hey,kids!3
訓練の後にはテルーをもてなすべく、公爵邸の庭にはアフタヌーンティーの準備がされていた。客人が数人増えたことで厨房は大わらわ、なんとかそれでもご用意できたというのに。
「すみません、控えさせていただきます」
「じゃあ俺もやめときます~」
ウルリヒに付いていたゴリラによく似た護衛が同席を遠慮をし、そうなるとハイジも当然辞退。さすがのシャルロッテも無理強いはできず、結局はテルーとウルリヒ、シャルロッテとクリストフの四人でお茶をすることになった。
「お姉さま、もう痛くないですか」
左腕にべったりと張り付いたまましつこく聞いて来るクリストフに「だから大丈夫だってば」と、困って眉尻を下げるシャルロッテ。何度目か分からない質問は放置することにして、客人へと愛想の良い笑顔を振りまく。
「さあ、お疲れでしょう。甘いものをどうぞ」
「わぁ…!」
ウルリヒの目が輝いた。テルーの好きなものを中心に用意したテーブルには、ケーキやマカロン、クッキーなど、見目華やかなスイーツが所狭しと並んでいた。ウルリヒはフォークを握り今すぐ食べたい!といった顔をするが、テルーの方をチラチラと見上げて口を開こうとはしない。
そんなウルリヒにテルーは微笑みかけて、小さく頭を垂れてフォークを握る。
「ありがとう存じます」
言うなり、テルーの大きな口が開く。小さなフォークで器用にバクッと、ケーキの半分をすくって食べた。マカロン、クッキーなどもパクパクと、それぞれを一つずつつまんだテルー。
もぐもぐ、ごくり。
飲み込んで、にっこりと笑顔でウルリヒへとケーキの乗った皿を勧めた。
「ウルリヒ様、どうぞ」
「…っ!やった!」
許可がでるなりすぐにパクパクと、幼子は幸せそうな顔で食べ始めた。
◇
クリストフはそれを見て微妙な顔をしていた。シャルロッテの髪を引っ張るという蛮行を犯したウルリヒなぞ大嫌いなのだが、その笑顔がどうにも義姉と重なって…可愛く見えてしまう。こんなにも苛立つというのに。
「さあクリス、私たちも頂きましょう。少し離れてちょうだい」
「……はい」
ウルリヒの笑顔に多少毒気を抜かれたこともあり、クリストフは素直に言うことを聞いた。
義姉の左腕から離れ、自身もカップを傾けて温かいお茶を飲む。じんわりと広がる温かさに一息ついて、横目でウルリヒを再度観察した。
目、紫。
髪、白金。
顔、義姉にどことなく似ている。
こんなの、気にするなという方が無理である。
しかもゴリラのような護衛まで付いて、城から来たというし…色的にも王族の可能性が高い。どれほど王に近いかは不明であるが、厄介だ。
クリストフとて、シャルロッテの本当の家族のことは何度も考えた。でも彼女は公爵家に来る前は修道院に居たし、その前の家だってシャルロッテ本人が『もうない』と言っていたのに、なのに。
(なのに、コイツは何なんだ…)
クリストフは何度も何度も義姉とウルリヒを見比べてしまう。見れば見るほど、似ている。
義姉がこちらを見ていないタイミングで、テルーへと声を潜め問いただした。
「テルー様、ウルリヒ様って…」
「私の弟子の、子どもです」
にっこり。
それ以上聞いてくれるなよ、という笑顔だ。
ぐっと押し黙ったクリストフ。こう言われては、聞くことはできない。
朗らかな笑顔で何も気にしていなさそうな義姉の様子を恨めし気に見た。こちらの気など知らずに、ウルリヒにお菓子をとってやったり、口元をぬぐってやったりと、まるで姉弟のように世話を焼いている。
ボロボロと食べカスをこぼしながら幸せそうな顔をするウルリヒ。苛立つ心と裏腹に、クリストフの目にはやっぱり笑顔が可愛く映ってしまう。
「はぁ…。食べカス…膝にも落ちてますよ」
ついにクリストフも手を伸ばし、膝の粉を払ってやった。
「あらクリス、ありがとう」
僕の気も知らないで!と、義姉へと恨めしい気持ちもある。
それでも大好きなのだからどうしようもない。
「……お姉さまがお世話をするくらいなら、僕がやります」
「そう?じゃあ、お任せしようかしら」
これで仲良くなれるわね、と、何の疑いもなく世話を任せてくれる義姉。
そして義姉を真似て世話をやくクリストフは怖くないらしく、ウルリヒもされるがまま。ちょっと経てば「あれをたべる」「もうこれいらない」と、傍若無人にクリストフを顎で使うようになった。
「くりすとふは、たべないのか」
「動いた後はあまり入らないんです」
「じゃあ、それをくれ」
戸惑いつつ、自身の前に置かれたチーズケーキをウルリヒへとやった。手を付けていないケーキとはいえ、自分の物を人にねだられて、与えるという経験は新鮮だった。クリストフは不思議な気持ちで子どもを見つめる。
シャルロッテとテルーは盛り上がっていて、こちらを見ていない。与えたケーキをパクつく少年に、クリストフは話題を振った。
「どうしてウルリヒ様は、お姉さまに懐くんですか」
「しゃるろっては、えでみたから」
「えでみた?とは?」
「えだ。おなじかおの、おとこのひとのえがある」
舌っ足らずのウルリヒの声。クリストフは、何度か考えて『(シャルロッテと)同じ顔の、男の人の絵』という文言を理解した。そして、ウルリヒ自体の顔をよく見て、内心で深い深いため息をつく。
「お姉さまは、絵の人じゃないですよ」
「でもそっくりだ。わたしは、あのえがすきなんだ。かみのけがな、きれいなんだ」
『お前も同じ色だろ』とは言えず、ウルリヒの言葉に胸がムカムカとした。
しかし言い返すことはしない。
「…それ、他の人に言わないで下さいね」
「?わかった」
素直に言うことを聞いたウルリヒのため、クリストフは空の皿にお菓子を置いてやる。ウルリヒは嬉しそうに「ありがとー」と言って、クリストフが今の話題に食いついたことを感じたのだろう…得意げな顔で、気になることを教えてくれた。
「そのえのひとの、おはかにいったぞ!きれいなところだった!」
「……それって、どこでしたか」
「うちのにわ~」
王城の庭園。
そこに、シャルロッテと同じ顔の男の墓がある、と。
クリストフはそれ以上聞くのをやめた。
テルーの視線を感じる。『僕は何も聞いてません』もしくは『僕は何も言いません』の意を込めて、頭を細かく横に振っておいた。クリストフとて阿呆ではない。『これはお父様に聞くべきだ』と、戸惑いや疑問を全て無理矢理飲み込んで、アフタヌーンティーへと意識を戻した。




