84.VS刃獣 後編
熱い。
体が焼けるように痛い。
肩から胸にかけてバッサリと斬られている。
鮮血が舞い、周囲の景色がパチパチと白んで見えた。
「ひゅー、ひゅー……、ごほっ、ゴロロ……」
呼吸音がおかしい。
もしかしたら肺が傷ついて上手く呼吸できていないのかもしれない。
意識を、強く持たなきゃ。
「あ、こ……」
『あぁ?』
激しい痛みと失血で意識を失いそうになるのを必死に抑えながら、私はその言葉を口にする。
「『魂魄武装』――ベヒモス」
その瞬間、私の体は光に包まれ出血が止まる。
ベヒモスの『魂魄武装』の効果は回復。
武器ならば新品の状態に戻り、肉体もその恩恵にあずかれる。
それにしても流石、ベヒモスの魂。
その効果はレッサー・キャタピラーやゴブリンなんかとは比べ物にならない。
『グルル……』
一瞬、何故かベヒモスの幻影が、私を守るように前に出て刃獣を睨んだような気がした。
そんな訳ないのに。自分を殺した私を気に掛けるなんて。
きっと私の見間違いだ。
私は後ろに飛んで刃獣から距離を取る。
『へぇ、治せるのか? あー、そういやそういう事も出来たよなぁ。懐かしいな。斬っても斬っても、全然斬れないんだよ。ひひっ、ありゃあ最高だった』
どこか昔を懐かしむような口調。
『なあ、おい、お前、今なんだ?』
「……?」
質問の意味が分からなかった。
すると、刃獣から苛立ちの気配が漂ってきた。
『おい、声は聞こえてるんだろう? お前は今なんだ、と聞いているんだ。この俺様が質問してるんだ。答えろ、女』
「……質問の意味が分からないのですが?」
『あぁん……?』
というよりも、何故コイツはこんなにも普通に話しかけてくるのだろう?
今しがた殺そうとした相手に、何故話しかけてくる?
『テメェはその剣の所有者なんだろう? だったら何か称号を持ってる筈だ。『剣帝』か?『剣王』か? 『剣姫』か? それともまさか――『剣聖』じゃねぇだろうな?』
「……」
剣聖ってボルさんが言ってた伝説の職業の事だよね?
ということは、コイツの言う称号ってのは職業の事だろうか?
「……『聖騎士』です。あと『魔剣使い』も」
私は正直に答えた。
すると、刃獣から小馬鹿にしたような気配を感じた。
『はっ! はっはっはっは! はーっはっはっはっは!』
刃獣は何がおかしいのが笑い声をあげている。
『聖騎士! ソウルイーターの持ち主にしちゃ弱すぎると思ったがまさかの聖騎士かよ! 雑魚中の雑魚じゃねーか! なんで選ばれたんだ、テメーみてぇな雑魚が』
「知りませんよそんなの……」
私はちょっとムッとしてしまう。
成り行きでこうなったとはいえ、そこまで馬鹿にされるいわれはない。
『いや、まてよ……。そういやアイツも最初は聖騎士だったな。剣聖になったのはずっと後だった。そう考えりゃ、将来有望と言えなくもない事もないか……?』
知らんがな。
さっきからなんだんだ。
『……試してみるか。おい、構えろ、女』
刃獣から殺気が溢れ出した。
無数の刃が出現し、刃獣の周囲を覆い尽くしてゆく。
やがてそれは巨大な狼のような姿に変化した。
――来るッ!
咄嗟に私は盾を前方に出した。
巨大な狼と化した刃獣の爪が眼前に迫っていた。
盾と爪が衝突し火花が散る。
「はあッ!」
ベヒモスの魂魄武装によって、ソウルイーターと私の体は一時的に強化されている。
吹き飛ばされる事無く、その場に踏みとどまり、刃獣の攻撃を防ぐことが出来た。
『はっ、いいな! なら今度はこうだ!』
無数の刃がばらけ、別の形に変化する。
今度は翼を広げた大鷲のような姿になった。
刃獣が翼を羽ばたかせると、無数の刃が雨のように降り注ぐ。
――躱しきれない。
これだけの範囲攻撃は盾でも防御しきれな――いや、それよりもマズイ!
私は攻撃を無視して、すぐに横に飛んだ。
気絶してる上杉さんとボルさんを守る為に。
「ぐっ……『魂魄武装』!」
溜めこんでいたマイコニドや菌糸系のモンスターの魂を全て費やし、盾を強化。
防御に集中する。
だが強度は上がっても、面積が広がる訳じゃない。
せめて盾をもう少し大きく出来れば二人を守れるのに。
「ハァ……ハァ……」
永遠にも思える刃の雨はようやくやんだ。
鳴門大橋は見るも無残な姿に成り果て、今にも崩れ落ちそうだった。
でも、なんとか二人を守る事は出来た。
代わりに私の体はボロボロだ。
ベヒモスの『魂魄武装』の効果もすでに消えている。
キャタピラーやマイコニドみたいな弱いモンスターならまだしも、ベヒモスクラスの魂だと連続で『魂魄武装』を使う事は出来ない。
手詰まりだ。
『ははは、ボロボロだな。でも生きてやがる。大抵の奴ならこれでくたばるんだけどな。それにその表情……。良いじゃねえか、これなら多少は見込みがありそうだ! ヒャハハハハハッ!』
何がおかしいのよ。
こっちはもうボロボロだってのに。
『気に入ったぜ、女。おい、お前名前は何ていうんだ?』
「……九条あやめ」
『そうか、ならあやめ……お前、『剣聖』になれ』
「は……?」
『そうすりゃ、生かしてやる。断るんなら、今すぐ殺す』
「……」
そんなの実質一択じゃないか。
完全に脅しだ。頷く以外にない。
というか――、
「……全く意味が分かりません。どうして剣聖になれば生かして貰えるんですか?」
『決まってるじゃねぇか。俺様が『剣聖』を斬るためだ』
「……?」
ますます意味が分からなかった。
『俺様に斬れないモノは無かった。だが、過去にたった一人だけ……初代剣聖ルリエル・レーベンヘルツだけは斬れなかった』
「……」
『『剣聖』の称号を持つ奴らは居たが、どいつもこいつも初代剣聖には及ばなかった。だがテメェには初代剣聖に近い『何か』を感じる。だから剣聖になれ。そして俺様と戦え』
なんだ、その凄く自分勝手な理屈は。
そんな勝手に人を巻き込まないで欲しい。
でも文句を言ったら間違いなく殺される。
ならここは嘘でも頷いておけば――、
『無論、頷く場合テメェには本気で剣聖を目指してもらう。半年だ。初代剣聖は半年で剣聖になった。だからテメェも半年で剣聖になれ。もしなれなかった場合――』
刃獣はもう一度空に浮かぶと、刃でできた翼を羽ばたかせた。
その瞬間、先程の攻撃とは比べ物にならない程の刃の雨が周囲に降り注いだ。
海が割れ、大地が砕け、建物が崩壊し、周囲一帯が切り刻まれる。
たった一瞬で、背後に在った鳴門市が壊滅状態になった。
『テメェは殺す。仲間も殺す。周囲の人間も殺す。この国全ての人間を切り刻んで殺し尽くしてやる』
それは冗談ではなく本気で言っているのだと、嫌でも理解出来た。
間違いなくコイツは本気で今言った事をする。
そしてそれが出来るだけの力がある。
「……分かりました。半年以内に『剣聖』になってアナタと戦うと約束します」
『ああ、それでいい。精々――』
「ただし!」
刃獣の言葉を遮って、私は続ける。
足が震え、喉が詰まりそうになる。
でもコイツを野放しにしておくわけにはいかない。
せめて鎖を付けないと、どれだけの犠牲者が出るか分からない。
「その代わり約束して下さい! それまでの間、アナタは誰も殺さないし、傷付けないと。それが誓えるなら、私はこの命に掛けて、アナタとの約束を果たします!」
『……!』
一瞬、刃獣は私が何を言っているのか理解出来なかったのだろう。
だがやがてカタカタと体を揺らした。
まるで面白いおもちゃを見つけた子供のように。
『ヒハッ! ヒハハハハハ! ヒャッハッハッハッハ! おもしれ―! 本当におもしれーな、お前! よもやこの俺様に向かって『約束』だと!? 何様のつもりだ、テメェ!』
「……み、未来の剣聖です」
『ヒャハハハハハハッ! そうか! そうだな! 良いだろう、未来の剣聖様との約束だ! テメェが剣聖になるその時まで、俺様は人間を誰も殺さねぇと約束してやるよ!』
すると刃獣の体から一本のナイフが私の足元に向かって放たれた。
拾えという事だろう。
地面から抜くと、刃は光の粒子となって私の体に吸い込まれた。
『その剣がテメェと俺様の約束の証だ。じゃあな、あやめ。半年後を楽しみにしてるぜ』
そう言うと、刃獣は光の線を描いてどこかへと消えていった。
私はその場にへたり込む。
どうしよう……。
なんだかとんでもない事になってしまった。
初代剣聖さんは本編に出てくるリベルさんの先祖です
レーベンヘルツ家は女系の一族で基本的に『おもしれー女』か『やべー女』のどちらかしか居ません
初代剣聖さんはおもしれー女、リベルさんはやべー女です
あと『刃獣』という呼び名は、無数の刃を生み出し様々な生物の形になる事が由来になっています




