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時を戻した白鳥は、カラスの愛を望まない  作者: 木山花名美


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第11羽 怪しい指輪

 

 出店に誘われ脱線しそうになるリンディを、何とか引き戻しながら歩き回ったが、業者らしき人物は見つからなかった。


「もう帰ってしまったかもしれないね」

「そっかあ……残念。魔法のケーキ、食べたかったな」


 しゅんとするリンディの頭を、ルーファスは優しく撫でる。


「出店で何か好きな物を買ってあげる。ほら、美味しそうな食べ物や……あっちには玩具もあるよ」

「うん!」


 ぱっと顔を輝かせるリンディを見て、ルーファスはやっぱりまだ子供だなと笑う。

 理由は分からないが、何故か安心していた。



 それから二人は、出店をあちこち見て回った。人混みが苦手なルーファスだが、こうして楽しそうなリンディを見れば、祭りも悪くないと思える。

 手品を見てはしゃいだり、異国の珍しい菓子を見ては、一つ一つ味見をしたりスケッチしたり。彼女のペースに合わせて、ゆっくり回った。


 リンディには砂絵が描けるセットや白蝶貝の髪飾りを。ルーファス自身もリンディに勧められた白蝶貝のカフスを買う。


(こんなに喜ぶなら、もっと早く連れて来てやれば良かったな……)


 ルーファスはそう思いながら、金色の美しい巻き髪を掬い、買ったばかりの髪飾りで留めた。


 香ばしい匂いにつられて魚のフライを買ったはいいものの、ベンチは人で埋まっており、座る場所がない。


「海辺で食べようか?」

「うん!」



 近くの砂浜には気持ちの良い潮風が吹いている。

 二人は太い流木に腰を下ろし、温かいフライをパクリと齧った。


(……意外と美味しいものだな)


 生まれながらの公爵令息であるルーファスは、外で買い食いすることなど初めてだ。リンディが居なければ、きっと進んでこんな体験をすることはなかっただろう。

 隣を見れば、口にホワイトソースをつけた小さな義妹。ルーファスの胸が温かいもので溢れた。



  食べ終わり、何とはなしに浜へ目をやると、椰子ヤシの木の下に人影が見えた。傍らには荷車らしき物が……


 ルーファスは勢いよく立ち上がると、リンディの手を引きそちらへ向かう。

 砂を蹴散らしやっと近くへ辿り着くと、幹にもたれ眠る老人をまじまじと見つめた。


 白髪交じりの癖のある金髪。同じ色の長い髭。背中には、もはや何色だったか分からない傷んだ布を羽織り、雑貨らしき物が積まれた荷台に足を掛けている。


 視線に気付いたのか……老人はゆっくり瞼を開け、ギョロリとこちらを見る。

 ムジリカ国では珍しい、紫色の目。


(間違いない! この老人が、探していた卸売業者だ)



「……何か用か?」


 老人は両手を上げ、ふわあと欠伸をする。


「お前は、魔道具店タクトに品を卸している業者か?」

「……初対面の大人に、随分偉そうな口の利き方だな。ああ、その身なりからして、上級貴族の坊っちゃんてとこか。じゃあ仕方ないな」


 ふっと笑いながら、老人はルーファスへ向き直る。


「で? そのお偉い坊っちゃまが、しがない業者に何の用だ?」

「時を戻す砂時計。それを持っていたら譲って欲しい。勿論代金は払う」

「……ああ、この間渡したサンプルか。あれならもう一生手に入らない」

「何故だ?」

「あれを作った職人が、ぽっくり逝っちまったんだよ。まあ、もういい歳だったからな」

「そうか……」


 隣のリンディを見れば、理解したのか、再びしゅんとしている。ルーファスは堪らず、老人に食い下がった。


「他に似た物はないか?」

「うーん……まあ、あると言えばあるが」


 老人はよいしょと立ち上がると、荷台をごそごそと探り、小箱を取り出した。


「これも同じ職人が作った」


 開かれた箱の中には、対の指輪が収められている。指輪の石には砂が入っており、それは確かにあの砂時計の砂と同じ色だ。

 だがその輝きは、砂時計とは比べ物にならないほど強く、何かとてつもなく大きな魔力が込められている気がした。


「一応説明書は付いているんだが……実に不可解でな。開けて読んでみろ」


 ルーファスは、手渡された箱から小さく折り畳まれた紙を取り出し開いた。



『この指輪は、夫婦めおとの契りを交わす男女に適している。互いの薬指に嵌めると同時に、石の砂は相手を表す。

 それぞれ一度だけ、相手への想いで石を潤した時にのみ、願った時に戻ることが出来る。それまでの記憶は願った方にしか残らないが、指輪は互いの指に残る。

 尚、指輪に愛された者達に限り、互いの砂を分け合うことが出来る』


 ルーファスは眉をひそめる。


「な? 訳分からないだろ? 安いから買い取ったんだが」


(……確かに。こんな怪しい物をリンディに与える訳にはいかないな)


 紙を折り畳み箱に戻そうとした時、指輪が一つなくなっていることに気付く。

 はっと隣を見ると、いつの間にかリンディがそれを指に嵌めていた。夫婦めおとという意味を知ってか知らずか、丁寧に、左手の薬指に。


「リンディ!!」



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