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118:隠れる者と隠し事

 劣勢の戦場に新手の敵が乱入する。

 囚人・看守の区別なく、文字通り吹き抜けから飛び込むようにして次々と。


 否、それは飛び込むなどと言うような、生易しい乱入ではなかった。

 どの(エネミー)も、砲弾のような速度で飛来して、そしてまともな受け身も取れずに、ほとんど叩きつけられるように床へと着弾している。

 当然、いかに人間よりも耐久性と再生能力に長ける(エネミー)であっても、これだけの速度で床に叩きつけられればただでは済まない。

 手足がもげるなどはまだ序の口。中には半身が粉砕したり、あるいは唯一の急所と言える核が粉砕されてそのまま消滅の憂き目にあう(エネミー)までいる始末だ。

 中にはシールドを初めとする防御能力で身を守る者もいるが、そんな対応ができているのは本当にごく一部に限られているように見える。


(なんだこいつら、一体なんでこのタイミングでこの場所に――!?)


 次々と周囲に着弾する敵の群れに、竜昇は半ば混乱しながらその疑問の答えを探す。

 こんなもの、到底自分達の意思で飛び込んで来たとは思えない。しかも飛び込んで来る敵達は、囚人型も看守型も本当に無差別だ。

 これではまるで、自分達で飛び込んで来たというより、誰かに投げ込まれたようではないか。

 そう考えて、直後に竜昇はようやく今起きている事態の正体に思い至った。


(まさかあいつ――、一定時間が過ぎたら、こいつらが乱入して来るように事前に仕込んでやがったのか――!!)


 姿を隠して忍び寄れる隠形、そして一定時間対象を空中に固定して置ける【遅延起動(スロースターター)】という二つの手札を思い出し、竜昇はその直感に従うように再びフジンの方へと視線を戻す。


 そんな竜昇の視線をどう受け取ったのか、フジンがその表情に浮かべるのは薄い笑み。

 まるで獲物を狙い、仕留められることを確信した捕食者の様な、そんな印象を抱かせる表情を一瞬だけ見せて、直後にフジンは自身の持つ【光陰隠れ】を使用してその姿を消していく。


 後に残されるのは負傷した竜昇たちと、そして徐々に落下のダメージから立ち上がり、そして己の周囲が敵だらけであることを認識する囚人と看守の(エネミー)達。


「竜昇さん――!!」


 直後、そんな鋭い叫びと共に、竜昇の背後に長剣を手にした静が飛び込んで来る。

 振り返れば、そこには青龍刀を振るう看守と、その攻撃を長剣で受け止める静の姿があった。


「青、龍――」


「詩織さん下がって――!!」


 不意を討たれた驚きによるものか、呆然とする詩織に慌てて呼びかけて、竜昇は慌てて詩織の手を引き、足が使えない状態で何とか彼女を下がらせる。

 どうやら背後から竜昇と詩織に忍び寄り斬りかかろうとしていた看守を、ようやくフジンの苦無による足止めから脱した静が、ギリギリで阻んでくれたらしい。

 全身にオーラを纏い、不向きな力比べに耐えながら、静が詩織に対して鋭く指示を飛ばす。


「詩織さん、竜昇さんを向こうの壁まで連れて下がってください。このままではこの場所は乱戦になります」


「わ、わかった――!!」


 呼びかけられた指示に、慌てた様子で詩織が竜昇の両脇を掴み、持ち上げられないまでも引き摺るようにしてどうにか壁際を目指して後退する。

 その拍子に、貫かれた状態の足に激痛が走ったが、今この状況では贅沢も言っていられない。

 痛みで一瞬白く染まる思考に活を入れ、口から漏れ出そうになった苦悶の声を無理やりかみ殺して、竜昇は詩織に引きずられたその状態でこの状況を切り抜けるべく頭を回す。


「【光芒(レイ)雷撃(ボルト)】……!!」


 自身を引きずる詩織の撤退を支援すべく周囲に雷球を生成。行く手を阻む囚人型の核を撃ち抜き、襲い掛かってきた看守型を感電させて足止めし、そうして雷球を次々に生成して運用することで命を繋ぐ。

 とは言え状況は最悪を超えた最悪。すでにこの階層に乱入して来た大量の敵達は、生存している個体のそのほとんどが活動を開始して、付近の別の囚人や看守に襲い掛かるなど、混戦の様相を呈している。


「どうしよう……、こんなの、どうしたらいいの――!! こんなに、周りが影人だらけで、あのフジンって言う人も逃げちゃったし――」


 耳に届く詩織の泣き出しそうな声。

 実際竜昇自身許されるなら泣き出したいくらいには危険な状況だったが、それ以上に詩織の口にした一つの言葉の方に竜昇の思考は激しく反応した。


「――いや、違う」


 確かに現状は、姿を消すことのできるフジンにとって逃げるにはもってこいの状況だ。実際もしも今フジンが劣勢に立たされていたら、あの男はこの混乱に乗じて姿をくらましていたことだろう。

 だがそもそも、現在の状況は劣勢どころかフジンの方が優勢だ。竜昇達の側は城司が戦闘不能、竜昇が足を負傷して動きが取れなくなっているのに対して、フジンは服を焼き焦がされる形にはなったものの、戦闘続行不可能なほどの致命的なダメージを受けているわけではない。この敵達の乱入はむしろその優勢に水を差しただけと言ってもいいくらいだ。

 あるいはこの状況は、フジンが自身が劣勢に立たされていた場合に備えて撃っていた保険のような手段だったという考え方もできるが、しかしフジンが自身の劣勢だけを予想して、優位に事を運べる可能性を考えていなかったとは到底思えない。

 そもそも最初から負ける可能性が高いと見ていたのなら、わざわざ自分から仕掛けてきた意味が分からないし、この状況では負傷した竜昇たちが生き延びるのは難しいと考えていたのだとしても、そんな確実性に欠ける方法を今さらこの相手が取るというのも考えにくい。


 つまりあるのだ、あのフジンという男には、こんな混乱と戦闘の中でもなお、竜昇たちを間違いなく殺害せしめると、そう思えるだけの手段と自信が。


「――まずい、詩織さん、俺のことはいい、急いで静をあの戦闘の中から引き離してッ!!」


「えっ、で、でも――」


「急いでッ!! たぶんあいつは逃げてなんかいない。それどころかこの混乱に紛れて――」


 ――言いかけたその瞬間、竜昇の視界の端で変化は起きた。

 竜昇たちを逃がし、そのまま乱戦の中で敵と切り結んで、今まさに青龍刀を振るう敵を仕留めたばかりだった静が、突如として背後から何かに突き飛ばされたようによろめいてそのまま床へと倒れ込む。


「し――」


 主を失った青龍刀が離れた場所へと飛んでいき、それが床に落ちるのとまったく同時に、その主を仕留めた静の体もまた、受け身も取れずに同じ床の上へと投げ出される。


「――静ァッ!!」


 呼びかけたが、そのときにはもう遅かった。

 一撃で絶命してしまったのか、それとも気絶しているだけなのか、倒れた静はその状態のままピクリとも動かない。

 よく見れば、その背のマントには見えないなにかによって無数の穴が穿たれていた。

 まるで見えない刃物をが幾本も突き刺さったようなそんな穴を中心に、静の背中のマントに赤い染みがジワジワと広がっていく。


「な、なんでっ!! いったいなにが――」


「――隠形で姿を消して、フジンが背後から苦無を投げつけたんだ……!! 静があの青龍刀の敵と戦ってる、その隙をついて――!!」


「そ、そんなの……!! だって、静さんの後ろって言ったら――」


 そう、静の背後にあったその空間は、現在囚人と看守が複雑に入り混じっての混戦状態だ。いかにフジンの隠形が優れていると言っても実態を消すことができるわけではない以上、そんな場所に隠れ潜もうと思うなら周囲の複雑に動き回る敵の動きや飛び交う攻撃に常に脅かされる羽目になる。

 だがそれでも、それらを全て見切って回避できるというのなら、犯したリスクの分だけその効果は劇的だ。


 これだけ場が混乱していては視覚に頼らない音や魔力に頼った索敵はまずできない。なにしろざっと見ただけも三十体近くの敵が互いに武器や魔法をぶつけ合っているのだ。その喧騒たるや些細な物音を聞き取ることなど到底できないくらいに雑多に音が混じりあっているし、魔力の感覚にしたところで、仮に【探査波動】を放っても、これだけの敵が入り乱れ、さらにそこら中で魔法を使われているこの状態ではどれがどの魔法の感覚なのか判別などできようもない。

 【探査波動】によって隠形を破り、現れるその姿を視覚に頼って探すという手もあるが、それで相手の姿を暴けるのはほんの一瞬だ。これだけの数の敵が入り乱れる中で一人の人間を探すのは相当に困難だし、フジンにそれを予想されて敵の影などの死角に入られていたらそれだけでアウトである。

 そもそもこんな混戦の中でこの場にいる敵全員に察知される【探査波動】など発動しようものなら、最悪この場にいる全員に目を付けられて袋叩きにもあいかねない。


 かと言って、このままではなにか具体的な行動など起こさなかったとしても、竜昇たちが戦闘に巻き込まれるのは時間の問題だ。

 今はまだ戦闘の渦中からわずかに離れることに成功しているが、これだけ混乱した状況、もはやいつまた囚人と看守の、この混戦に巻き込まれてもおかしくない。


「ぐ、ぅッ……」


 詩織に引きずられ、敵の坩堝からの離脱を計っていた竜昇の背中が壁にぶつかる。

 どうやら一直線に距離をとろうとしていた詩織が、どうにか壁際にまで竜昇を引きずり到着したらしい。

 荒い息を吐きながら壁に体重を預けて考える。

 壁際へ逃げろと言った静の判断は正しい。ここならば、少なくともこの乱戦の中、背後から襲われる心配だけはせずに済む。


 猶予は周囲にいる(エネミー)達が竜昇と詩織というこの騒ぎから外れている二人に気付くまでのほんのわずか。恐らくフジンの方も、周囲の敵達の乱闘に紛れ込む関係上それまではこちらに攻撃を仕掛けては来ないだろう。

 加えて言うなら、静と城司の手当てをすることも考えればかける時間は短ければ短いほどいい。静に至ってはいまだ生存確認すらできていない状態だったが、しかしあの静がこんなにあっさりと命を落とすとは竜昇には思えない。

 だから考える。この窮地を脱する方法を。

 魔本の力を借りて、強化した思考回路を死にもの狂いで回転させて、しかしその果てにたどり着いた答えは、こう言っては何だが随分と酷いものだった。

 それでも、思いついた考えを実行に移すことにして、それにあたって一つだけ、竜昇は目につく問題を解決しておくことにする。


「――詩織さん、詩織さんはもうここまででいい。詩織さんは、この場からできる限り離れてください」


「え――?」


 竜昇が周囲から雷球を呼び集め、足りない分を補充しながら放ったその言葉に、言われた当の詩織が呆然としたような声をもらす。


「フジンは恐らく、この乱戦に紛れてこっちに近づいて俺達を暗殺しようとするはずです。逆に言えば(エネミー)……、影人(シャドー)がいないところに出てしまえば、奴は迂闊に詩織さんを追いかけることはできない。自分が紛れるこの混乱から外に出てしまえば、あいつの位置が詩織さんにはあっさりばれてしまうから」


「で、でも、それじゃあその後、竜昇君はどうするの……? 静さんや、城司さんは――」


「あの二人に関しては……、できればどちらか片方だけでも連れて行って欲しいところですけど、詩織さんでは恐らく担いでいくのは無理でしょう。他の敵に目を付けられて、共倒れになるくらいならやらない方がいい。

――俺は、詩織さんがこの場を離れたら勝負に出ます」


 言いながら、竜昇は左手で掴んだままの魔本にあらん限りの魔力を込める。ここから先は魔力量と手数が勝負の分かれ目になる。魔本に魔力を最大まで込めて、その上で竜昇自身が全ての魔力を吐き出す形になっても、まだ魔力が足りないかもしれないほどだ。


「【探査波動】で敵を引き付けて、その上で広範囲を殲滅できる魔法でこの場の敵を一掃します。敵の乱戦の、その中に潜んでいるだろうフジンも諸共まとめて――!!」


 フジンが他の敵に紛れているのなら、ならばその敵の群れ後とフジンを吹き飛ばしてしまおうという乱暴な考え。

 正直作戦とも呼べないような乱暴極まりない力技だが、しかし現状打てる手の中ではこれが一番現実的だ。幸い竜昇には広範囲を殲滅できる【迅雷撃】ひいては【六亡迅雷撃】という手札があるし、【探査波動】を合わせて使えば敵を自分の方に引き寄せて集めることも可能になる


「――だったら、それで敵を倒せるなら、私は一人で逃げなくてもいいんじゃ?」


「ところが……、このプランは欠陥だらけなんですよ。しかも失敗した時のリスクが大きい」


 そう、仮に竜昇が考えるその方法で確実に敵を一掃できるなら、何も詩織一人をここから逃がすような真似はしなくてもいい。むしろこの後静や城司の手当てをしなくてはいけないことを考えれば、足を負傷している竜昇としては詩織にぜひともこの場にとどまってもらいたいくらいだ。

 にもかかわらず、この場から詩織一人だけを逃がそうと考えているその理由は、竜昇が取ろうとしている作戦があまりにも欠陥の多い、危うい賭けであるからだ。

 例えば、広範囲殲滅系の魔法で敵を一掃するとは言ったものの、このプランには敵集団の中に、一体でもそれを防御できる手札の持ち主がいた場合のことが想定されていない。

 ざっと数えた限り、現在この場には三十体以上の敵がいる。

 当然その三十体の手の内は未知数であり、竜昇が放つ魔法をうまく防がれてしまう恐れも十分以上にある。


 そしてそうなった場合、いったいどれだけの数の敵が生き残ってしまうかもわからない。

 しかも、そうして生き残った敵達が、直後に自分達を脅かす危険のある竜昇を優先目標に定めるのは明らかだ。残りの数が一体や二体ならば竜昇も残る魔力をかき集めて応戦できるかもしれないが、それ以上の数が残ったり、ましてやその生き残りの中にフジンがいた場合、この場に残るものの生存確率は絶望的なまでに下がってしまうだろう。


 勝ち筋があるとすれば、敵集団が魔法を受けて消滅するその瞬間まで、互いに争い続けてくれた場合くらいだろうか。


 希望というにはあまりにも不確かで、賭けというにはあまりにも分が悪い。危機を脱する奇策というよりも、苦し紛れの力技と言った方が近いような、あまりにも不確かで危険な最後の手段。


「そんな命がけの大博打に、詩織さんまで付き合わせるわけにはいかないでしょう」


 そもそもが怪我で逃げられないが故の破れかぶれのような作戦なのだ。

 そんな作戦に、まだかろうじて逃げる余地のある詩織を付き合わせる訳にはいかない。


「……どうして」


 と、そうして腹をくくる竜昇に対して、震える声が何事かを問いかける。


「どうして竜昇君は、そんな風に思えるの……?」


 投げかけられた問いに視線を向ければ、そこにあったのは今にも泣きだしそうに歪んだ、まるで何かに押しつぶされそうなのを堪えているような、そんな表情。


「どうして、竜昇君はこんな時まで、私なんかのことを気にできるの……!!

 ううん、今だけじゃない、さっきだって、私のことを庇ってそんな怪我をしたし、そもそもこの作戦だって城司さんのためのものだった……」


 いっそ責めるような、そんな口調で詩織は、竜昇に対して問いを投げかける。

 だが口調とは裏腹に、その言葉からは竜昇を責めるような意思は感じられない。

 感じるその意思は、むしろ詩織自身に向いているようなそんな感覚。

 まるで自分自身を責めているようなそんな様子に、竜昇は――。


「――詩織さん、詩織さんが気にしているのは、もしかして自分の保有スキルに関する話題を避けていたことですか?」


 不意に投げかけた言葉に、目の前の詩織が驚いたように息をのむ。

 驚きと、そして怯えのような感情が混じったその表情に竜昇も一瞬迷いを覚えたが、しかし結局は意を決して、もう一つの事実についても問うておくことにした。


「それとも、詩織さんに“聴覚以外にも索敵能力がある”ことですか?」


「――!!」


 指摘されたその事実に、今度こそ詩織の様子が明らかに変貌する。

 まるで心臓でも掴まれたように劇的に。詩織はその場に立ち尽くしたままその顔から色を失った。


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