表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時を戻した白鳥は、カラスの愛を望まない  作者: 木山花名美


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/61

第48羽 新たな出逢い

 

 豊漁祭の前日から、リンディはタクトの家に泊まらせてもらい、ある人物を張り込んでいた。


(まずはこの指輪について、もっと知りたい。

 あの卸売業者のおじいさんにもう一度会って、これを作った人のことをちゃんと訊きたい)


 翌朝早く、ガラガラと荷車を引く音に顔を出せば、遠くから紫色の蛇のような目が近付いて来た。

 リンディは勢いよく外へ飛び出す。


「おじいさん!!」


 白い何かにぶつかりそうになり、老人は慌てて足を止める。目を凝らせば見知らぬ子供が、手を広げて道を封鎖していた。


「教えて! 指輪を、砂時計を作った職人さんのこと、私に教えて!」



 ──老人もその職人とは一度しか会ったことがないらしい。砂時計が好評だった為、再度買い付けに行った所、既に亡くなっていたのだという。無言であの砂時計と説明書を渡されたのみで、時を戻す魔道具についての詳細は分からないと。

 指輪については、「何のことだ?」と首を傾げられる。指輪を渡した張本人である老人からも、やはり指輪の記憶は消えてしまっているようだ。


「その職人さんに家族は居ないんですか?」

「ああ……そういえば、孫らしい子供が一人居たな」


 リンディが顔を輝かせるのと同時に、老人はしまったと顔をしかめる。


「会いたい! そのお孫さんに会って、お話を聞きたいわ。ねえ、おじいさん、私をその職人さんのお家に連れて行って!」



 タクトの店に品を卸している最中も、ずっと老人から離れないリンディ。忙しいから今度にしろとあしらわれるも、「今度っていつ? おじいさんはいつがお休み? どこに住んでるの?」と……そのしつこさに根負けした老人は、今から職人の家へ案内してやると渋々約束してしまった。


「心配だから僕も一緒に行く!」と付いてきたタクトは、まるで冒険にでも出発するような格好だ。お菓子をぎっしり詰めた鞄を肩から下げ、リンディと手を繋ぎ、楽しそうに荷車の後ろを歩き出す。


(何でこんな面倒なことに……子供は苦手だというのに)


 老人はやれやれと首を振る。



 大通りには、出店がぽつぽつと開き始めていた。朝早い為まだ人気ひとけはまばらだが、祭のわくわくした雰囲気はあの日のままで。


(あのステージ! お義兄様と手品を見たわ。あのお店! お義兄様に白蝶貝の髪飾りを買ってもらったの。このお店では、お義兄様と魚のフライを……)


 どこを見てもルーファスとの思い出に繋がってしまい、リンディは鼻水を啜った。


「リンディ、大丈夫? お腹空いたの?」


 もぐもぐと口を動かしながら、心配そうにキャラメルを差し出すタクトに、ふっと心が和らぐ。


(そっかあ……今、タクトとのこの瞬間だって、いつか大切な思い出になるんだわ)


 リンディはにこりと笑い、温かな手からそれを受け取る。


「ありがとう! すごくお腹が空いていたの」

「沢山あるから、いつでも言ってね」


 タクトも嬉しそうに笑った。



 ある出店を見つけたリンディは、「あっ!ちょっと待っててね!」と叫び、急に駆け出して行った。タクトもその後を追う。


(よし……やっと撒けそうだ。所詮子供だな)


 老人は歳を感じさせぬ素早い足取りで、その場から離れていった。



 砂浜に荷車を置くと、老人は欠伸をしながら椰子の木に寄りかかる。


(今日は酷い目にあったな……もうあの店には二度と行かない)


 目を閉じ、うとうとしかけた時……


「おじいさん!!」


 ひっと叫びながら飛び起きれば、そこにはさっきの子供達が汗だくで立っていた。


「やっぱりここだと思った! ……はい、これ、おじいさんにあげる! 好きでしょ?」


 何でここが分かったんだと、老人は目を丸くしながら、受け取った紙袋を覗き込む。すると一瞬真顔になった後、ふっと優しい笑みを浮かべた。


「よかった! 前もあげたら笑ってくれたから、きっと好きなんだろうなって」

「前も?」

「うん! 私、おじいさんに会うの二度目なのよ」


 二度目……

 老人は渋い顔で考えるも、一度目の出会いとやらがどうしても思い出せない。


(俺もとうとう呆けたか? こんな強烈な子供と会ったら、忘れる訳はないと思うが。でも、そう言われたら確かに……)


「そうかもしれんな」


 ぱあっと顔を輝かせるリンディの手を取ると、老人は微笑みながら、袋の中身を分けてやった。


「お前らも食べろ」


 笑い合う子供達を横目に、自分もそれを掴み頬張る。その切ない甘さに顔をしかめるも、何となく温かなものが老人の胸を包んでいた。



 子供達にも荷車を押させ、一時間ほどさくさく歩けば、町外れの丘へやって来た。その上に、小さな家がぽつりと建っている。


「ここだ」


 戸を叩くも応答はなく、人の気配もない。


「……子供だから、どこかにもらわれていったかもしれないぞ」


 老人が裏を覗こうとした時──


「家に何かご用ですか?」


 低い声に振り向けば、背の高い一人の少年が、桶を手に立っていた。歳は14~15だろうか。

 絹糸のようなミルクティー色の髪に、切れ長で吊り気味の緑の瞳。鼻も唇も全体的にツンと尖った繊細な顔立ちだ。


「以前ここの職人から買い付けた業者だ。この子供らが、魔道具のことでお前と話がしたいらしい」


 くいっと顎をしゃくる先には、丸いふくふくした少年と……人形みたいな少女が目を輝かせていた。



 不思議な客を家に通した少年は、井戸から汲んだばかりの冷たい水を出す。


「こんなものしかないけど……」


 暑い中歩き続け干からびていた三人は、それをあっという間に飲み干し、ふうと息を吐く。


「それで、話って何?」

「えっと……」


(この子もきっと指輪のことは覚えていないわよね)


「あのね、職人さんが作っていた砂時計のことなの」

「砂時計?」

「すごく珍しいからどうやって作ったのか……他にも何か、時を戻す魔道具を作っていなかったかなって」


 少年は、しばらく何かを考え口を開いた。


「……僕は魔道具作りには興味がなかったから、あまり詳しくは知らないけど。祖父は魔術の研究者で、昔は王都学園の教授をしていたんだ。祖母を病気で亡くしてからは、退職してこの家でずっと魔道具作りに没頭してきたらしい。

 僕の両親が亡くなって、この家で世話になった頃から、もう時を戻す魔道具作りに励んでいたよ。元々祖父は珍しい地の魔力の保有者で、それも研究に使っていたんだと思う」


「地の魔力……それは珍しいな」


 老人の言葉に、リンディも頷く。



『どの魔力を組み合わせれば、時を動かせるのか……

 光の魔力、回復魔力、そして、地の魔力の組み合わせでした』



 一度目の人生で魔術の研究者となり、時を戻す魔道具の仕組みを教えてくれたタクトは、今はまだぽかんとしている。


「あとは僕の回復魔力も使っていたと思う。それが役に立ったのかどうかは分からないけど、試行錯誤の末やっとあの砂時計が完成したんだ。これからという時に、心臓を悪くして亡くなってしまったけど。……僕が知っているのはこれだけだ」


「そうなの……ありがとう」


 左手に切なげな視線を落とすリンディに、少年は何故か胸が痛む。そして、あることを語り出した。


「実は……祖父は魔術だけじゃなくて、呪術も研究していたみたいなんだ」

「呪術……」

「全てが禁忌な訳ではないけど、黒魔術とか言われて世間体は良くないから。誰にも言うなって口止めされてた」



『優しいものか! これは呪いの指輪だ! 呪術で作られた、呪いの魔道具なんだよ!』



 ルーファスの悲痛な叫びが、リンディの胸に甦る。


「呪術で作られた魔道具もあるの?」

「夫婦で使う……何かを作っていた。あれ……あれは、何だったかな」

「……指輪! 指輪じゃない!?」

「分からない……何かは覚えていないけど。砂時計は実験台で、自分が本当に作りたかったのはこれだって言ってた。セナ……祖母が亡くなる前に使いたかった、自分も一緒に死にたかったって」

「亡くなる前……一緒に……」

「誰かがこれを待っている気がする、これを必要とする男女の手に渡って欲しいって。遺品の中には無かったし……あれはどこにいってしまったんだろう」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ