136:敵の敵は誰だ
「利害が一致するのか、ですか……?」
誠司の言葉に、静が再び怪訝そうな声を漏らす。
そしてそれは竜昇としても同じような気分だった。なにしろ利害についてだけは、むしろ同じ【不問ビル】と敵対しているという点で一致していると思っていたのだから。
「君たちがなぜ彼らと共闘できると考えたのかは大体想像がつくよ。自分達がこの不問ビルによって不条理な戦いを強制されているこの状況で、そのビルから明らかに敵視されている者達が現れた。ならば同じ相手を敵として見ているという共通点で、いわば『敵の敵は味方』って感じの理屈で、彼らとは利害が一致して共闘が可能なのではないか、と、そう考えたんだろう? 相手が顔の見える同じ人間だった、というのもあるいはその考えに拍車をかけたのかもしれないね」
「……ええ、そうです。確かに私達は【決戦二十七士】をいわば【不問ビル】を相手にした時の『敵の敵』として見ていました……」
静が同意するように、竜昇も【決戦二十七士】を何も同じ人間だから味方だなどと思っていた訳ではない。
ついでに言うなら別段竜昇とて、敵の敵は味方だなどと言う言葉を頭から信じているわけでもない。
いかに利害が一致していたとしても、所詮竜昇達は彼らにとって赤の他人でしかないのだ。向こうにこちらを守ってくれるなどと望めないのはもちろんのこと、いいように利用された挙句切り捨てられる展開だとて当然にありうる関係性である。
それでも、竜昇達は【不問ビル】という共通の敵がいるのであれば【決戦二十七士】とは戦うことなく済ませられるのではないかと考えていた訳だが、そんな二人の考えに、眼の前の誠司はあっさりと一石を投じる。
「確かに、状況的に見てこのビルと【決戦二十七士】は敵対していると見た方がいいだろう。けど、僕たちはそもそも両者がなぜ敵対しているのかその理由を知らない。極端な仮説をあげるなら、【決戦二十七士】とは僕たちの世界を侵略しに来た異世界からの侵略者であり、僕たちは彼らと戦うためにこのビルのゲームマスターによって選ばれた戦士なのだ、なんてベタな展開さえ現状はまだありうるんだよ」
「それは――」
誠司が挙げたあまりにも作り話染みた仮説に思わず反論しようとして、しかし直後に竜昇はその仮説が言うほど的外れとも言い切れないことに愕然とする。
特に竜昇の感覚の中でしっくり来たのは【決戦二十七士】が異世界からの侵略者、と言う部分だ。本当に侵略者なのかどうかは定かではないが、しかし未知の装いに身を包み、武術と合わせて魔法を使い、そして聞いたこともない言葉を操る彼らの存在は、確かに【異世界人】と言われるとしっくりくるものがあるのだ。
そう考えると、誠司自身がベタだと言ったこの仮説もあながち笑えない。
それどころか、現状の情報を見れば十分にありうる可能性であるとも言える。
「正直に言うと君たちから【決戦二十七士】の話を聞いて少し納得したんだ。前々からどうにもこのビルには、僕達を育てようとしている節があるように思っていたからね」
「……それは、俺達も思いました。最初に【決戦二十七士】に出会った時に。わざわざスキルや武器を与えているのはあいつらと俺達をつぶし合わせるためだったんじゃないかと」
もしもこのビルの目的がただ単純に僕達を殺すことが目的だったならら、なにもあんなゲーム染みた敵キャラなど用意せずにもっとすっぱりとやればいい。
なにしろ相手はこんなダンジョン染みた空間を何階層も用意できるような相手なのだ。それこそ有毒ガスが充満した部屋に放り込むなり、狭い部屋の中で四方八方から銃弾を浴びせるなり、部屋ごと燃やして焼き殺すなり、殺害だけを目的としていたならばいくらでも方法はあったはずである。
それをせずに、わざわざ武器やスキルを与えてダンジョン攻略などやらせているとなれば、当然他に何か目的があると見るべきだろう。
「それだけじゃない。僕にはここに来るまでの過程、各階層のつくりそのものが、僕達に戦う力を付けさせるための一定の育成過程だったんじゃないかと思えてならない。
君たちはスキルのレベル上昇、それに伴う術技の習得がどういう時に起きるかは把握しているかい?」
「ええ、一応。印象を交えて端的に言ってしまうなら、基本的には以前得た知識を思い出すのに近い条件ではないかと見ています」
誠司の質問に、静が非常に簡潔に自分達の中で出していた結論を説明する。
その言い方は、ある程度答えにたどり着いていなければ曖昧で理解できないものだったが、しかし誠司たちはそうではなかったようで、静の回答にどこか満足そうにうなずいた。
「そう、基本的にスキルのレベルが上がる条件は記憶を、それこそテストの時に答えを思い出すのと同じようなものだ。具体的には、思い出すためのヒントとなる情報か、あるいは答えそのものの情報を得ると一気にレベルが上がって新しい術技が発現する傾向がある。あとはうんうん唸って答えを思い出そうと努力する、なんてのもスキルのレベルを上げる条件と言えるかもしれない」
より正確に言うなら、相手の技を見てスキルの中に収録されている同様の、あるいは類似した技を発現させたり、すでに発現している術技を足掛かりに新しい術技を発現させるのが前者。第一層のボス戦で竜昇がやったような、思いだそうと強く意識した結果、本当に術技を発現させるのが後者と言えるかもしれない。
これに関しては同じ推論でも、ある程度感覚と経験に裏打ちされている分他の推論よりも確信を持って言えることであった。
「このスキルシステムの厄介なところは、ただ単純にスキルを習得して時間が経過しただけではレベルの上昇が期待できないってところだ。いや、厳密にいうならばそれでもレベルが上がることはあるかもしれないけれど、恐らく実際に魔法や技を使って、実践と実戦を繰り返していった方がレベルの上昇は早い」
「……まさか、これまで俺達を戦わせてきたのは、全部スキルの、それこそゲームのようなレベル上げのためだったって言うんですか?」
「そう考えるといろいろと辻褄は合う気がしないかい? 今にして思うと、これまで僕達が通ってきた階層には一定のテーマの様なものが設定されていた。例えば、君達の場合は博物館だったって言う第一層だけど、僕らの場合は水族館で、けど同じようにほぼ一本道、出現してくる敵達を順番に倒しながら進んで、最後にボスを倒してクリアになる、いわばダンジョン攻略としては一番オーソドックスなものだった。
あれはひょっとすると、僕らへのチュートリアルの役割を持っていたんじゃないだろうか」
「……!!」
「同じことは他の階層にも言える。僕たちと同じ場所だったって言う第二層、あの深夜の学校は七体の強力な【影人】と“絶対に”戦わなくてはいけない場所だった。となればあの階層で求められていたのは、強敵と戦ってそれを倒せるだけのシンプルな実力だろう。
第三層に関しては君たちはほとんど強行突破のように通り過ぎてしまったから若干の情報不足ではあるが、電車から大量の敵が出現したという話と僕達の時の例から考えて恐らくは――」
「――恐らくは対多数戦を想定した戦場、と言ったところでしょうか」
(――ん?)
不意に、誠司の隣からそこに座る理香が、彼の話に横やりを入れるようにそう発言する。
その唐突な発言に一瞬の沈黙が場を満たすが、そこ素早く立ち直ったのは、やはり彼女とパーティーを組んで出席していた誠司だった。
「――あ、ああ、そうだね。第三層、並びに第四層は主に対多数戦を想定したものだろう。あるいは大量の敵と戦わせることで、僕たちのスキルのレベルアップを図っていたのかもしれない。
まあそんな感じで、僕はどうにもここまでの道のりが、まるで僕らに戦う力を付けさせるための育成過程のように思えてならなかったんだ」
「……ですが、俺達を育てようとしているにしては少し、いえかなり危険が大きすぎませんか? 正直ここまで攻略して来て何度も死にかけましたし、……それどころかそちらでは、その……」
「――そうだね。確かに僕たちのところでは、実際に死者が出てしまっている」
言いにくい言葉に口ごもる竜昇に対して、実際に死者が出てしまっているパーティーの代表者である誠司は思いのほか冷静にそう応じる。
「確かにこの【不問ビル】のゲームマスターが、僕たちの意思や命のことなんて歯牙にもかけていないのは事実だろう。さっきは育成過程なんて言ったけど、その裏には恐らく『これで死ぬような者に用はない』と言わんばかりの、恐らくは僕達プレイヤーをふるいにかけるような意図も透けて見える。
けど残念ながら、それだけではこのビルのゲームマスターが僕たちにとっての絶対的な敵であるという証拠にはならない。味方とは到底言えないやり口だけど、それでも『敵の敵』に対するものとしては十分にありうるやり口だ」
敵の敵は味方ではなく、利用し、そしてたやすく切り捨てることのできる相手。
それは竜昇自身が【決戦二十七士】を『敵の敵』とみなしていたころから念頭に置いて警戒していた考え方だ。
もしもその『敵の敵』が竜昇達プレイヤーにとっての【決戦二十七士】ではなく、【不問ビル】にとってのプレイヤーと言う存在なのだとしたら、確かにここまでのこのビルのやり口にも納得のいくものがある。
「――まあ、ここまで自信満々に語ってきたけど、これらはあくまでもそう言う可能性もあるというだけの話だ。そもそも最初に話した『影人進化説』と今の『【不問ビル】=(イコール)敵の敵説』は根本的に両立できない、両立させれば矛盾が生じてしまう仮説だしね。まあ二つの仮説を両立させられる仮説が無いとも言い切れないけど、情報の揃っていないこの段階でそこまで考えるのはいくらなんでも不毛に過ぎる。
そう言う意味では、君達の『【決戦二十七士】の戦士を一人捕まえて情報を得る』って言うプランには僕も賛成だよ。もっとも、そのためには言葉の問題があるし、そもそも彼らと出会うためにこの階層から先に進まなくちゃいけない訳だけどね」
「全てはまず先に進んでから、と言う訳ですか」
誠司の物言いに、竜昇は何となく、現状でできる情報の交換や検証はここまでかとそう判断する。
これ以上の情報、それこそ竜昇がこの場で画策していた、互いの手の内に関する情報などは、恐らくもう少し互いに信頼関係を気付いてからでなければ交換できまい。
ならば、後この場で話し合うべきは明日以降、この場にいる二つのパーティーがどう行動するかである。
「残念ながら、今日一日互情君と渡瀬さんの二人に捜索してもらってもこの階層のボスは見つからなかったわけだけど、できれば君達には明日からもボスの捜索に協力してほしい。君たちの探し方にケチをつけるつもりはないけど、そもそもこれだけ広い階層をたった一日で完璧に捜索しきれるわけがないからね」
「そのことなんですが、そちらのパーティーには他に何か、ボスを探す手立てはないんですか? 確かに俺や詩織さんは広い範囲の索敵を行えるスキルがありますけど、それだって絶対の方法じゃないし、そもそもたった二人では探せる範囲にも限界があります」
相手の手の内を探るような発言にはなってしまったが、しかしこれに関しては聞かないわけにはいかないと判断して、竜昇は思い切ってそう問いかける。
一応誠司たちの方でも自作のアイテムによる感知網は敷いているようだし、人数に関してももこの先城司の戦線復帰や、誠司たちの行っている何らかの作業の終結を待てば多少の増員を見込める訳だが、しかしそうした事情を加味してもこの広い階層を探し回るには人数と手段が不足している感は否めない。
できればもう一つ、なにか捜索に使える一要素が欲しかったのだが、生憎と誠司が見せたのは己の首を横に振る動きだった。
「残念ながら、こちらが今使える索敵能力は現状だとあの感知用の護符だけだ。……厳密には実はもう一つ、索敵に役立つスキルはあったんだけど、なにしろそれを習得していたのが愛菜でね。彼女には他にも重要なスキルを優先して習得してもらってたから正直少し困ってるんだよ」
言葉通り困ったような表情を浮かべながら、誠司はため息交じりに自分達のパーティーの実情をそう告白する。
確かに今の愛菜の様子を考えれば、彼女の習得しているスキルはほとんど使えないものと判断した方がいいだろう。まさか無理やり使わせるわけにもいかないし、仮にそうしたところで、今の彼女の状態では習得した術技を満足に使えるかどうかも怪しいところだ。
「まあそうはいっても、マナの習得しているスキルも、言ってしまえば通常五感の延長みたいな能力だから、君達が探して見つからないものを見つけられるかは微妙なところなんだけどね」
「――でしたら、いっそのことこの階層の攻略は諦めて上の階層に戻るという選択肢もあるのではありませんか? 先ほどお話ししましたように、階層同士はランダム、あるいは何らかの規則性によって行き先が変わります。ちょうど今なら私達がこの階層に来たときの扉が使えますし、このまま上に戻って改めて第五層へと降りれば、こことは違う別のフィールドに出ることが可能かもしれません」
「なるほど……。確かに選択肢としてはそれもありか」
静の提案に、誠司はわずかな間その意見を吟味するように黙り込む。
先の情報交換の際、竜昇達は誠司たちに、このまま下の階に下りて行っても出口はないかもしれないことを率直に伝えている。
意外だったのは、それに対して彼らがそれほどショックを受けた様子が無かったことだが、しかし先ほどまでの話から察するに、彼らもこのビルを脱出するためには単純に下の階までたどり着くだけではだめなのだとある程度推測していたのかもしれない。
あるいはもっと単純に攻略しなければいけない階層が膨大すぎて、下の階にまでたどり着ける可能性を絶望視していた可能性もある訳だが、何はともあれ彼らの中で下に進む以外の選択肢が生まれていることはほぼ確実だ。
とは言え、それでも方針転換をするにはまだいささか判断のタイミングが早すぎたらしい。
「確かにそれも手段としてはありだと思う。けど、できることならもう少し様子を見たいな。なにしろ今はマナもあの状態だし、前の階層に戻るのはできるだけ最後の手段にしたい」
「……わかりました。それじゃあ明日からも、私達は引き続きこの階層の探索を行う、と言うことでいいですね?」
「悪いけどそれでお願いするよ……。僕達の方も、明日からはもう少し捜索に参加できるようになると思うから、前の階層に戻るかどうかの結論はその後で出そう」
そうして、今後の方針を決めた後、その具体的な方法と毎晩こうして会合を開くことだけ打ち合わせをして、その日の話し合いはひとまず終わりを告げることとなった。
最も話し合わねばならない事柄を、いくつも話せないまま取りこぼして。
それがいったいどんな結果をもたらすかなど、誰も予想ができない故に。




