専属メイドの恋愛模様1
時系列はシャルロッテが国外逃亡をかました後になります
「お姉ちゃん、まだその喋り方してるの?」
貴族相手に商売をする母の背中がまぶしくて、余所行きの母の喋り方を真似たのは何歳のことだったか。
妹だってもう慣れたものだろうに、幼き日に近所のクソガキに『お前の姉ちゃん変なしゃべり方!』と、からかわれて以降、こうして時々苦い顔をしてくる。
しかしローズは今更喋り方を変えるつもりは毛頭ない。
ツンとすまし顔を作って、妹のミミから視線をそらす。
「まだも何も、ずっとこの喋り方ですわ」
「職場で浮いてない?」
「ご心配なく。まったく問題ありません」
言い切った姉の横顔に、これ以上言葉を重ねても無駄と悟ったのだろう。「ふーん。じゃあさ」と、ミミは何かを思いついたように、意地の悪い顔をして姉を見上げた。
「彼氏できたぁ?」
『余計なお世話ですわ』と言いたいのを、ローズはグッと堪える。
この恋愛といった分野は、昔から妹に軍配が上がるというか……正直、ローズの苦手な話題であった。
視線をさらに斜め上へと逸らして何気ない風を装うも、返事をしないことが返事となったのだろう。「お姉ちゃんがどんな人選ぶのか、興味あるんだよぉ」と、妹がやたら楽しそうな声色でこう続けた。
「そうだ! 彼ピの友達、紹介してあげる!」
余計なお節介を焼いてくる妹は、物心ついた頃からモテまくりの、男が切れたことのないタイプだ。髪の毛はツヤツヤサラサラ、何年か前に流行した襟詰めドレスを着こなす体は華奢で、ムカつくが可愛い顔をしている。
対してローズは背が低く、ちょっとぽっちゃりというか、グラマラスな体形をしている。妹と同じ赤髪はサラサラではなく癖毛だし、鼻も少し低めだ。それでも職場の同僚からは「ローズは可愛い」と言ってもらえるので、働きだしてからは自己肯定感も上がっていたというのに。
同じ姉妹なのにどうしてこうも違うのだろうという、嫉妬心にも似た卑屈な心がムクムクと芽を出してくる。それによいしょと蓋をかぶせて、ローズはニコリと笑顔を作った。
「ミミ、早く仕事に行ったらどうですの?」
「今日は午後からでいいってお母さんに言われてるから大丈夫」
妹のミミが、姉であるローズの傍に腰を下ろす。どうやら話を続ける気らしい。
引きつりつつもギリギリで笑顔を保って『帰って早々ケンカはダメ。私はお姉ちゃんなんだから』と我慢するローズのことを、ミミがケラケラと笑った。
「モチモチほっぺが、ぴくぴくしてるぅ」
豊満な体をコンプレックスに思っているローズは『もちもち』と言われて思わず、自身の柔らかな二の腕を掴んだ。それを目ざとく気が付いたミミは「気になるならダイエットしたら?」と、人が気にしていることをズバリと言い当ててくる。
「お姉ちゃんも私と同じ遺伝子なんだから、頑張ればなんとかなると思うよ」
『別になんとかしたいと思ってないから』という本心は、まるで負け惜しみのようで言えなかった。久しく実家に丸一日いることがなかったから忘れていたが、そう、実家とは三食出て来てぐうたらできるだけの場所ではなかった。
この妹もセットだということを、ローズはすっかり忘れていた。
たまの休暇に帰ってみればこれだ。心が休まらない。というか、休まるどころかイライラしている。
「お姉ちゃんが帰って来て嬉しいからって、そんなことばっかり言わないの!」
母の声だ。
姉妹の会話を聞いていたのだろう。キッチンから出て来て、ソファに並んだ二人の肩を抱くようにして「こら、ミミ」と、注意をしてくれる。
ローズはホッと息を吐いたが、ミミは唇を尖らせた。
「だってホントのことじゃん! 彼氏がずっと居ないとか信じられなーい。人生損してるって!」
「……ミミ、ちょっと。そっちの椅子にちゃんと座ってちょうだい」
流石にそれを聞いた母親の口角がギュンと上がり、しかし笑っていない鋭い目がミミを刺した。
『あ、これは怒ってる』と、ローズも、そしてミミもすぐに察知する。
「ローズはキッチンから料理をとってきて並べてくれるかしら?」
笑顔の母親にお願いされてローズは素早く立ち上がった。母親は怒ると笑うタイプで、説教は正論の理詰め。昔から姉妹ともに、母に口論で勝てたことは一度もない。
残されたミミが情けない顔でローズを見上げてくるが、フイっと視線を逸らしてキッチンへと向かう。
案の定、背後からは母の理詰めが聞こえてきた。
「お姉ちゃんとミミは同じことを考えて、できてないとダメなの? お姉ちゃんは公爵様のお屋敷で立派にお勤めして、連休だって何年振りかな。そんなことを言うのなら、ミミもお姉ちゃんを見習ってもう少し勤勉に働けるってことね。ミミの次のお休み、三年後くらいでもいいかしら? それにお姉ちゃんは二年も国を離れてたのよ。それがどれだけ大変か分かるかしら……?」
キッチンとダイニングを何往復かして料理を並べ終わるころには、ミミはしゅんとしょげて涙目だった。
「とりあえず、ミミもお姉ちゃんと同じになるように商会のお仕事増やしてあげるわ。それでよかったわね?」
「よ、よくないです!」
ここで返答を間違えば、母は本気でやるタイプだ。ミミは顔を青くしていた。
「よくないの? お姉ちゃんにはあんな風に言っておいて、どうして?」
「ごめんなさい! 私が間違ってました!」
「謝る相手が違うんじゃないかしら」
ミミが「おねえちゃん、ごめんなさぁい」と涙目で謝ってくるので、ローズの溜飲も下がる。流石は母だ。
母は王都で経営する洋裁店を切り盛りする女主人であり、忙しい身の上だ。数年ぶりにローズが連休を貰って帰ってくると聞いて、わざわざ仕事を調整してくれたのだろう。テーブルから漂う良い匂いと、懐かしい母の優しくも恐ろしい説教に、ローズは『実家って感じ』と妙にホッとしていた。
「許しますわ、ミミ。……お母様、帰って早々にごめんなさい」
「あなたは何も悪くないわよ! さっ、ご飯を皆で食べましょうね」
もう優しい母の顔に戻っていて、ミミも一緒に三人で、ローズの好物ばかり並ぶ食卓を囲む。女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、会話は途切れることなく続いた。ミミも調子に乗らなければ可愛い面もあって「お姉ちゃんお仕事どう?」「イケメンいる?」「体調崩してない?」などと、軽い調子で心配もしてくれる。
「仕事は楽しいし、体調も万全ですわ」
イケメンのくだりを飛ばしてローズが答えれば、健康面の話題となると「素敵なお仕事だとは思っているけれど」と言いつつ、本気で心配顔をするのは母だ。
「ローズ、でもあんまりにも忙しすぎるわ。今回は、しばらくは休めるの?」
「お嬢様の留学に付き合った振替休日みたいなものだから、好きなだけ休むようには言われてるんですけれど……一ヶ月くらいで戻ろうかと思ってますわ」
「あら、もっと休めばいいのに」
「長すぎるくらいですわ!」
ため息をついたローズは「お嬢様、お元気にお過ごしだったらいいのだけれど。私以外のメイドのお世話で、ご不便はないかしら……心配だわ」と、大仰に嘆く。
「……お姉ちゃん洗脳されてない?」
「失礼ですわよ」
「いてっ」
信じられないといった顔をしているミミを、人差し指でちょんと小突く。
今回ローズが連休をとっているのは、仕えるべき主からの指示だ。長らく取れていなかった長期休暇を、護衛のリリー共々とらされたのだ。
「本当は長いお休みなんて、いらないのですけれど」
それを聞いたミミは不満顔だ。
「お姉ちゃんの仕事はブラックすぎるよぉ」
「やりたくてやってますの!」
ローズの主はシャルロッテ・レンゲフェルトという名の、妖精のように美しい公爵家のお姫様だ。家族から大切に大切に、世間から隠されるように囲われていたのだが……ある日突然に、まさかの国外逃亡をかました。
当然の如くローズはそれに着いていき、二年もの長期に渡りずっと仕事をしていたわけである。それを気にしたシャルロッテから休暇を取るように言われ、さらにメイド長にも「こんな機会でもないと休まないでしょう。ちゃんと長く休暇をお取りなさい」と、長期休暇を半ば強制的に取らされたのである。
「お姉ちゃんみたいな人のこと、ワーカーホリックって言うんだよ! よくないよ!」
うるさくわめくミミの頭を軽く押さえて、母親が仕方ないといった顔で笑う。
「お嬢様のこと、好きなのね」
「ええ! あの透き通るように美しい肌や髪を毎日触れるのは、私だけですの。身支度は全て私にお任せしてくださるの。本当に名誉な仕事ですわぁ」
うっとりとシャルロッテの美貌を思い出すローズに、ミミは面白くなさそうな顔だ。
「いっつもお姉ちゃんそんなこと言うけど、ホントにそんなに美人なワケ?」
「ええ。まるで精巧な陶器人形ですわ」
「嘘だァ。公爵家レベルになると、社交界に出さないのも箔付けるためでしょ? 本当は不細工なんじゃないの?」
「ちょっとミミ!」
失礼なことを言う妹を「口が過ぎますわよ」と、今度ばかりはローズだってピシャリと叱りつけてやった。
「魂抜かれるくらいの美貌ですけど、性格も最高に優しく純粋で、素晴らしいお嬢様なのよ。……あなたも見習って。レディが“不細工”なんて言葉は使ってはいけませんわ」
ミミは自尊心やら、実は大好きな姉をとられたような感覚やらが相まって、かなりムッとした。
「……じゃあ一回会わせてよ!」
「無理よ。公爵家の掌中の珠を、一般人が見られると思いますの?」
「そうやって誤魔化す! 優しいなら許してくれるでしょ~!」
「公爵家の方に会いたいなんて絶対に無理ですわ。分かってちょうだいな」
「ミミ、無理を言わないの」と母の一言で場は収まったが、妹の我儘にローズはげんなりしてしまう。普通に考えて、ギリギリ貴族の端っこに在籍しているだけの商家の娘が、公爵家の人間に会えるわけがない。ローズだって幸運が重なってお仕えしているだけで、本来男爵家ごときの出で公爵令嬢……いやもう公爵夫人となった彼女の傍付きなど、本来は分不相応なのである。
それくらい家格の差があるのに、どうしてミミは分からないのだろうかと、ローズの苛立ちは深まるばかり。
「末っ子可愛さに、甘やかしすぎましたわね」
母は額をさすりながら「これからはもっとビシビシいくわ」と苦くつぶやいた。
サイコな黒幕の義理姉ちゃんが、
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