74.それは某ゲームで有名なあのセリフ
殺人鬼の気配を追って走る。
「近い……もうすぐ追いつく」
「みゃぁー」
殺人鬼の気配はすぐそこまで迫っている。
早く追いついて決着を付けないと。
(……上杉さんは大丈夫だろうか?)
上杉さんは私達の為に、あのリヴァイアサンの相手を引き受けてくれた。
いくら上杉さんのステータスが反則的でも、相手はあのベヒモスに匹敵する怪物だ。
まともに戦えば、上杉さんと言えどタダで済むとは思えない。
(とにかく早く殺人鬼を無力化して、上杉さんの応援に――)
そう考えた――その時だった。
殺人鬼の近くに見知った気配を感じた。
「あれ……? この気配って……?」
「みゃぅー?」
『ミャァ!』
ハルさんと影の中に潜んでいたメアさんも気付いたようだ。
メアさんに至っては、その気配を感じたのが嬉しいのか、耳がピーンとなって、おヒゲがむずむず、そわそわしてる。
ということは、やっぱりこの気配は勘違いじゃない。
「これ、ボルさんとベレさんの気配だ……」
九州でベヒモスとの戦いの際に、共闘した骸骨騎士の二人。
自分たちの帰る墳墓を捜すと言って別れたけど、どうしてこんなところに居るのだろう?
しばらく走ると、視界の端にその姿を確認できた。
忘れもしない。二人とも、あの時のままの姿だ。
「ボルさん! ベレさん!」
『おお、あやめか。久しぶり――でもないな。三日ぶりか』
「はい、お二人とも無事で何よりです」
なんか凄く久々に会った気がするけど、まだ別れて三日くらいしか経ってないんだよね。
ここ最近、一日の密度が濃すぎて忘れそうになっちゃうよ。
「って、あっ!」
そこで私はボルさんが殺人鬼を抱きかかえている事に気付いた。
どうやら気を失っているようだ。
「ボ、ボルさん、その人は――」
『ああ、分かっている。説明は不要だ』
「え……?」
『おおよその事情は把握している。なのでこちらで手を打たせてもらった』
「そ、それはどういう……?」
そもそもなんでボルさんたちがここに居るんだろう?
『まあ、言いたいことは分かる。我々も本当なら四国に来るつもりはなかったのだが、少々厄介なモンスターの気配を感じてな。様子を見に来たのだ』
「厄介なモンスター……?」
それってもしかしてあのリヴァイアサンだろうか?
『ああ、ひょっとすれば君たちの手に余る相手かもしれん。実際、こちらに来てからその気配をはっきりと感じた。アレは君たちだけは倒せないだろう』
「……」
確かにベヒモスに匹敵するモンスターならそれも納得だ。
すると槍を持った骸骨騎士――ベレさんが前に出る。
『おい、あやめよ、言っておくが勘違いすんじゃねぇぞ。別にテメェらが心配で駆けつけた訳じゃねぇ。テメェらがあのモンスターにやられれば、テメェらに預けてるメアも危険にさらされるし、テメェの持ってるソウルイーターも行方知れずになっちまう。それはアガの忘れ形見なんだからなぁ!』
「あ、はい。その……ありがとうございます」
ツンデレだ。
そういうのに疎い私でも分かるくらいのツンデレっぷりである。
やっぱりいい人だよね、ベレさん。
私が思わず笑みを浮かべてしまうと、ベレさんの眼窩の炎がカッと燃え上がった。
『だから! テメェらの為じゃねぇって言ってんだろう――ガハッ!?』
『ベレ、少し黙れ』
ボルさんがベレさんを叩いて黙らせる。
ベレさんが地面にめり込んだ。
ああ、最初に会った時もこんなやり取りを見た気がする。
なんか安心する。
『――それでだ。そのモンスターの情報を集めている内に、君たちがこの女性を追っているのを見つけた訳だ。おおよその事情は、君たちのやり取りを見て把握した』
「え、見てたんですか?」
『ああ、途中からな。だが君たちには君たちなりの事情があると思い、ギリギリまで加勢は控えさせてもらった。そもそもモンスターならまだしも、人間同士の争いならば、我々は極力手を出すべきではないだろうからな』
「……それは、そうかもしれませんが……」
確かにボルさんたちはモンスターだ。
ベヒモスという共通の敵でもいない限りは、あまり馴れ合うのはよくないと言うのも分かる。
でも、もしボルさんたちが最初から加勢してくれれば――、
『あやめよ。悪いが我々がここへ来たのは数時間前の事だ』
「あ……」
表情に出てしまっていたのだろう。
ボルさんの言葉を聞いて、私はすごく申し訳ない気持ちになった。
自分の力のなさを棚に上げて、なんてあさましい事を考えていたのだろう。
ボルさんたちが居ればもっと犠牲者を減らせてたかもしれないなんて。
「す、すいませんっ……」
『謝る必要はない。君たちは、自分達に出来る事を最大限やったのだろう? それでも足りないと思うのならば、それは次に活かすしかない。失った命は戻らないのだから、せめて次はとりこぼさないよう努めるしかないのだ』
「……そう、ですね」
それはきっと、ボルさんたちもそうだったからだろう。
アガさんやリィンさんを失い、それでも使命を全うしようと前に進む。
重く、実感のこもった台詞だった。
「あの、ところでその人は……」
『ああ、彼女についてはもう問題ない。彼女が罪を重ねる事はもうないだろう』
ボルさんは何があったのかを説明してくれた。
彼女の記憶を読み取り、『忘却』によって、彼女の記憶を失わせたことを。
『彼女の動機は全て過去の記憶に集約している。その過去を忘れさせてしまえば、彼女が殺人を犯すことはもうないだろう』
「そうかもしれませんけど、スキルやレベルはどう誤魔化すんですか?」
『記憶を失っているのだ。適当にでっち上げればいい。それにその猫のスキルなら、彼女のスキルを都合よく書き換える事も出来るだろう?』
「あっ」
そうだ。
確かにハルさんの固有スキル『変換』を使えば、彼女の罪の証『同族殺し』を別のスキルに変える事が出来る。
「おーい、九条―! どこに居るー! 大丈夫かー!」
すると遠くから上杉さんの声が聞こえた。
あれ? 上杉さんはリヴァイアサンと戦ってた筈なのにどうしたんだろう?
もしかして倒しちゃった?
いや、違う。
上杉さんとは別にもう一体、異なる気配を感じる。
これは――、
「ハルさん、ボルさん、ベレさん」
「みゃぅ!」
『ああ、分かっている』
『けっ』
二人に視線を送ると、直ぐに武器を構えて臨戦態勢に入った。
ハルさんも猫又姿になって戦闘モードだ。
私もソウルイーターを構えつつ、上杉さんの気配の方へと向かう。
すると、そこには上杉さんと共に、あのリヴァイアサンが居た。
「う、上杉さん!? 大丈夫ですか?」
「う、うむ、別に問題ない。いや、問題はあるのだが、その……」
なんだろう?
上杉さんの様子がおかしい。
まさかリヴァイアサンに何かされたのか?
……あり得る。検索さんはリヴァイアサンは物理、魔法ともに優れているモンスターだと言っていた。精神に干渉するようなスキルも持っているのかもしれない。
「上杉さん! 待っててください! 今助けて――」
『待て、あやめよ。落ち着くのだ。何か様子がおかしい』
「え?」
前に出ようとした私をボルさんが止める。
「きゅいー♪」
すると上杉さんの傍に居たリヴァイアサンが前に出てきた。
その迫力に、私はごくりと唾を飲み込む。
ボルさんたちも油断なく武器を構えながら、リヴァイアサンを見つめる。
そして次の瞬間、頭の中にアナウンスが響いた。
≪リヴァイアサンが仲間になりたそうにアナタを見ています。仲間にしますか?≫
……………………はい?
リヴァイアサン「( ^ω^)ニコッ」




