最後のお茶会1
きらびやかな装飾がされた会場の中で、少年少女が語り合う。
点在する丸テーブルには茶器や菓子が並ぶが、テーブルごとに種類が違うものが置かれている。それは『ちょっとこれが食べたいんですよ』といった体を装って、目当ての人に近づくことができるように。
しかし。今は出会いを求めるわけでなく、ティーカップからゆらりと立ち上る湯気のように、会場中の少年少女が頬を上気させてあるテーブルに視線を集中させている。
視線の先には、二組の男女。
優雅に茶を嗜みながら語り合うその四人に、とある少女は見惚れ、とある少年は憧憬の眼差しを送る。パーティーが始まって小一時間、そろそろ誰か話しかけに行ってもよさそうなものではあるが、未だ誰もそのテーブルには近づけずにいた。
「あのウワサって本当かしら?」
「クリストフ様の笑顔…学園で見たことないわっ」
「かの方は養子なんでしょう。性格が苛烈だと聞いたけど…」
「あれだけ美しければ性格なんてどうでもいいでしょ」
「それより見て!アンネリア様もイイ感じじゃなくって?」
「でも運命の王子様を探してるって聞いてたけれど?」
「本当の王子様とだって、アンネリア様ならお似合いよ!」
さえずる小鳥たちの話題に事欠かぬ、社交界注目の四人。
美しい王子に、学園の女王、そしてレンゲフェルトの麗しき義姉弟。
会場中の注目を集めるテーブルで何が話されているのかは、周囲には聞こえない。
「なんだか…いつもと変わらないわ」
シャルロッテはティーカップを丁寧に置きながら、少し不満気に言う。
今日は『レンゲフェルト姉弟が普通の家族である』と示せればいい。そう意気込んで来たものの、どうにもその機会には恵まれないためだ。
パーティーには来て早々、結局いつもの四人で固まって座っているし、周りは誰も話しかけてこない。普段と違うのはお菓子のラインナップと茶器くらいのもので、お茶でさえウルリヒが先日もってきた銘柄のテーブルだったので知った味。新鮮味に欠ける。
思わず漏らした感想に、アンネリアがツンと顎を上げてシャルロッテを拗ねたように見てくる。
「あら、シャルロッテ様は私達では満足できませんの?」
「違うわ。ただ…これなら公爵邸でお茶するのでよかったなって」
なんなら視線がビシビシ刺さって見られているのは分かるので、どちらかというと不愉快である。家の方がリラックスできて良い。
「でしたら!後でお庭にご一緒しましょう。お城の庭は立派ですのよ」
そういえばこのパーティーに参加する言い訳に、庭が見たいと言ったなと思い出すシャルロッテ。どうせだから見てみようと、お願いしますと頭を下げる。するとウルリヒが「私が案内してやろう」とドヤ顔で身を乗り出してきた。
「私の庭だからな!」
王城なのでその通りなのだが、少しイラッとしたシャルロッテはウルリヒを無視して「アンネリア様にお願いしますわ」と、微笑みかけた。
「みんなで行けばいいだろっ」
「ウルリヒ様がどうしてもとおっしゃるなら…」
「しゃるの心配をして言ってるんだからな!」
ちょっとからかっただけなのに、ムッとした顔をされたので「ありがとうございます?」と礼を述べておいた。しかし、ウルリヒの言う『心配』とはなんの話だと首をかしげる。ウルリヒは言う気がないようで、そっぽを向いてしまった。
それならばと、アンネリアに教えて教えてと迫るシャルロッテ。しばらくは「存じ上げませんわ」「さて」などととぼけていたのだが、六回目あたりで折れてくれるアンネリア。
「……シャルロッテ様のことを『逆らえないクリストフ様に、無理矢理つきまとっている姉』『悪女』って、あのピンク頭が言いふらしてますのよ。誰も信じておりませんから、お気になさらずともよろしいわ」
養子で立場の弱いシャルロッテが、嫡男であるクリストフが『逆らえない』などという話は誰も信じていない。そう、義理の姉弟であると知っている貴族ならば、誰も。
心底嫌そうに顔を歪めながら「学園祭でやりこめられたのが悔しかったのでしょうね」と、アンネリアが教えてくれた。
シャルロッテは思わず目をぱちくりと瞬かせて、確認の復唱。
「私が、悪女?」
「らしいわ。シャルロッテ様みたいな可愛い悪女になら…私、何をされてもよくってよ」
呆然として宙を見つめるシャルロッテ。それをアンネリアがうっとりとした表情で見つめていれば、クリストフが視線を遮るかのように肩を抱いて邪魔をする。抱き込まれるようにしてシャルロッテの顔は隠されてしまうも、当の本人は『なんてこった』と内心で頭を抱えており反応しない。
シャルロッテの内心は荒れていた。
(ヒロインちゃんにやっぱり嫌われている…転生者か確認するどころじゃない…)
もう、あのピンクちゃんとは関わり合いにならない方がいいかもしれない。
しょんぼり、と肩を落とすシャルロッテ。物悲し気な彼女の肩を撫でる不埒なクリストフの手。せっかくシャルロッテを鑑賞していたのに邪魔をされたアンネリアが、それを指さして非難する。
「ちょっと、クリストフ様は距離が近すぎるんじゃありませんことぉ?」
「そうですか?このくらいが普通だと思いますよ、僕達の関係にはね」
「シャルロッテ様のお気持ちは?」
「僕達は家族ですから。結局、変わらないでしょう?」
アンネリアがふんっと視線を逸らした。
テーブルに静寂が落ちる。
「あ、あ~、じゃあちょっと私は挨拶回りだけしてくる。アンネリア、付いてきてくれないか?」
「いいですわよっ」
「じゃあすぐ戻るから、二人はここに居てくれ」
「クリストフ様、変なことしないでくださいませねっ!」
気まずそうにウルリヒが立ちあがり、ぷりぷりと怒るアンネリアを連れて行ってしまった。
そこでようやく我に返るシャルロッテは「い、いってらっしゃいませ」と二人を見送って、しばらくしてハッ!と気が付き、クリストフの腕をそっと解いた。
「ごめんなさい、ぼーっとしちゃってたわね」
するとクリストフは返事もせず、黙ってシャルロッテの後ろ側を睨み付けている。なんかおかしいな?と思ってシャルロッテが振り向く頃には、こちら側に向かって歩いている人間がすぐそこまで迫っていた。
青い髪のひょろりとした眼鏡男子のマッコロと、ガタイの良い赤髪のデルパン、おなじみの二人組だ。今日はチャラ教師は居ないらしい。
二人はズカズカとこちらへと向かってやってくると、礼儀正しく名乗りを上げて挨拶を求めて来た。
「宰相が息子、ゼパイル・マッコロです」
「騎士団長が息子、ヴァン・デルバンです!」
少しびっくりとしたが、座ったままゆったりとシャルロッテも名乗り返すことにした。一応貴族としての礼儀だろうと思ったからだ。
「シャルロッテ・レンゲフェ…」
しかし、クリストフの大きな手のひらがそっとシャルロッテの唇を覆う。言葉を続けられずクリストフを睨むも、彼はシャルロッテを見ないで男子二人を睨んでいる。
「なっ!」と、目を見開くマッコロがわなわなと震えた。デルパンも不愉快そうにクリストフを睨み返して「失礼だろう」と言っている。
「何しに来たんですか?」
二人の視界からシャルロッテを隠そうとクリストフは立ち上がった。上背のあるデルパンがいるにも関わらず、立った瞬間からクリストフの醸し出す雰囲気が二人を威圧する。ぐっと下がりたくなる気持ちを堪えたマッコロは、負けまい!とクリストフへと吠えかかった。
「あ、あなたたちの破廉恥な行動に苦言を呈しに来たのですっ!ウルリヒ様も同席するテーブルであのような…!い、今もその、そんな唇に触れるようなことを!」
「……モモカの言うこと、本当だった」
そこで突然出て来たモモカの名前に、思わずクリストフの口から「は?」と声が出る。その反応に調子付けられたのか、マッコロが得意げな顔で続ける。
「モモカが言っていたのですよ、レンゲフェルトの姉弟は不健全な関係だとね!」
マッコロの言葉に、ビキリとクリストフのこめかみに青筋が浮いた。




