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難攻不落の不問ビル ~チートな彼女とダンジョン攻略~  作者: 数札霜月
第五層 安寧強授のウォーターパーク
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168:二つの検査

 竜昇達二人がアパゴの取り調べを行っていたころ、逆に取り調べを受ける立場へと自身を落とし込んでいた静は、その自身を取り調べる相手である理香によって、まずは身体検査を受けていた。


 すでにウェストポーチごと装備は明け渡し、加えて左手に装備していた【武者の結界籠手】も没収されてしまった後である。

 現在静の装備一式は、十手や籠手などまでその全てがウェストポーチに括りつけるようにまとめられ、そのウェストポーチを他ならぬ理香自身が腰へと付ける形で彼女に管理されていた。


 どうやら静が装備を取り戻そうと思うなら、他ならぬ理香自身からそれらを奪わなければならないという状況を作るのが狙いらしい。


(……)


 そんな理香からの処遇について、一応静としても思うところはあったのだが、しかしそれは今言っても仕方がないものと割り切って、ひとまず彼女の好きなようにさせておくことにする。


 そもそもの話、ここまでのことは静としても事前に予想して織り込み済みだ。


 自覚している部分では取引材料として、そして無自覚な部分では半ば挑戦するような態度で、自らを拘束して取り調べの場に差し出した静だったが、そんな自分の態度を相手が信用するなどとは、流石の静も欠片も思っていなかった。


 というよりもこんな話、自分ならばまず警戒する。

 自身の提案が捨て身に近い危険なものであることを自覚しているがゆえに、もしも提案された側だったら何かの罠の可能性を疑うだろうと、むしろ静はそれが当たり前という気分で相手の警戒心を事前に予期してここに来ていた。


 だから静は、この会談を行うに際して、理香の気が済むまで好きなだけ自身の体を調べさせることにした。


 現在の静の格好は水着にパーカーというものを隠すのにほとほと向かない格好ではあるものの、それでも自分ならばまず武器を隠し持っている可能性を疑うだろうとそう予想して、それゆえに静は同性である理香を指定して身体検査を行うよう促した。


 だからこの状況は、言ってしまえば静にとって予定通りのものなのだ。

 ただ一点、想像していたのとは全く逆のベクトルで、予想外だったことがあるのを除いては。


「……おや、もう終わりなのですか?」


「終わりですが……、なにか問題でもあるのですか? そもそもそんな水着姿で、これ以上調べるところなどないでしょう」


「いえ……、なにぶん刑務所などでは、下着の中、と言いますか……。あまり口にするのもはばかられるような場所まで調べられるという話を聞いていたものですから……。最低でも裸に剥かれるくらいは覚悟してここまで来ていたのですが……」


「……」


 大真面目な顔をして結構なことを言う静の姿に、なにを思ってか理香が目を細めて考えこむように黙り込む。


 ちなみに静がそんなことを知っていたのは、他ならぬ静自身が自分自身の犯罪者適性を自覚していたが故に、自戒の意味も込めて刑務所などでどういった扱いがされるのかを調べてみたことがあったからなのだが、流石にそんなことをこの場で大真面目に語って聞かせるほど静も無謀ではない。


「……呆れた話ですね。いかに同性とは言え、そんなところまで調べさせるつもりだったとは……? ……まさかとは思いますけど、そう言った趣味がある(・・・・・・・・・・)、というわけではないのですよね……?」


「趣味……? いえ、別にそう言った趣味はないつもりですが……?」


「……」


 真顔でそう返答する静の様子に、理香がまるでその意図を推し量るかのように、微かに目を細めて再び黙り込む。


 小原静と先口理香、共に表情を他人に読まれないことに定評のある二人だがしかし実際見比べてみるとそれぞれに対して抱く印象は対照的だ。

仮に静の表情が、常に余裕を保ち、微かな笑みを浮かべたポーカーフェイスとするならば、理香のそれは鉄皮面とでも呼ぶべきそれだ。

 当然、相手に与える印象のようなものも、静のそれがどこか挑発的で油断ならない雰囲気を醸し出すものであるのに対して、理香のそれはひたすらに冷たい、機械的な威圧感を感じさせるものである。


 そんな二人が見つめ合う、ある種根競べのような沈黙がしばし続いた後、そんな時間の無意味さを悟ったかのように理香が淡々と話を切り上げに来た。


「……とにかく、身体検査の方はもう結構です。そもそもあなたの水着で、武器の類が隠せるとは思っていませんから」


「おや、隠すものは何も武器だけとは限りませんよ? そもそも、このビルにはマジックアイテムの類もあるのですから」


「構いません。おかしな真似をするようなら、【観察スキル】で必ずそれを見抜いて予兆の段階で潰します」


 どうやら【観察スキル】には動きの予兆などを見抜く力もあるのか、静から一定の距離を取りながらも、理香は変わらぬ鉄皮面ではっきりとそう宣言して見せる。

 確かに、表情から内面を読み取れないとされる静だが、曲がりなりにも人の形をしている以上、人体の構造上必ず生じてしまうような動きの予兆まではさすがに隠せない。


 そう言う意味では、すぐに取り出せるパーカーの中などに武器になるものを隠していなければ、あとは【観察スキル】を用いて見張っていれば大丈夫という理香の言うことは、決して間違っているとも言えない確かな事実だ。


 だがそう思う一方で、静には内心でどうしても思ってしまっていることがあった。


(なんと言うか……、どうにも手緩いんですよねぇ……。どこか徹しきれていない所があると言いますか……)


 思えば、先ほど身体検査を行っていたときもそうだった。

 確かに服の裏などに何かを隠し持っていないかチェックはしているのだが、その手ぎわはどこかぎこちなく、しかも触れる時の手つきの端々に、どこか静に対する遠慮のようなものが感じられた。


 恐らく本人は隠しているつもりなのだろうが、間近で観察してみるとどうにもそうした感情が影から覗くように見て取れてしまう。


(このあたりは、やはりスキルという仮初の力を身に着けただけの一般人の弱いところと、そう考えるべきなのでしょうか……)


 いかにスキルによって超常的な力を身に着けていたとしても、プレイヤーは基本的に平和な国で生活していた、言ってしまうならずぶの素人だ。

 これが城司などのように元々が警官だったというのならば話は変わって来るのだろうが、スキルによる補助もなしに素人である理香が身体検査など行うならば、やはり粗や甘さのようなものが出てしまうのは仕方のないことなのかもしれない。


(――、とはいえ、流石にそれでは困るのですけどね……。理香さんにはできるだけ、自身が納得できる形で私から情報を引き出してもらわねばならないのですし……)


 取り調べを受ける側にあるまじきことを考えながら、やがて静と理香は一定の距離を置いて正面から向かい合う。


「さて、それではいよいよ取り調べを始めましょうか」


「ええ、かまいませんよ。――それで、まずは一体、何から聞きたいですか?」


 理香からの宣言に静がそう応じて、いよいよ静から理香への、事情聴取という名の情報伝達が開始される。


 果たしてどこまで彼女を真実に近づけられるかと、心中で密かにそんな思いを抱えながら。






 アパゴの装備を見せると言われて連れていかれたその先は、恐らくは従業員用のものと思われるロッカールームと思しき場所だった。

 部屋の中央、二つ並べられた折り畳み式の長机の上にロッカーから取り出された装備が並べられ、それによってようやく誠司から装備品を検める許可が下りる。

 どうやら誠司たちは、アパゴの装備の保管法として、本人のわからない所に隠すというシンプルな方法を選んだらしい。


(それにしても、改めてみるとやっぱりボロボロで、ロクなものがない感じだな……)


 一応誠司達も、彼が持つという【魔刻スキル】の知識の元、最低限の衣服を残してアパゴの持ち物は全て剥ぎ取ったらしいのだが、しかしそれでも押収できたものの中で特筆するようなものは膝あてやブーツ、そして件の紋章の刻まれたマントなどの最低限の防具のみ。一応ナイフなども見つかったが、それも戦闘に使えるようなものではなく、あとは携帯食料や水、医療器具など、どちらかと言えばサバイバル寄りの物品がほとんどだった。


「やはりたいしたものは持っていないようですね。こちらの膝あてやブーツなどは、一応戦闘を想定した装備にも見えますけど……」


「ああ。その二つには一応魔法を使うためと思しき術式が刻まれていたよ。まあ、ビルが用意したものじゃないせいか、それとも破損していて機能が残っていないからか、解析アプリでも鑑定できなかったけどね……。術式も僕が持っている知識にはないものだったから、これがどんな効果を持った物品なのかの判別はできそうにない」


 その言葉に、同時に竜昇は誠司がアパゴの装備品をこんな場所に隠していた、その大体の理由を推察する。

 恐らく誠司たちは、これらの装備品に活用する道を見出せなかったのだろう。


 まあ、考えてみればもっともな話だ。わざわざ他人から奪わなくとも、ある程度であれば、すでに彼らは装備を自作できる段階にまで達しているのである。

 となれば、奪った装備を手元に置いておくことに大きなメリットがあるとは言い難く、加えて効果も定かでない物品を手元に置くことには、効果がわからないがゆえになにがあるかわからないという不安がつきまとう。

 特に誠司たちの場合、行動を共にしているメンバーの中にほとんど心神喪失状態と言ってもいい愛菜がいるのだ。

 そういう意味では、これらの装備をロッカールームに隠したことには、アパゴの手から遠ざけるという以上に、迂闊に装備に触りかねない愛菜の手から遠ざけるという、そんな意味合いもあったのかもしれない。


 そんな分析をしつつ、続けて竜昇は問題のアパゴの所持品を一つづつ手に取り確認していく。

 そうして改めて並ぶ物品を見て思い出すのは、昨日静達と話した際に彼女が言っていた一つの可能性だ。


「やはり、あのアパゴという男が強敵とかち合って撤退して来た、ある種の敗残兵という可能性はこれを見ると高いように思えますね。さっき実際に見ても、あの人はわき腹を怪我していたようでしたし」


「ヘぇ、なるほど。君たちはあの男のことをそんな風に予想していたのか……。

確かに、服や装備品はボロボロだし、武器らしい武器も持っていない。妙だとは思っていたが、武器は破壊されるか何かして失ったのだと考えたほうが状況的には自然なのかな……」


「その場合、相手がどんな奴だったのかとか、そいつがこの階層に来る可能性はあるのかとか、いろいろと気になることもありますけどね……。

 ――あれ、これは……?」


 と、そんな会話を続けつつ持ち物の確認を行っていた竜昇が、不意にその中に幾つか、見ただけではよくわからない物品を発見する。


 それは合計四枚の、薄くて小さい板状の物品。

 当初竜昇は、それがスキルカードの一種かとも思ったのだが、しかしその板の大きさは竜昇の親指ほどと酷く小さく、長方形の板の上の方には何やら短いひものようなものが結ばれていた。


「ああ、それか。それについては調べてみたんだけど、僕らにもよく正体がわからなかったんだよ。やはり解析アプリにも反応しないし、表面の模様も術式とは少し違うようだしね」


「確かに、なにか模様みたいなものがありますけど、これは後から刻み付けたって感じでもありませんね」


 見た限りでは少なくとも武器ではないようだったが、しかしこれに関しては魔法の存在を考えると確かとは言い切れない。

 ただその大きさと形から、竜昇には一つこれの正体として思い当たるものがあった。


「もしかしてこれ、ドッグタグの一種でしょうか? 軍隊なんかで、兵士の身元確認のために使われるっていう」


「まあ、その可能性は僕らも考えたんだ。実際今でもそれが一番有りうるとも思ってるしね。ただ気になるのがそれが四枚も出て来たって言うことと、それがあった場所でね」


「場所?」


「ああ」


 そう言って誠司は自身の着る服の、襟のあたりをその指でつまんで示す。


「見つかった四枚のうち、二枚は他の荷物と一緒にされていたんだけど、他の二枚は襟とズボンのすそ、その裏地に縫い付けられる形で隠されていてね。ドッグタグって、回収しやすいからなのかどうしても首から下げるイメージがあるだろう? それを考えると、どうにもなにか扱いというか、そういう部分が違うような気がしてね」


「確かに、服の裏地に縫い付けるなんて回収を想定した装備の仕方じゃないですね……。どちらかというと、いざという時に使うために隠し持っているような……。

 中崎さん、念のために聞きたいんですけど、あのアパゴという男が他にもこれと同じものを持っていないかどうかはちゃんと確認したんですよね?」


「もちろんそのつもりだよ。もしかしたら隠し武器の類かも知れないと思ったから、念入りに探して取り上げたつもりさ」


 誠司から帰ってきたその答えに、漠然とした嫌な感じを覚えていた竜昇はひとまず安心して胸をなでおろす。


 ただし、この時竜昇は知る由もなかった。取り調べを受けるに際して実際にそれを受けることになった静とは違って。


 誠司達の行う身体検査が、決して一部の隙も見落としの無い、完璧なものなどではなかったということなど。


 そして見落としが生じていたその時に、今竜昇の手の中にある物品が、どんな働きをしてしまうかということなど。


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