、――!!)


 敵の手の内の性質を頭の中で整理して思い至り、静はすぐさま隠れていた物陰から飛び出して、クラゲの樹の注意が他へと向いた隙を突いて付近の壁面を駆け上がる。


 どうやらクラゲの樹による砲撃は、付近で動くものを手当たり次第に攻撃しているらしい。

 そうなると、残してきた詩織やどこかで戦っているだろう竜昇や城司の安否が気にかかるところだったが、生憎と今の静には他のメンバーのことを気にする猶予さえなかった。

 危機感に駆り立てられるように天井付近までを一気に踏破して、静は即座に壁を蹴って宙へと飛び出し、混沌とする戦域一帯を睥睨する。


(――やはり!!)


 そして見た。

 半壊した通路から、崩れた瓦礫の物陰から、そしてすぐ近くのテラス席から、それぞれ先ほどと同じマントを羽織った人影が跳び出して、合計三体で別々に走り出すその姿を。


(投入して来た――。あのクラゲの樹をテイムするために……!! 恐らくは手持ちの触媒の、召喚できる人形の、その全てをつぎ込んで――!!)


 もしもこの状況で、敵がクラゲの樹のテイムを狙っているのであれば確かにそれが最適解だ。

 生み出した人形に記憶の品を持たせて光の粒子が届く射程距離まで走らせる。

 人形を自身と誤認させたうえで攻撃を誘い、人形諸共記憶の品を破壊させることで相手をテイムし、状況を打開する最大の戦力を手に入れる。


 加えて考えるなら、そうして走らせる人形の中に、術者であるハンナ自身が紛れてしまうというのも一つの手だ。

 たとえ他の人形たちが破壊されても、ハンナ自身がクラゲの樹を狙える最適なポイントに移動できれば、先ほど人形たちにやらせていたように弓矢による狙撃で記憶の矢を撃ち込むことも可能になる。


 なんにせよ、今静が取るべき行動はただ一つ。


「【空中跳躍(エアリアルジャンプ)】――!!」


 自身の真下、テラス席から飛び出したばかりの人形の一体を目がけて、足裏の爆発で急降下した静が長剣を振り上げ斬りかかる。


 対して、今度は人形の方もおとなしく斬られてくれるほど容易い相手ではなかった。


 自身に向かって襲い来る静の存在をその寸前で察知して、テラスから飛び降りたばかりの空中で素早く振り返りながらその手に短剣と盾を重ねるように構えをとる。


「――、【突風斬】――!!」


 そんな人形の対応に、とっさに静も攻撃の手を変えて、長剣の魔力吸収による防御無効攻撃から暴風の炸裂によって相手を叩き落とす方へとシフトする。


 叩き落とされた人形が、しかし簡単に破壊されることを良しとせず、シールドを展開して叩き付けられるその衝撃を緩和する。


 素直にやられる気など毛頭ないと言わんばかりの、どこまでもしぶとく生き残ろうという時間稼ぎの動き。


(本当に、ハンナさん、その判断は嫌になるほど的確ですね――)


 この状況に置いて、時間稼ぎと言う選択肢は間違ってはいない。

 なにしろ今こうしている間にも、残る二つの人影はあのクラゲの樹へと近づきつつあるのだ。

 動く三体の人形の内、一体たりとも野放しにできない。

 あるいはこうしている間にも、他の二体の人形やハンナ本人が何か行動を起こしているかもしれないそんな状況で、時間稼ぎに徹されるというのは確かに静にとって最悪と言っていい行動である。


(――ですが、ハンナさん、一つお忘れではありませんか?)


 心中で密かにそんな言葉を語り掛けながら、静は着地と同時に右手の武器を小太刀へと変更、さらに左手で十手を引き抜いて、身を起こして身構える人形の元へと足を止めることなく走り寄る。


(そもそもこの場であなたが警戒しなければならない相手は、私一人などではないということを――!!)


 両者の距離が瞬く間にゼロになり、静の振るうその刃が、胸の内の呟きと共に人形の刃とぶつかって――。


 ――その瞬間、遠方で雷光が強烈に瞬いて、同じく別の場所からも叫び声のような轟音が鳴り響いてプールエリア全体を震わせる。


 まるで自分達もいるのだと、そう高らかに宣言でもするかのように、二つの音がここにいない二体の人形の、その行く手を阻んだことを何よりも雄弁に教えてくれる。


『ギ――ブ――!?』


「おや、私以外の方々があなた達の迎撃に動くのはそんなにも予想外でしたか?」


 予想外の事態に驚く様子を見せる人形に対して、静はその向こうにいるだろうハンナに語り掛けるようにそう言って、隙を見せた人形に素早く足払いをかけて転倒させる。


 崩れた体制を強引に立て直そうとする人形に一気に肉薄して、その脳天目がけて手の中の武器を渾身の力で降り下ろす。


「変遷――!!」


 その形状を小太刀から詩織が使うのと同じ、青龍刀のものへと即座に変えて――。


「龍法適用――【突風斬】――!!」


 その瞬間、剣に込められた【増幅】の効果で威力を増した暴風が、人形の体をその風圧によって文字通りに上からたたき潰す。


 強烈な突風にあおられて、人形が纏っていたマントがはためき宙へと舞い上がり、その場に唯一残された魔本の残骸へと静が刃を突き立てる。


(これで残るは竜昇さん達のところの――、――!?)


 そうして静が霧散する人形の体を見送ったその直後、遠方の詩織のいる位置から【音剣スキル】の応用で放たれた一定のリズムが響いてくる。

 音の連続が示すのは、事前に静達が決めておいた『応答求む』の符丁。

 そしてその音の意味を静が察するより前に、符丁に応えるように遠方から魔力の波動が拡大する。


 周囲の気配を暴き出す、竜昇の使用する【探査波動】の魔力が。


(――そういうことですか)


 思うと同時に、迷わず踵を返して走りだす。


 遠く水のなくなった海岸プールの中央で、恐らくは城司のものと思しき巨大な盾に、クラゲの樹が氷の砲弾を撃ち込むのを視界の端に捕らえながら。


(人形たちを破壊することで記憶の品の影響を受けてしまう城司さんを、フロアボスの陽動を行う担当へと割り当てている……。どうやら私が考えていた以上に、竜昇さん達は現状の事態を把握してくれているようですね……)


 実のところ静とて、竜昇達がこうも都合よく行動を起こしてくれると予想していたわけではない。

 彼女の中にあったのは、竜昇達ならば状況に応じてなんらかのアクションを起こすだろうという漠然とした確信だけで、実際に竜昇達がどんな判断をし、行動を起こすかはまるで予想できていなかった。


 逆に言えば、静は竜昇達ならば必ずなんらかのアクションを起こしてくれるだろうことを、漠然とではあるがまったく疑っていなかった。


 そして今、竜昇達はそんな静の予想通りに、否、予想以上の働きでもって静のその信頼にこたえてくれた。


 ならばこそ、今静は己の全霊でもって竜昇達のその姿勢に応えなくてはならない。


 詩織が気付き、竜昇の意思によって託された。決して逃す訳にはいかないそんな敵を、己の手で捕えるというそんな形で。


(見つけた――!!)


 目の前にそびえる氷塊の山を駆け上がり、高台から見たその先に、予想通り静は気配で察知し、探していたその人影を発見する。


 三体の人形を囮にし、自身は気配を隠して舞台の方向へと逃れようとしていた、そんなハンナの後姿を。


 発見し、そして即座にその背中に狙いをつける。


「――ッ!?」


「【空中跳躍(エアリアルジャンプ)】――!!」


 相手がこちらに気付いたその瞬間、静もまた空を蹴りつけ、間髪入れずにハンナ目がけて斬りかかる。

 とっさに振り向き、相手が手の中に刀のような武器を生み出し身構えるよりなお早く、空を蹴って加速した静が速度を落とすことなくその真横をすり抜ける。


「――ぅ、ッ、アアアアア――!!」


 直後に割かれた腕から血が流れ、斬られたと察したハンナがたまらずそう悲鳴を上げる。

 とは言え、今の一撃で仕留められなかったのは静にしてみても目論見違いだ。

 こうなる事態を予想していなかったわけではないが、どうやら敵も相応の技術を頼りに、こちらの攻撃に応じて来たらしい。


「――く、ぅ――、ぁあッ――。おまえぇ、おまえぇぇぇッ――!!」


「生憎ですが逃がす気はありません。決して野放しにできないあなたのことは、今この場で私が仕留めさせていただきます」


 そう言って怒り狂うハンナに対して冷淡に、どこまでも表情の変わらない静がそんな宣告と共に己が刃を突きつける。


 奇しくもそれは、どこか決闘でも挑むように。

 尋常ならざる手段を秘めた二人が、互いの生存をかけて今舞台の手前で対峙する。


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