専属メイドの恋愛模様2
前話の内容を変更しています
【前話の要約】
ローズはシャルロッテの国外逃亡について行ったので、その振替で長期休暇をとらされました。
しかし、それからもミミは事あるごとに「ねえお嬢様に会わせてよぉ」と、うるさく絡んできた。
この話題になるとローズの反応が面白いのが半分、本当に会って確かめてやろうという気持ち半分だろうか。
しつこく食い下がってくるミミにローズはげんなりしていた。
「ていうかお姉ちゃん、マジ職場ブラックすぎ。実家戻ってくれば? そんなの許してるお嬢様、全然優しくないと思うけど!」
確かに、レンゲフェルト公爵家でのメイド業は多忙だ。多忙すぎて、今回のように長期休みをもらって実家に帰るのは実に十年ぶりのことで、家族が何かを言いたくなるのも分からなくはない。しかし。
「だーかーら、私がやりたくてやっているのですわ!」
「でもでも! そんなんじゃ、結婚どころか彼氏も一生できないよ⁈」
ローズ自身は多忙に関して不満を持ったことは一度もない。心の底からやりたくてやっている仕事だ。
公爵家の良心であり天使、シャルロッテの専属メイドとして仕えていることを誇りに思い、この十年充実した時間を過ごしてきた。
というか、今後とも一生仕える気でいるし、正直結婚はできる気がしていない。
だって、お嬢様最優先の生活を続けたい。
ローズがお世話をしたいのだ。
この役目を、誰にも譲りたくない。
その場に居合わせた母親も「確かに、忙しすぎるわねぇ。他のお屋敷なら、もっとお休み貰えるでしょう」とつついてくる。母にまで言われてしまうと分が悪いローズは、下唇を噛んで「やめてよ」と悲し気な声を出す。
「なにも『仕事を辞めなさい』って言ってるわけじゃないのよ」
そんなローズの心を読んだかのように、母親は「お母さんも仕事が好きだからね、その気持ちは分かるわよ。でもミミの言うことも一理あると思わない?」と、少し優しい言葉を挟んで再び小言を繋げてくる。
「ローズの仕事、彼氏をつくる暇もないのは事実よね。……この1ヶ月、何か予定はあるのかしら? 例えばデート、とか」
「予定は未定ですわっ」
胸を張って言い切ったローズに対して、「それって無いってことでしょ!」と、ミミがからかうように指摘した。
母は『仕方のない子ね』とばかりの顔で、ローズの前髪を優しく撫でる。
「せっかくのお休み、そんな顔してないで有意義に使わないとね」
「分かってますわ。……ただちょっと、寂しいだけですの」
しかしローズもお休みは貰えてうれしいのだが、それとこれと話は別で、もうお嬢様に会いたくてたまらなかった。
あのサラサラの髪を結いたい。『ローズ、ありがとう』って微笑んでもらいたい! といった欲望が湧き上がって、それはため息となって外に出る。
「はぁ、お嬢様ぁぁあ」
「お姉ちゃんちょっと気持ち悪いよぉ、周りに引かれてないの?」
ローズのお嬢様への愛の重さなど、屋敷では全くといいほど目立っていない。
なぜならば、シャルロッテに関することにおいて、他の追随を許さない人物がいるからである。
もちろんその人物とは、公爵家を最近継いだクリストフ・レンゲフェルトである。
「私なんかよりよっぽど重症の人がいますの。私なんて全然目立ちませんわ」
シャルロッテへの激重な愛を捧ぐ彼は、幼少期から筋金入りの執着っぷりだ。ローズなど比較にもならない。
現在彼はシャルロッテの国外逃亡の反動で、べったりとくっついて離れない背後霊と化している。しかもところ構わず愛を囁くものだから、年若いメイドなどはゲロ甘い2人(押しまくりのクリストフと、照れるシャルロッテ)の空気にあてられて悲鳴を上げていた。
『シャル、口を開けて』
『自分で食べられるわ! クリスもほら、これ美味しいわよ』
『じゃあ、シャルが食べさせて』
『え、ちょっと、やだクリスってば!』
『いいでしょ、シャル、お願い』
まるで幼子のように口を開けて待つ男が、公爵家の当主。そして最終的に押し切られてアーンをして照れまくっているのが、公爵夫人。
外部には絶対に漏らせない光景である。
経緯を考えれば致し方ない面もあるのだが、あまりのクリストフの溶けっぷりには、帰国から見ているローズもうんざりだ。
恥も外聞も投げ捨てて「愛しています。僕のそばにいてください」と希う様子は好感がもてるのだけれども、時と場所を選ばないのはいただけない。ぶっちゃけ二人きりの時だけにして欲しいものである。
そんなクリストフを思い出して、ローズは「大丈夫」と言い切った。
思い出して顔をしかめるローズに何を思ったのか、ミミと母がじりじりと近寄って来てローズを挟むようにソファの両側に陣取った。そして母がこう囁く。
「クリストフ様とお嬢様、ご結婚なさったわけよね?」
「ええ。まだ公式に発表はしていないけれど」
「ということは、ご懐妊の可能性もあるのよね?」
『おねえさま大好き』なんて、軽い家族愛では足りないクリストフの執着心をローズはよく知っている。後継の問題もあるので、そのうち子どもの話も出るだろう。
そのタイミングはメイドごときの考えの及ぶところではない、が。
「……少なくとも、しばらくはお嬢様のことを独占したいんじゃないかしら」
シャルロッテの背後霊は現在、王子でありほぼ幼馴染(そしておそらく親戚の)ウルリヒにすら嫉妬の炎を燃やし、少し触れただけでも『触るな』と警戒モードに入る有様である。
メイドのローズには何も言わないが『本当はシャルに触るのは僕だけでいいのに』くらいのことは思っているはずだ。
ああ恐ろしい、と思わず二の腕をさするローズを横目に、ミミが畳みかけてくる。
「じゃあお姉ちゃんも今のうちに結婚して子ども産んだら? そしたら乳母になれるじゃん?」
「専属メイドだって十分お傍に居られるんだからいいんですわっ」
ミミに勢いよく言い返すローズの耳元で、母が「お嬢様のお子様、きっと可愛いでしょうねぇ」と囁いた。
「う、うぐっ」
ローズの脳裏にサッとよぎったのは、出会ったばかりの頃のシャルロッテの姿。そりゃもう可愛くて可愛くて、あの頃よくローズはメロメロになっては仕事の手が止まり、リリーにどつかれていたものである。
そんな可愛らしきメモリアルを反芻してニヘッと顔をほころばせたローズに、すかさず母が追撃をしかけた。
「そんなお子様のお世話を、ローズは誰かに譲っちゃうのねぇ」
「で、でもでも! 結婚はパパッとするものじゃないと思うわ!」
「……身近にいる人とかいいと思うわよ、ホラ、ね。誰か思い浮かばない?」
まるで誰かが居るかのような母の物言いだが、誰の顔も思い浮かばないローズ。ミミが横から「だからぁ、紹介するってば!」と再び騒ぎ出したので、戦略的撤退をすることにした。
「……ちょっと部屋でリリーに手紙を書いてきますわ」
「あら、リリーちゃんもお休みなのね。うちに泊まりに来てもらったら?」
立ち上がった背中にかけられた母の言葉に、ローズはピンとひらめく。
リリーも同じだけ休みをもらっている。実家に居るとミミがうるさい。ならば……リリーの家に泊まりに行ってしまえばいいのだ。
これは天才的な発想だと、ローズはぴょんと飛び跳ねた。
「じいや! これ、リリーの家にお願いしてもいいかしら、急がないから」
早速用件を手紙にしたためたローズは、そう遠くないリリーの家へと手紙を届けるように屋敷の年老いた使用人である“じいや”にお願いをした。じいやは使用人といってもローズの家に住み込みで、昔からずっと一緒に住んでいたのでかなり気安い関係だ。
いつでもピシッとアイロンのかけられた白シャツを身に着けた、落ち着きのあるナイスシニアであるのだが、妙にウキウキとした様子で「待ってました!」と言われてローズは困惑した。
「どうしたの?」
「あ、いえ! ちょうどそっちに行く用事がありましてな……すぐに届けてきます!」
じいやはサッと手紙を受け取ると、なんとそのまま走り出してしまった。残されたローズはぽかんと口をあけて、その背中を見送る。
「じいやって走れたのね……。リリーの家の方に、取引先とかあったかしら……?」
リリーとローズの実家は、お互いに領地を持たない男爵家。
王都にお互い実家があるので、用事があってもおかしくはない。少し奇妙に思いつつも、夕飯を食べ終わる頃にはリリーからの返事をもってじいやが帰って来たので、すっかりそんな思いは吹き飛んでいた。
手紙には『泊まりにおいで。待ってる』と書かれており、ローズは再びぴょんと跳ねる。
「お母様、明日からリリーのところへ泊まりに行ってもいいかしら?」
「あら。こっちの家に帰る時は連絡ちょうだいね、ご飯の準備があるから」
笑顔で送り出してくれる母とは対照的に、ミミは不満顔だ。
「えっ! お姉ちゃん行っちゃうの⁈」
「ごめんなさい、次の休みにはまた帰るわ」
「次の休みっていつよ~!」
寂しい寂しいとブーブー言うミミのことを『これだから憎めないのよね』と、ローズはグリグリと撫でまわしてやるのだった。




