hey,kids!1
公爵邸の中でありながら、足を踏み入れたことのない場所。
訓練場に、シャルロッテは来ていた。
「だ、大丈夫かしら」
「クリストフ様、意外と打たれ強いんですよぉ」
シャルロッテの視線の先には、向かい合うテルーとクリストフ。
土埃の舞う訓練場の中央で木刀を手に、軽快な打ち合いの音がしている。
ハラハラとしながら見守るシャルロッテは「ひっ」「でっ」「ぅあっ」と、可愛らしく声を上げながら痛そうな顔をしていた。
「その子、よくお嬢様に懐いてますねぇ」
笑を堪えるハイジの視線の先には、シャルロッテと手をつなぐ小さな子どもが居る。
「ええ。さっき会ったばかりだけれど…仲良しになったのよ」
「お嬢様とそっくりですねぇ」
「全然似てないわよ。この子の方が可愛いわ」
「えぇ~」
ハイジが糸目をさらに細めてぐいぐいと近寄って行くと、子どもはずりずりと後ずさる。手を繋いでいるシャルロッテの体も引かれて傾いた。ハイジは面白がって色々な角度から迫るものだから、シャルロッテの体はびよんびよんと四方八方へと引っ張られた。
「ちょっとハイジ、恥ずかしがってるのよ。やめてあげて」
「えぇ、だって可愛いんですもん~。ね~、仲良くしましょうよぉ?」
シャルロッテを盾にするように、子どもは隠れてしまう。
(どうしてこうなったのかしら…?)
シャルロッテは、少し前のことを回想した。
◇
まずは、テルーがクリストフに訓練をつけてくれるという情報を得たのが始まりだった。
訓練の日をクリストフに一生懸命聞きだして、見学まで許してもらうのにはかなりの日数がかかった。『訓練では転がされてばかりなので見られたくありません』と、クリストフが全然教えてくれなかったのだ。
何度も何度もお願いをして、ようやく教えてもらえた訓練の日。
シャルロッテはお出迎えのために、時間のかなり前から庭に出てソワソワと待機。
「食後のチーズケーキは用意してある?」
「お嬢様、その確認は三回目です」
リリーが苦笑いしながら、シャルロッテの上に日傘をかざす。しかしすぐに門扉を見るためにうろうろと動いてしまうので、リリーも後を追って右に行ったり左に行ったりしていた。
「あっ、ね!来た、来たんじゃない?!」
「ちょ、お嬢様!」
クリストフとハイジは動きやすい服装に着替え、体をほぐして訓練場で待っている。シャルロッテは比較的動きやすそうなワンピースで、ひらひらとその裾をはためかせて走り出した。
こちらに向かっていた黒くてゴツい馬車は速度を緩め、シャルロッテの目の前で止まる。
キィと、蝶番の音がした。
満面の笑みでお出迎えをしていたシャルロッテが、元気よく挨拶をする。
「ようこそおいでくださいました!テルーさ…ま…?」
しかし、その声は尻すぼみに小さくなってしまった。
シャルロッテの目には、テルーだけではなく、もう一人の姿が映っていた。
「そちらの…方は…?」
それは、なんと、幼い子どもだった。
巨体を屈めるようにして馬車から降りたテルーの太い腕にしっかりと抱かれている、美しい子ども。白金の睫毛は瞳を隠さんばかりに長く、怯えの滲む仕草で厚い胸板に縋る様子は子ウサギのように庇護欲をそそる。
シャルロッテの声に反応して、子どもの視線が上向いた。
その瞳は、紫色。
「お出迎えありがとうございます、シャルロッテ様。ご連絡をせずにで申し訳ないのですが…ちょっと、弟子の子どもを預かりまして。本日の訓練、この子にも見学させていただいてもよろしいでしょうか」
「え、ええ…」
頷くシャルロッテよりも、付き従うリリーの方が驚愕を露わにしていた。
なんせその子ども…シャルロッテに、どことなく似ているのだ。
驚きに固まる護衛をよそに、シャルロッテはテルーに駆け寄る。笑顔のまま、抱えられた子どもに向かって背伸びをして声をかけた。
「私はシャルロッテ!あなたのお名前は?」
テルーはかがみこみ、幼子二人の視線を対等な高さに合わせてやる。
「わたしは…うるりひ…」
同じ色彩の少女から伸ばされた手を、ウルリヒはしっかりと握りしめた。
テルーが準備のため、屋敷で着替えをする間。
麗しい小さなお客様に目を輝かせたローズは、テーブルに紅茶やお菓子を用意して全力でおもてなしをしようとした。
「ウルリヒ様、こちらへどうぞ!」
ぎゅっと、シャルロッテの腕を掴んでフルフルと首を振るウルリヒ。
ローズにお菓子でつられようと、リリーが跪こうと、その他のメイドが来ようが、彼は決して使用人の手を取らなかった。実はウルリヒに付き添っていたゴリラのような護衛もいたのだが、その大男の言うこともまったく聞かない。
挙句の果てに、シャルロッテと同じ顔で言い放つ言葉は強烈で。
「うるさい、かまうな!」
「あっちにいけ!」
「さがれ!」
使用人が手を引こうとすると、シャルロッテと何となく似た顔で怒りを露わに威嚇する。美しい顔で怒るその姿は、幼児とは思えない迫力。
レンゲフェルト公爵家の使用人は、紫の瞳に弱かった。シラーもシャルロッテも紫の瞳なので、あの目で睨まれると、どうにも逆らい難いらしい。
「すみませんお嬢様…、面目ない…」
「申し訳ありません…もう無理です…」
「大変ご迷惑をおかけします…」
結果、リリーとローズ、付き添ってきたゴリラの心を大きくえぐり、シャルロッテ以外の誰にも懐かないことが判明。ゴリラ曰く『城でもテルー様くらいにしか懐いてません…』とのこと。
テルーは準備が終わりすぐ訓練場へと走って行ってしまった。シャルロッテは別に自分が面倒を見るのでかまわないと、そのまま手を引いて、残ったみんなで訓練場へと見学に向かうことになった。
「あれぇ~、お嬢様と同じ色の子どもがいるぅ。いつ産んだんですかぁ」
「普通は『弟ですか?』とかじゃないの」
「そんなこと言ったら、クリス様がヤキモチ焼いちゃうでしょぉ」
へらへらと笑うハイジ。その背後には、珍しく驚きを隠せない様子のクリストフ。紅い瞳は零れんばかりに見開かれ、まるで幽鬼のようにふらり、ふらりと足を出す。
一歩ずつ近づいて来るが、ウルリヒはクリストフの迫力に怯え、掴んでいるシャルロッテの手で己の顔を隠した。
「やだ、ウルリヒどうしたの?大丈夫、二人ともとっても優しいのよ」
シャルロッテがあやすようにヨシヨシと頭を撫でて微笑みかければ、ウルリヒも指の隙間からちょっぴり笑い返す…その顔は、やはりシャルロッテに似ていた。




