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専属メイドの恋愛模様4




 リリーが鍛錬をしている時間、ローズはヒマを持て余していた。


 人様の家なので勝手に動くのもはばかられ、ぼんやりとしてみたり、アクセサリーのデザイン画を描いてみたりと、時間をつぶして過ごす。

 思いつくままにサラサラと手を走らせて、たまに紅茶で口を湿らせる。外は良い天気で、なんだか眠くなるなぁ、なんて思っていたその時。



「探したぞ」



 腰に響く低い声がして、ローズは紙に向かって動かしていた手を止めた。

 顔を上げればオーランドが「ローズ嬢、見つけた」と、まるで子どものように笑っている。


「リリーの鍛錬はあと二時間はかかる。ちょっと街に出て、甘い物でもどうだ?」


 クイクイと親指を立てて『行こう行こう』と示す彼に頷きそうになるが、ローズはハッとして首を横に振った。


「この後リリーと食べ歩きをしようって約束してますの」

「そうか。先にカッフェに行ったりしたら、リリーに怒られるな」


 「じゃあナシだ」と、落ち込んだ風でもないオーランドの様子を見て、ローズは内心で、ほんの少しだけがっかりした。

 断っておいて勝手だが、惜しがってほしかったのだ。

 もじもじと手元の紙を整えたりペンを置いてみたりと落ち着きのない様子のローズを見て、オーランドは立ち去るでもなく「じゃあ、おしゃべりでもするか!」と、近くの椅子に腰を下ろした。


「そうだ! ローズ嬢!」


 そして、満面の笑みで背中から紙に包まれた何かを取り出して「サプライズだ!」と、白い歯を見せて満面の笑みのオーランド。


「えっと、これ、は」

「花束だ!」

「……いただきますわ」


 しかし花束だという割には、茎ばかりで一面緑色の束である。チラチラと白い花弁が茎に引っ掛かり、かろうじてそれが花束であったと察することはできたが、そこに花は咲いていない。

 ローズは笑いを堪えつつ紙包みを受け取って、オーランドには花が散っているのが見えないように角度を考えてそれを抱えた。


「ねえオーランド様。ここに来る前、走っていらしたの?」

「おお、そうだ。よく分かったな!」

「ええ。ふふっ、いきなりでびっくりしましたわ」


 おそらく、花束を持ったまま走ったのだろう。花が散るのにも気が付かずに走るオーランドを想像して、ローズは頬の筋肉を止めるのに苦労した。その微妙な笑顔を喜んでいると思ったのか、オーランドは嬉しそうに「同僚にアドバイスを貰ったんだ! 喜んでくれて良かった!」と、満面の笑みをみせる。



「相変わらず、走るのがお好きなのですね」

「ん、ああ。そうか、初めて会った時も、俺は走っていたな」

「そうそう。夜なのに物凄いスピードで走っているオーランド様をみて、本当にびっくりしましたわ」



 あれはレンゲフェルト公爵家に就職したばかりの頃、リリーに誘われて夜に泊まりに来てみれば、家の周りを物凄いスピードで走るオーランドがいた。

 暗闇の中だというのに、そのあまりの速度に驚いて「足が速いですわ!」と思わずつぶやいていたらしく、それを聞いたオーランドは大喜び。こんなこともできるぞ! とローズに垂直跳びやら反復横跳びやら筋トレや、得意技を披露しまくってはリリーに殴って止められていた。

 『筋肉馬鹿が居る家なんだけど友達辞めないで、また遊びに来て』と、その後リリーに泣きつかれたのも、今では良い思い出となっている。




「俺はあの時、なんていい子なんだろうって。連れて来てくれたリリーに感謝してた。女の子に褒めてもらえるとやる気が出るって聞いてたけど、本当なんだなって」

「あら、女の子でしたら誰でもよかったんですの?」

「あの時は誰に褒められても嬉しかっただろうなぁ」


 ここは『ローズ嬢だから嬉しかったんだよ』という場面であるのに、脳内で考えていることをそのまま口に出してしまうオーランド。その素直さに呆れ半分、面白さ半分で、ローズはツンとした顔を作ってみせた。


「じゃあ、もう私が褒めなくてもよろしいわね。城勤めの騎士様となれば、見学の女の子もたくさん来ると聞きますわ」

「えっ、どうして。俺はローズ嬢にも褒めてもらいたい」

()()?」


 今度こそフリではなく、本当に呆れた顔をするローズ。

 しかし段々と笑えて来てしまうのは、オーランドの馬鹿がつくほどの素直さゆえだろう。


「贅沢な人ですわねぇ」

「そうか? 早く走れた時はやっぱり、ローズ嬢の顔が浮かぶんだ。こんなタイムだったぞ! って、言いに行きたくなる」

「……言い訳の仕方も、同僚さんに聞いたんですの?」

「言い訳? いや、あとのアドバイスは『女の子はしゃべらせておけば機嫌がよくなるぞ』だった」


 「何でも聞くぞ、何か話すか?」と、アドバイスを鵜のみどころかローズに暴露して実行しようとするオーランドに、ローズはつい声をだして笑ってしまった。


「そのアドバイスはちょっと、言い方がイヤな感じですわね。よろしくありませんわ」

「そうなのか。すまない」


 大きな体をしているくせにまるで子どものように素直で、オーランドに悪気は一切ないのである。

 ふぅとため息をつきつつも、ゆっくりとした口調でローズは解説をしてやった。


「しゃべらせておけばいい、なんて人にはお話しする気がなくなります。『私の話の中身はどうでもいいんですの⁈』って、思ってしまいますわ」

「どうでもよくない。興味があるから聞くんだろう」

「でしたら、そう言うのですわ」


 わかった、とオーランド。

 その碧眼で真っすぐにローズを見つめて、背筋を伸ばした。



「ローズ嬢の話に興味がある。何か話してくれ」



 その素直さに感心して、そして見つめられることにすこし照れて。

 ローズは「いいでしょう」と大げさに顔をつくって頷いてみせた。



 まず気になっているスイーツ店の話をして、流行しているリボンの話に移り、次いで最近買った靴の話をして、最後に手慰みに書いたデザインへの意見を求めたりして、ローズはペラペラと心のままに喋り倒した。


 うんうんと相槌を打つオーランドは聞き上手で、あっという間に時間が過ぎる。ハッと気が付いた時にはリリーの鍛錬が終わる頃で、言われた通り好きにしゃべってしまったことを恥じ、誤魔化すようにコホンと咳払いをして話の終わりを示す。



「それから! 私にはいいですけど、他の女の子にこれはやらないほうがいいですわ。男性に会話をリードして欲しいという女性も多いですからね」

「他の女性? 関係ない、大丈夫だ」



 何が関係ないのか、何が大丈夫なのか。

 聞きたくても聞けない言葉をグッと飲み込めば、他の言葉も出なくなる。



「そう、ですの」


 

黙るローズを、どうしてだろうか、オーランドはじっと見つめるばかりで口を開かない。







「お待たせ! 街に行こ……あれ。私、邪魔?」


 そこに戻って来たリリーは、微妙な空気にコテンと首をかしげた。

 オーランドはふいっと視線をそらすと「いや、気にするな。ではまたローズ嬢」と、サッと席を立ってしまう。


 追いすがるようにオーランドの背中を見るローズ。

 切なそうな、恋する乙女の顔だった。

 

その顔をしっかりと目撃したリリーは、にまぁっと笑みを浮かべて『脳筋のくせにやるじゃん』と、内心で次兄へ拍手を送っていた。









 目抜き通りを一本入り、街路樹の脇に置かれたベンチに腰かけて、屋台で買った揚げパンをローズは頬張った。ほわりと湯気を立てるそれは、まぶされた砂糖がじゅわりと溶け、脳天を直撃する甘さでたまらない。


「おいし~! ですわ!」

「あぁ、鍛錬後の甘い物はしみる」


 貴族の子女だというのに、屋台で買い食い、外でかぶりつくなんてはしたない。……なんて前時代的なことは二人とも言わない。とりあえず座って食べていればセーフという判断だ。


 青い空に白い雲が浮かび、涼やかな風が通り抜けていく。

 気持ちの良い昼下がりの気候に幸せをかみしめて、ローズは木の揺れる音に耳を澄ませた。しばらくの沈黙を二人は味わって、そしてリリーがふと思いついたように問いかける。


「うちの居心地、どう?」

「最っ高ですわ! ミミに変に絡まれないし、リリーとこうして遊べますし」


 「ミミちゃん相変わらず空回ってんのね」とリリーは笑う。お互いの家族のことは大抵わかっているのだ。

 くしゃりと揚げパンの袋を手の中に圧縮しながら「あー、でもさ」とリリーは続けた。


「お母さん寂しがってたんじゃないの」

「お母様もお仕事がありますもの。寂しく思うヒマもないはずですわ」


 ローズが首を振れば、リリーは「なら、もうずっとうちに居ればいいよ」と言ってくれた。

 リリーの家は居心地が良い。ただ、オーランドと会うと心臓が破裂しそうになることもあって、長期滞在にはちょっと勇気がいる。


「あ。オーランド兄様がうざったかったら、家から締め出すから言って」

「だだだ、大丈夫ですわ!」

「ふぅん、嫌じゃあないわけね」

「い、イヤとかそんな。別にオーランド様もそんな、気を遣ってただ妹の友達にかまってくれているだけですし……」

「いや、脳筋だから。気を遣うとかできない男だよ」


 ニヤニヤとしたリリーが「このままうちに住んでくれてもいいのよ、ずぅっとね」と意地悪く言葉を続けるのを、ローズはポーズだけでポカリと叩いてそっぽを向いた。しばらく笑っていたリリーだが、思い出したように「あ!」と声を出す。


「そうそう、ミミちゃんから手紙きてたよ」


 後頭部に投げかけられた言葉に、すねるフリをやめてローズは振り返る。

 

「ミミから? なんでしょう」

「わからないけれど、封筒に『至急確認すべし』って書いてあったの。おやつも食べたし、帰る?」


 本当に緊急であればじいやが直接呼びに来るはずで、おそらくミミの『至急確認』は、ミミ個人の用件であろう。そう見当をつけたローズは首を振る。


「もう一件、美味しいパルフェを出すお店をチェックしてきましたの。そちらに行ってから帰りましょう」

「よしきた!」


 リリーはパッと立ち上がってローズの手を引いた。「ぱるふぇ、ぱるふぇ」と楽し気に金髪を揺らす。




 

 二人はお腹いっぱいになるまで甘味を楽しんでから、家に帰ったのだった。








コミカライズがpixivコミックさんで三話前編までアップされており、今のところ全話無料で読めます。

気になる方はこの無料の期間にぜひ見てみてください~!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 登場人物皆を好きな私にとってはご褒美みたいで楽しいです。 好きな本って時々物語なのにあの子は元気かなってもう一度読みたくなったりするような事ありませんか?そんな感じで新しいお話しなんて凄く…
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