10.先輩
その後、なんとかモンスターの気配を避け、私は人が集まってそうな近所の小学校に辿り着いた。
途中何度か、モンスターとの戦闘になりかけたが、ハルさんの誘導や遠回りをすることでなんとか戦闘は回避できた。
「凄い人……」
時刻は既に夜の九時。
にも拘らず、小学校はたくさんの人で溢れていた。
「落ち着いてー! 誘導の指示に従って行動して下さーい!」
「こっちです! 怪我人が居るんです!」「ねえ、息子と逸れたの! 探すのを手伝って!」「何なんだよ、町中に居たあの化け物どもは!」「ね、ねえ私さっき頭の中に変なアナウンスが流れたんだけど……」「スマホ使えねーんだけど、ニュースとかどうなってんだよ?」「ラジオも駄目だ、使えねぇなぁ」「おい、人が死んでるんだぞ!何を呑気な事を言ってるんだ!」「うるせぇ!知らねぇヤツの事まで気にしてられるかっつーの!」「誰かあああああ」
混乱、混乱、大混乱だ。
人は多いが、統率がまるでなっていなかった。
それもそうか。
こんな異常事態、警察や消防だって、どう対処していいか分からないのだろう。
町中に巨大な樹やモンスターがあふれた時の対処法なんて、誰も想定していない。
どこもかしこも似たような状況。連絡も取りあえないし、こうなる事は必然だ。
それでも避難誘導をしている消防隊員さんは立派だと思う。
(誰か知ってる人は居ないかな……)
こういう状況で見知った人を探してしまうのは人の性だよね。
暗くて良く見えない。
いつの間にか街灯も殆ど消えてるし、スマホや懐中電灯の僅かな光源が頼りだ。
「あ、あやめちゃん……?」
「はい?」
名前を呼ばれ振り返ると、そこには一人の女性がいた。
「……八島先輩、無事だったんですね」
「そっちこそ。良かったぁ……」
八島さんは私の手を取るとぽろぽろと泣きだした。
彼女の名前は八島七未。
私の先輩で、新卒で入った私の教育係になった人だ。
三つ年上なんだけど、背が小さくて子供っぽい外見の為、私の方が先輩っぽいと皆によくからかわれていた。
先輩は私の手を離すと、ぎゅっと抱きついてきた。
「あぁーあやめちゃんだぁー。温かぁーい……。すんごい安心するぅ……」
「……先輩、離れて下さい。ハルさんが苦しそうなので」
「……みゃぁ?」
先輩のスキンシップはちょっと過剰だ。
ハルさんを理由になんとか引き剥がすと、残念そうな表情を浮かべた。
「てか、この暗がりでよく私の事、分かりましたね?」
「分かるよぉー。だってあやめちゃんだもん。わ、私はあやめちゃんの教育係なんですから、どこに居たってちゃんと分かるんですっ」
どういう理屈ですか、それは?
「と、ところであやめちゃんは、その……見た? あの怖いモンスターみたいな生き物」
「え? ああ、見ましたよ。私が見たのは骸骨の化け物でしたね」
もう一種類、黒い恐竜みたいなのも居たけど、そっちは説明が面倒なので省略。
「わ、私も見たの! なんか緑色したちっちゃい鬼みたいな奴とか、てのひらくらいの大きな蠅みたいなのも居たの! もう怖くて、怖くて……」
「……先輩、怖いからって抱き着こうとしないで下さい」
「うぅー……」
緑色の小さな鬼みたいなのと、蠅のモンスター。
私が見たモンスターとは別物だ。
やっぱり色んなモンスターが町にあふれていると考えるべきか……。
「……私達、これからどうなっちゃうのかしら?」
「少なくともここには陸自の分屯地がありますし、すぐに助けが来て安全な場所に行けますよ」
先輩を不安がらせないよう、私は精一杯の虚勢を張る。
自分よりも混乱してる人がいると、逆に冷静になれるものね。
(でも正直、自衛隊もどうなんだろ……?)
先輩に言った通り、この大分には陸上自衛隊の分屯地があったはずだが、果たしてまともに機能しているのだろうか?
「……校舎や体育館には入れないんですか?」
「かなり混んでるけど入れるよ。行こっか」
八島先輩は私の手を取ると、てくてくと歩き出した。




