91.餌付け
「キー!」
「キキー!」
「ウッキー!」
「ウキャー!」
うるさい。
四匹のサモン・エイプは皿を叩きながら、木の上から私達に吠えまくっている。
よく見たら口にあんこがついてるし。
というか、昨日と違ってずいぶん大人しくない?
私達が出てきても、襲ってこないし、召喚を行わない。
ただ騒いでるだけだ。
もしかして、本当に三木さんのお団子を待っているのだろうか?
「あれ……?」
「どうしました、三木さん?」
すると三木さんが隣で首を傾げた。
「えっと、今、『餌付け』ってスキルを取得しましたってアナウンスが聞こえました」
「餌付け……?」
≪スキル『餌付け』について≫
≪職業『料理人』を取得した者が稀に得る事が出来るレアスキル。料理人が作った餌を与えたモンスターに一時的に命令を下す事が出来る。ただし、モンスターは餌の対価分の命令しか聞かない。命令を聞いたら、モンスターは元に戻る。餌付けを続けると、モンスターの好感度が上がり仲間になる事がある≫
すぐに検索さんが説明してくれた。
餌付けかぁ……。そんなスキルもあるんだね。
そう言えば、三木さんってリバちゃんが仲間になる前にも餌――というか、モンスターの死体を注意を引く目的で与えてたけど、あれも『餌付け』になってたのかな?
≪スキルの取得には、本人のそれまでの行動が関わってきます≫
≪ミキ シオリのこれまでの行動がスキル『餌付け』取得に繋がっている可能性は十分に考えられます≫
あ、やっぱりそうなんだ。
『魔物殺し』とか『不倶戴天』みたいな特定の条件を満たすことで得られるスキルもあれば、職業に基づいた行動を行う事でもスキルは取得出来るんだね。
まあ、餌付けってどちらかと言えば、料理人より飼育員とかブリーダーの領分な気がするけど、その辺は気にしない方が良いか。
「えーっと、三木さん、実はですね――」
私は三木さんに検索さんから聞いた情報を話す。
「……つまりあのお猿さんたちは私の命令を待ってる状態だと?」
「そうみたいなんです。試しに何か命令して貰っていいですか?」
じゃないといつまで経ってもモンスターを召喚して貰えないだろうし。
「分かりました。じゃあ、サモン・エイプの皆さん、昨日と同じように召喚スキルでモンスターをたくさん出して下さい」
「「「「ウッキー!」」」」
言葉が通じているのか分からないが、サモン・エイプたちは一斉に召喚スキルを発動した。
大量の猿のモンスターが現れる。
私、先輩、上杉さんは戦闘態勢に入る。
「来ます!」
「準備オッケーだよ」
「いつでも来い!」
「にゃー」
「きゅー」
猿の大軍との二日目の戦闘が始まった。
そして数時間後――。
「やったー! ようやくLV30になったよー♪」
「私もだ。これで進化が可能になったな」
「おめでとうございます、二人とも」
「やりましたね」
ぱちぱちと拍手を送る私と三木さん。
先輩、上杉さんの両名が遂にLV30に到達、進化が可能になった。
これで先輩は『魔人』に、上杉さんは『天人』に進化する事が出来る。
「にゃー♪」
「ハルさんも進化おめでとう。……見た目は殆ど変ってないけど」
先輩たちがLV30に上がるまでの間に、ハルさんは『猫魈』に進化した。
普段の姿は変わらないけど、戦闘モードになると尻尾が三本になり、手足に青い炎が灯る。
進化したハルさんの力はかなり強力で、一度に二十匹以上のモンスターに幻惑スキルを行使することが出来る。
検索さん曰く、『猫魈』の幻惑スキルは今までよりも遥かに強力で、弱いモンスターならそのまま自滅させることも出来るんだとか。
耐性スキルが無ければ、格上相手にも十分効果があるらしいので、固有スキル『変換』と併せれば、余程のモンスターでなければ後れを取らないらしい。
……刃獣? あれは例外中の例外です。
ちなみにモンスターの格としてはナイトメアよりも上みたい。
「みゃぅー」
『フミャァー……』
まあ、ハルさんはそんなこと気にする事無くメアさんと戯れてるけど。
うん、可愛い。
「ウッキー!」
「ウキキー!」
「ウッキッキー!」
「ウキャァー!」
サモン・エイプ達は戦いが終わると、再びお皿を叩いて私達にアピールしてくる。
「えーっと、待ってる間にお団子作りましたけど、食べますか?」
「「「「ウッキィー♪」」」」
三木さんがお団子の盛られたお皿を渡すと、サモン・エイプ達は我先にと食らいついた。
その食べっぷりは見ているこっちが驚くくらいだ。
「……もしかしたら彼らは碌に食事をとっていなかったのかもしれませんね」
「え?」
私は三木さんの言葉に耳を傾ける。
「だって考えても見て下さい。九条さんから聞いた話が本当なら、彼らは自分達の居た世界とは違うこの世界に急に来たんです。山菜やキノコだって食べれるかどうかの知識も経験もありません。今の時期じゃ果物の実りも少ない。そんな彼らにとって他のモンスター、特に虫やキノコ系のモンスターは貴重な食糧源だったはずです。でも、今の世界では、モンスターは死ねば魔石を残して消滅する。お腹が空くのは当たり前じゃないですか?」
「あ、確かに言われてみれば……」
あれ? でもボルさんたちは魔石を食べてたし、モンスターにとって魔石は食料にならないんだろうか?
≪モンスターの種類によって異なります≫
≪アンデッド系のモンスターや植物系のモンスターであれば魔石や水、日光だけでも十分活動可能ですが、動物系や人型系のモンスターは通常の食事も必要となります。魔石の摂取のみでもある程度は活動可能ですが、長く続けば栄養失調になります≫
成程、種類によって違うのか。
……ん? でもそうなると、モンスターの種類によっては碌に食事もとれずに飢え死にする可能性もあるって事?
≪肯定します≫
≪今後モンスターの種類によっては、人を襲う理由が『経験値』から『空腹』へとシフトする可能性が非常に高いです≫
≪加えてスキル『悪食』を取得すれば、それまで食べる事が出来なかった対象も食べる事が出来るようになります≫
モンスターも生きてる以上、空腹からは逃れられないって事か。
そう聞くと、モンスターも大変だなって思うけど、それで人が襲われるのは困る。
「ウキッ♪ ウキキキ」
するとサモン・エイプの一体が三木さんにお皿を返していた。
その瞬間、三木さんが驚いた表情を浮かべた。
「どうしたんですか?」
「えっと、今頭の中に『サモン・エイプが仲間になりたそうにこちらを見ている』ってアナウンスが流れたんですが……」
なんですと?
≪サモン・エイプたちの好感度が一定量を超えています≫
≪ミキ シオリが承認すれば仲間にすることが可能です≫
すると即座に検索さんによる補足説明。
そっかー、餌付けの好感度が上がっちゃったのかー。
「えっと、どうしましょうか?」
「……どうしましょうかね?」
正直、ここに来たのは経験値稼ぎの為だけで、サモン・エイプ達を仲間にするつもりは全くなかった。
仲間にしようにも、パーティーメンバーは最大八名なのでパーティーには入れられない。
まあ、ボルさんやベレさんのようにパーティーに入らないで仲間に入るってパターンもあるけど。
「……」
「ウキッ♪」
ちらりとサモン・エイプ達の方を見れば、凄くキラキラした眼差しで私達を見ていた。
……これ、どうすればいいんだろう?
検索さんからのお返事は『ノー』である。
これから向かう京都ダンジョンでは、サモン・エイプは仲間にしても全く役に立たないらしい。それどころか足手まといになると。
でも、あの期待した眼差しで見つめられるとノーというのも辛いし、断れば敵になって襲ってくるだろうし、どうしたものかなぁ……。
『どうかしたのか?』
「「「「……!」」」」
するとボルさんがシェルハウスの中から出てきた。
突然現れたボルさんの姿にサモン・エイプ達は目に見えて動揺している。
レベル上げの最中、ボルさんたちに中に居て貰った理由がこれだ。
ボルさんとサモン・エイプではモンスターとしての格が違う。
一緒に居ると、私達を恐れて襲ってこなくなるのだ。
今は三木さんの『餌付け』の効果なのか、逃げずにそのままで居るけど……。
「えっと、実はですね――」
私はボルさんに事情を説明する。
するとボルさんはしばし考え込んだ後、
『ならばいい方法がある』
私達にある解決策を提示してくれた。
確かにいい落としどころかもしれない。
私達はサモン・エイプ達にある提案をするのだった。




