生徒会に入りたい?3
「コレ話したら、しゃるに怒られるよな…」
「アンネリア様とは仲良しですからね、可能性はあります」
二人でちらっと後ろを振り返ると、きょとんとした顔のシャルロッテが居る。
あの日食堂でウルリヒとクリストフは『面倒ごとに関わるべからず』と、そそくさと退散してしまったのだ。あの後追いかけてフォローをするべきだったなと、二人は口角を下げた。
言い訳ではあるが、ウルリヒの背後に居たデルパンが「平民は何かと肩身が狭いようです」「ウルリヒ様がお声がけくだされば、周りの目も変わります」などと、モモカを慰めに行くようしきりに勧めていた。それがうっとうしくて「仕事がある」と生徒会室に移動した裏事情もあったのだが。
「とりあえず、しゃるに怒られたくない」
「僕だってそうですよ」
二人は小声で相談をして、ぼやかして伝えることに決めた。そして『次回からはアンネリアの味方をしよう』と、二人で頷き合う。
そうして戻った二人は椅子に腰かけて、ウルリヒが慎重に言葉を選びながら口を開いた。
「あぁー、しゃる。あのな、アンネリアは…名裁きでな。スゴイ、かっこいいんだぞ」
「め、名裁き…?アンネリア様は学園で何を?」
「仲裁役、みたいな…?」
疑問形で返すウルリヒに、シャルロッテは「どういうことですか?」と、口をとがらせて追及する。
「やっぱり高位の令嬢が出るとな、場が収まるから。“皆に頼りにされてる”という感じだな」
「学園とは、そんなにも揉め事が多いのですか?」
ぎくりとした顔で言葉に詰まるウルリヒ。学園で高位貴族の手を借りねば解決しない揉め事など早々起こらない。アンネリアが何度も駆り出されるのは、特定の人物の場合のみだ。
ウルリヒの顔でそれを察したシャルロッテは、胸の前で手をきゅっと握り合わせる。
「揉め事は…モモカ様が関わっているのですね?そうすると、アンネリア様が呼ばれて解決していると?」
その言葉には、ある種の確信的な響きがあった。なぜなら『ヒロインは、まずはイジメから守ってくれる生徒会メンバーと仲良くなる』といった、前世の知識があるから。
きっと、いじめられているヒロインを守るため…マッコロやデルパンも関わっているのだろう。そう当たりを付けたシャルロッテは口元に手を当てて考え込んだ。
前世の記憶をたどれば、ヒロインをいじめる人間には鉄槌が下るのがセオリーだ。シャルロッテは、アンネリアがいじめなんてしないことは分かっている。そんな人じゃない。でも、もしもアンネリアが、その立ち位置に当てはめられてしまったら?仲裁を繰り返す内に、ヒロインに敵と思われてしまったら?
彼女はどうなってしまうのだろうか。
(アンネリア様が心配だわ。でも状況がちゃんとは分からないし…この二人に原作のことを話すわけにはいかない。やっぱり直接自分で確認するのが一番早いわね)
シャルロッテは、真剣な顔で申し出た。
「ねえ、私…また学園に行きたい」
◇
『嫌な展開になった』と、クリストフは顔をしかめた。
シャルロッテが来たところで事態は変わらないし、余計なリスクが増えるだけ。しかし学園に入学させなかった代わりに、彼女は学園へ自由に出入りが可能だ。ここでまったく取り合わなければ、クリストフの目の届かないところで学園に行くリスクが発生する。
クリストフが内心で舌打ちをしていると、ウルリヒがシャルロッテを止めようと説得を始めた。
「アンネリアは侯爵令嬢だぞ。十分に力もあるし、人望もある」
「それでも、心配なのです」
「しゃるがわざわざ来なくてもいいだろう」
もどかしげに、薄いピンク色の唇が引き結ばれた。シャルロッテは二度三度と、何か言いたげに口を開いたり閉じたりを繰り返す。
「…私はアンネリア様のお友達です。傍に居られれば、慰めることだって、その時の気持ちを共有することだってできますわ」
「私たちも今度からはフォローしよう。一回しゃるが来たところで何にもならないし、やめたほうがいいんじゃ…」
ウルリヒの言葉を聞いた瞬間、きゅっとシャルロッテの顔に力が入り、小鼻がへこんだ。
その様子を見てクリストフはハッとする。これは、止めなければ―――。
そうして口を開こうとしたが、少し遅かった。
「じゃあ、私も学園に毎日通いますわ!それなら役に立ちますでしょう?」
売り言葉に買い言葉。
クリストフはぐっと息を呑みこんで、思わず天を仰ぎそうになるのを押しとどめた。ウルリヒはレンゲフェルト家総意の“シャルを学園には行かせない”といった方針を知っているようでいて、正しくは理解していない。
彼もシャルロッテと同じく、守られる側だから。
“守られる側の気持ちが重要”ということを、ちゃんと理解していないのだ。
そして、シャルロッテは意外と短気で、猪突猛進気味のところがある。こうなると突っ走って止まらない。クリストフはどのタイミングで口を挟もうかと、冷静に冴えていく頭で二人の会話を見守った。
「そうすればアンネリア様とずっと居られますし。ええ、それがいいわ」
「えっ、いや、ちゃんと私たちがフォローするからって意味であって…」
「あら。それでも、私も心配ですからお伴しますわ」
誰かを守ろうと思ったときには(その対象を閉じ込めないのであれば)守られる側の協力が必須だ。シャルロッテには強制するのではなく、自分の意思で学園に行くのをやめてもらった。父母が骨を折って説得したと聞いている。
ここでその前提を崩されると困る。非常に困る。
これでシャルロッテにヘソを曲げられて、勝手に学園に毎日行かれたら。
クリストフは授業どころではないし、そんなことになるなら当然シャルロッテに付きっ切りになる。一人で彼女をフラフラさせておくなんて選択肢はない。
「ああもう!そうじゃない…もー…!」
焦ったような、イラついたような、ウルリヒの声。彼はちょっと泣きそうだった。まさか自分の言葉でこんなことになるとは思っていなかったのだろう。
「ウルリヒ様にご迷惑はかけませんわ」
「もう!しゃるの意地っぱりめ!」
「意地なんて張ってませんわ。友人が心配なだけですもの」
こうして二人が言い合いのようになるのは初めてのこと。いつもは年齢差もあって、シャルロッテはウルリヒの世話をする姿勢を崩さない。それなのに今日は、ウルリヒのイラつきをフォローするでもなくツーンとして、まるで引く様子を見せない。
シャルロッテの様子にクリストフは違和感を抱く。
彼女は何に焦っているのだろうか、と。
「お姉さま。そんなにもアンネリア様が心配なら、僕が学園にお連れします。でも、毎日じゃなくて、タイミングを見計らって…それでいいでしょう?」
最悪を避けることを優先に、ある程度のカードを切ることに決めたクリストフ。ウルリヒをこんな状態のままにしておけば、向こうで護衛騎士達に訓練をつけて戻って来たテルーが驚いてしまうという考えもあった。
優しくシャルロッテの腕を撫でで、落ち着かせるようにしてそっと顔を近づける。ちょっと悲しそうな色を乗せて「ねぇ、シャル」と彼女の耳元でささやいた。
「ウルリヒ様のお顔、見て?」
そこで、シャルロッテはハッとした。
瞳を滲ませるウルリヒの姿を見て、冷静さを取り戻したらしい。彼女はすぐに「ごめんなさい!」と謝った。やはり、シャルロッテは冷静さを欠いていたようだ。
「ごめんなさい!ああ、泣かないで下さいませ…!」
その声で逆にウルリヒの涙腺は緩み、ダバダバッと涙が落ちた。
ホッとしたのだろう。「しゃ、しゃるが…お、おこったかと…。は、はぁぁぁあ」と、言葉を途切れさせながら深い息をつく。
「怒ってないわ!!その、どうしても学園に行きたくて…意地の悪い言い方をしちゃったの。ごめんなさい、許してくれるかしら…!」
慌ててテーブル上の紙ナプキンで柔らかな頬をぬぐうシャルロッテに、ぐすんとウルリヒは鼻を鳴らし「いいよ、許してやる」と、わざと尊大な物言いをした。シャルロッテが怒っていないことに安心して泣いてしまった、そんな自分を隠すように「もうやめろよ」とも言い添えて。
そんな二人の姿に安心しつつも、クリストフはシャルロッテを注意深く観察していた。
違和感の元は、未だ分からぬまま。




