*ヒロインになりたかった少女の独白1(モモカ視点)
モモカは北関東の中学校に通う、十四歳の少女であった。
もっと詳しく言えば、反抗期真っただ中。しかもひどく内弁慶で、その日の朝も母親と激しく口論となっていた。
「モモカ!ちょっとアンタ、早く学校行きなさい!」
「うるさいクソババア!!」
「今月何日休んだの?!いい加減にしなさい!」
「行かないって言ってるでしょッ!!」
学校の始業時刻はとうに過ぎているというのに、未だ着替えもしない娘の腕を引いた母親は「触んなッ!」と、強く振り払われてよろめいた。体格的にも母親とそう変わらぬ大きさに育った娘は、更に追撃するようにドン!と、枯れた母の体を突き飛ばす。
「誰も生んでくれなんて頼んでない!キモいんだけど!」
母親は、ここ一年ですっかり老け込んだ。
モモカが学校に行き渋りだしてからは一気に白髪も増えシワも深くなった。廊下に倒れ伏す痩せた背中へと見当違いの怒りを燃やすのは、そんな事実を直視したくないがゆえの誤魔化しでもある。ドアをバタン!と閉めて自室へとこもった。
『モモカ、悩んでるならお母さんに話してね…』
返事をする代わりに、ドアを一度だけ強く叩く。
ドアの前でわざわざ話しかけてくる母親に対して苛立ちを募らせる。
どうして放っておいてくれないのだろうか。
「アンタに言って何になるわけ…?」
学校に行けなくなったのは、よくある仲間外れが原因だった。
原因は、カースト最上位のギャルな女子に「相手によって態度変えんのやめな?マジきもいから」と、睨まれたせい。モモカの友人は巻き込まれることを恐れたのだろう、たったそれだけのことで仲良しグループからハブられてしまった。それまで、グループの中心はモモカだったというのに!グループの仲間の中でも地味でおとなしい子に「そのシュシュダサくない?」「身の程わきまえなよ〜」と、冗談半分で日々のアドバイスをしてやっただけ。なのに、どうしてモモカが責められなければならないのだろう。あの地味女がギャルと仲が良いと知っていたら優しくしてやったのに。
モモカは絶対に謝りたくなかった。
それからはすっかり学校に行く気力を失くして、できる限り家にいる。
家はWi-Fiが繋がる。お金がなくたって永遠に楽しく過ごすことができるし、親に迷惑はかけていない。勉強なんかするよりゲームをしたり、無料の漫画を読んでいる方がずっと楽しい。正直、学校に行くのは億劫だった。
「君☆クリアしよ~。ったく、忙しいんだから学校なんて行くわけないべ」
ギシギシとロフトベッドの階段を上がる。
慣れた手つきでアプリを起動するモモカは、実は乙女ゲームのヘビーユーザー。片っ端から色んなゲームをダウンロードしては、いつもビジュアルが好みのキャラクターだけをクリアする。モモカの好みは王道の王子様で、俺様系だと尚良しといった感じだ。
「やっぱ男は王子に限る!くぅ、ウルリヒいいなぁ~!なになに、手っ取り早くキャラの好感度を上げるには“薔薇のポプリ”をプレゼントすればいいって…くっそ、課金アイテムか」
攻略サイトを見ながら最短ルートをプレイするタイプなので、バッドエンドになったことはない。イライラとしながらもパスコードを打ち込み、カードで課金をした。
カードはこっそりと父親のを盗み見て登録している。忙しい父親は明細なんてチェックしてない。
『モモカ~?お母さん、パート行くから』
「はいはいはーい、いちいちうざい~」
親が居なくなったタイミングでリビングへと一回降りて、作り置きされている食事を食べお菓子とジュースを手に部屋へと戻る。ロフトベッドにねそべりながらポテチをかじり、ゲームの続きだ。
こうしてモモカは順調にウルリヒを攻略し、ゲームの黒幕であるサイコ野郎を追い詰めて、トゥルーエンドへとたどり着いた。
「んはぁ~!やっぱカッコイイ!たまんねぇ~」
『王子妃候補となってほしい』と、夜会で王子に跪いて乞われるシーンで身もだえる。課金をした甲斐があったというものだ。金髪の王子が膝をついてモモカに愛を願う姿に、ぶるぶると快楽が背筋を駆け上がった。
そして「尊ぇ~」と言いながらゴロゴロとベッドの上を転がるモモカは、勢いがつきすぎてロフトベッドの手すりを乗り越えてしまう。
「えっ、ガッ!!」
ロフトの高さはモモカの背丈ほど。しかも部屋を散らかしていたので落下地点にはアダプターやゲーム機が散乱。運悪くそれらの固いものに頭を打ち付けてしまったモモカ。
手には、君☆のローディング画面。
―――モモカの視界は暗転した。
◇
こうして、気が付けば乙女ゲームの中へと迷い込んでいたモモカ。
入学式を明日に控えた寮の部屋で目覚め、鏡で確認した自身はヒロインの姿。そこから可能な限り状況を把握した結論は…。
「異世界トリップってやつだ!!」
ぴょんぴょん、と飛び跳ねて喜んだ。
なんてったってヒロイン、ビジュアルが可愛い。「世界の中心、カーストの頂点、私が主人公!!」と、モモカはウキウキした気分で全てを受け入れた。
スカートを短くしたりと制服もアレンジして、元々のヒロインよりかなり可愛い仕上がりになった。これなら攻略キャラにも余裕で好かれるはずである。
そうして翌日は入学式イベントでウルリヒにも会うことができ、これがゲーム『君☆』の世界であると確信した。王子攻略には生徒会役員達の好感度を上げなければならないので、ゼパイル・マッコロとヴァン・デルパンを攻略サイト通りに「さすが天才」「すごぉい、お強いんですね」などと各所で持ち上げて好感度を稼いでみた。するとあっさりモモカに惚れるヌルゲーっぷり。モモカは有頂天になりつつも、念には念を入れて、課金アイテムだった薔薇のポプリも作ってプレゼントした。
「モモカ、何か困ったことはないか?」
「……モモカは、俺が守ってやる」
「二人のおかげで、私、学園でもなんとかやっていけそう!ありがとう!」
「モモカはなんで可愛いんだろう」
「……他の女と、全然違う」
この薔薇はチャラ教師がプレゼントしてくれたものを部屋につるして干して、部屋にあったモモカの香水をふりかけて適当につくったものだったのだが大層喜ばれた。結果として二人はもっとメロメロになって、モモカに心酔してくれた。お姫様扱いされて、大変気分が良い。
ゲームの選択肢は完璧には覚えていなかったが、悪役令嬢絡みのイベントでは「平民を差別しないで」的なことを言っておけば大抵正解だったので、とりあえず言えそうな時にはそうやってヒロインっぽく振舞っておいた。するとやっぱりマッコロやデルパンが飛んできてモモカを庇うので、あまりのチョロさに笑えてしまった。
「あーっ、さいっこう…!私のための世界だわぁ!!」
そんなこんなで最初はテンションが上がったモモカだったが、日常を過ごしてみるとゲームのように簡単ではなく現実感が強い部分も出てくる。
「ちょっとあなた、このままだと落第しますわよ」と、教師に呼び止められたりするようになった。
「課題を出してくださいね」
「補講をどうしてサボるんですか」
「授業にきちんと出なさい!」
「授業態度が悪すぎます、改めて下さい」
教師という生き物はコバエのようである。ブンブンとモモカの周囲を飛び回り、うるさいことを言ってくる。
段々とスムーズに事が進まなくなってきた。選択肢を選ぶだけだったノベル型ゲームだったくせに、コマンドが浮かんできたりのサポートがまったく存在しないせいである。そのせいでモモカは勉強にもついていけないし、運動も嫌いだし、学園での生活が楽しくなくなってしまった。
「はぁ~、ウルリヒの攻略方法しか知らないし…、どーしよっかなぁ~。いちお、ゲームだからバッドエンドあるんだよねぇ」
その場合どうなるかモモカには分からない。
攻略サイトでウルリヒトゥルーエンド一直線のプレイスタイルだったせいで、他の情報がまったくないのだ。
「くっそ、攻略サイト読んどけばよかった~!まあ十八禁ゲーとかじゃないから、滅多なことにはならないと思うけど…。でも、知ってるルートじゃないと怖いしさー…」
ウルリヒにどうにかお近づきになろうとしてはいるのだが、生徒会加入イベントがどうしても起こせなかった。薔薇のポプリもクッキーも、差し入れは受け取ってもらえない。ここをクリアしなければ攻略ルートは開けないというのに!
この頃になるとモモカは現実を認識し始めており、ウルリヒルートの結末しか知らないことをひどく悔やんだ。
「っていうか、あのウルリヒに似た女ナニサマ?別ルート入っちゃってて、それの悪役令嬢ポジなんだろうけど~。困ったなぁ~」
最近はやたらめったら綺麗な女が邪魔をしてくるのだが、モモカは知らない展開である。アンネリアではない悪役だ。おそらくデルパンかマッコロ、イーエスの個別ルートなのだと思う。
モモカは焦りを感じ始めていた。




