199:従える者の戦い
「一つわかったことがあります。貴方と、貴方が扱うあの人形たちとの関係性について」
テラスから室内へと足を踏み入れる。
破壊され、瓦礫やガラスの破片が散乱する中に躊躇なく。
気配を殺した敵が潜む中へと、無遠慮に。
「あなたが記憶データをインストールして生み出すあの人形、あれは貴方が『従士』と呼んでいた言葉の通り、かつてあなたに仕える立場にあった方々の、その再現体なのですね?」
元々、ハンナの『ダイル』や『アーメリア』と言った人形たちに向ける態度でその傾向は感じていたが、決定的だったのは先ほどハンナが召喚した、大量の人形たちのその動きだ。
理香を連れて雲の中を撤退する際に闘った時も、先ほど水の怪物と戦うのを見た時も、あの人形たちはほとんど魔法や魔技というものを使用していなかった。
通常、召喚獣の使用する魔力はそれを召喚した術者が賄うことになる。
ハンナの場合、触媒となる魔本などである程度それをカバーしているという話だったが、それでもカバーしきれない魔力消費はハンナ一人に負担としてのしかかることになる。
恐らく、あの人形たちがむやみやたらと魔法を使用していなかったのもそれが理由だろう。
だがそうなって来ると、あの人形たちにインストールされた記憶データは、最初からハンナの人形の体で使うことを想定した技術だったことになる。
無論、元々の技術体系から魔力を使う技能だけを編集した可能性や、都合のいい技術体系が存在していた可能性もないわけではないが、前者と考えるには人形たちの対応力に不自然な隙が無さすぎるし、後者にしても魔法や魔力が普通に存在する中で、わざわざそれを使わない技術を確立する意味がどれだけあるかは疑問が残る。
つまるところ、あの人形たちが使っている戦闘技術と言うのは、そもそも最初からあの人形の体で、ハンナの配下として戦うことを想定して確立された技術体系なのだ。
単純に協力関係を結んで相手から技術データを受け取ったと考えることもできるが、もっとシンプルに彼女に仕える立場の者達が、主である彼女に自分たちの技術を献上したと考えたほうが自然かもしれない。
「考えてみれば、あなたの【跡に遺る思い出】と言う【神造物】は、個人で運用するよりも集団の中で使った方が効果的に運用できるような気がします。
むしろその性質を考えるなら、平時は集団の中で、技術共有やその発達のために使われていたと考えたほうが自然かもしれません」
例えばの話、一人の人間が確立した技術体系を写し取って抜き出して、それを数多くの人間に共有させることができたならば、一つの集団の技術レベルを飛躍的に高めることが可能と言うことになる。
さらにそうして共有された技術をそれぞれが発展させて、その中で有用なものを全体に共有するというサイクルが出来上がれば、彼女が所属する集団は技術の共有と発展が他の追随を許さない速度で行われる、脅威の集団となることすらできていたかもしれない。
だがそうと考えると、ある種必然的に一つの疑問に行き当たることになる。
「――ですが、はて、なぜでしょう……? どうしてあなたは、今こうして他の人間に守られるわけでもなく、一人で人形を操るようなやり方で戦っているのでしょう?」
「――ッ、黙れ……!!」
静のどこか挑発するような問いかけに、壁の向こうから息を呑む気配と共に、明確な怒りと憎悪が込められた声がはっきりと響いてくる。
どうやら感じる気配はハンナ本人のもので間違いないらしいと、静が内心で意地悪くそんなことを考えていると、続けて聞こえてくるのかどこか冷静さを取り戻したのか、こちらを嘲るような、そんな声。
「――フ、フフ……。しょ、正直、驚いたわぁ……。なにを言い出すのかと思ったら、まさかその程度のことも知らずにオーリック家に盾ついていたなんて……!!」
そう声が響いた次の瞬間、室内を奥へと闊歩していた静の背後で、
瓦礫の影に隠されていた魔本が急激に魔力を注がれて、ナイフを握った一体の人形へと変わって静に向かって襲い掛かって来る。
文庫サイズの魔本と言う触媒の小ささを利用した、本来隠れ潜むことなどできないはずの小さな物影に手駒を隠しての完璧な不意討ち。
ただし、それに対する静とて、まったくの無防備に室内を練り歩いていたわけではない。
「――フッ……!!」
魔本が魔力を帯びた次の瞬間、静が瞬時に身を翻し、肉体を形成したばかりの人形に対して手の中の剣を一閃させる。
苦無から長剣へ、小さな武器で初速を稼いだうえで重量とリーチのある武器へと切り替えることで速度を稼いで、【始祖の石刃】だからこそできる最速の一閃で不意討つはずの人形を真っ向から迎え撃つ。
「応法――!!」
魔力を吸い取る刀身に触れて、人形の体は瞬く間に刃の中へと消え去った。
無防備に露わになった魔本を振るった長剣が見事に捉えて、バラバラになったページが舞い散って先手を取ったはずの人形が何もできずに崩れ去る。
「そう言えば先ほどから気になっていたのですが、ずいぶんと人形を小出しになされるのですね。ひょっとして人形を召喚するための触媒がもう残り少ないのではありませんか?」
「――ッ、舐めた口を――!!」
静の挑発にハンナが吠えた次の瞬間、通路に繋がる出入り口の向こうから魔力の弾丸がその軌道を直角に曲げるようにして室内に飛び込んできて、とっさに飛び退いた静のいた場所に次々に着弾して起爆する。
「――!!」
同時に、飛び退いた静のちょうど正面で通路と室内を隔てる壁で銀光が瞬いて、直後に豆腐のように切り裂かれたコンクリートの壁が向こう側からはじけ飛んで静の方へと飛んでくる。
(――ッ、出てきましたか――!!)
飛来する瓦礫の砲弾に対して、静は内心でそう呟きながら【風車】を発動。
眼前に設置された気流の刃に跳んできた瓦礫が食い込んで、半ばまでを削断されながらそれらを空中で受け止める。
とは言えそんな攻撃も、この敵にとってはまだ次の一手のためのついででしかない。
「も、もうその小娘はッ、捕まえなくていいわッ――!! すぐにでも仕留めなさい、ダイルッ――!!」
主の命じるその声に応じて、斬撃によって壁に開けられた穴からダイルと呼ばれた獣の如き鎧武者が跳び出してくる。
背後から伸びる五本の尾をアンカーのごとく周囲の天井や壁に撃ち込んで、それらに牽引される形で気流の刃が消えて落下した瓦礫の山を飛び越えて、その両手に展開された鋭い爪が静の身を割くべく唸りをあげる。
(――ッ、やはり、魔力を使えることを抜きにしても、この二体の強さは別格ですか……!!)
先ほど静が屠った人形と比べて別格と言えるその動きに、静は着ているパーカーの袖を裂かれて腕に軽い痛みを覚えながら内心でそう独り言ちる。
量産型の人形たちの動きも相当なものだったが、やはりこの二体はそれと比べてもレベルが違う。
もしもこれが人形ではなく生身の人間であったならば、それこそ【決戦二十七士】の一人だと言われても何ら不思議には思わなかったくらいだ。
そして、これまで戦ってきたからもはやはっきりとわかる。
いかに静に規格外の才能があったとしても、現状の静ではこのレベルの戦士には一対一では絶対に勝ちえない。
(ええ、そうです。ですがそんなこと、最初からすでに分かり切っていたことなのですよ)
鎧武者の爪を掻い潜った静に、今度は遅れて穴を飛び出してきた女武者が刀を抜いて斬りかかる。
その気になればコンクリートの壁すら容易く切り裂くそんな斬撃が、脆弱な静の体を両断するべく容赦なく迫り来る。
獣の爪と武者の絶刀。それらが巧みな連携によって攻めかかって来るとなれば、さしもの静も防戦に徹し、回避に全力を傾けるより他に無い。
(そう、わかっていた。私ではどう頑張ってもこの人形たちには勝ちきれない。そうとわかっていた、だからこそ――!!)
瞬間、追撃をかけようとしていた鎧武者の動きが、しかし攻めかかろうとしたその寸前に僅かに止まる。
回避のさなかにいつの間にか仕掛けられていた気流の刃に、接触する寸前に気付いての反射的な停滞。
けれどそんな一瞬の隙こそが、ここに至るまで静がずっと待っていた絶好の隙だった。
(――今ッ!!)
鎧武者の動きが止まったと見た次の瞬間、静が足裏を爆発させて、即座に身を翻して走り出し、敵に背を向けその場から高速で離脱する。
目指すのは先ほど静自身が入ってきた出入口、半壊したテラス席の、その向こうに広がる空中だ。
「逃、がすか……!! 殺しなさいアーメリア――!!」
挑発の甲斐あってか通路側から怒声が響き、前に跳び出せない鎧武者を置いて、逃げる静の背を自由に動ける女武者が追ってくる。
半壊したテラスの残骸のような手すりを足場に跳び出した静を追って、女武者もまた【天舞足】の足場形成に似た技術で空中へ駆けあがる。
瞬間的な加速能力に優れているとはいえ、基本的に回数制限のある【空中跳躍】では宙を自在に歩き回れるこの敵から逃げきるのは不可能だ。
案の定、女武者の人形は巧みな足さばきで静の元へと距離を詰め、その両手の刀を静に向かって振り上げて――。
『――ジゥッ!?』
今にも静かに斬りかからんとしていたその寸前、一瞬早く女武者が反応して自身が突っ込もうとしていたその場所にあった、気流の刃を刀で受け止める。
空中に跳び出す際にも抜け目なく設置していた【風車】の刃を物理の剣を喰い込ませ、単純に硬い物質を切るのともまた違う気流の圧力に刃の動きが一瞬止まる。
(今ッ――!!)
眼下の様子を好機と判断し、すぐさま静は【空中跳躍】を使用して踵を返し、女武者目がけて斬りかかる。
手の中の武器を【応法の断罪剣】へと変化させ、気流の刃を受け止めたことで刀の動きを封じられた女武者の頭部めがけて横薙ぎの一撃を叩き込む。
『ウィ、ジル、ォオッ――!!』
ただし、それをおとなしく受けるほどにこの敵もおとなしい相手ではない。
魔力吸収効果を持った長剣による斬撃に対して、女武者は頭部から伸びる腕を操り刀の一本を吸収させると、もう一本の刀で長剣を受け止め、そのまま上へと受け流す。
攻撃を上に逸らされがら空きになった静の胴体目がけ、本物の腕とそん色のない動きで頭から伸びる腕が横薙ぎの一閃を決めに来る。
「変遷――」
対して、静の方も武器の形状と重量を変化させることでそれに対応。長剣から十手を経由させて慣性を打ち消し、さらに【加重の小太刀】へと変形させて迫る刃に正面から撃ちかかる。
それも当然、小太刀に秘められた加重の魔法効果を使用して、だ。
(これで二本――!!)
バキリ、という、刀の刀身が砕ける音がする。
コンクリートの壁を一太刀で切断できる、恐るべき切れ味を誇る敵の刀だが、しかし切れ味が鋭いということはその分刀身が薄くて脆いということだ。
そのことについては他ならぬ静自身が、実際に本来の【加重の小太刀】を戦闘中に破壊されたことでその身を持って知っている。
『ラブロォ――!!』
「させません――!!」
自身の持つ刀の内の二本を失いながら、しかし女武者はそれでも攻撃の手を緩めない。
刀で受け止めていた気流の刃、それを刀に流し込んだ魔力によってか本来の効果時間よりわずかに速く消失させて、自由になった両腕で静の腹を裂くべく両腕を広げるような動きで斬りつける。
だがそんな女武者の動きも、気流の刃の消失を感じ取った静が一瞬早く宙を蹴りつけて飛び掛かり、両手の十手を逆手に構えて左右の刃を同時に抑え込んだことで動きを見せる前に抑え込まれていた。
女性型としては大柄なアーメリアと呼ばれた女武者、その腹部に飛びつくようにして両腕の刀を封じ込めて、しかしそこまでが今の静にできる抵抗の限界だった。
(ええ、そうです。やはり私では正面戦闘であなたを打倒するのは難しい)
静の真上で、女武者の頭部から生えた二本の腕が、新たな刀を鞘ごと掴んでもう一方の腕で居合の構えをとる。
生憎と静の位置からは見ることができない、けれど気配で伝わって来る真上からの殺しの予兆。
(ですがアーメリアさん、そもそも私にはあなたに実力で勝たなければならない理由も意味もないのですよ)
正面から戦って勝てないことは最初から分かっていた。
だからこそ静は、先ほどからハンナを挑発するような言葉をぶつけてその注意を自分の方へと引き付けた。
空中で自身に迫る女武者の姿を確認した際もう一つの要素をこの場に見つけたその段階で、その存在を迷うことなく自身の作戦の中に組み込んだ。
壁から飛び出すように設けられたテラス席の真下、影になる位置に潜んでいた彼女の姿を見つけた、その時点で。
「攻撃の手は封じました。今です詩織さん――!!」
「や、ァぁぁああああッッッ――!!」
『――!?』
背後から聞こえたその声に、空中で静を斬り捨てようとしていた女武者も、ようやく詩織の存在に気が付いたがもう遅い。
すでに女武者の四本の腕は静との戦闘に使い切り、背後から迫るその斬撃を受け止めるには文字通りの意味で手が足りなくなっている。
「アーメリアッ――!!」
「【鳴響剣】――!!」
テラス席の内側から叫ぶハンナの声が聞こえるさなか、女武者の背中側から侵入した振動切断の刃が、女武者に飛びついていた静の頭上を通り抜ける形でものの見事にその胴体部分を両断する。
真っ二つになった胴体のその断面から、核となっていた魔本のページがパラパラと紙吹雪のように飛び散って、女武者自身の体もまるで空気に溶けるように魔力へと還って消えていく。
「――あ、ああ――。おまえぇ……。おまえおまえおまえおまえおまえおまえェッ――!!」
目の前で自身の召喚人形を破壊されたことで、テラス席へと姿を現したハンナが、ダイルと呼ばれた鎧武者に押しとどめられながら怒りに吼える。
その様子はどう見てもただの傀儡を破壊されただけのものではなく、どうやら彼女にとってあの『アーメリア』と言う人形は、あるいはその元になった人物は、よほど彼女にとって重要な意味を持つ存在であったらしい。
だがたとえそうだったとしても、今ここで姿を見せて、静達の方にばかり注意を向けてしまったのは明らかに失敗だ。
タンッ、と言う足音と共に、怒れるハンナたちのさらに向こう側、下の階とテラス席を繋ぐその通路に、一つの人影がようやくたどり着く。
「居やがったな、テメェ――!!」
その腕に巨大な【棘突防盾】を携え構えて。
フロアボスが戦場に出たために精神干渉が途絶え、それによって正気を取り戻して現状を理解した入淵城司その人が。
すでに死者すら出ているこの現状に、その身に纏う魔力以上の絶大な怒りをその身の内にたぎらせて。
「ガキを二人も殺しやがって――、テメェら全員往生しやがれ――!!」
繰り出すのは盾による突撃などと言うにはあまりにも生ぬるい、棘だらけの盾による轢殺の一撃。
「【轢盾】――!!」
その瞬間、ハンナを庇った鎧武者に盾を構えた城司が激突し、盾から生えた棘に体中から金属の欠片をこぼれさせながら宙を舞う。
城司諸共、そのまま主から引き離されるように。
主を守る最後の人形が、激突した警官諸共テラス席から落下する。




