198:強敵の争奪戦
乱入してきたフロアボス、仮に『水の怪物』とでも呼ぶべきその敵への対処をアパゴに押し付け、自分たちは無防備になったハンナ・オーリックを打倒する。
それこそが、この場に置いて竜昇達が下した起死回生の行動方針だった。
この機を逃しては恐らくもうこの二人に勝てるチャンスは永久にない。
逆に今この時であれば、先に逃がした非戦闘員の存在を気にすることなく、攻撃に専念することができると見ての状況判断。
加えて、どうやら静の方もここに来る前から、そうした行動方針も想定してこの場へと駆けつけていたらしい。
話し合う時間などなかったために詳しい情報交換まではできなかったが、そうと決まってしまえばやらなければならないことは既に決定している。
「【探査波動】、発動――」
周囲一帯目がけて魔力の波動を投射して、付近に残る敵と味方の気配を魔力を刺激し、洗い出す。
すぐ近くで戦うアパゴと水の怪物に竜昇達の行動がバレてしまうがそれは無視。
どのみちこちらの行動が知れる事態が避けられない以上、竜昇達がするべきは最短最速でハンナの位置を暴いて倒すのみ。
「見つけた――!!」
最後にハンナを見た位置からおおよその方向のあたりを付けて走りながら、竜昇は暴かれたその気配に思わずそう声をあげる。
敵の気配があったのは、プール沖の舞台を見下ろせる、壁面テラス席のその奥地。
恐らくは見えているテラス席から室内に入った先にあるだろう、その場所へとつながる通路の途上だ。
ただし、【探査波動】による洗い出しを行ったことで判明したその気配は、ハンナ一人のものという訳でもない。
「竜昇さん――!!」
居場所が判明したその矢先、壁面に並ぶ二つのテラス席のその両方から合計四体もの人形たちが一斉に飛び出して、それぞれが弓を構えて流れるような動作で矢を番える。
狙うは水の怪物、迷うことなき狙撃の構え。
そしてその狙いに思い当たることがあるとすれば、竜昇に分かるのは単純な怪物の打倒と『もう一つ』だけだ。
「そうはさせるかァッ――!!」
どちらにせよやらせてなるものかと言わんばかりに、即座に竜昇は引き連れていた雷球を眼前に並べてそこに電撃の魔力を注ぎ込む。
発動させるのは【迅雷撃】の電力を六つに分割して打ち込む【六芒迅雷撃】。
ただし今回のものは、いつもの一斉発射の範囲攻撃ではなく時間差で発射する連続射撃だ。
「発射――!!」
左右のテラスそれぞれに初段を叩き込む。
極太の雷が今まさに矢を放とうとしていた人形たちの元へと迸り、寸前でそれに気づいた人形たちがとっさに射撃を中断してテラス席から飛び降りる。
「チィッ、反応が早い――!!」
逃げ遅れた人形の内の一体を光条によって粉砕しながら、竜昇は逃がすものかと飛び降りた残る三体に向かってさらなる光条を発射する。
残る四発の内の二発を使い、落下位置を読んでの偏差射撃だったが、残る三体の人形の内、相方を打倒された一体の方は壁を蹴ることで落下軌道を変えることで攻撃を回避して、残る二体の方も片方が片方を蹴り飛ばしてもう一体を攻撃の範囲外に逃がすことでどうにか被害を一体のみに押しとどめる。
とても人形が独自に下しているとは信じられない、けれど同時に人形であるからこそ自身の喪失を度外視して下せる絶好のダメージコントロール。
「けど、まだだ――!!」
とは言え、敵の人形の数があと二体ならば、竜昇の攻撃の手数もあと二つだ。
残る二つの雷球に意思を通わせて、人形たちが隙を晒す着地の瞬間を狙い撃つ。
だが――。
(なんだと――!?)
着地の瞬間を待つことなく、落下する人形の一体が狙いを定め、竜昇が放とうとしていた雷球の一つを撃ち貫く。
直後に放たれるもう一つの雷球からの極太光条。
結果、矢を放った人形はあえなくその光条に打ち砕かれて、同時に矢に射抜かれた雷球が発射に失敗してその電撃を周囲に散らし、結果として人形の内の最後の一体が生き残る。
そして生きて地に足を付けた以上、敵の人形はこのチャンスを絶対に逃さない。
「しまった――!!」
撃ち放たれた矢が空を貫いて、その先で暴れ狂うクラーケンの姿をした水の怪物に着弾する。
とは言え、案の定その矢は攻撃としてはあまりにも脆い。
流動する水でできた敵の体に着弾し、しかしその着弾の衝撃にすら耐えることができずにその矢が砕けて、そして光の粒子へと変わって怪物の中央、そこに輝く赤い核へと吸い込まれていく。
「まずい――!!」
先ほどの人形の群れと戦っていたときに何度も見た、竜昇達の持つスキルカードとはまた別のアイテムによるスキル習得の光景。
矢を介しての記憶流入と言うその攻撃に、竜昇はその結果を予想して即座に危機感を募らせる。
なにしろ、竜昇達自身スキルシステムによる敵意の移植と言う前例をすでに目の当たりにしているのだ。
この敵が何を意図して矢を撃ち込んだかなど、これまでの経験から簡単に予想ができる。
「野郎、フロアボスをテイムしやがった――!!」
言った瞬間、それまでアパゴ一人に対して猛烈な攻撃を仕掛けていたクラーケンの動きがあっさりと止まり、同時にその注意が竜昇達の方に向くのが巨大な敵のその動きによって感じられる。
まずいことになったと竜昇が歯噛みして、フロアボスと決戦二十七士に同時に襲われる、そんな最悪の事態が頭をよぎって――。
「いいえ、そうは参りません」
その寸前、そんな言葉と共に静が背後で両腕を振るって、こちらへと向き直ろうとするクラーケンを左右から挟み討つように、回転を帯びた二つの何かを勢いよく投げつける。
「あれは――」
投げつけられた物体の正体を竜昇が見破った次の瞬間、クラーケンの両側から着弾したそれらがその衝撃に耐えきれずにあっけなく自壊して、しかしそれによって光の粒子へと変わって中央で輝く核の方へと取り込まれていく。
それはまさしく、先ほど撃ち込まれた矢と同じように。
竜昇の知るスキルカードの習得時と、まったく同じ光景で。
「先ほどお客様が来たことでちょっとした臨時収入がありました。拾い集められたのは三枚だけですが、この際ダメ押しにもう一枚も使ってしまいましょう――!!」
振り向く竜昇に手にしたスキルカードを提示して、直後に静は流れるような動作でそれを振りかぶり、【投擲スキル】を用いてそびえたつクラーケンの頭部へとそれを投げつける。
再び砕けて散る光の粒子。
それらが赤い核の中へと取り込まれ、知識や技能と共に【決戦二十七士】への敵意を流し込まれた水の怪物がその核の光を明滅させて、やがてその攻撃の矛先を竜昇達から別の方へと向けなおす。
「まずいッ、伏せろォッ――!!」
竜昇が叫んだ次の瞬間、クラーケンの水の触手が横薙ぎにぶち込まれ、地に伏した竜昇達の頭上を通り過ぎて先ほど矢を撃ち込んだ最後人形を粉砕する。
続けて、また別の触手が振り上げられて、今度は先ほど人形たちが出て来た、二つのテラス席へと目がけてそれらが叩き付けられて、周囲一帯に粉砕された瓦礫と触手を形成していた大量の水が降って来る。
(くっ……、俺達二人を巻き込むのもお構いなしか……!! まあそうだよなァッ!! あいつにとっちゃ俺達は最優先の相手じゃないってだけで、目障りな排除対象であることには変わりないわけだし)
ハンナが人形を介して行おうとしていただろうテイムと違い、静がこの敵に対して行ったのはあくまでも矛先を操作するだけのMPKだ。
当然、この水の怪物にしてみれば竜昇達とて排除できるならそれに越したことはないわけで、そんな竜昇達に配慮した攻撃など最初から望むべくもない。
それでも、敵の矛先が再度竜昇達から【決戦二十七士】へと向かってくれたのなら好都合だ。
欲を言えば、今の一撃でハンナが倒されていればもっと好都合だったのだが、生憎と今の竜昇は無邪気にその可能性を信じられるほどこの敵を甘く見ていなかった。
「静ッ、もう一度【探査波動】を使うから狙われないようとにかく走れ――!!」
「わかりまし――、ッ、竜昇さん――!!」
返事を仕掛けて叫ぶ静の様子に、とっさに竜昇は彼女の視線の先へと振り返る。
そうしてみるのは、恐らくどこかから飛んできて着地したのだろう。竜昇の背後の床を滑りながら、右腕を振りかぶるアパゴの姿。
「――ッ!!」
とっさにシールドを展開し、同時に手にした杖の力を借りて体重を消して地面を蹴って、竜昇は先ほどと同様のシールド破壊の衝撃で吹っ飛ぶ方法でアパゴの間合いから離脱しようと試みる。
だが、同じ方法による逃走をむざむざ許すほどこの敵も甘くない。
シールドを展開しながら飛び退こうとした竜昇の体が、しかし直後に空中でガクリとその動きを止められる。
(――な、こいつ、シールドを掴んで……!!)
見れば、眼の前に迫ったアパゴが突き出した手で竜昇のシールドに触れて、その手に纏わせた毒々しい色のオーラでシールド表面を溶かして、指を喰い込ませることで竜昇を守る防壁そのものを掴んでいた。
そして、いかに体重を消していたとしても、こうして捕まってしまえばいくら竜昇でも逃げられない。
とっさにシールドを消滅させる竜昇だったが、眼の前のアパゴが引き寄せる方が一瞬早く、無防備なまま引き寄せられる竜昇にアパゴが逆の手を手刀に構えて、それを心臓目がけて容赦なく突き入れて――。
「竜昇さん――!!」
その寸前、アパゴと竜昇の間に、突き出される腕を狙うようにして投げられた苦無がギリギリで割り込んだ。
「【突風斬】――!!」
両者の間で苦無に込められた暴風が炸裂し、その風圧にアパゴが押し戻されて、同時に体重の消えていた竜昇がなす術もなく上空に舞い上がる。
否、なす術もなくとはあながち言えない。
なにしろ吹き飛ばされるその寸前、竜昇の方もとっさの判断で、先ほど発動しかけていた【探査波動】を発動させていたのだから。
「逃がしは――、むぅっ――!!」
追撃をかけようとしたアパゴの元へ、魔力の波動によってこちらの存在に気付いたクラーケンがその水の触手を力いっぱいに叩き込んでその追撃を阻害する。
そうして、どうにか危機を逃れた竜昇だったが、それで油断するわけには間違ってもいかない。
なにしろとっさに放った探査の魔力は、すでにもう一人の敵の一手をその寸前に暴き出している。
「させるかァッ――!!」
とっさに竜昇が空中で振り返った次の瞬間、粉砕されたテラス席の奥から先ほどハンナに六号と呼ばれていた六腕の巨大人形が飛び出して、再び暴れ狂うクラーケンへと狙いを定める。
ただし、寸前に気配を察知できていた分、今回ばかりは竜昇の方が僅かに動きが速い。
なにしろ竜昇の目の前には、すでに六つの雷球が配置されて攻撃の瞬間を今か今かと待っている。
「【六芒電導雷撃】――、発射――!!」
溜め込み、身に纏っていた電力を雷球に向けて供給し、竜昇は飛び出した直後の六号目がけて次々にその雷球を光条へと変えて撃ち放つ。
対して、六号の方もその攻撃に機敏に反応して見せた。
自身が狙われていると知るや即座に走り出して跳躍することで最初の二発から逃れると、テラスから飛び降りながら六本の腕を駆使して次々と炸裂する矢を撃ち放って、自身を狙う攻撃を強引に迎え撃って相殺していく。
「チィッ――、無駄にいい腕しやがって……!! 静ッ、こいつは抑える、先に行ってくれ――!!」
「了解です。どうかご無事で――!!」
次々に雷球を生み出して六号と撃ちあう竜昇の声にそう答え、敵が遮蔽物の影に飛び込んだその隙をついて静が階上のテラスへ向かって【空中跳躍】を駆使して飛び込んでいく。
そんな静に攻撃が向かぬよう、魔法による射撃でどうにか六号を物陰へと抑え込んで、やがて竜昇自身も物陰へと飛び込み、息をつく。
「――さて、これでお前とは一対一の撃ち合いだ。悪いがこっちも先を急ぐつもりなんでな。とっととおまえを倒して静の救援に向かわせてもらうぞ……!!」
竜昇がそう宣告した次の瞬間、まるで六号の方も長々と付き合うつもりはないと言わんばかりに、竜昇の潜む物影目がけて次々と炸裂の矢が飛んでくる。
矢と雷が空中で次々と激突し、閃光と爆風が周囲一帯に破壊の力をまき散らす。




