最後のお茶会2
「破廉恥にも周囲に見せつけるように身体的接触をして…学園祭では、モモカはそんなものを見せられて、可哀想に、驚いて泣いていたんだぞ!」
マッコロの言い分に思わず「はぁ?!」と声を上げたくなるシャルロッテだが、クリストフから漂う怒気に口を閉じる。
赤い髪をぐしゃりと握るデルパンはやれやれといったように、マッコロは額に指をあて「フゥー」とため息を吐き、わざとらしく全身で不満を表現してくる。怒りに満ちたクリストフの眼差しを真正面から受けて尚、口を閉じないで、自分たちの言葉に酔いしれているその神経の図太さ…シャルロッテはちょっと感心した。この二人には生存本能が備わっていないのでは?と思ってしまう。
「……今のお前たちを見て、分かった。モモカは正しい」
「そうだとも!ウルリヒ様にもそうやって取り入ったんだろう!」
「……顔だけ公爵と言われるだけある」
「お前の功績は幼少期から交流を持てる家門のおかげで、お前の能力ではない。どうして謙虚に受け止められないんだ?」
「……心が汚かったら全部意味ないっすよ」
「そう!外見に頼るのは、己の能力の無さを露呈しているに等しい!」
ポンポンと出てくる言葉の、なんとまあ下劣なことか。これが本当に貴族かと、シャルロッテは耳を疑った。混乱が大きすぎて感情がついて行かず、ドキドキと音を立てる胸をおさえるように手をあてる。
(『顔だけ公爵』って何?え、まさかだけど、うちのクリスのこと?顔も良ければ能力も超ハイスペックですけど?こいつら何を言っているのかしら…?)
言葉を噛みしめれば、ムカムカとしたものがシャルロッテの喉にこみ上げてきた。
黙りこくっていたクリストフは、小さく首を傾けて問う。
「言いたいこと、それだけですか?」
赤い瞳に一瞬ひるむも、マッコロは「なっ、言い足りません!」と、クリストフを“怒り”という感情で負かそうと声のボリュームを上げた。相対するクリストフは淡々とした姿勢を崩さない。
「モモカに対する差別的な行動も、きちんと改めて頂きたい!」
「差別はしていませんが、必要ないでしょう」
「なんだと!」と大声を出すマッコロに、うんざりとした顔でクリストフが「だから、必要ないんですよ」と繰り返す。それを『モモカへの差別』と受け取ったのだろう、義憤に震えるマッコロは眼鏡をクイッと上げて語り出す。
「あの子はお前たちに傷つけられた後も、『いつか仲良くできるよね』と泣いてるんだぞ?!健気で可憐なモモカを、可哀想だと思わないのか!!」
「まったく思いませんね」
落ち着いた声のトーンでクリストフから返される言葉に、怒り心頭のマッコロとデルパンは険しい顔つきだ。そこでデルパンは我慢ができない!とばかりに胸を張って肺を膨張させ深く息を吸い「……性根の腐った奴め!」と、大声を出した。
思わず耳を押さえるクリストフは「大声でなんとかなると思うの、幼児みたいですね」と、完全にデルパンを見下す目つきをしている。
「だからウルリヒ様の護衛も外されるのでは?」
赤髪のもみあげまでうっすらと赤くしながら、図星をつかれた恥ずかしさと、湧き上がる怒りで我を失っていくデルパン。思わずずいっと手を伸ばし、クリストフへと掴みかかった。
「ッグルァッ!」
「思い通りにならなければ暴力ですか?」
ひょいと避けたクリストフは、シャルロッテに近づいてしまったこの男を早く遠ざけようと「猿みたいですね」などと、薄ら笑いで挑発しながらゆっくりと歩く。その場にふーっ、ふーっとデルパンの荒い息遣いが響き、会場全体が静まり返っていることを知らしめた。
怯えたような子女達に、腰の引ける令息達。慌てたアンネリアとウルリヒが近寄ろうとするも、気が付いた警護の騎士達に押しとどめられている。
デルパンはじりじりと獲物を狙うようにクリストフを見つめ、またいつ飛びかかろうとおかしくない有様だ。
そこに、凛とした声が響く。
「ちょっと」
クリストフは嘆息し、即座に地面を蹴った。
シャルロッテがあろうことか立ち上がったのだ!しかも、デルパンを睨み付けて。
クリストフは二人の視線の間に割り込もうとするが、ブンッとデルパンの拳が振るわれる。ステップを踏んで後ろに下がって辛くも避けるクリストフに、シャルロッテが「クリス、いいのよ」と言った。
「デルパン様は騎士団長の息子ですもの、レディに暴力をふるったりしないわ。そこで見ていてちょうだい」
その言葉にぐっと何かを堪えるようなうめき声を出すデルパンだが、シャルロッテに向かって掴みかかりはしない。ただ、攻撃の姿勢を緩めもしない。
「マッコロ様もこちらへ来てくださいませ」
そしてまさかの、敵を近くに呼びつけるという暴挙。
クリストフは悲痛な面持ちでシャルロッテにやめてくれと目で訴えるが、彼女はツンとしてクリスを見もしない。
「チッ。何なんです、貴方」
舌打ちをしながら、マッコロがデルパンに並び立つ。その二人に対してゆっくりと近づいて行くシャルロッテに、クリストフのこめかみの血管ははち切れそうだった。大切な人が危険にさらされる状態をどうして見過ごせと言うのだろうか。
視界の端に警護の騎士が集まっているのを捉えるが、遅すぎだ。クリストフは苛立ちをぶつけるように奥歯を噛みしめて、デルパンが動けば即座に身を挺してもシャルロッテを守ろうと身を構える。
「で、先ほどまでの発言ですけれど」
「……何が言いたいんだ?」
「言いたいことしかありませんわ!」
「不健全な関係と噂されるような、あなたたちの振舞いが悪いのですよ?」
フッと嘲笑するマッコロに、デルパンが頷く。シャルロッテはゆるりと首を横に振ると「そこではありませんの」と、悲しそうな顔をつくって大きな目を潤ませるので、憎き敵とはいえどマッコロは若干うろたえた。
「じゃ、じゃあなんだと言うのです」
どうせ『頑張ってます』とか『顔だけじゃありません』とか、薄っぺらい擁護をするのだろうと決めてかかっているマッコロは、余裕の笑みを浮かべていた。何を言われても言いくるめられると、シャルロッテを侮ってかかっているからだ。
しかし、予想を裏切りシャルロッテは、口を開けばまるで水を得た魚のように活き活きと語り出してしまう。息をつく間もなく、クリストフがいかに素晴らしいかを説きだした。
「いかに領地経営のためにクリスが尽力しているかを知っていただきたいと思いまして。週末は十時間ほどお義父様に師事しながら事業計画、書類の作成、領地の視察から果ては陳情の立ち合いまでこなしております。レンゲフェルトの資産の二割は既に彼が運用し、結果もでてますわ。ですから顔がどんなにズタボロになったとて、レンゲフェルトの民はクリスが領主となることを望むでしょう。すでに彼の能力の高さと、輝く人格の素晴らしさで民を引き付けておりますの。確かにものすごくクリスは美しいし格好いいし、スタイルも抜群で性格も良いですがそれだけではなくって小さい時から努力家で…」
「ええい!長い!!そーゆーのをブラザーコンプレックスというんだ!」
マッコロが髪を振り乱して怒鳴る。
あら、とシャルロッテは小首をかしげて二人を上目遣いに見つめた。じぃっと見つめられると大粒の紫瞳に吸い込まれるように、マッコロとデルパンは目が離せなくなる。
その瞬間「行けッ」という鋭い号令と共に、騎士達がデルパンを押さえ込んだ。
「確保ォ!」「武装ナシ!」「拘束せよ!」などと怒号が響き、横に立つマッコロも地面に引き倒される。「離せッ!」「くそっ!」とデルパンとマッコロの声がするが、あっという間に布を噛まされ手足を縛られ、屈強な騎士に俵のように抱えられてどこかへと運ばれて行ってしまった。




