学園三年生 中編
そろそろ原作開始が近づいてきた。
そんな今現在シャルロッテは、人生最大ともいえる悩みに直面している。
「やっぱり、学園…行ったほうがいいわよね」
原作と現実は違う。
原作では、ヒロインを手に入れるために殺人を繰り返すヤンデレサイコパス野郎と化したクリストフ。もちろん、今の彼がそんなことにはならないと、シャルロッテはしっかり信じているが。
心優しきシャルロッテの義弟は、血のつながりもない義姉を大切にして守ってくれるし、子どもにも優しい、とっても良い子に育ったのだ。
(まあ、最悪学園で連続殺人事件が起きたら『クリスを屋敷に監禁すれば止められるし』とか考えてたけど…いざ原作開始が近づいて来ると、やっぱりなんだか落ち着かなくなってきちゃった…)
先日クリストフの口から、もう一人の登場人物の名を聞いたせいもあるだろう。
ヴァン・デルパン。赤髪ムキムキ無口ワンコ系担当の、現騎士団長子息。
やはり原作通り書記として生徒会メンバー入りするらしく、クリストフが「ウルリヒ様の一番になりたいらしく、僕を敵視してきます…もう学校に行きたくありません…」と、愚痴をこぼしていたのだ。
いくら年下相手とはいえど、あんな筋肉ムキムキに敵視されたらきっと怖いだろう。シャルロッテはクリストフを哀れみ胸を痛めた。毎日筋トレを頑張っていたのに、クリストフの外見はスラッと細いままなのだ。
原作の強制力なのだろうか。
知っている通りに現実が動いて行く様子を目の当たりにして、シャルロッテは嫌な予感がしていた。
(もしも突然クリスが変わっちゃって、人を殺そうとしたらどうしよう。そしたらもう体張って止めるくらいしか思い浮かばない…)
最近ではすっかり身長も抜かされて、力では敵いそうにない。被害者の代わりに刺されるくらいはできるだろうか。泣きながら縋れば、思いとどまってくれたりしないかしらと、シャルロッテは深いため息をつく。
死にたくない。できればのんびりと暮らしたい。
それともう一つ、すっかり忘れていたことがある。
ウルリヒも攻略対象だったのだ。
うっかり忘れがちであるが、彼は王子だった。原作では王子様が生徒会長で、俺様系メインヒーローなことをすっかり忘れていた。
(だってちびっ子の時から公爵邸に来てるし、どうも原作と結びつかなかったのよね。その、なんというか…かなりアホっぽいというか…)
未だにお菓子の食べカスを口の周りいっぱいにつけて、クリスにちょっかいかけては悔しがってすぐに泣く、悪ガキウルリヒ。都合が悪くなれば舌ったらずの声で「しゃるぅー」と甘えてくる彼が、どうしても俺様系ヒーローとは結びつかなかったのだ。確かに顔だけはキラッキラだが。
こうして迫り来る現実に、シャルロッテは色々と焦りを抱く。
(来年には成人なのに、私には婚約者の一人も居ないし…!)
未来がまったく見えない。お金は稼げているが。
いっそクリストフが凶行に及んだら国外逃亡しようかと、最近では外国に販路を拡大することも計画している。
商売は順調。事業は軌道に乗った。
実はシャルロッテが仕事で関わっている人間は、そう多くない。シラーの許可が下りる身元の確かなごく限られた担当者数名。その選ばれた人間だけが公爵邸に出入りし、共に商品の販売に尽力してくれているのだ。
だが、しかし!
(いつまでも婚約者も紹介されないし!私ちゃぁんと見つけてきちゃったのよね!!)
シャルロッテはそのごく限られた人間の中で、物流の元締めをしているという四十代の男性に目を付けていた。シャルロッテに会う度「女神のような美しさ」「あなたのお傍に居られたら、どれだけ幸せか」などと、小声で口説いてくれるオジサマ。しかも、バツイチ子持ち(子どもも成人済み)、実家は男爵家で一応貴族…!これは、好物件ではないでしょうか。
外見は普通の中年男性だが、きっと女性慣れしているのだろうと思う。リリーやローズ、果てはパズーが居るところでも彼の目を盗み、まるで二人きりのように口説いてくるのだから。
初回、シラーをすぐさま呼びにいこうとしたローズを視線で制し、シャルロッテはそのオジサマに大人しく口説かれていた。成人を前にしても婚約者の居ないこの由々しき事態。彼が打開の一石となることを確信したのだ。
シャルロッテは、この“オジサマ”をシラーとの交渉材料に使用した。
“シャルロッテ・レンゲフェルトの有効活用について”と銘打って、血を残さず、公爵家に迷惑をかけず、自分がどのように嫁ぐかのプランを練ったのだ。
それがどんな悪手か考えもせずに。
◇
「…………は?」
話を聞いて、地を這うような声を出したシラー。その後ろでは『もう何も言うな!』と言わんばかりに高速首振り人形と化しているグウェイン。
シャルロッテは、まずは血も繋がらぬ義娘をここまで育ててくれたことに感謝を述べ、ラヴィッジの領地を継ぐことも嫌ではないことを言い添えてから『そのおつもりではないのでしたら…』と前置きし、己の有効活用方法をシラーへと売り込んでいた。
とどのつまり、どこかのオジサマへ後妻として嫁ぐことを提案したのだ。
しっかりその考えに至った思考回路も説明したし、現在候補となる殿方がいることもチラッと匂わせ、この計画が決して実現不可能なものではないと示したシャルロッテ。最後にこう言い足した。
「もちろん、お義父様が推薦する方がいらっしゃれば、そちらの方へと嫁ぎますわ!」
ここのところ考えていた全てを吐き出したシャルロッテは、口角を吊り上げて義父の返事を待っていた。そうして返って来たのが、地を這うような「…………は?」という声であった。
シャルロッテはその低い声、徐々に上がってくる冷気のようなシラーの威圧感に「あ!もちろん、生涯独身でもかまいません!最近はお金も稼げるようになりましたし、一人でも生きていけると思います!」と、余計な言葉をさらに追加。
グウェインは首がもげるかというほどに頭を横に振り倒したしたのだが、その思いはシャルロッテに届かなかった。
「………貴族の婚姻に関しては父親に決定権があり、娘の整えることではない。そんな話は二度とするな」
冷えたシラーの声にひるむも、シャルロッテは取りすがった。
「っ、でも!もう私も成人です!」
シラーは眉間に皺を寄せて何かを堪えるような顔をした。ぐぅっと空気を飲み込んで、握りしめた拳を机に叩き付ける。ゴッと、鈍い音が部屋に響く。
うなだれるように顔を下に向ける義父の背中は、小さく震えている様子だった。
「……話は終わりだ。出ていけ」
正に、一刀両断。
流石のシャルロッテもこれ以上は口を開けず、すごすごと執務室から退室をした。
(修道院上がりの女に公爵家の看板もたせて、ホイホイ放流なんてできないわよね。愚かなことを言ってしまったかも…)
もともと義弟のプレゼントだった身の上。テディベアみたいなものだから、義父はシャルロッテをずぅっと屋敷内に置いておくつもりかもしれない。しかしそれでは、後々クリストフが結婚するときにお嫁さんが嫌な思いをするだろう。男性には分かりにくい部分だが、シャルロッテはきちんとわきまえていた。
やはり独身のまま、自立して生きていくのが良いかもしれない。
(国内での商売は…男尊女卑の風潮があってちょっとやりにくい上に、公爵家に迷惑をかけるかもしれないわ。名前を変えたって顔バレしちゃうこともあるだろうし。やっぱり、ずっとは続けられないわね!そうなると国外で商いをして、一人で生きていくのが一番誰にも迷惑かけない道かしら)
こうしてシャルロッテは、家名を捨てて商人として生きていく道を本格的に考え始めた。




