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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第五層 安寧強授のウォーターパーク
185/327

184:何度でも

 朦朧とした意識のままで、それでも馬車道瞳はどうにか自身の意識を取り戻すことができた。


「目、覚めた……?」


 瞼の動きで察したのか、誰かがそんな声をかけてくる。

 徐々に五感が蘇る。頭の後ろに感じる軟らかい感覚。背中が床に触れる感覚からして、どうやら自分は今仰向けに寝ているらしい。


 そこまで理解して、ではなぜ自分が寝ているのかとそう考えて、直後に瞳の意識は急激に覚醒して勢いよくその場ではね起きた。


 否。それは起きようとした、というのが正確なところであろう。

 なぜなら飛び起きようとしたその瞬間、額のあたりを誰かに抑えられて、瞳は実際には起き上がることがかなわなかったのだから。


「まだ今は、無理して起き上がらない方がいいよ……。手加減はしたつもりだけど、一応脳震盪を起こしてるはずだから」


「――、あん、た……」


 目の前にあった見覚えのある友人の顔に、瞳はそれ以上何を言っていいかわからずに黙り込む。

 どうやら自分は、座り込んだ詩織の膝の上に膝枕される形で寝かされているらしい。

 起き上がろうとした自分を、無意識に額を押さえるだけで制してしまったのは、彼女が習得している【功夫スキル】のなせる業なのか。


 とっさに重力操作を用いて、この状態から抜け出そうかとも考えた瞳だったが、しかしどうやら手足の装備は既に外されてしまっているらしく、少し首を傾ければ自身が使っていた武器と一緒に、魔法の込められた装備一式がまとめておかれているのが僅かに見えていた。


 どうやら今の自分に、自力でこの状況を脱する術はないらしい。


「……。こういうの、たぶんあたしより男にやってやった方が喜ばれると思うよ。あんた胸も大きいから、この態勢からだと見える景色が絶景だし」


 眼の前にそびえたつ二つの巨峰を見ながら若干皮肉とやっかみを交えてそう言うと、当の詩織は『またそんなことを言う……』と若干困ったような苦笑を浮かべてそう答える。

 こんな関係になる前はよく交わしていた、今となっては懐かしい友人同士の会話。

 そんな会話がこんな状況でもなお成立しえいるというその事実に、そんな話題を振った当の本人である瞳は言い知れない不思議さと感動のような感情を覚えていた。


 それはきっと、もう自分たちは二度と、こんな会話を交わすことはないのだろうと思っていたがゆえに。


「あの後、どうなったの……?」


「うん……。他の二か所で起きてた戦いも、瞳が目を覚ますちょっと前くらいに終わったみたい。両方が終わった時に二人に合図を送ったから、もしかしたらそれで瞳を起こしちゃったのかも」


 自身の体の後ろに置いてあった、鞘に込められたままの青龍刀を持ち上げて、その先端で詩織は何度か床をゴツゴツと叩く。

 恐らく実際は、鞘から抜いた刃で何かを強打して、その音を【音剣スキル】で拡大したうえで志向性を持たせて遠くに飛ばすことで、他のメンバーに対する合図としたのだろう。


 もとより、【音響探査】を習得している詩織の索敵範囲は、それのみに集中できる状況なら相当な広範囲に及ぶ。いくらこの階層が壁などに遮られて音が拾いにくい環境だったとしても、同じプールエリアやその一角に建てられたホテルの内部の音ならば、彼女の耳で容易に拾うことができるはずだ。


 そうして音で様子を探ったうえで、今詩織がここでこうしているということは――。


「そっか……。セイジやリカさんも負けたのか……」


「うん……」


「――詩織、これだけは聞いていい? 二人はまだ、生きてる……?」


「あたり、まえだよ……!!」


 意を決して投げかけた問いかけに、詩織はほとんど泣き出しそうな声でそう答えを返す。


 まるでそんな質問をされたこと自体を悲しんでいるかのように。

 質問してしまった瞳自身が、思わず胸に痛みを覚えるような、そんな表情で。







「殺さないのかい……?」


 一方そのころ、プールエリアの端に座り込み、自身の体に【治癒練功】を使用していた竜昇もまた、すぐそばであおむけに寝転がる誠司から同じような質問を投げかけられていた。

 もっともこちらに関しては、詩織のように元からの友人同士という訳でもなかったため、特に心を痛めることもなかったが。


「生憎ですけど殺しませんよ。さっき詩織さんから三か所全部で決着がついたって符丁がありましたけど、他の二か所のどちらでも殺さない程度にとどめておいてくれているはずです」


「そう、か……。まあそうだろうね。けど甘いな。一度は敵対した相手なんだ。殺せるときに殺しておいた方が、後腐れも後々の危険も無かっただろうに」


「一応そうなっていても文句は言えない、くらいの自覚はあったんですね」


「当り前だろう? こっちが殺しにかかっているのに、相手がそれをしないでくれるなんていくらなんでも都合がよすぎるってものだ……。

――もっとも、手を出してしまった以上殺らなければ殺られるくらいの意味で考えて、だからこそ必死になっていたわけだけれどね……」


 受けた攻撃のダメージで動けないのか、横たわったままのその状態で淡々とそう語る。

 恐らくは彼にとって、その言葉は覚悟ではなく危機感という意味でのものだったのだろうが、だからこそ誠司は今の状況が解せないようだった。


 そんな誠司の姿に、竜昇はこの場で、きっちりと自分たちのスタンスを表明しておくことにする。


「殺しませんよ。そもそも俺達には最初から、あなた達との関係を殺して終わりにする気なんてさらさらないんですから」






「あなた達は一体、何を考えているのですか……?」


 袂を分かつつもりなどないと、敵対などなにがなんでもしてやるものかと、そんな意図のこもった静の言葉を耳にして、理香は思わず反射的にそんな言葉を吐き出していた。


 思えばこの相手に対しては何度ぶつけたかわからない言葉だったが、しかしもはやそんな言葉しか出てこないほどに静の言動は不可解だった。


 にもかかわらず、小原静はさらに重ねて理香にとって理解しがたい言葉を口にする。


「生憎と私たちはまだ、あなた方との共闘を諦めてはいないのです。まあ、詩織さんに対してなさったことがことですので、そのあたりをなあなあにしていただくわけにはいきませんが……」


「正気で言っているのですか……? 一度は敵対している相手と、今さら共闘なんてそんなこと……。

 すでに信頼関係が破たんして、互いに相手がいつ裏切るかわからないと思っているそんな状態で、まともな関係性など築けるはずがないでしょう……!!」


 もはや冷静に考えればなぜ自分がこんなことを口走っているのかわからないような状況だったが、それでも理香は言わずにはいられなかった。

 ここまで拗れた相手とそれでも手を組もうとしている静達の行為が、普通に考えてどれほどのリスクに満ちたものであるかを。


 否、そもそもそれ以前の問題として――。


「そもそもここで私たちを生かして見逃して、それで後で自分たちが襲撃されるとは思わないのですか……!? 私たちが後でなにがなんでもあなた達を排除しようと躍起になって、そのうえで自分たちがまた危険にさらされるとは……!!」


 思わず問い掛けるようにそう言ってしまった理香だったが、しかし実際のところ彼女自身も気づいていた。

 わかっていないはずがないのだ。これまで何度か話していたからわかるが、別に静とて愚かでもなければ楽天的でもない。むしろ彼女に対して理香が抱いていた印象では、彼女は淡々とシビアな判断ができる、そんな性格であるはずだ。


 そしてだからこそわからない。

 シビアな判断ができるはずの彼女が、なぜこうも不自然に理香たちを生かそうとするのか。


 自分たちが理香たちに再びの襲撃されないために、一体いかなる手段に訴えるつもりでいるのか。


「ええ、そうですね。確かにここであなた方を見逃せば、再び私達もあなた方の攻撃を受けて、危険に曝されることになるかもしれません」


 だが、わかるはずもなかった。

 まさか静達が理香たちに対して、こんなバカげた対応をするつもりでいるなどとは。


「ですが構いません。どうぞ何度でも好きなだけ襲ってきてください。私たちは何度でもあなた方を返り討ちにして、そして何度でもあなた達を見逃してあげましょう。それこそ、貴方たちが飽きて手を組む気になれるまで」






「――バ、カな……。君は……、自分がッ、何を言っているのかわかっているのか……!!」


 竜昇のその宣言に、誠司はほとんど怒鳴るような声色で、反射的にそんな言葉を発していた。

 別に誠司にしたところで、本来こんなことを言えた義理ではないのは理解している。だがそれでも言わずにはいられないくらいには、竜昇の宣言は彼の理解から外れたものだった。


 けれど竜昇は、そんな自身の発言を取り消すことなく、かわりに今しがた言った言葉を改めて誠司に対して宣言する。


「言葉通りの意味ですよ。あなた達は好きなだけこっちを襲って来ればいい。あんた達がいくら襲ってこようが、こっちはあんた達が俺達と組む気になるまで、何度でも受けて立ってやる……!!」


「馬鹿げている……。とても、正気とは思えない……」


 重ねてなされた宣言に、いよいよ誠司が愕然としたようにそう呟く。

 それは少なくとも、竜昇達の宣言の意味を誠司がはっきりと理解しているが故の反応だった。


「君は、僕たちのことを舐めているのか……!? 三人が三人、一度勝てたからってそんなこと……。何度でも受けて立つってことは、それはつまり今みたいな命の危険を何度も繰り返すってことなんだぞ……!!」


「ああ、そうでしょうね……。実際今勝てたのだって、半分はほとんど運みたいなもんだ。次にやったら、今度こそこっちが負けて死ぬことになるかもしれない」


 そもそも今回竜昇達が勝利できたことだって、竜昇達が事前に詩織から誠司たちの手の内を聞き出して、それらに個別に対策を練っていたことが要因として大きいのだ。


 無論それらの対策は二戦目以降も無に帰すわけではないが、一度目と違って対策されていることがバレている上、次回以降は誠司達も何らかの手段を講じたうえで襲ってくることになるだろう。

 そうなれば、お世辞にも高いとは言えない竜昇達の勝率がさらに低いものになるのは想像に難くない。

 その程度のこと、竜昇達とてそれこそ実感すら伴って、しっかりと理解できている。


「けど、それでもやる」


 そうした危険を自覚して、それでも竜昇は誠司に対して堂々と宣言して見せる。

 そんなこと承知の上だと、それくらいは既に覚悟しているのだと、昨晩三人で決めたその決断を、はっきりと相手に理解させるために。


「どんなに危険だろうが、無茶だろうが、俺達はそれをやると決めた。

 自分たちのやるこの無茶に、この先を生き残るための代償として、支払うだけの価値があるとそう踏んだんだ。

 だから、バカだと思われようが何と言われようが俺達はやるよ。あんた達がどれだけ本気で俺達を殺しに来たとしても、意地でもそれを返り討ちにして、あんた達が折れるまで生きてやる」


「……!!」


 そんな衝撃的な言葉を受け止めて、誠司の精神は反射的に『ハッタリだ』と、まるで現実逃避のようにそんなことを考える。

 いくらなんでもこんなこと、本当に実行できる人間がいる訳がない、と。







 実のところ、己の言葉がハッタリの要素を含んでいることを、小原静はその胸の内で冷静に自覚していた。


 別段、竜昇達と決めたこのプランに不満があったわけではない。

 ただ一方で、本当にこれ以上は危険が大きすぎると判断したならば、たとえそれが『何度でも受けて立つ』と言ったその言葉を翻すことになるとしても、どこかで自分が待ったをかけるべきだろうとも考えていた。

 それは恐らく、自分にしかできない役割だろうと、そんな風にも思っていた。


 けれど逆に言えば、いよいよこれ以上は無理だと、そう判断せざるを得なくなるまでは、静もこの作戦とさえ言えない作戦に付き合えるだけ付き合おうとも考えていた。


 たとえそれが我が身の危険すら伴う、命がけの綱渡りのような行為であったとしても。


(まあそもそも、本当にこの人たちが、私たちに何回も挑んでこられるとは思えませんけどね……)


 同時に、愕然とする理香の様子をその目で見ながら、静は表情に出さない形で内心そう独り言ちる。


 確かに付き合えるだけ付き合うくらいの覚悟は決めていた静だったが、しかしその一方で静は理香達がそれほど何度も静達にリベンジを挑んでこられるとも思っていなかった。


 なにしろ、理香達は別に好き好んで殺人を働きたい殺人狂の集団でもなければ、戦いたくてしょうがない戦闘狂の集団でもないだ。


 彼女たちが静達を排除しようとしていたのは、彼女たちがもはやそうするしかないと思っていたからであって、他に道が示されてしまえばもはやその思い込みは正常には作用しない。

 それでなくとも、自分たちが殺そうとしていたにもかかわらず、今回こうして見逃されてしまったとなれば、当然彼女たちの中にも静達を殺めることへの躊躇が生まれることだろう。

 そして一人でも躊躇する者が現れれば、実質三人しかいない理香たちの集団で静達の排除に乗り出すことは加速度的に難しくなっていく。


 静の見立てでは、恐らく理香たちが静達に挑めたとしても、こちらへと向ける敵意を維持できるその回数は恐らく一度か二度程度。

 下手をすれば、今回のこの会談でリーダーである誠司が心変わりをして、以降は戦闘などせずに済んでしまう可能性も充分にある。


 そういう意味でも、静達が今回行ったこの宣言はハッタリに近い要素を備えていると言えるのだ。

 たとえ発言自体は嘘ではないにせよ、その言葉の真意が相手の戦意をくじく効果を持ち合わせているというのなら。


(さて、どうでしょうか? 自分たちがどれだけ敵意を向けても敵意を返さない、自分達は相手を殺そうとしているのに相手は自分達をあっさりと許してしまう……。そんな状況の中で、あなた達はどれほど私たちに敵意を向け続けることができますか……?)






「それ、いくらなんでも滅茶苦茶だよ……」


 詩織から彼女たちの思惑を聞かされて、もはや瞳は愕然とするよりほかにできることがなかった。

 もとより自身をあまり頭のいい人間とは思っていない瞳だが、それでも詩織の言う『何度でも受けて立つ』と言う言葉がどれほど無謀なことかくらいはすぐに理解できた。


そしてだからこそ、今このタイミングで、瞳は一つの疑問を詩織に対して問いかける。


「……なんでよ……。なんでそこまで、あんたは――」







「なんでだ……。なんで君達は、僕らのためなんかにそこまでできる……」


 永い思考の末に、思わず誠司は竜昇に対してそう問いかけていた。


 竜昇の物言いが、ある種のハッタリなのではないかとも一度は考えた。

 本当は彼らも裏で何かを企んでいて、なにか自分たちの思惑のために誠司達を騙し、利用しようとしているのではないかとも。


 けれど違うのだ。もしも竜昇達が自分たちの思惑のためだけに動いているのであれば、今この時、誠司達をわざわざ生かしておくメリットがない。

 否、厳密に言えばメリット自体はあるのかもしれないが、しかし被る命の危険を考えた場合、あまりにもリスクとメリットの釣り合いが取れていないのだ。


 それこそ、竜昇達が誠司達を見捨てずに、共に生き伸びさせることそのものを目的の一つに設定でもしていなければ、納得などできないくらいに。


 そしてそうとわかってしまうからこそ、だからこそ誠司は『なぜ』と言う問いを竜昇に対して投げかけずにはいられない。


「君は――!! 君達は僕らに対して怒りを覚えていたんじゃないのか……? 僕らが詩織に対してやっていたことを知らされて、僕らの行いに憤りを覚えていたはずじゃ……」


「……ああ、そうだ。あんた達のやり口を聞いて、頭にも来たし、不快にも思った。あんたのことを知れば知るほど、まるで自分が絶対に歩むまいとしていた道を、むざむざ歩いているのを見せつけられているようで……!! 正直に言ってむかっ腹が立って仕方なかった――!!」


「だったら、なんで……!! 」


 動けぬ体で、まるで己の中の感情を絞り出すようにして、誠司は未だに自身の眼の前に立ち続ける竜昇に対してそう問いかける。

 自分という人間の暗黒面を知って、そのどうしようもない本性を遠慮容赦なく暴いておいて、なぜ今この男は、自分のことを未だに見捨てずにいられるのかと。


「――『敵の敵は味方』」


「――な、に……?」


「『敵の敵は味方』とあんたはそんな言葉を使ったな。あれはそう――、【決戦二十七士】の存在について、あんた達に話したその時に」


 言われて、誠司はすぐに自身がその言葉を使った時のことを思い出す。

 確かにそれは、【決戦二十七士】との遭遇について竜昇達が話した時に、竜昇達がその不可解な戦士たちのことを同じこのビルを敵とみなす『敵の敵』として考えているのではないかと、誠司がそう指摘したときに使った言葉だった。


「なんだい……? まさか僕らのことを、この【不問ビル】に対する『敵の敵』だから、だから生かしておくなんて、そんな風に考えているのかい……?」


 もしもそうだとするならば、それはいくらなんでも考えが甘すぎるというものだ。

 いかに共通の敵がいたとしても、人間というものは簡単に一枚岩になどなれる生き物ではない。

 むしろ敵の敵と言うのならば、それこそ誠司がそうしようとしていたように、ここで袂を分かって別々に行動した方がいいくらいだ。


 そんな風に考えて、誠司は直後に、それこそ自分自身の考えの甘さをはっきりと自覚する羽目になった。


「そう、『敵の敵』……。あの時、あの段階で、俺達の関係はまさにそれだった。結局のところ、あの時の俺達はまだ『敵の敵』同士でしかなかったんだよ。互いにようやく出会った同じプレイヤー同士で、言葉も通じる、同じ苦難と戦う者同士だったって言うのに。

それでもあの時俺達は、ただ共通の敵を持っているっていうだけの『敵の敵』同士にしかなれていなかった(・・・・・・・・)


 言うなればそれは、【不問ビル】を相手取る上での【決戦二十七士】と立場は同じ。

 利害は一致しているかもしれない。けれど決して信用できている訳ではない。そんな味方になり切れていない関係こそが、あの時、あの段階での竜昇達と誠司達との関係だった。


「――けど、俺達はそれじゃあダメなんだよ。

 敵はただでさえ強大で、結局のところ【ビル】と【二十七士】、どちらが敵でどちらが敵の敵なのかもわかっていない、こんな状況だからこそ……!!

 せめて互いの置かれた立場が分かる俺たちプレイヤー同士でだけは、そんな『敵の敵同士』なんて関係でいちゃダメなんだ……。

『敵』でもなければ『敵の敵』でもない、ちゃんとした、味方同士でいなければ……!!」


「……味方、同士……」


「そうでなければ……。味方に付けられる相手全てとうまくやっていくくらいのつもりでいなければ、きっと俺達はこの先、生き残れない……」


 そこまで言われて、ようやく誠司は自身の考えの甘さを理解する。

 なんてことはない。考えが甘いと侮っていた竜昇達よりも、よっぽど自分の方が相手にしなければいけない敵の力を甘く見ていたのだ。


 今の自分達ならば、たとえこの先どんな敵と遭遇することになったとしてもなんとかできるとタカをくくっていた。

 実際にはそんな保証などどこにもないはずなのに、これから遭遇するだろう敵達を、今の自分達にどうにかできる存在だろうと侮った。


 けれど、互情竜昇の方はそんな風には考えていなかった。

 自分たちが立ち向かわなければならない相手は強大で、それに対抗するために必要な味方も、今を逃せば今後いつ得られるかわからないと、そんな風に冷静に見据えて、考えていた。


 それこそが、互情竜昇と中崎誠司の、二人の視点の決定的な違い。


 怒りを覚えていない訳ではなかった。そのやり口に、煮えたぎるような感情も抱いていた。


 けれど、それでも。

 竜昇はそんな感情に安易に流されて、誠司達との関係を投げ出すような真似をしなかった。

 自分たちが生きていくために。あるいは、すでにうまくやっているだろう共に生きる仲間と、これからもうまくやり続けるために。


「だから俺は、たとえあんた達のことがどれほど気に食わなかったとしても、あんた達とうまくやっていく方法を模索するよ。詩織さんに詫びは入れてもらうし、筋も通してもらうけど、そのうえで俺達は、あんた達と共に歩む道を選ぶ。

 ……どんなに不快に思おうが、腹を立てようが……、結局のところ俺達は、互いにうまくやっていくよりほかにないんだから……!!」


「……ああ、そうか……」


 竜昇の言葉にそれだけ返して、誠司は痺れの残るからだから力を抜いて、仰向けに転がったまま天井を見上げて嘆息する。


 つくづく、自分と言う人間の小ささを思い知らされた気分だった。

 あるいは、格の違いと言うのはこういうことを言うのかもしれない。

 自分がどれだけ狭い視野で物事を見ていて、短絡的な行動を賢い選択だと信じて動こうとしていたのかを、まざまざと見せつけられた気分だった。


「……本当に……。この階層で初めて君と話した時は、正直君はあの小原さんという娘の傀儡になった、お飾りのリーダーなんだとばかり思ってたんだけどな……」


「そう思われても仕方がなかったかも知れませんね……。確かにこの階層に来てからの俺は、本当にいいとこ無しでしたから……」


「ハッ、よく言うよ……」


 そう笑って、直後に誠司は意を決したように身を起こし、起き上がる途中のその態勢から竜昇の方へとその手を差し向ける。


「手を、かしてもらっても構わないだろうか……? 

――正直僕は、思ったほどたいした奴じゃなかったみたいなんだ……。僕の力じゃ、こんな僕だけじゃ、この先彼女たちを守れない……」


「――別に、俺だってそんなたいした奴じゃありませんよ。ただ見上げるだけではいたくない相手が――、並び立ちたい相手が、すぐ近くにいたってだけです」


 そう言って、竜昇は差し出されたその手をしっかりと掴み、まだ本調子と言えない誠司の身をしっかりとした力で引き起こす。

 先に待ち受ける苦難を前に、『敵の敵』同士だった二者は、ようやくそれ以上のものになるべく互いにその手を携える。


 それこそが、この安寧を強いる階層に置いて、両者が苦難の末に至る結末。



















 ――そうなる、はずだった。


 戦闘に際して付近に投げ出していた竜昇の荷物、そして誠司の衣服のその内側から、同時に聞き覚えのある、そしてこのタイミングでは決して聞きたくないアラームが鳴り響かなければ。


「――な」


「なに――?」


 手を取って引き起こしたその姿勢のまま顔を見合わせ、竜昇と誠司は即座に誠司の持っていたスマートフォンでその音の理由を確認する。

 とは言えこの音が鳴る以上、その理由として思い当たるものなど竜昇達にはすでに一つしかなかった。


 ただし、実際に目の当たりにしたメッセージの内容は、竜昇達が想定していたものよりさらに輪をかけて悪いものだった。


「これは――」


「なんだこれ、一体、どういう状況だ……!?」


 画面に映っていたのは、多数の【影人】と思われる敵と、模造の海を挟んで対峙する見知った詩織と瞳の後姿。


 そして海を挟んでもう一人、沖にある帆船を模した舞台上で影人たちに混じるようにして、見覚えのあるマントとフードをかぶった人影が潜むようにたたずんでいるのが僅かに見える。


「なんにせよ、このビルのゲームマスターは、俺達をこのまま生かしておくつもりはなかったっていうことだ……。この階層で僕らのことを、なにがなんでも始末してしまうつもりらしい……!!」


 そう言って、竜昇は画像の後ろに記された、新たに現れた敵の名前を読み上げる。


 これまでの三人と同じように、【決戦二十七士】の名と共に記された、ハンナ・オーリックと言うその名前を。


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