誕生日会 シロクマ
ずらりと並ぶ豪華な食事を前にあれこれ悩みつつ、二人は軽食を皿に取った。
クラッカーをつまむクリストフの横の席で、シャルロッテは小さく切られたバケットサンドを食べる。チーズがはみ出るのを指でぐっと押したところで、何やら迫ってくるざわめきを感じて視線を向けた。
「なんか…騒がしくないかしら?」
シャルロッテが視線を向けると、周囲から頭一個はみ出るほどのグレイヘアーの大男がずんずんとこちらへ迫ってくるのが見える。「あ!」と声を出した時には、もうその顔が見えるほどに近づいて来ていた。
「遅れてしまい申し訳ありません!お誕生日おめでとうございます!」
大きな花束を抱えた、テルーだった。
「テルー様!来てくださったんですね!」
ぴょんと立ち上がって喜ぶシャルロッテに、汚れることを厭わず膝をつき、花を差し出すテルー。大きなシロクマが大きな花束を美少女に差し出す絵面があまりにもメルヘンで、周囲の少女たちからキャーッと歓声が上がった。
「ありがとうございます!」
花にうもれるように笑うシャルロッテを、そっと椅子に座らせて「ご相伴よろしいですか」と問いながら、メイドを呼びつけ花束を預けられるように手配をしてくれる。その流れるような紳士ムーブに、シャルロッテは思わずきゅんとして「流石ですわ…」と呟いた。
それにムッとしたのはクリストフである。シャルロッテの対面に腰を下ろした男が「お久しぶりです、クリストフ様。また少し大きくなられましたな」と朗らかに挨拶してくるのをガン無視した。
「ちょっとクリス、ちゃんとご挨拶しないと。…すみませんテルー様、ちょっと照れてるみたいで」
「いきなり来た私が悪いのです。お邪魔してすみません、クリストフ様」
シャルロッテに叱られて無視もできず、クリストフは「今日は来られないと伺ってましたが」と返した。
「ええ、城の方に呼ばれていたのですが…シャルロッテ様の誕生日ですからね、どうにか抜けてきました」
「ええっ!そんな、嬉しいですけど…ご無理なさったんじゃ」
「とんでもない。ただ、すぐ戻らねばなりません」
実はクリストフ、テルーの存在を気にして出席状況をチェックしていたのだ。てれてれとした様子のシャルロッテは、不機嫌なクリストフに気づかない。が、対面に位置するテルーにはその顔が丸見えであった。
テルーは顎に手を当ててしばらく考えた後、そっとクリストフへ話しかける。
「クリストフ様は、剣術などは習われておりますかな?」
「……ええ」
「それでしたら、いつか鍛錬などご一緒させていただければ光栄です」
前騎士団長にここまで言われて、さすがのクリストフも無礼はできず「……機会があれば、ぜひ……」と、低めの声で答えていた。
二人の交流にパァッと笑顔を咲かせたシャルロッテ。無理矢理感はあるが、そんなことには気が付きもしない。
「良かったわねクリス!テルー様とご一緒できたら、騎士みたいに強くなれるわ!」
「……はい、僕、がんばります…」
無表情ながら嫌そうな雰囲気を醸し出すクリストフを助けるように、テルーは「いやしかし、公爵邸にはハイジ殿がいるでしょうからね」と言った。
「昔、彼の戦いっぷりを見たことがあります。あれほど強い彼の指導があれば、クリストフ様はメキメキ強くなりますよ」
「へえ、ハイジってそんなに~」
のんきな声のシャルロッテの横で、クリストフは少しだけテルーを見直していた。
ハイジの実力を純粋に評価するテルーの人柄に「ふん」と鼻を鳴らし、拗ねた気持ちのままにじろりと義姉を見上げる。
「前にも僕、ハイジは強いって言ったじゃないですか」
「そうだけど、普段がホラ…ちょっとふざけてるから」
「ははは。お二人の前でふざけられるとは、それだけで大物と分かりますな」
それから剣術の話となり、それなりにぽつぽつと会話をしたクリストフとテルー。ニコニコとその様子を見ていたシャルロッテが「二人が仲良くなって嬉しいですわ!」と、頬を紅潮させて喜ぶものだから、クリストフはこの状況を受け入れることにした。
「…おや、主役を私だけが独占しては、皆さまに申し訳が立ちませんな」
しかし、しばらく経てば周囲にわらわらと子女が集まって来てしまう。シャルロッテが目当てというより、クリストフが目的なのだが…。それを見て立ち上がったテルーは丁寧に腰を折り、二人に「それでは、また」と挨拶をして颯爽と去って行ってしまった。
その背中を二人で見送りながら、シャルロッテは横目でクリストフを見る。
「…ね、結構、いい人でしょ」
「まあ…そうですね…」
しかし、拗ねたクリストフの心は、包囲網のようにじりじりと迫る子女に対応する気力など残っていない。横に座るシャルロッテの肩にコテンと頭を預けた。
「僕、今日の夜はお姉さまと寝たいな…」
目を閉じて、甘えるように頭をゆするクリストフにずっきゅんと胸を撃ち抜かれるシャルロッテ。黒髪が頬に触れるたびに、子猫が甘えているかのようなほわほわした気持ちが胸に広がる。
(かっ、かわい…!)
頭を優しく撫でてやりながら「ど、どうしたの…疲れちゃった?」と問いかける。
「うん…。お姉さまが一緒に寝てくれるなら、がんばれるかも…」
ぱちり、と瞼が開けば潤んだ紅い瞳。シャルロッテを見上げて「お願い…」と弱ったように懇願されて、シャルロッテは即座に頷いた。
「しょ、しょうがないわね。今日だけよ」
「ホント?」
がばっと体を起こし、薄く微笑みを浮かべたクリストフは「じゃあ、お父様たちのところに戻ろう。きっと心配してるから」と、シャルロッテの手を掴んで立ち上がらせる。脳内では『とっとと終わらせてもらおう』と算段を立てており、実際にこの後、クリストフは少し早めのパーティー終了を勝ち取った。




