誕生日会 ポニー1
シャルロッテの誕生日会が、公爵邸にやって来てから初めて開催されることになった。
どのような会にするのか、鍋をしつつ家族会議が開かれたのだが…。
「誕生日会だぞ、盛大にやらないでどうする」
と、主張するのはシラー。同世代の子どもがいる貴族全員を招待すると言い出した。
「この国で一番お姫様な感じにしたいわ、こんなに可愛いんですもの。お城でやるのはどうかしら?」
と、ふわふわした意見はエマ。そんなことできるのか、とシャルロッテは呆れたが、公爵家であれば可能らしい。お金ってすごい。
「もう家族だけでいいじゃないですか」
それらの意見にぶすくれた顔をしたのは、クリストフ。誕生日会となると、シャルロッテが大勢の人間と会話するので、それが嫌らしい。
(もう、可愛いやつめ…!)
シャルロッテは「クリスと一緒にご挨拶するわ」「ずっと一緒に居るからね」となだめるが、ぶすくれた顔は元に戻らなかった。話し合いは食事中ずっと続き、結果として主役であるシャルロッテの「前と同じ感じでいいのでは?」といった意見が採用され、お披露目された時と同じように自宅でガーデンパーティーをすることに落ち着いた。
◇
「初めての誕生日会、楽しみね」
にこにこと笑顔のエマは、今日はガーデンパーティーの装飾を指示するため戻って来てくれている。今はせっかくなのでと試し置きをしたガーデンテーブルにお茶を並べ、テイスティングをしながら家族のティータイムだ。
「色々あったからな」
言葉短く言うのはシラー。シャルロッテの去年の誕生日は、誘拐未遂の後でゴタゴタしていた。あの騒動を思い出し『もう一年か…』と思いながら、エマへのついでにシラーが取り分けてくれたお菓子をつまむ。クッキーの苦みがほろりと口の中に広がった。
「お姉さまはもうずっと仮面被ってるとか、どうですか?主役っぽいですし」
ぶーっと頬をむくれさせるクリストフは、もうすぐ五歳になる。不満げだが、彼は誕生日プレゼントとして当日着るドレスを贈ってくれるらしい。
「そんなの変な人じゃない」
つんつん、とむくれる頬へ触れれば「お姉さまは何してても可愛いです」と、指を掴まれる。そのままカプッと食べるようなフリをするクリストフに「きゃー」っと喜びの悲鳴をあげてみせるシャルロッテを、両親二人は微笑ましく見つめていた。しかし、途中でクリストフが本当に口に入れようとするので、エマがぎょっとして柔らかく制止をする。
「クリス、人は噛んではいけませんよ」
「お姉さまは嫌がってません」
「それはシャルが優しいからよ。人が痛がるようなことは、してはいけないわ」
クリストフは少し考えたような顔をしてから、シャルロッテをじっと見つめた。
(お母様!!その通りよ、そうなの、そういうこともっと言って!!それが原作ルート回避につながるわ!!)
シャルロッテが内心の同意を示すように大きく頷けば、クリストフも従順にこくりと頷いた。そんな息子をエマはぎゅっと抱きしめてから「いい子。もうすぐあなたも誕生日ね」と頭を撫でた。
「欲しいものはあるかしら?」
「特にありません」
(クリス、欲しいものはないのね…そしたら、何か選んで贈らなくちゃね)
「もう、二人とも欲がないんだからっ」
シャルロッテも何もねだらないものだから、エマは物足りなくて口をとがらせる。そんな妻をシラーは幸せそうに眺め「欲しいものができたときに、何でも買ってやればいいさ」と砂糖を吐きそうなほどの甘い声で慰めていた。
そうして迎えた当日。
天候は良好だが、クリストフの機嫌は不良だった。
理由は明白。
「クリス!素敵なドレスをありがとう!!」
クリストフが選んだ白いドレスを身にまとったシャルロッテは、絵から抜け出してきた天使の如く輝いていたのである。光沢のある金糸の刺繍が布を彩り、くるくると回ってみせれば白金の髪と共にキラキラと輝く。
「お嬢様、素敵すぎます…!」
「ドレスが可愛いからよ~」
うっとりと賛辞するローズに、肩をすくめるシャルロッテ。無自覚な義姉を、クリストフは心底部屋の外へ出したくないと思った。ため息をついて、自身も揃いの刺繍を施した白ジャケットを羽織り横へと並ぶ。
「わ!おそろいなのね」
「ずっと一緒にいるので、調和がとれている方がいいでしょう」
しれっと言うが、恋人同士でさえしないほどにガッツリのペアルックである。『婚約者でももっと控えめなコーディネイトですけれど…』と、ローズは頬をひきつらせた。
しかし、見栄えは抜群に良い。
シャルロッテよりも頭一つ低い背丈であるが、そっと肘を差し出す仕草は紳士そのもの。二人はぴったりと寄り添い「いってきます!」と部屋を出て行った。
会場には見知った顔と、知らない顔が入り乱れている。
エマが「シャルにも新しいお友達が見つかるといいわね」と、ラヴィッジに縁があり、同世代の子どもがいる家庭も招待したらしい。最初の挨拶ラッシュも終わり、シャルロッテはクリストフと食べ物を求めてフラフラとしていた。
「クリスはお友達とお話していてもよかったのよ?」
「友達はいません。お姉さまとも離れません」
「きゃっ、」
比較的ラフな感じのガーデンパーティーにしてもらったので、ちょこちょこ走り回っている子どもがちらほら見受けられる。突然、サッとクリストフに腕を引かれれば、正にそんな少年が駆けてゆくところであった。
「あ、ありがとう」
意外と力強い弟にドキッとして、シャルロッテは掴まれた腕に手を重ねる。クリストフが走り去る少年の背中を睨み付けていると、後ろから声がかかった。
「ごめんなさい!弟が…!お怪我はありませんでした?」
「あら、大丈夫ですよ」
たっぷりとしたドレープが目立つ、紅いドレスを着た少女だ。『あ、これ男爵家のご令嬢だな』と、挨拶の時の記憶をひっぱりだすシャルロッテ。先ほどの子どもの姉らしく、大げさに頭を下げている。少し年上だろう少女にシャルロッテは笑みを浮かべて首を振るが…謝罪をしたにも関わらず、上げた顔の目はこちらを向いていない。
「クリストフ様も、大丈夫ですか?」
「はい」
一心に見つめる先は、クリストフ。
(あぁ、なるほどね…。さっきの弟、もしかしてわざとかしら…?)
短く答えるクリストフは、無表情であるが不愉快そうである。シャルロッテは『あちゃー…これ…』と思うが、止める前に少女がペラペラと話し出してしまう。
「クリストフ様は中々パーティーにもいらっしゃらないから、お会いできるのをずっと楽しみしていたんです。今も、お姉さまをかばう身のこなし、かっこよかったです…!」
無言のまま、クリストフはシャルロッテをぴったりとエスコートして進もうとした。それに「待ってください!」と、少女が声をかけてしまった。
「さっきから、君、誰?」
冷え冷えとする紅い瞳が一瞥し、少女は怯えたように涙をにじませる。止めるべきか悩むシャルロッテが逡巡している時、後ろから馴染のある声が響いた。
「クリストフ様ぁ~!…あ、シャルロッテ様もごきげんよう」
「あ、アンネリア様。今はちょっと…」
相変わらずちょっと間の抜けた馬面で、空気を読まずにこちらへ突進してくるアンネリア。シャルロッテが慌てると「あら、誰かいますのね」と、紅いドレスの泣きそうな少女をやっと認識した様子。しかし、これで遠慮してくれるかと思いきや…ずかずかとやって来て、ポニーのように結われた髪を揺らし首をかしげる。
「ちょっと、私がクリストフ様達とお話しするのよ?どうして空気を読まないの?…早く、どっか行って」
「!」
まさかの超上から目線で、眉をひそめるアンネリア。今までこんなことを体験してこなかったシャルロッテはあんぐりと口が開きそうになるのを堪えるが、「気の利かない子ね」と、アンネリアは更に泣きそうな少女へシッシッと追い払う様なしぐさをする。
「まだ話が終わってないんです!」
「まぁ!!…あなた、男爵家よね?どうして勝手に話しかけてくるの?マナーって分かる?ああ…ご家庭で教えてもらえないのね、かわいそう」
憐れむような表情のアンネリアに、ついにこらえきれなくなったのだろう。少女は涙をこぼして走り去った。




